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第三試験の実技試験は、リ=ティリでも注目度の高い試験である。
理由は、実技にて優秀な者のみが合格するから。
つまり若い世代のハイレベルな魔法をお目にかかれるからだ。
いくら学問だ何だと言っても、人は派手な魔法に目を奪われるもの。
第三試験は一種の競技として町中の好機の視線が向けられ、楽しまれる。
場合によってはそこで見留められてスカウトされることもあるそうだ。
内容そのものは至極単純。
決められた装備で決められた杖を使い、決められた場所で三回だけ魔法を使う。
多くても少なくてもいけない貴重な三回で如何に己の知恵と技量を魅せるかが問われる。
ただ派手な魔法を三連発したり得意魔法を使えば良いというものでもなく、魔法の特性をよく理解した――転生者的に言えばコンボが上手く嵌まっていればいるほど覚えはよくなる。
というわけでハジメは明日に備えて魔法の練習をしていた。
場所はラファル家所有の魔法練習場で、多少派手な魔法をぶっ放しても傷一つつかないかなりお金のかかった場所だ。
(これはいいものだ。村の練習場にある魔法練習スペースをここを参考に拡張しよう。お金に糸目をつけず)
後進の育成のために必要なので散財ではない。決してない。
(しかし、ボルカニックレイジの最大効率か……完全詠唱など最後にやったのはいつだったか)
ボルカニックレイジは凶悪すぎる破壊力を誇る魔法だ。
強敵相手でもないと使い時がなく、しかも物理攻撃メインのハジメはボルカニックレイジを純粋な攻撃魔法として使うことが少ない。
ときおり敵の大規模攻撃を相殺するのに使う程度だ。
同じく翌日のために練習していたルミナスはハジメが気になるのか遠慮がちにちらちら視線を送っていたが、やがて意を決したように声をかけた。
「あの! その。ええと……ぼ、ボルカニックレイジってどんな感じの魔法なんでしょうか。ウチ見たことなくて」
「火属性最上位、敵味方識別不能、広域魔法……というのは当然知っているか」
「ある意味有名な魔法ですから」
ぎこちなく頷くルミナスが知りたいのはそんな紙の知識ではないのだろう。
ルミナスの期待に添えるか分からないが、ハジメなりに考えて説明する。
「極限まで凝縮された純粋な熱が、杖の先端から溢れ出るような印象だろうか。術者とその足下は守られるが、辺り一帯赤熱したガラスの大地が広がることになる。悪い言い方をすれば威力が過剰すぎて使いづらい」
「……特別な魔法を使った人にしか見られない光景なんですね。師匠が風で自在に空を飛んだときにもきっと特別な光景が見えた筈です。どんな光景なんでしょう」
魔法使いとしては高位魔法の発動に憧れがあるようだが、ハジメに言わせればあんな光景に大した価値はない。
「ボルカニックレイジを最初に使ったとき、目の前に広がる赤熱の大地を見て、たぶん俺は虚しいと思った」
赤熱した大地は土も石も何もかもが融け、有機物は悉く灰燼と帰し、ただ全てを焼き尽くした灼熱の残滓だけが残る漠たる大地が広がる景色。破壊欲求を持つ者は感動を覚えるかもしれないが、ハジメが思ったのは、こんなもの使えたところで何になるんだろう、という思いだった。
「誰も寄せ付けず、誰も許さない拒絶の炎。利便性など皆無。ただ燃えて果てろと言わんばかりに熱を撒き散らすだけ。マリアンの魔法には人が出来ない領域に足を踏み入れる夢があるが、ボルカニックレイジにはそんなロマンチックなものは……俺は少なくとも感じなかった」
◆ ◇
「なんてつまんなそうに魔法使うヤツよ、って思ったわね」
シオとフェオの二人にハジメの過去話をせがまれたマリアンは、最初にハジメという存在を意識したときの話をしていた。
マリアンはハジメの存在をそれより以前から耳にしていたが、存在として認知したのはそのときからだった。
大量の魔物の群れに一人で突っ込んだ彼は、ボルカニックレイジを群れの中心で発動させて魔物の9割を壊滅させた。その瞬間の背中を、残り一割を皆殺しにしたマリアンは空から見ていた。
「魔法が好きとか嫌いとかそういう次元にすらない。目的達成のための数多の手段のうちのたった一つがたまたま効率よかったから使っただけ。仕事を達成したことにも敵を薙ぎ倒したことにも喜びゼロ。じゃあこいつ何を楽しみに生きてんだろって思って、それで声かけるようになったの」
