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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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32-11

 天才魔法使い対三十路の知らないおっさんのボルカニックレイジ対決で起きた大番狂わせ。

 勝負に勝ったにも拘わらずリアクションの薄いハジメの前に、シオが会場から飛び出してきてはしゃぎながら抱きついた。


「最ッッ高!! もう最高の最高でしたよ師匠!! 見てくださいよここの連中の間抜け面!! どうです分かりましたがこれが師匠のご自身で気付いていない研究者としての格です!! それにしても師匠のボルカニックレイジ、美しかった……純血派のバカ共に使わなくて本当に良かったです! だってあんなのに使うとか勿体ないですもん!!」

「そもそも人に使うな。それに正直気付いたところでどうなるものでもない些細な小ネタじゃないか、これ?」

「でもほら、アグラはその小ネタの差で絶対勝てると思ってた勝負に負けてすごい顔してますよ?」


 シオに指さされるまで、アグラは魂が抜けたように意識が殆ど飛んでいた。

 絶対にあり得ないと思っていたことが目の前で起きた。

 自分だけではなく誰しもが間違いないと思った計算式を狂わせて。


「なに、が……」


 ありえない、ハジメ・ナナジマは経験だけの凡人だ。

 対して常人を遙かに超える思考能力を以てしてあらゆる可能性を調べ尽くすアグラニール・ヴァーダルスタインが劣ることなどある筈がない。


「何が間違っていたというんだ!? 倍率、相性、全て問題なかった筈だ!!」


 気付けばアグラは叫んでいた。

 自分を妬んだ学者を追い抜いたときに時折見かけた凡俗のように。


「私は間違っていなかった! 間違っていなかったんだ! だから、こんな結果は起きる訳がない!!」

「うっわダル……ちょっとー、何喚いても敗者は敗者なんだからとっととどっか行ってくれるぅ?」

「シオ、煽るな」

「えー」


 アグラを邪魔者扱いし、師には甘える声を出すシオ。自分と共に時間を過ごすはずの女が30才の凡俗のものだと見せつけられるようだ。


 こんな現実は、全くおかしい。

 ここは悪夢の中で、自分はまだ三次試験を受けていないのではないか。

 だが、明晰な頭脳でどう考え直してもこれは夢とは思えない。


 シオは暫くアグラをどう扱ってやろうか値踏みしていたが、やがて決心したように頷いた。


「新魔法のお披露目するくらいにはちゃんと努力してるみたいだし、仕方ないわね……いいわ、私が師匠に代わって特別にあんたの敗因教えてあげる」

「敗因……?」

「あんたの敗因、それはボルカニックレイジを覚えたことで満足して、ボルカニックレイジ自体の特性を調べなかったことよ。だってあの魔法は――発動前に火属性フィールドバフが発生しているんだもん」

(((((???????????)))))


 会場の殆どの人間が宇宙猫と化した。

 全然全くこれっぽっちも何それ聞いてないな話だからである。

 シオはその様を満足げに眺めてうんうん頷く。


「賢くなったつもりでいる学者共の間抜け面がずらりと並んで壮観ですなぁ師匠! ねぇ師匠!」

「同意を求めるな。俺の品性が疑われる。あー……説明するまでもないことだが、属性フィールドバフ魔法に同属性のフィールドバフ魔法を重ねた場合、より強力な方が残るだけなので原則として属性の倍率を上げることは出来ない。つまり、アグラ。お前のボルカニックレイジにはそもそもバフが二つしか乗っていない。俺は三つ乗せた。ただそれだけの話なんだ」


 フィールドバフ魔法と複合の魔法は、珍しい方だがない訳ではないためありえなくはない。しかし、ボルカニックレイジ自体は何百年も前に発見されて論文も存在する魔法だ。世界中の魔導書をひっくり返してもボルカニックレイジにフィールドバフが付随しているなどという記述はない。

