7-2
行きつけの酒場にガブリエルを連れて行き、適当に料理を注文しながら話をする。見知らぬオークがやってきて周囲の視線がこちらを向くが、ハジメが連れてきたとわかると一定の信頼があるのかすぐにいつもの酒場に戻った。
「お前が仕事で支障をきたしているのは娼婦関連だけか?」
「ええ、パーティ組んでる仲間内じゃ何の問題もありやせん。収入だって普通だ。問題は娼婦どもだけでさぁ」
「勧誘断れよ」
「無慈悲な一言ぉ!」
ハジメの母国では女性から男性へのセクハラはノーカンという謎の偏見が相応に存在するが、実際にはそんな訳はない。どっちの性別がやろうとハラスメントはハラスメントだし、やられた方が嫌だと思ったらそこに個人的な同意などある筈もない。
嫌われる勇気も時には大事だ。
しかし、ガブリエルは涙目で首を横に振る。
「オレぁねぇ! 親父から『女に手ぇあげるようなみっともない男にだけはなるな』ってガキの頃から教育されてるんで、女には命でも狙われねぇ限り絶対手を出さねぇように生きてきたんでさぁ! ところがあの娼婦たちはこっちの事情なんざお構いなしにグイグイ引いてくるし、振りほどくにはもう暴力レベルの力で抵抗しなきゃならんのですよッ!!」
「それが?」
「もし万一にも麗しい娼婦たちに手を出すオークの男が衛兵に目撃されたら、しょっ引かれるのはどっちですかぁ!!」
「あぁ……そういう……」
悲しいことに、答えはガブリエルだ。
それはもう、悲しいくらいにあっさり逮捕されて有罪にされるだろう。
オーク差別社会の構造に加え、相手が女性であることから生まれる衛兵の無意識の偏見が高確率でガブリエルの語る真実を握り潰してしまう。娼婦に乱暴なオークが手を出した、と聞けば誰も彼の有罪を疑いはしない。
そこまで計算して客を引いているとなると、かなりタチが悪い。
娼婦たちは自分の性差と世間の偏見を巧みに利用して、ガブリエルから性搾取している。これは大きな問題だ。ガブリエル以外の男も十分に被害に遭う可能性が高い。この国の法律と照らし合わせると犯罪ではないが、悪質性は重大なものがある。
「もし娼婦たちが同じ手で色んな男を搾取してるとすれば、一人一人を誰かの庇護下に置いていては何の解決にもならん」
「そりゃまぁ、オレが大丈夫でも他の奴にターゲットが移るかもしれやせんけど」
「この手の商売で悪質な手口があるとすれば、それを止めさせるのに最も効率的な一手は元締めを説得することだ」
ハジメの異世界経験則上、この手の夜の店や裏の店には、どこかで音頭を取る元締めがいる筈だ。そうでなくても、誰もが一目置くような影響力のある誰かはいる。
彼らは世間に対して大っぴらに自分たちの商売を晒せる存在ではない。そうした人々は社会秩序からも鼻つまみ者だ。故に、鼻つまみ者なりのルールを敷き、固まる。するとそのコミュニティには必然的に、音頭を取る誰かが生まれる。
「店には店長、村には村長、国には国王……結局、組織というのはトップがいてこそ最も安定する。いなければ無秩序から生まれる競争の日々が待っているからな。お前が俺の子分になろうとしたのと同じだ。強力な『誰か』の下につくことが安定に繋がる」
「つまり、親分はそこのトップに直接ナシつけるってことですかい? 何もそこまでしなくとも……」
「いいや、もしお前を子分にして襲撃が止んだらその噂は広がり、際限なく子分になりたい奴が現れるかもしれん。それでは俺が不自由するばかりだ。あといい加減本当に親分呼ばわりはやめろと言っている」
「じゃあハジメのアニキ!」
ちょこちょこ任侠的な言い回しをするガブリエルだが、どうもこれがオークコミュニティの特徴らしい。親分よりはマシなので、ハジメは暫定的にその呼び名で頷く。
「しかしアニキ……アニキってちょっとズレてますね」
「何がだ?」
「いえ、普通オレらみたいな冒険者は目先のこと考えて活動してるから、根っこから正そうだなんて勇者みたいな考え方だなぁ、って」
「自分の面倒ごとは避けたいだけだ。それに悪質な勧誘が減るのは社会にとっていいことだ」