「うーん、ザ・昔のハジメさん。いや、尚悪いかも?」
「流石は師匠、ストイックを通り過ぎてますね。珍獣?」
「そうそう、まさに珍獣」
マリアンはけらけら笑って首肯する。
「リ=ティリの人間はまだ魔法が生きがいだけど、ハジメには生きがいなかったもんね。今でこそ金遣いが荒いだ女を囲ってるだと碌でもない噂が立つくらいにはアクティブになったけど、前はマジで人間関係なんて何とも思ってない節あったよね」
フェオにとっては予想通りの過去話だが、彼女が気になるのはその少し先だった。
「そんな人に、なんでマリアンさんは近づいたんですか?」
「アタシが20歳になってもアイツがそのまんまなら、アタシのものにしちゃおうって決めてたから。いやーあと少しだったのにねぇ!!」
あはははは! と大爆笑するマリアンにフェオはどういう顔をすればいいのか分からなくなった。
とりあえず、どうやら危ない所だったらしい。
同時にやはりこの女もハジメに気はあるのでは、という懸念が無視できなくなる。
自分でも口元がひくひくしている自覚がありつつフェオは問いかけた。
「あの、マリアンさんのものにするって具体的にはどういう……」
「そのまんまの意味だけど? 自分の意思決定が薄いんだったらアタシの意思決定で動いてもいい訳じゃない? ハジメには研究者の資質もあったし、気質的にも合ってると思ったんだけどねー……ま、弟子には出来たからよしとしますかぁ」
「念のため聞きますけど! ハジメさんのこと好きとか、そういうんじゃないですよね!?」
「アタシ好きな人以外近くに置かないけど?」
「その好きって! どっち!!」
「どっちかなー? どっちだと思うー?」
「フェオさん、術中にハマってますよー……」
にやにや笑ってムキになったフェオを翻弄するマリアンに、見かねたシオが口を挟む。からかいたくなる気持ちは分からないでもないが、シオ的にはフェオも敵に回してはいけない人認定なので無碍に扱いづらかった。
「ほ、ほら。惜しかったとも弟子に出来ただけよかったってことは、マリアン大師匠的には今の段階で妥協したという訳で! きっとこれ以上はないですって、ね!」
「むぅ……後でやっぱり欲しいって言ってもあげませんからねっ!!」
「なにこの新妻かわい~!」
「ハジメさんの方がかわいいもん!」
「確かに師匠はたまにかわいいところありますけど、何の話ですかこれ……」
「ああ、本筋から逸れてたっけ。まぁ面白半分にハジメに魔法研究のやり方教えたのはアタシだから、アタシも師匠名乗る権利くらいはあるって話でオチにしとこっかな」
◇ ◆
「――君の師匠なりに将来の見返りを期待して声を掛けていた所はあるんだろうな」
「それで師匠の無茶なお願いを突っぱねなかったんですね。いきなり弟子にするって言ったって普通の人は頷きませんもの」
少しばかり過去語りをしてしまったハジメだが、ルミナスとしては敬愛する師匠の知らない面の話なので関心を引いたようだ。
「そういう君はいきなり弟子にされたようだが」
「ウチの場合はいきなりこんな偉い人の一番弟子にされて、でもチャンスをふいにも出来ないからって必死でしたもん」
「世話がかかる女だったろう、マリアンは」
「はい」
力強く頷いたルミナスから負のオーラが噴出する。
歴戦のハジメをして踵を返したくなる圧だ。
「マリアン様はそれはそれは偉大な方ですが、それはそれとして大雑把で奔放すぎるんですよ!! 町の外の研究所兼自宅は一度散らかすと散らかしっぱなし! 着替えも荷物持ちも全部弟子にぽいぽいのぽい!! しかもお手伝いを雇わないからご飯の用意までウチの仕事にされますし! ご飯と言えばマリアン様は偏食が酷くてですね――!!」
出るわ出るわ、マシンガンの如く連射されるマリアンの私生活の駄目人間情報が溢れ出る。やはりあの奔放魔法使いに師事するとなると気苦労が多いようだ。これも古くからマリアンを知るハジメにだからこそ打ち明けられたのかも知れない。
「あいつは昔からそういう所があったな。クソガキ気質というか、こっそりテントの前に1Gを落として最初に拾った奴はドケチ決定とか言って物陰から監視して遊んでたり」
「うわーいかにも師匠のやること!!」
「何歳になってもガキっぽいが、ちゃんと人を育てる気があったことには驚いた。特に君には相当期待しているようだ」
「そう、ですかね……」