 だから、アグラは確かに言われたとおりボルカニックレイジについて独自に調べることはしなかった。とっくの昔に誰かが通った道だと思って素通りをした。


 何の冗談だ、と、アグラは目眩がした。

 まるで、自分がハジメに抱いた「立ち止まってしまった大人」と同じ過ちを、自分自身が犯していたかのようではないか。


「なぜだ!?」


 膝をついて呻いたアグラがハジメを睨み付ける。

 彼は「そんな出鱈目があるわけがない!」と叫んで周囲から白眼視されているバミンガンと違って己が過ちを犯したことまでは理解していた。

 その上で、彼はどうしても納得出来ないとハジメに食ってかかる。


「ハジメ・ナナジマ!! 貴様の如き凡人がなぜ誰も気付けなかった事実を割り出すことが出来た!? それは本当にお前が自力で見つけたのか!? 言え! 研究者なら言える筈だ! 気付いたきっかけを!! 貴様が僅かなりとも私を凌駕したそのからくりを!!」

「えぇ……からくりもなにも、気になったからだが」

「だから、何をだ! 曖昧な言葉で誤魔化すことは許さん!!」

「分かった、分かった、なるだけ詳細に話す……はぁ……」


 思わずめんどくさそうなため息を漏らすハジメのぞんざいな態度にアグラは額に青筋を立てる。


(まぐれの勝利をことさらに強調するかぁ……!!)


 実際にはハジメは「そんなこと言っても気になっただけなんだよなぁ」としか思わない。本当のことを言っただけで責められるなど、これが噂に聞く事実陳列罪なる罪なのだろうか。


「あれは確かおおよそ三年前、スノウメイヴという面倒な魔物の討伐依頼を請けたときだった――」


 スノウメイヴは吹雪の時にしか出現しない魔物で、吹雪に紛れて出現するため目視確認が極めて困難な上に得意の氷魔法が環境のせいで軒並み強化されるという局地的な凶悪さが特徴だった。


「おれは細々と倒すのが面倒でスノウメイヴの襲撃がある度にボルカニックレイジの超範囲高熱で消し飛ばしてエーテルで魔力を回復するという殲滅戦法に出た」

「ゴリラもビックリのゴリ押し戦術、流石です!」

「褒めてないぞ」


 このとき、ハジメはあることを疑問に思った。


 ――あれ? 吹雪で火属性は減退してる筈なのにボルカニックレイジの威力普段と変わってなくね?


「あれほど乱発しなければ俺も気にしなかっただろう」

「流石は師匠! 禁忌魔法の乱発数世界一!」

「世界一の内容が不穏すぎる」

「てゆーかリ=ティリでボルカニックレイジを使える魔法使いは大体5、60代越えのジジイババアなので体力的にも集中力的にも乱発は無理でしょーね」


 ともあれ、ハジメはこの疑問を検証するために仕事を利用して実験を行なった。マリアンの手解きは多少あったが、効果範囲や燃焼温度の計測など様々な実験を正確に行なった。

 およそ一ヶ月ほどをかけてあらゆる場所でボルカニックレイジを乱発したハジメは遂にある事実に到達した。


 ――ボルカニックレイジは、相乗属性が働く場では威力を高めるが、反属性が働く場では反属性による威力減退が発生していない。


 ハジメはこの謎についてある仮説を立て、検証し、やがてその仮説は的中した。


「ボルカニックレイジのフィールドバフには他の魔法にはない特徴があったんだ」

「特徴だと……」

「この特異なフィールドバフはボルカニックレイジ発動直前に魔法の効果範囲にぴったり重なるように広がり、そして魔法の発動と共に効果を終えて消失する。これほど維持時間が短いフィールドバフはまずないだろう。では何故消えるのか――それは、維持に必要な魔力を全てボルカニックレイジの補助に捧げているからだ」


 本来のフィールドバフは短いものは数十秒から長いもので数分までそこに留まり続ける。留まっている間は陣に込められた魔法式とスターターに注がれた魔力で維持されるが、それは長期的なバフが戦闘では望まれるからそのように発現しているだけだ。


「ボルカニックレイジは自分の杖先を中心に熱が噴き出すような感覚を覚える魔法だが、実際には中央から縁まで発生している熱はムラなく均一で、発動タイミングが速いか遅いかでしかない」

