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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-1(3/4)

 遺跡内を鮮血が舞う。

 切り裂かれたオロチの血だ。


「~~~ったく、どんだけ粘るんだっつの!!」


 苛立ちを隠せないコムラの連撃は確実にオロチを追い詰めていた。

 空蝉の術で致命傷は免れているが、元々空蝉の術はそう連発出来るものではなく、インターバルの間に傷を受けるため遅延行為にしかなっていない。その間の攻防でオロチは全ての刃を寸でのところで見切られ続け、鎧のあちこちから血が漏れていた。


 回復の術で常時傷を癒やしてはいるが、傷は癒やせても体力は癒やせない。

 コムラは常に最低限かつ瞬間的に加速することで体力を節約しているため、その面でも不利だ。


 自分が確実に死に近づいていく中、オロチは思考を止めない。


(少しずつ……コムラの天衣無縫の秘密が見えてきたか)


 ここに至るまでにオロチはコムラにありとあらゆる攻撃を仕掛けた。

 範囲攻撃、ばらまき攻撃、カウンター、死角からの飛び道具、分身と術をかけ合わせた波状攻撃、トラップ……しかしその全てが常に寸でのところで回避された。


 全て、寸でのところでだ。


(範囲攻撃を放てば攻撃範囲が回避不能になる直前に切り抜け、不意打ちすると刃が接触する直前に急加速し、トラップは炸裂する寸前に回避した。コムラの圧倒的な速度は常に()()()()()()()()()()()発揮されている。彼女は私の斬撃を上回る速度で反撃やカウンターを決めるのに、通常攻撃がそれほど速くない)


 最初から彼女のスピードには違和感があったが、遅延戦法に切り替えた途端にダメージ量が減りコムラが苛立ちを露骨に見せるようになったことでオロチは確信した。


(コムラの速度には制約と条件がある。彼女は私を上回る剣捌きを自力で発揮することが出来ない……!)


 超反応であれば、反応は出来ても肉体が追いつけない状況がある筈。

 超加速であれば反撃に限らず攻撃でも遺憾なく発揮出来る筈。

 そのどちらもないということは、もっと別のもの。


(仮称するなら、相対絶対加速)


 相対とは他の何かと比較することで成り立つこと。

 絶対とは必ず他の比較を超えること。

 本来この二つは対義的意味を持つが、コムラは恐らく相手と速度で相対した際に常に相手を上回る速度を発揮する。発動条件は相対だが、発動結果は絶対なのだ。

 だからどんな攻撃も上回る速度で動ける反面で何かの脅威が身に迫ったとき以外は加速が出来ず、相手が動かなくなると既に自分が絶対的に速いため相対的な加速を得られない。


 しかし、能力に見当がついたとて破れなければ意味が無い。

 恐らくだが、相対性は自動で検知するものではなくコムラ自身のスキルや技量、経験と装備を用いたものだろう。つまり完全に彼女の意識外からの攻撃であれば恐らくは通る。


 問題は、コムラはその欠点をよく理解した上で全力で隙を埋めるよう己を鍛え上げ、装備も揃えていることだ。

 彼女の異様な速度は転生特典が生み出したものだが、普通なら絶対に気付けないほどの巧妙な不意打ちにも全て反応出来るのは彼女の自前の探知能力とハルピー固有の空気の動きを読み取る感覚故だろう。気付きの速度に関して言えば、彼女は恐らくハジメクラスにも引けを取らない。


 天に与えられた才能を慢心することなく鍛え上げたことで、彼女の『天衣無縫』の二つ名は意味を持った。これまでの力に溺れて油断する転生者とは訳が違う、心技体が揃った本物の実力者だ。


(限りなく無敵に近い存在……体力は流石に有限のようですが、防戦一方では敗北は必至。これを乗り越えないことには忍者の名折れよ――!)


 一瞬でも対応を誤れば死が待つ極限の環境下。

 されど、オロチは決して躊躇わず、迷わない。

 命を惜しむような心はとうに故郷に捨ててきた。


 今、オロチの心の中にあるのは師への敬愛と己が見出した忍の道のみ。


(密閉空間で出会った不運を呪いなさい)


 オロチが懐から複数の巻物をばら撒く。

 コムラはそれを殆ど反射的にアイスエンチャントを乗せた短剣で全て切り裂いた。

 ポーションを握る隙さえ許さないであろう神速の斬撃によって逆転の一手であった巻物たちが散っていく。指でくるりと短剣を回したコムラが嘲笑った。


「自爆でもする気だった? なーんもさせんよ?」

「自爆したのは貴方ですよ」


 瞬間、巻物の中に込められた異空間内より膨大な質量の激流が漏れ出し、神殿内を爆発的に浸水した。床も壁も天井も、どこにも逃げ場はなかった。

 コムラは溢れ出す大量の水を相対絶対加速で回避しながら歯がみする。

 床を跳ねても壁を跳ねても水の勢いは衰えることを知らない。


「嵌められた、いや読み間違えた……!」


 爆発するタイプのものであればアイスエンチャントを施した武器で事前に切断すれば大体は無効化ないし威力減退が出来るが、あの巻物はそれらとは根本的に仕組みが違ったようだ。