「真面目だなぁアニキは。オレぁ自分のことしか考えてなかったオレ自身がちょっと恥ずかしくなりましたよ……うしっ! アニキがやるって言ってんのにオレがそれに任せっきりで引っ込んでちゃ男が廃るってもんでさ! オレも最後までお供します!!」
「結構だが」
「お供しますッ!!」
「忠告しておくが、面倒を見るにも限度はあるから覚えておけ」
これ以上面倒ごとを長引かせたくない俺は、酒場の風俗狂い数名に話を聞き、元締めのいる店の場所を聞き出すことに成功した。
代わりに『彼女がいるのに風俗にも通う男』呼ばわりされた。彼女はいないので事実無根だし、通う予定もないのだが。
そして、ハジメは目当ての店を探し当てる。
それは王国では知る人ぞ知る最高級娼館。
完全会員制で、一見さんお断り。
凄まじい存在感を誇るネオンっぽい光の看板。
周囲の娼館も派手ではあるが、ここは下品さのない色香とでもいうべき風格があった。
店の名前は、『大魔の忍館』。
これからハジメとガブリエルが突入する場所である。
曰く――どんな拗らせ性癖でも ※お見せできません※ 対応。
曰く――全力 ※お見せできません※ なサービス提供。
曰く――※お見せできません※ ※お見せできません※ 。
健全な若人に聞かせるべきではない宣伝文句が雨霰と飛び交うので殆ど伝わらないと思うが、この町の娼館は全国的にもレベルが高いらしく、中でも『大魔の忍館』は最高のサービスを誇る店だそうだ。
ハジメの探していた元締めとは、ここのオーナーである。
この店は完全会員制で、会員が紹介した客しか新規入会できない仕組みになっている。そのためハジメは自分の持てる全ての伝手を辿って何とか店に入る権利を得た。
以前にとある仕事を私的に依頼してきたやんごとない身分の人が、もう使わないからと正式に譲ってくれたのだ。あとこんなの持ってることが身内にバレたら殺されるとも震え声で言っていた気がする。
選ばれし者にしか手に入れられないものを短期間で手に入れたことに、ガブリエルは感心しきりだ。
「噂には聞いてましたがアニキ……やっぱアニキはスゲェ人ですね。伝手って言ったって昨日の今日ですよ?」
「長く危険な仕事をしてると、無駄に顔ばかり広くなるものだ。それより覚悟はいいな。今帰っても誰も文句は言わんぞ」
「バカ言わんでください。こっからオレが一人で帰った場合、家に辿り着く前に娼婦に捕縛されて……あんなことやこんなことを……ヒィ……!!」
「じゃあここまで来る前に断って帰れというのに……」
震えるガブリエルの言うこともあながち嘘ではなく、この通りに入ってから捕食者的な視線をあちこちから感じている。幸か不幸かハジメはその対象に含まれないのか視線が少ないが、死神の悪評があって尚少数はハジメをまだ捕食対象として見ていると考えると、ある意味凄まじい。
店の入り口に会員証を翳すと、扉に魔法陣が浮かび上がって二人を光が照らす。転移陣と同系統の転移術だ。気が付いたとき、二人は贅を尽くした煌びやかなホールの中心に立ち尽くしていた。
「「「「いらっしゃいませ~!」」」」
「うおっ……」
(これは……)
右にはずらりと並ぶ美女。
左にはずらりと並ぶ美女。
その全員が思い思いの煽情的な衣装に身を包み、しかし一糸乱れぬ統率の下に開放的な笑みで二人を出迎える。なお一部には完全に放送できない格好の人が混ざっている。
年齢、種族、すべてがバラバラだが、全員がタイプの違う絶世の美女揃い。
余りの光景に娼婦恐怖症になりかけていたガブリエルも見惚れているようだ。
そしてハジメは、この場の娼婦たちの平均レベルが40を超えていることにすぐ気が付いた。彼女たちはこの風俗業界を生き残ってきた歴戦の古強者――と呼んだら恐らく「古いとは何だ」と怒られるが――なのだろう。
しかし、今回は事前に話を通しているので個室にいきなり連れていかれることはなく、奥に控えていた見た目だけ清楚そうな女性が二人の前に立ち、礼儀正しくお辞儀する。
「ハジメ・ナナジマ様とガブリエル・コーエン様ですね? お話はお伺いしております。オーナーの元まで案内させて頂きます、ユマと申します。どうぞこちらへ!」
ユマと呼ばれたメガネの女性に案内されるがまま、店の中を歩く。
道中彼女は娼館の説明をしてくれた。
