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認定魔道士試験の二次試験は、面接だ。
通常の試験であればここで第二のふるい落としを行なうものだろうが、認定魔道士試験において二次試験で落とされる例は極めて稀だという。
何故ならば、この面接は第三試験に於いて論文で勝負するか実技で勝負するかの意思確認が主な目的だからだ。
研究者という人種の中には人としては破綻していたり研究以外の能力が極めて低い者もいる。逆を言えばそこに目をつむれば特化した才能を発揮するということだ。二次試験ではそうした研究者としての性質を見極める意味合いが強い。
また、面接内容によって第三試験が分岐するのにもメリットがある。
魔法研究者の中には、理論や研究では優秀なのに魔力不足という人材を救済できるからだ。
一部では魔法能力の低い研究者を馬鹿にする風潮もあるし、習得難易度が高い魔法を使えるのはそれだけでステータスな部分はあるが、学問の徒としてそれだけを以て評価はしないというある種の真摯さが覗える。
尤も、論文は流石に評価に時間がかかるため実技の方が早く合格を貰えるのは確かだ。
ラファル家の屋敷で弟子たちを集めたマリアンは、試験の流れを再度確認する。
「名前とか経歴とかは聞かれることはまずないわ。重視されるのは研究テーマ。論文の場合はテーマと意義を簡潔に。実技に行きたいときはどうするか、ハジメ答えてみなさい」
「将来にやりたいと考えている研究について述べ、その研究を行なうに足る魔法の実力があることをアピールする」
「おっけー。ま、実際はアピールするより前に次の試験で何するか聞かれるだろうけど、ハジメ、フレイ、フレイヤの三人は実技だから覚えておくよーに」
「「はい、師匠」」
「論文で勝負するのはルミナス、シオ、フェオの三人ね。フェオちゃんの論文はちょっと急ごしらえだから私もどう転ぶか分かんないけど、落ちても来年、再来年とチャンスはあるしあんま気にしなくていいんじゃない?」
「ですね。あはは……」
論文は持ち込みなので、この数日で皆に手伝ってもらいながらなんとか論文を纏めたフェオの表情からは「次は自分で用意したくない」という願望が見て取れる気がした。
フェオは既にベテランクラスの冒険者で魔法も得意としているが、彼女は魔法と武器を使い分けるタイプなのでどうしても魔法特化ビルドとはいかないための措置だ。ちなみに内容は『森と魔法の関係』。エルフとして森を愛する彼女ならではの視点が盛りだくさんで、そこにハジメモからいくらか補強知識が付け足されていてなかなか興味深いものが出来上がっている。
ルミナスとシオに関しては、実技でも通用はするだろうが研究者として論文を見て欲しいという学者的な考えが優先されていると思われる。事実、そうした魔法使いは多いらしい。
だが、予想外の声がそこに上がる。
「マリアン師匠」
「ん? どしたの愛弟子」
ルミナスが強い決意を宿した目で、マリアンを見つめた。
「論文と実技、両方受けたいです」
彼女のくせっ毛は反応していない。
マリアンは一瞬目を見開き、冷静に彼女の決意を確かめる。
「歴史上、両方を受けて両方に合格した魔法使いはいないわ。何故なら両方を受けた際に片方で不合格になると、不合格の判定が適用されるからよ。無用なリスクだしめんどくさいだけ。それでも――やりたい?」
「やらせてください」
「どうして?」
「師匠がウチを弟子にした理由を、自分で証明したいんです」
「よろしい。やって見せなさい」
マリアンが嬉しそうにニンマリ笑う。
まるで、そう来なくては面白くないとでも言うかのように。
ハジメは二人のやりとりに確かな絆を感じた。
「なんだかんだでいい師弟じゃないか」
「私だっていい弟子でしょ?」
「じゃあシオも両方受けるか?」
「師匠からは十分なものを受け取ってるので結構です。あとメンドい」
「最後の一言がなければ感動的だったな」
ハジメとシオの師弟関係はこんなもんである。
というか、きっとこれくらいが丁度いい。
師弟愛を全面に出したシオがどんな娘になるのか、ハジメは惚れ薬騒動で相応に思い知ったのだから。あれを村でも当然にされたら最終的には妻が一人増えかねないのは割と深刻な懸念である。
◇ ◆
「――バカなんじゃないの?」
