断章-1(1/4) NINJA旅団・オロチ外伝
これは31章の前に挟まれた栞。
オロチという男の過去と現在を垣間見る物語。
リザードマンという種族は歴史が古い。
純血エルフは森に住み、リザードマンは山に住むと言われており、魔法の適正は低いが過酷な環境でも生活出来る生命力の高さを活かして質素に暮らしつつ、今で言う冒険者のように貴重な品を採取したり魔物を倒してその素材で平地の民と交易をしていたという。
言わば、リザードマンは冒険者の走りだ。
他の種族に比べて人外度が高いのにモノアイマンのように気味悪がられていないのは、彼らが古くから人と関わり合いの深い存在であったことが関係している。
今もリザードマンの冒険者は珍しいものではなく、どこでも見かける存在だ。
しかし、僻地に住むリザードマンの全ての集落が社交的な訳ではない。
ライカゲの一番弟子、オロチが嘗て違う名前で生きていた頃の集落もそうだった。
排他的で、変化を嫌い、異物を疎み、いもしないナリツチ様という土着神を信仰する集団だった。
土着信仰ではお約束の、生け贄文化も。
今、集落はもう残っていない。
老いも若いも一人残らず死んだからだ。
理由は流行り病でも神の祟りでも余所者のせいでもなんでもない。
オロチが殺した。
当時まだ未成年で忍の道など知らなかったオロチが一木一草まで皆殺しにした。
オロチは殺したことは否定しないが、理由を誰にも語らない。
何故皆殺しにしたのか、どういう気持ちになったのかを語らない。
唯一つ分かっていることは、オロチは必要とあらば誰かを殺す事を躊躇わないということだ。
ライカゲはそんなオロチをまるでソウリョのようだと例えたことがある。ここではないどこかの世界の神官のようなものらしい。
『己の内にしか見出すことの出来ない真理の為に敢えて火中の栗を拾う。それもまた忍道の在り方の一つなのだろう。なればこそ、これからも忍の道に甘えるなよ』
忍びに傾倒することを甘えと評したライカゲに、オロチは改めて師の偉大さを感じた。
それはオロチが自戒するものを的確に言い表していると感じたからだ。
オロチは自罰も逃避も盲信もしない。
ライカゲの示した忍の道を修行僧のように歩み続ける。
たとえ、その先に答えがなくとも。
……まぁ、そんなこと言いながらエンシェントドラゴンのクオンには骨抜きにされるし爬虫類好きのマッサージ女将オトナシにはロックオンされて苦慮しているのだが。
そんなオロチは今、ある遺跡の調査を依頼されていた。
「嘗て神器が奉納されていた遺跡の調査、ということでしたが……ふむ」
思いのほか苦戦を強いられた末にオロチが発見したそれは、アトリーヌが空けたという大穴が見事に錬金術で塞がれたのか、ただの岸壁にしか見えなかった。オロチは顎をさすり、独りごちる。
「かなり焦臭くなってきましたね……」
調査段階で抱いていた疑念は、彼の中で確信になりつつあった。
シャイナ王国十三円卓は、明らかに世間の知らない『何か』を隠している。
オロチが最初に疑念を抱いたのは、遺跡の所在地についての資料を探したときだった。
王国は遺跡の所在地を入念に記録しており、特に文化財として価値の高い場所は積極的に保存活動を行っている。そんな王国にとって神器が奉納された遺跡など最優先で保存されている筈だ。
しかし、見つからない。
それどころか報告があったという記録すら残っていない。
遺跡が邪神を祀る類のものであれば抹消されることはあるが、それでも神器が見つかった場所ならかなり入念な調査が行われた筈なのに、その痕跡すら見つからないのは異常だった。
入念に調べた末に、オロチは結論を下した。
シャイナ王国はこの遺跡に関連する情報を最重要機密として処理したと。
ならば最重要機密の書類を盗み見したが、そこにすら記録がない。
どうやら、本当に徹底して隠蔽が行われたようだ。
だが、一切の痕跡を残さないことはいくらこの世界が広いとはいえ難しい。
まして、そんな重要な遺跡であれば誰かが一度は確認した筈だ。
オロチは座標を基にその周辺地域での目撃証言や記録を徹底的に洗った。