「普通どんな魔法でも最大効果を発揮する距離や場所、逆に弱い場所がありますもんね」

「ああ。だが、ボルカニックレイジの開発者はフィールドバフそのものを通して魔力と熱を伝導するという完全連動のバフフィールドを思いついた。一度しか使えない代わりにそのバフはより強力なものとなるし、なにより周辺の環境に威力が左右されにくい。その上、一度きりのバフな分倍率も高く、高位のバフフィールドを張る手間もない。ボルカニックレイジは威力を出すという一点においてこの上なく合理的な魔法だったというわけだ」


 一回切りのバフ魔法なら存在するが、一回切りのフィールドバフ魔法はこの場の誰も心当たりがない。バフフィールドは一定期間残るもの――学説ではそうだった。

 しかし、今の話に登場したものはフィールドバフの性質を備えている。

 すなわち、過去の魔法を洗い直すことで発見された新説だ。


 今度こそ完膚なきにまで反論の余地を失ったアグラは表情を失った顔で地面を見つめる。


「私は……今まで……気付いて……莫迦な……」


 ハジメはそんな彼に声をかけようとしたが、実技の最後を飾るフレイとフレイヤが自分の番を退屈そうに待っていることに気付いて試験官を見やる。


「俺たちの実技は終了と言うことでよいだろうか」

「あ……ああ。二人とも杖をこちらに」


 アグラはのそりと立ち上がって杖を試験官に渡したが、心ここにあらずと言った雰囲気でのろのろと去って行った。そんなにショックなんだろうかとハジメは訝しむが、シオが「ささ、師匠。最後の実技を見届けましょう!」と腕を引くので従った。


「期せずして勝ってしまった」

「僕なにかやっちゃいました? って奴ですね!」

「やや反論しづらい」


 こうして最後の勝負は年の功が勝利し、後は可憐なエルフの子供たちの微笑ましい実技を以て第三試験は幕を閉める運びとなる。丁度双子だからと二人用に調整した会場に二人はそのまま入り――。


「ノウブルグローリーッ!!」

「ネフェシュタン・メルトバーンッ!!」


 ――会場の全員が呆けて見上げる先に、魔力で形作られた巨大な黄金の剣と、同じく巨大な炎蛇がいた。


 ノウブルグローリーはフレイのオリジナル大魔法。

 ネフェシュタンメルトバーンは純血エルフに伝わる最高位魔法。


 二発のボルカニックレイジが霞む圧倒的な華々しさと共に放たれた魔法を前に的のモノリスは一瞬で白く染めあげられた。

 魔法を使用したフレイとフレイヤは目の前に広がる景色を出来て当然とばかりに平然と佇む。その見目麗しい小さな姿からは想像も出来ない圧倒的な魔力と魔法の技量に会場は戦慄した。ハジメも二人の本気魔法を初めて見るので流石に戦慄した。


「ふう。とりあえず一番派手な魔法を使ってみたぞ!」

「あらお兄様、力を込めすぎたせいで『ものりす』が……」


 魔力吸収の許容限界を突破したのだろう。

 ノウブルグローリーを受けたモノリスは縦一線に罅が入り、ネフェシュタンメルトバーンに包まれたモノリスはパラパラと表面が剥がれ落ちる。

 まさにリ=ティリの歴史上一度も起きたことがない、想定を凌駕した結果がそこにあった。


 これまで余裕で構えていたマリアンさえ口元をひくつかせ、隣のグリンとクオンを見る。


「……グリン、アンタの子供たちちょっとエグすぎない?」

「ブゥ」

「クオン、あの子たちと対等に遊んでるの?」

「うーん、クオン力加減が下手だから多分クオンなら会場ごと壊しちゃうかな」

「ヒエッ……」


 天才マリアン、人生で初めて子供達と豚にわからせられた瞬間だった。




 ◇ ◆




 結局、認定魔道士試験の三次試験である実技を受けたマリアンの弟子一行は全員が無事合格し、その日のうちに認定魔道士の証明書を授与されることになった。

 受験者の証であるバッジは合格した証に色鮮やかに染まり、多くの受験者が誇らしげに胸のバッジを晒している。


 第三試験からシームレスに授与式に移ったために論文精査中の面々も相変わらず見物しているのだが、一部がお通夜並にヒドイ空気になってるのがハジメは気になった。


(勝負に負けたアグラは分かるとして、シュテルム家の三人娘も顔が果てしなく暗い……他の面々にも少なからず動揺があるな)