レニスがそれとなく弟弟子のミーティとリューナが揃っている場でルミナスの信じられない決断の話をすると、リューナは冷たくそう言い放った。
「時間を無駄にすべきではない研究者の中でも飛び抜けて愚かね。功名心から見栄を張って意味の無いリスクを背負うなんて高名な賢者マクスミリアンが許可する筈もないわ。失望されて一番弟子から降格って所かしらね」
まだ十代前半という若さで三番で死に上り詰めたリューナの言葉は鋭利な刃物のように冷たく容赦が無い。
功名心と見栄は、魔法研究者の中で最も抱きがちで、そして師の失望を買いやすい感情だ。合理的ではなく、周囲の足を引っ張り、一生という二度と替えの利かない時間を無駄に費やす。
そんなことはレニスも百も承知であり、リューナほどではないが軽蔑の対象となる行為だ。
だが、レニスにはルミナスがそんな安っぽい感情や勘違いであのような選択をしたとは思えず、彼女の覚悟を湛えたシオのこともあって同意しきることが出来なかった。
「そう。貴方はそう、なのね」
言いよどんだことを誤魔化そうとレニスは余裕のあるフリをする。
が、この態度がミーティとリューナの勘違いを誘発した。
(なに、え? もしかして今の話題でなんか失敗した? なにその態度、もしかして何かリューナたちを出し抜く算段がついた、トカ!?)
(また私の知らないところで知らない話が!! 結婚のこと結局分からず仕舞いだったのに立て続けにぃ!!)
この三人、表に出さないだけで見栄と功名心ありありである。
しかし、これは彼女たちに限った話ではない。
幾ら閉鎖的な世界で生きているとはいえ、若く多感な未成年は些細なことで不安を抱きやすい。兄弟弟子と自分の能力差は意識するし嫉妬もする。適度なライバル心はむしろ歓迎されているほどだ。
されど、意味が分からずとも彼女たちは聞けない。
聞けば知らないことがばれてしまい恥をかくからだ。
こういうとき、焦って先に動くのはまだ幼いリューナである。
彼女は知らない話を続けるのではなく自ら話題を変更した。
「そんなことより、レニスはそろそろ結婚相手は絞れたのかしら? まさか試験に落ちるなんてことはありえないとは思うけど、もし不手際があれば幅が狭まるわよ」
「ある程度は絞れています。式のおおよその日時まで決定済み。変更はありえませんとも」
「まあ、兄弟子の頼もしいこと! ミーティもそう思うわよね」
今ミーティに最も振って欲しくない話題がフルスイングで叩き付けられる。
顔には出さずとも限界までテンパったミーティは反射的に見栄を張った。
「甘いわね。こちらは最高のものを考えてるわ」
(えっ)
(えっ)
ミーティの渾身の見栄っ張りが話題フルスイングに奇跡的にカウンターを叩き込んだ。
二人の中で結婚式という式の重要度は家を出る時に右足から出るか左足から出るかくらいどうでもいいことだ。そのどうでも良いはずのイベントに、あの隙の無い強かなミーティ(に、二人には見えている)が『最高のもの』と形容したことに意味が無いなどということがあろうか。
否、否、否、断じて否。
さりとて意味は問えない。
問えば己の無知を晒すのみ。
故に、この場における正解は――。
「流石はミーティ、そつがないのね!」
「賢明な兄弟子ばかりでリューナは幸せものです!」
それっぽいこと言って話題流しとけ、である。
奇跡的にも三人全員がこの話題を深掘りされたくなかったため、全員なにも分かっていないまま話題はスキーの如く華麗にその場を去って行った。
しかし、揃いも揃って賢明とはかけ離れた知ったかぶりをしてしまったことで、栄えある光のシュテルム一派で最も優秀である筈の門弟たちは勝手に疑心暗鬼に陥ってしまうのであった。
……大丈夫だろうか、この娘たち。
◇ ◆
第二試験の面接の控え室で、ハジメは偶然にもシオと同室になった。
他にも数名の魔法いるが、他の面々が静かに集中力を高めている中でシオは暇なのかハジメモを読み込んでいる。ハジメも特段緊張はないのでガーデニングの本を読む。
他の面々からするとラファル家の弟子緊張感なさすぎだろという話なのかちらちら刺すような視線が飛んでくるが、別に目の前で変な踊りや儀式をしたり音や臭いでハラスメントしている訳でもないのでそこは勘弁願いたい所である。
(ラファル家の門弟ともあろう者がなんとはしたない……)
(物見遊山で試験を受けてでもいるのか?)