その結果、一つの可能性が導き出された。
――この遺跡に女神教の教皇が足を運んだ可能性がある。
足を運んだという直接的な証拠はないが、そもそも教皇とは絶大な権力者であるが故に動けば必ず痕跡が残る。その教皇だが、現教皇は現場主義で年に数度は縁もゆかりもない教会に視察に赴くことで知られている。
その彼が、遺跡から神器が見つかってすぐに遺跡に比較的近い場所に視察に訪れている。しかも、何故か錬金術に秀でた者を多く連れて、だ。
そしていざ現場に来てみると、塞がれた大穴があった。
一件ただの岩肌に見えるが、錬金術で無理矢理再現したために僅かながら岩の質感や形成のされ方に違和感がある。岩を採取して分身に持たせ、ショージに鑑定して貰った結果は案の定「教皇の命令によって錬金術師が遺跡に繋がる道を塞ぐ為に形成した岩」というものだった。
そして、疑わしい理由がもう一つ。
オロチはここで調査をするに当たって近隣のいくつかの山小屋に聞き込みをした。
冒険者が休憩所として使うタイプの、僻地にあっても珍しくはない小屋だ。
だが、それなりに酒も入って長く話し込んだ末にさりげなく遺跡を見たことがないかという質問をした瞬間、彼らの間に一瞬の間があった。彼らは聞いた事がないと誤魔化したが、オロチは即座に彼らが遺跡に近づく者がいないか監視するためにいるのではないかと疑心を抱いた。
オロチはそのまま遺跡の座標から逸れる形で別の町や山小屋で聞き込みをして真面目に遺跡マニアを演じ続けたが、その間ずっと監視の視線を感じていた。そして実際にそこそこ難易度が高く見た目も珍しい穴場の遺跡にマニアのふりをして突入したところでやっと監視の目が外れた。
そして彼らが分身オロチをずっと追い回している裏で、本体のオロチは彼らの経歴を調べ上げた。
すると、彼らの全員がシャイナ王国の極秘工作員であることが判明した。
工作員といってもへまをすれば即座に切られる使い捨てタイプで、オロチ相手にボロを出したところからしても質は超一流ではないが、それでも相応に訓練された者たちだった。
「余りにも徹底されすぎているんですよねぇ」
そんなに監視が厳しいと、大きな秘密がありますと宣言しているようなものだ。
もしかしたら、久々にオロチにとって試練と呼べる困難な仕事かもしれない。
秘匿を暴くは人の欲、されど欲に囚われれば破滅の道。
今、オロチはその狭間にいる。
「なればこそ、見極めねばなりますまい……」
彼の体が地面にどぶんと沈む。
オロチは誰にも目撃されないよう、土遁による地中移動で地中に隠匿された遺跡の内部調査へと向かった。
◇ ◆
オロチがオロチではなかった頃、彼には兄弟がいた。
集落は多産の家庭が多く、オロチの兄弟は兄が二人、弟と妹が一人ずつで五人いた。
ある日、兄が一人いなくなった。
しかし両親も村もそのことを一切気にすることはなく、問いただしても『神の国』へ旅立ったとしか言わなかった。そこはとても良い場所なのだと言っていたが、ならば何故自分たちは『神の国』へと行かないのだろうかと疑問に思った。
一〇歳になったとき、オロチは真実を知った。
神の国など地上のどこにもありはしなかった。
果てしなく遠い天上の僅かな光さえもが闇に染まっていく中、深く昏い地の底で、血反吐を吐いて弱っていく妹を必死に慰めながら時は過ぎ――間もなく、妹はオロチの腕の中で息を引き取った。
オロチは気が遠くなるほど上にある穴から、妹共々村の人間に奈落へと突き落とされた。
偶然だったのか、運命だったのか――オロチは妹を助ける為に必死に壁を引掻いて減速を試みたが、あと少しのところで爪がへし折れ、バランスを崩したオロチのクッションになったことで妹は内臓が破裂していた。皮肉にも助けようとした相手を犠牲にすることでオロチは生きながらえた。
どの口で彼女を励ましていたのか。
妹は死の間際、何を思い、誰を恨んだのか。
答えは出ることなく、オロチは何かに取り憑かれたように奈落から上へと登り始めた。
何度落ちても、全ての爪が剥がれ落ちても、言葉にならない何かに突き動かされて――。
ビックリするほどオロチの過去が暗い……!