 凄まじい勢いで神殿内を水が満たしていき、あと数秒もすれば完全に水没する。忍者もどき程度にしか相手を思っていなかったコムラは目の前で水の中に消えたリザードマンへの認識を改めた。


「こんなもの隠し持っていたとは、大した奴! でもね、こっちも準備は周到な方なんよ!!」


 コムラは高速換装スキルで即座にある腕輪を装備した。

 聖遺物レア装備、『息吹の腕輪』――水に適応していない人間が水中で呼吸をするための装備としては間違いなく世界最上位で、もしかしたら他に誰も持っていないかもしれないほど稀少なアイテムだ。


 リザードマンは他種族に比べて水中戦に強いという勝算があったのだろう。

 コムラが超一流の冒険者でなければ勝利は確定だっただろうが、生憎と呼吸の問題はないし、コムラの転生特典は水中でも有効だ。


(相対絶対加速は水中でも有効! 動きが鈍ることはないどころか水流に影響を及ぼす武器もこっちにはある! 首を絞めたのは果たしてどっちかな!?)


 水中戦にバフの乗る聖遺物級三叉槍【トライデント】を高速換装で握り、コムラはオロチへ水流の刃を放つ。オロチはそれを躱したが、コムラは追撃を続けた。

 自分からの先制攻撃には相対絶対加速は乗らないが、見たところオロチは無限に息継ぎ出来る風ではなく風魔法で呼吸を確保しているようだった。

 ならば、持久戦に持ち込めばコムラは絶対に勝てる。


 相対絶対加速は女神に頼んだとき「名前の意味的には普通に相対加速でよくないですか?」と冷静に突っ込まれたが名前の響きがいいからとゴリ押して名付けた力だが、コムラはこの能力を冒険者家業にフルに活かしてきた。


 コムラの感知が間に合いさえすればどんな攻撃も確定で回避出来るし、仮に核爆発が起きてもコムラは絶対に被害が及ばない場所までどこまでも加速が可能だ。そして反応が間に合わないという事態が起きないよう、コムラは世界の誰よりも感知能力を伸ばしてきた。


 この感知能力と『サーチゴーグル』が合わさった今、コムラに敵はいない。

 十三円卓が警戒する『死神ハジメ』相手だろうとコムラは勝つ自信がある。

 その自信を持ちながら、残る僅かな敗北の可能性を警戒できるのがコムラという転生者が十三円卓に『影騎士』に任命された理由だった。


(連中は無能かもしれないけど、全部が全部無意味なことをしてる訳じゃない。あんたに恨みはないけど、こっちにも相応に理由があるんだよね!)


 コムラとてサイコパスではない。

 無闇に誰かを傷つけたくはない。

 ただ、無視出来ない理由があるからこそ必要とあらば殺しを行なう。

 『影騎士』とは、シャイナ王国直属の殺し屋集団なのだ。

 使命のためならコムラは痛みを呑み込んで戦うことが出来る。


 痛みを――。


 痛み?


(痛い……なにこれ)


 コムラはそのときになって、自分の全身がじわじわとした痛みに苛まれていることに気付いた。特に素肌を露出している部分がちくちくと刺すように痛む。


(バッドステータス? 毒の水? いや、除毒の指輪を含めて状態異常は全て対策の指輪を装備してる。状態異常になってる筈ない。だったら自分のダメージを相手に送るタイプの転生特典とか? でもそれならなんで今まで使わなかった? なんで肌を出してるとこだけ痛むの?)


 リザードマンは最低限しか動かない。

 全身鎧の彼は痛みを感じないのだろうか。

 まさか、と、コムラは水の魔法を発動する。


『アクアヴェール!!』


 一度だけ相手の攻撃を弾いて消えるが、弾かれるまでは傷の微回復を行なってくれる。癒やしと守りの水がコムラの周囲を包んだ瞬間、即座にアクアヴェールが弾け飛んで身体を痛みが襲った。


(まさか……まさか、この水全部……!!)

 

 だとすれば、なんと用意周到で恐ろしい相手なのだろう。

 三〇年以上この世界を渡り歩いてきたが、これほど悪辣な相手には初めて出会う。


(これ、全部ダメージ水かッ!!)