 無理もない。

 今回の試験は彼らにとって刺激が大きすぎたのだろう。


 まさかの飛行魔法を完璧に成功させたマリアンの一番弟子、ルミナス。

 ボルカニックレイジの誰にも知られていない真実を白日の下に晒したハジメ。

 そして彼らより圧倒的に若いにも拘わらず才能を見せつけたフレイとフレイヤ。


 リ=ティリという狭い世界と価値観の中で生きてきた彼らにとって、それらは異界の劇物に等しい。

 これまでの彼らからは、マリアンの弟子達は他所から来た異端者であり自分たちこそが正しい道を歩んでいるという自負が感じられた。しかし、蓋を開けてみればリ=ティリの外からやってきた面々が大暴れで彼らのプライドは大きく傷つけられたことだろう。


(シオはそういう面々を見て悦に浸っていたが、勘違いしてしまわないか心配だ)


 冒険者の間でたまにある話として、余りにも格上の存在と自分を比較してしまい勝手に自信を喪失したり、ビルドが失敗していることに気付いて冒険を投げ出す者がいる。

 彼らの多くが、自分が無駄な努力をしたと勝手に勘違いする。

 だが、人生には遠回りはあっても意外と無駄な努力は少ないとハジメは思っている。


(……そういえば、おっさんになると説教臭くなるらしいな。話が長くなるとも)


 三〇才はそんなに年寄りじゃないという意見もあるが、この世界では魔物の脅威などで人の死が嘗ての世界に比べると身近で年齢別人口比率は緩やかなピラミッド型。若い世代から見れば立派なおっさんだ。


 他人のことなど面倒を見る義理はないのは確かだが、こんなところで勝手な思い込みから折れる若者が出るのは勿体ないことだ。ハジメが恥をかくことで一人でもそんな不幸な勘違いを減らせるなら、やる価値はある。


「試験官。この場を借りて少し受験生たちに話したいことがあるのだが、よいだろうか」

「……わ、分かりました」

(さっきまで命令口調だったのにもう敬語。恐るべし認定魔道士の資格)

『汝、転生者ハジメよ……そっちじゃないですよー……ボルカニックレイジの威力と披露した知識のせいで萎縮してるんですよー……よー……』


 珍しく神のお告げが届いたが、まぁそれで話の許可が下りるならいいだろう。

 皆の前に立ち、注目を集める。


「この場にいる者達に言っておきたいことがある」


 下らなくてつまらない、人によってはイタいと感じる自分語りだ。

 個人の感想、個人の経験、個人の感情に過ぎない。

 しかし、それは確かに存在すると断言出来る一つの道だ。


「俺は三〇才までおよそ人に自慢出来る人生を送っていなかった。魔法研究も知識はあるが興味や情熱がある訳ではなく、あまり有意義とは言えないことに熱中していた」


 熱中という表現が適切かは分からないが、今にして思えばそう呼んで差し支えないほどハジメは死に向かうことに拘っていた。


「最近になって漸く凝り固まった考えが変わって、やっと当たり前のことを大切に思えるようになってきた。凄まじい遠回りだ。拘る必要の無いものに多大な時間をかけた。その間、何度も恥をかいたしとんちんかんなこともした」

(今はしてないみたいな言い方ですけど充分とんちんかんですよハジメさんは。そこもかわいいけど)

(フェオの生暖かい視線を感じて喋りづらくなった……)


 そういえば妻が見ていたと気勢を挫かれたが、なんとか態度に出さず建て直す。


「ボルカニックレイジの特性を調べたのも冒険者の観点から見ればまったく無意味な行為だ。そのまま突き進んでいれば知識を披露することもなく、それが新発見だと気付くこともなく、無意味に人生に埋もれていたことだろう。しかし何の因果か俺は認定魔道士の資格を取ることになり、そして埋もれた過ちが全く違う形で顔を出した」