「当店は魔王軍に与さない高位の中立悪魔たちが至高の快楽を求めて千年前に建てたのが始まりだと伝わっております。魔界にも人間界にも気付かれぬようお忍びで作られたためにそこは『大魔の忍館』と呼ばれ、そのサービスはやがて悪魔だけのものではなくなり、今ではこの国――シャイナ王国とも正式に契約を交わした合法的なお店となっております」
国のお偉いさんが実際に利用していたのでそこは不思議ではないが、いつの時代も人は性欲に抗えないということなのだろうか。
「ちなみにオーナーも含め、ここには複数の悪魔が務めているんです。私も半分ほど悪魔の血が流れているんですよ?」
ユマの頭から可愛らしい角が二本、背からコウモリのような小さな翼が一対、そしてお尻から先端が逆ハートマークの形状になった尻尾が出る。絵に描いたような小悪魔だ。
ちなみにこの娼館、NINJA旅団は「忍者が建てたっぽい名前を使うな、誤解されるから」と抗議文章を送っているそうだが、そもそもこの世界に元々忍者はいないのでおかしいのはライカゲたちの方である。
三人が道行く通路の壁には売れっ子らしい娼婦たちの似顔絵とプロフィール、得意な※お見せできません※などが赤裸々に書かれた案内パネルが並ぶ。
「当店はお客様の性的欲求を極限まで解放するありとあらゆる設備、薬剤、そして何よりも一流の娼婦を取り揃えております。健康管理等のアフターサービスやプライバシーの保護、日時の予約など、お客様の生活に沿ったサポートも万全です。お客様はまだ年会費契約はされていませんが、譲渡者様の希望で今年度末まではハジメ様もここのサービスを受けることが出来ます。ガブリエル様は別途契約の必要がありますが……」
「それはオーナーとの話し合い次第だな」
「左様でございますか。またお店で会えることをご期待しております……その、ガブリエル様は我々のような業種の人間からすると、とても魅力的な出で立ちをされていますので」
「ヒェッ」
彼女はマトモなんじゃないかと淡い期待をしていたのか、ガブリエルの顔から一気に血の気が引いた。
案の定ユマもやはり娼婦側の存在だったのか、彼女のガブリエルを見つめる目には情熱が籠っている。しかも、ユマの熱は何もガブリエルだけに向けられていた訳ではないようだ。
「ハジメ様からは秘めたる膨大なエネルギーを感じます……はぁっ……ため息が出るほど濃密……っ」
流石はハーフデビル、性に悪食である。
実際には性欲皆無な上にこの年まで童貞なので自分は不能というやつなのかもしれないと思っているハジメだが、生命力という点では確かに周辺を逸脱している。
多分だが、娼婦はそういったものを感じ取れる特殊なスキルがあるのだろう。
(……流石にジョブチェンジで男娼になってまでスキルを覚えようという気分にはなれんがな)
「んんっ、失礼……注意事項もお伝えさせていただきますね。我々はお客様の要望に可能な限り応えますが、もしもお客様がお店のルールを破った場合は法的な処罰が下りますのでお気を付けください。羽目を外しすぎてルールを破ったお客様は二度とこのお店には入れませんので」
(成程、悪事を働く気はないが……)
いざという時の緊急脱出手段として一応は記憶しておこう、とハジメは思う。なかなか姑息な手段であるが、有効であれば否はないのがハジメスタイルだ。
「ただし、法的処罰になるかどうかはお店の報告次第ですので、代償を身体でお支払いしていただければ復帰もあり得ます。もちろんその内容は苛烈な物になりますが……なにせ我々の流儀にて行われますから、それは致し方のないことです」
「ひぃぃっ……!」
何かを思い出すように嬉しそうに手をニギニギさせるユマに、もうガブリエルは完全に狩られる子ウサギだ。だから彼はなんでわざわざ着いてきたのだろう。
そうこう言っているうちに、館の中でもひときわ大きな扉が視界に映った。
ユマが恭しく扉を開く。
「オーナーはこちらの応接間にいらっしゃいます。どうぞ中へお入りください」
「――!?」
扉が開かれた瞬間――ガブリエルはそこから溢れ出た気配に圧倒され、眩暈のような感覚に全身を支配されて気を失った。