(それともここは通過点に過ぎず、既に先を見据えていると?)
そんな中、ハジメたち以外にも注目されている男がいた。
やや浅黒い肌、オールバックに整えられた茜色の髪、サラマンダーを彷彿とさせる入れ墨――研究者にしては体格がよく、身長も高い。
彼は何をするでもなく退屈そうに天井を眺めると、時折周囲の顔を視線で追い、またつまらなそうに天井を見上げた。
整った顔立ちからは知性が感じられるが、同時に人を萎縮させる種の凄みのようなものが感じられる。
(インテリヤクザ……とは、あんな感じなのかも知れないな)
アグラニール・ヴァーダルスタイン。
アグラニールは魔名でアグラが名前だ。
火を司るヴァーダルスタイン家の麒麟児と呼ばれる注目人物の一人だ。
今年の候補は数多くいれど、次期当主クラスとなるとごく一部。
彼はその中でも最有力と目される候補だそうだ。
年齢は十七歳と試験を受ける人間の中でも若い方だが、彼の経歴はこのリ=ティリでもかなり異質だという。
あるとき、幼き日のアグラは親類の研究者の助手となった。
するとアグラはこれまでの研究成果を僅か数日で頭に叩き込み、目まぐるしい活躍を始める。そしていつしか研究の主導権は完全にアグラが握ることになり、主導研究者を差し置いて完成した論文の発表者になってしまった。
その後、彼の才能を持て余した研究者は別の研究者の助手にアグラを推薦したが、その先でも同じ出来事が起こり研究はアグラの手柄に。
その次も、更にその次も、彼は行く先々で食い散らかすように貪欲に研究の実質的乗っ取りを繰り返して成果を次々に上げた。
論文の数で言えば彼はマリアンさえ上回る10。
にも拘らず今まで認定魔道士に選出されなかった理由。
それは、彼の論文は全て彼自身が発案し研究を始めたものではなかったからだ。
彼に主導権を奪われた者が言い出したのか、はたまた才能を妬んだ者が言い出したのか、いつしか彼は『知恵の実喰らいのアグラニール』と呼ばれるようになった。
研究も名誉も全てを後から喰らい尽くす天才。
実りはじめた果実を奪って喰らう邪知の獣。
(こいつ自身はどう思っているのやら……案外、研究に興味はなかったりしてな)
世の中には時折そういうタイプの人間がいる。
誰しもがやりたいことと才能が一致しているとは限らないものだ。
しかし、そうだとすればいつまでもリ=ティリにいる理由がない。
当主として原色魔法を手に入れる為かとも思ったが、聞いた限りではその魔法にそれほどの価値があるとも思いがたい。
(まぁ、気にする必要もあまりないか)
ハジメと彼がこれから関係性を持つかどうかは未知数だ。
関係性が出来た時に彼について考えれば良い。
ただ、彼の値踏みするような視線がシオにやや集中していることだけは気になった。
◇ ◆
第二試験は集団面接のような形式だった。
同じ部屋にいた数名が並んで上等な椅子に座らされ、更に上等を越して上質な椅子に座った三人の魔法研究者に研究テーマについて質問される。マリアンから事前に聞いた話と差異は特になかった。
順調に面接は終わっていき、ハジメより先にシオの番になる。
「私ことシオネレジア・ファウストの研究テーマは、魔法の効果と性質の再確認です」
「再確認を行なう理由は」
面接官の態度はやや馬鹿にしたようなニュアンスが感じられた。
先人が試行錯誤の末に確立した魔法理論を今更調べる必要があるのか、と。
だが、シオはその言葉を待っていたとばかりに饒舌に研究の意義を語る。
「一見して特に問題のない基礎的な魔法の理論や性質ですが、確立当初の装備や環境及びその観測方法は現代のものと比べて大きな差異があります。当時は偶発的要素による効果の増減とされたものも実際に検証すると法則性が発見されたり、通説と異なる部分が発見されることに私は着目しました」