 もしかすれば歴代のボルカニックレイジ使いの中には気付いていた者もいたかもしれないし、確認していないだけで同じことを考えた者はいたかもしれない。それらが失伝していった経緯は知る術もない。


「ものの価値が分からないのは恥ずかしいことだ。俺は今回の件で注目を浴びたかも知れないが、恥もかいた。ボルカニックレイジの知識はまだ後で掘り返せたが、きっと掘り返すこともなく無意味なまま終える知識もあるのだろう」


 人には定められた寿命がある。

 人生で会得した一切合切を有効に活用するのは不可能だし、全ての過ちを挽回するにはあまりにも短い。取り返しの付かないことだってあるだろうし、百年経っても無意味なものは無意味かもしれない。


「でも、それでいいじゃないか。恥をかいたって、間違ったって、別にいいじゃないか。周囲が正しいと思っていることが本当に正しいのかなんて、誰も立証できないことだ」


 そもそも研究だって全てが成功する訳じゃない。

 幾つもの間違いを修正した末に答えは顔を出すし、些細なミスから今まで気付かなかった事実が突然目の前に現れることだってあるだろう。


「無駄かどうか、間違ってるかどうかなんてその場ですぐに分かるものじゃない。今は役に立たない経験でも、未来で不意に意味を持つかもしれない。一つだけ確かなのは、経験を積み重ねず過ごす時間が活きることはまずないということだけだ。答えはこの町の学び舎の価値観の中にだけある訳じゃない。マリアン・ラファルの弟子達は君たちの積み重ねにはないものを外でたまたま見つけていただけだ」


 君たちが間違っているだなんて、そんなことはハジメには言えない。

 実際、それはそれで一種の正しさでもある。

 だが、そこは無限とも思える広い世界の中のほんのひとつまみに留まっているということなのも事実だ。

 求めている答えが、未来に必要な答えが、そこのみにて見いだせるなんてことはない。


「君たちが危険な場所に赴く必要は無い。冒険者として戦う必要も無い。ただ、リ=ティリの外にしかない知識と経験は必ず存在する。これからも長く続く人生でそれらを知らずに生きていくことは勿体ない。だから、遠い昔に忘れ去られた哲学者の言葉を君たちにおくりたい――『人生を最高に旅せよ』。昨日と違うことを考えて昨日と違う場所に行けば、そこには昨日と違った景色があるのだから……以上だ」


 喋りたがりおじさんの長い語りを、有り難い事に多くの人が傾聴してくれた。

 反応は様々だ。

 真面目に聞いていない人、胡乱げな人、眠そうな人。

 しかし、何かを感じた顔をする人や、肯定するかどうかは別として意見として聞いてれた人、そして一分は靄が晴れたように淀みを振り払った人もいる。シュテルム家の三人娘は少なくとも雰囲気が変わった気がする。

 ちなみにシオは「私こそ師匠の言葉の体現者ですが?」みたいなドヤ顔をかましており、アグラは話は聞いているがあんまり変化がないような気がする。彼には響かなかったようだが、まぁ仕方ない。三〇才のおっさんの説教なんて響かないのが普通だ。


(人生を最高に旅せよか……先生の教えてくれた言葉だったな。まさにいつ何が役立つか分からん)


 ホームレス賢者ことセンゾー先生との思い出をしみじみ思い出す。

 曰く、哲学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェの言葉で、こちらの世界には当然ニーチェはいないので『遠い昔に忘れ去られた哲学者』という表現をした。ハジメはこの哲学者のことを極めて浅くしか知らないが、今になって少し興味がわいたので今度本でも探してみようと思った。


 と、シュテルム三人娘がなにやらごにょごにょと話し合うとハジメに謎の怒りを抱いて睨んでいる師匠に何か耳打ちした。

 師匠は雷に打たれたような衝撃を受けた後なにやら怒鳴り始めたが、三人娘は完全に無視してハジメの所に駆け寄ってくると、それぞれ見事なロール髪をもじもじして揺らしながら上目遣いにとんでもないことをお願いしてきた。