 ――コムラの顔色が変わったのを見て、オロチは鋭い相手だと感心した。


(触れれば問答無用で小さなダメージを受け続けるダメージ水……ごく一部のダンジョンで生成される極めて特殊な水ですが、あの顔を見るに知っていたようですね)


 ダメージ水のダメージを完全に防ぐには水や風の魔法でダメージ水に一切触れないよう遮断するか、潜水服のようなものを用意するしかない。全身鎧で多少ダメージを軽減しているオロチも実際にはダメージ水が通っている。


 しかし、オロチは鎧に加えてそもそも皮膚が丈夫なリザードマンであるため、通常種族に比べるとダメージは二重で軽減される。逆にハルピーのコムラは機動力を重視してか比較的露出のある軽装タイプなためにダメージは受けやすい。

 しかも、水中故にエーテルやポーションを使おうにもダメージ水に溶けて無効化されるため回復手段も限られる。オロチはというと、水没寸前にコムラが目を離した隙を突いてギガエリクシールを飲んで回復済みだ。


 あとは自ら手を出さずに避け続ければ、コムラはダメージを回復しきれなくなり勝手に死に至る。相対絶対加速の優位性が効果を失った今、彼女に取れる選択肢はひとつしか無かった。


『くそっ、天衣無縫の名にこんな形で泥を……!! お前、次は同じ手を喰らうと思うなよ!! 撤退だ!!』


 瞬間、コムラの姿が遺跡内からかき消えた。

 やはり転移系の転生特典を持つ協力者がいる線が濃厚になってきた。

 オロチはダメージ水に満たされた遺跡内を改めて冷静に調べ、全ての仕事を終えてから、ショージに貰った拠点へ移動するアイテム、『帰還の天糸』を用いてその場から姿を消した。


 ――次の瞬間にオロチが目にしたのはNINJA旅団のアジトのうち、切り捨てても問題のない場所だった。糸についてショージに詳しく仕様を聞き、ここが最後に使った拠点になるよう設定していた。


 オロチはそのまま複数の分身を出して気配や姿を隠匿しながら散り散りになり、丸一日かけてバラバラの場所に散ったり滅茶苦茶な移動を繰り返した。協力しているという転生者が『千里眼』のような力を持っている可能性を加味して拠点が割れないよう精一杯の欺瞞を施したのだ。


 そして隠れ場所で飲まず食わずの疲労困憊状態を維持したままわざと完全に隙だらけの姿を晒したりしながら相手を誘い、まったく来ないのを確認してリスクが限りなく低いと判断した後、オロチは漸く村に帰還し――そのまま倒れ伏した。




 ◇ ◆




 オロチは粗末な椅子に座り、漠然と空を見つめていた。

 ああ、これは過去だと自覚する。

 まだオロチでさえなかった頃の、自分の見た景色だ。


『――この村にはおぬしだけか』


 誰かの声が聞こえた。

 懐かしい声だ。

 尊敬する師の声――今より僅かに若い。


 オロチが視線を下ろすと、派手な目を引く隈取り化粧をした師が立っていた。


『ああ、旅人さんですか。遠路はるばるお疲れ様です。おもてなしのひとつでもすべきなのでしょうが、生憎とこの村はもう廃村でして……』

『滅ぼされた、のではないな。おぬしが滅ぼしたのか』

『はい』

『何故?』


 問われて答えても何が変わるわけでもない、虚しい問いだった。

 しかし、オロチの数日間何も口にしていない舌は思った以上に饒舌に滑った。


『妹が、死んだんです』


 考える度に何度でも脳裏を過る妹の最期。

 苦しかっただろう、辛かっただろう、寒かっただろう。

 オロチはそれに泣いたり嘆いたりせず、ただ心の奥に刻み込んだ。


『ひどい最期でした。これから好きな人が出来て、結ばれて、子をなして、平和に生きてく未来があったかもしれないのに、この村はそれを許しませんでした』


 怒りではない。

 罰でもない。

 それが村の社会を循環させるのに当然として存在するシステムだった。

 神と信仰という強固なシステムだ。


『神はいるとお思いになりますか、旅人さん』

『そう呼んで然るべき存在はいるのかもしれない。人が思い描く神と同じだとは限らないが』

『そうですか……でもこの村にいた神は、人の思い描いた通りの神でした』


 神がいると信じ、その存在を前提に社会を回せば、そこには神の概念が人に及ぼす不可視の力場が発生する。それは決して目に見えず存在を証明できないのに、確かに人々の畏敬を集め、生活や人生に強い影響を及ぼす。


『人が望んだ神が妹と、長男と……恐らくはそれ以外にも夥しい数のリザードマンの命を捧げられてきたのでしょう。生け贄の命を吸って神はこの村に存在し続ける。でもそれは人が神にそうあれと望んだからです。人が望まなければ、神はなにもしない』

『……全員殺したのか』

『はい』


 次の瞬間にはオロチの首と心臓に二振りの忍者刀が突きつけられていた。

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