「なんだ、師匠の前で大見得を切った割には自身なさげだな」
「失敗して帰ってきてもドンマイドンマイ程度で済まされそう感は、まぁ。結局師匠にとってウチってそんなもんなのかも……」
決意は気に入ったが結果は最初から期待していなかったと言われるのではないか。
くせっ毛が力なく垂れるルミナスの僅かな憂いはそこから来るのだろう。
しかし、ハジメに言わせれば余計な心配だ。
「あいつは必要だと思ったら相手のプライド傷つける形になろうが容赦なく助言する。俺も何度か喰らったことがある。君は?」
「そんなにない……ですね」
「口を出すまでもなく解決してきた。そして遂に自分からやると言い出した。だからマリアンは何もアドバイスしない。君も勝算あってのチャレンジなんだろ? 理論が正しければ結果は出るさ」
ルミナスはその言葉に小さく頷くと、はにかんだ。
「なんかハジメさんのおかげで元気出ました。シオちゃんはハジメさんに甘えまくってるんでしょ? ちょっとだけ羨ましいかも」
「俺としては手のかからない分別を弁えた弟子の方が有り難いが」
「師匠と弟子交換します?」
「やめておこう。気が合いすぎて二人揃って暴走する危険性がある」
「……」
「……」
((あの二人ならマジでありそう……))
二人は一瞬真面目に考えてしまい無言になるのであった。
マリアンなら暇つぶしに弟子交換を言い出しかねないしシオも「用途に応じて師匠を使い分けられる!」とか言い出しそうなのが更にひどい。
◆ ◇
世界最大の魔法学院『パレット』の魔法訓練場には、他のどの訓練場にも存在しない世界唯一の設備がある。
曰く、それは反則的効果を誇る装備を生み出し続けた転生者ライモンドが手がけた数少ない冒険と全く関係の無い設備の一つで、この発明は魔法という学問の発展に大きな寄与をしたという。
「第三試験会場はここ、魔力濃度測定設備で行なわれる。魔力測定設備では専用の杖を装備して魔法を行なって貰う」
試験官が取り出したのは漆黒の杖で、先端には天球儀を彷彿とさせる凝った装飾が為されている。
「この杖には魔法使用者のステータスを一定に留める効果がある。駆け出し魔法使いでも熟達の魔法使いでも、同一魔法を放てば同じ威力になるということだ」
魔法の威力は使用者の技量や装備、コンディションに左右されるが、あの杖を使えば杖のステータスに固定された威力や効果の魔法が出る。これが意味するのは、術者の個人差によるムラが排除されるため魔法効果の比較実験に於いてこれ以上有り難い杖はないということだ。
試験官は杖で施設内のある場所を指し示す。
「魔法を使用する場所は施設の中心部。四方に細長い柱の立った中心部分だ。もしも攻撃魔法を使用する場合は中心部の先にあるモノリス目がけて攻撃を行なってもらう」
指し示された場所は漆黒の床が広がっており、四つの柱も同じ漆黒。的として提示された巨大なモノリスも全く同じ材質で出来ているようだった。
試験官は実際にそこで魔法を使用する。
「設備について説明するため実演する……ファイアボール」
初歩の火属性魔法がモノリスに命中すると、命中部位が熱された鉄のように赤く染まる。
「ここの設備は命中した魔法を吸収し、その魔力量によって色を変える……バーンブラスト」
先ほどとは違う場所に中位の火属性魔法が命中した。
色は先ほどと違い命中箇所はオレンジがかっており、ファイアショットの命中した痕跡とは明らかに反応が違う。
「このように魔力が少なければ赤く、魔力が多ければ色が薄くなっていく。上位魔法なら更に薄く、最上位魔法では白にまで染まる。また、周囲の四つの柱はフィールド魔法を感知する。ホットスポット」
初歩火属性フィールド魔法が発動すると、柱が反応して赤くなった。
術者に近い低位は赤みが明るく、上に登るにつれて明るさが減っている。
あの柱でおおよそのフィールド魔法の効果範囲等が判別出来るようだ。
勿論、十数名の実技試験参加者は事前に話は聞いているし実際に使ったことのある者もいるが、設備に不正がないかの証明も含めて実演しているようだ。
見物人はざっと見ただけで数百人はいる。
最前列にはマリアンやフェオ、クオンたちも見守っていた。
マリアン門下の参加者はルミナスが一番出番が早く、ハジメは後半、フレイヤとフレイは最後になっている。
「では試験番号一番、前へ!!」
受験者のトップバッターが前に出て、受け取った杖を構えると深呼吸し詠唱を始めた。