 「あの、実は我々三人はシュテルムの門弟から外されることとなりまして……」と、ちらちら上目遣いでこちらを見るレニス。

 「浅学の身としてこれまで経験したことのない環境に身を置き更なる知見を広めるべきと愚考しまして……」と、どこか吹っ切れたように険の取れたミーティ。

 「つきましてはその、暫く助手として雇っていただきたく……既にお弟子さんを取っておられますし、私たちも役立てるよう粉骨砕身の努力をいたしますので、是非!」と、子供らしく初心な一生懸命さでアピールするリューナ。


 ハジメは、いやいやそうはならんやろと突っ込みを入れそうになったが、ここにきてまさかのもう一人が追加される。


「ハジメさん。わたくしことルミナス・グアリ・ラファルも知見を広める為に弟子入りを認めていただきたく思います」

「どぅぶぇッ!?」


 とんでもない悲鳴を上げたのは暢気に客席でクッキーをかじっていたマリアンだ。

 あれだけマリアンを敬愛していたルミナスの突然の裏切りにクッキーを喉に積ませそうになる師の慌てっぷりにルミナスはにやりと笑い、小声でハジメに耳打ちする。


「飛行を成功させたときに寝てたのがすごくムカついたので嫌がらせです。あと一週間は謝っても師として認めてやりません」

「ああ、うん。俺もそれはちょっと痛い目にあった方が良いと思った」


 ハジメにだってあれがないということは分かるので、遂にルミナスも我慢の限界を超えてしまったようだ。実に清々しい笑みのルミナスはついでに三人娘について補足する。


「それとこちらの三人ですけど、どうやら予想が外れたら弟子を辞めるみたいなことを口走ったのと師匠である光のバミンガンへの幻滅が重なってるみたいなので、一時的にでも預かってあげませんか?」

「そうは言うがなぁ」


 ハジメはちらっと三人を見ると、さっきまでそれぞれ何かを期待する子犬か子猫のように目を潤ませてこちらを見ていた。若干演技が入っているのではとも思ったが、試験の推薦状まで出してくれた師匠が後方で三人を口汚く罵っている声が微かに聞こえるので本当に勇気ある決断はしているようだ。


 ハジメは悩んだ。

 フェオとクオンがじとっとした目でこちらを見ている。

 しかし、ここで見捨てるという選択肢も余りにも正しくないし、自分も間接的に関係した出来事なので放っておくのは夢見が悪いのも確かだ。


「……分かった。三人は次の師匠が決まるまでは仮弟子ということで。ルミナスはまぁ、気が済むまで好きにしていい」

「「「「はい、師匠!!」」」」


 四人とも満面の笑みで頭を下げてきて、「ああ受けてしまった」と今更思う。

 彼女たちは恋愛感情まで持っている訳ではない筈だが、どうしてこうも女関係が荒れてしまうのだろうか。随分育ちの良いお嬢様系の弟子が三人も出来たハジメは、なんとかマリアンに押しつけられないかなと彼女の方を見やったが、すぐに目を逸らした。


「弟子に弟子を寝取られるってどゆこと!? ちょっとルミ、私のかわいいルミ!! こっち向いてベイベーいやマジでなんで振り返りもしないの!? ああーいーのかなーちゃんとお祝いの準備考えてたのに師匠悲しいな~~~!! ルミ……? え? アフォゲぴくりとも動いてないんだけど、え? マジで? ちょ、ウソや~んちょっとした冗談でそんなに怒ることないや~~~ん!! あっそうふーんそういう態度取るんだ! 知~らないんだ知らないんだ! 後で泣きついてきたって知らないんだ~!!」

(いかん、本気で知り合いだと思われたくない。フェオ達も静かに周囲を離れていっているし目を合わせないでおこう……)


 魔導十賢が一角――風のマクスミリアン・ラファル、全力でこの上なくみっともないクソガキ感で喚き散らかす。みっともなさの頂点と思われたバミンガンも絶句するほどの情けなさに、ルミナスだけは「超ざまぁです……ぷくくっ」と顔を逸らして必死に笑いを堪えている。

 マリアンの良くないところが似ている気がして、ルミナスまでクソガキ化しないか心配の種が尽きないハジメだった。

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