実際にはハジメのメモに書かれた内容が基礎になっているが、ハジメも戦いに必要な知識に重点を置いて検証したためより学術的な確認はシオが行なっている。中にはハジメも当時は気付かなかった意外な発見をしたり、現象についてしっかり理解できるよう文字に書き記すという点を見るに、きっと彼女が今のハジメくらいの年齢になった頃には追い越されているだろうと思うほどにはしっかりしている。
「これらの新発見や新法則に基づいて過去の記録をより正確なものに修正することは、後の魔法理論の発展と過去の魔法理論の修正、そして伸び悩む魔法知識の更なる普及にも役立ちます。当たり前のものほど疑うべし……亡き祖父がよく口にした言葉です」
「アンドロマリウス・ファウスト博士の……」
「確かにアンドロマリウス博士の論文はいつもそうだった」
「博士の遺した志を正しく継ぐ者……」
彼らはシオの中に彼女の祖父から受け継いだものを感じたのか、後はずっとシオのペースで面接は終わった。面接官の中には感動の涙をハンカチで拭う者までいたくらいだ。
順番は巡り、ハジメの番だ。
「自分ことハジメ・ナナジマは実践魔導員を志望しています」
これが、実技でケリを着けたい人間の常套句だそうだ。
実践魔導員とは、すなわち理論を実践する係のことだ。
これは魔法研究に於いて必要不可欠な役職だという。
理論の実践とデータ収集には高度な魔法の実力が必須だが、それは時として幾百もの魔法実験が必要になることも珍しくない。それらを研究を主導する者で全て賄うのは現実的ではないし、実際には発生する事象が予想通りかを観測するのが主になる。
そんなときに必要なのが実践魔導員、すなわち魔法実験に必要な知識、技量、魔力を持った人材だ。
大抵の場合は助手を兼任しており、人によっては複数名の研究を掛け持ちしていることもあり、そうした魔導員は様々な研究で生の情報を得て大成することも少なくない。
試験官達も特別なリアクションはなく、淡々と確認を取る。
「得意属性と今扱える最も高度な魔法は?」
「得意属性は火。使役可能な最上位魔法はボルカニックレイジです」
「……!!」
その一言に試験官達全員の顔色が変わる。
「おい、嘘判別天秤は反応したか?」
「していない。リ=ティリでも一握りの者にしか御せぬ禁忌魔法をまさか……」
「マクスミリアンが弟子に連れてくる訳だ……」
恐らく彼らも使えないのだろう。
シオがホイホイ使わせようとすることに定評のあるボルカニックレイジだが、禁忌魔法の肩書きは伊達ではない。火属性を極める所まで極めた果てとされるボルカニックレイジの使い手は、ハジメですら片手の指で数えるほどの使い手しか知らない極めて高度な魔法なのだ。
「水属性の最大魔法は如何か?」
「アクアスマッシャーです」
「闇属性の場合は?」
「ネガディストリオンです」
アクアスマッシャーもネガディストリオンも術としては上の下程度の魔法だが、火と相反する水でも上の下に届いているだけでなく関係ない属性でも上の下に届いていることに面接官たちは驚愕している。
以前にも説明したことがあるが、多方面に魔法を鍛えると普通は器用貧乏になるのでハジメのように得意属性以外でも一定以上の位に到達しているのは本来あり得ないビルドだ。そのあり得ないものが出てきたものだから、彼らはそれ以上あまり聞くことがなくなってしまった。
結局ハジメの面接もつつがなく終わり、最後の一人の面接が始まった。
「アグラニール・ヴァーダルスタインは実践魔導員を志望しています」
(こいつもか)
「ゆくゆくは魔法の効果と性質の再確認の研究を行ないたく思っています」
(ん……? シオと同じ研究……?)
「そして、得意魔法は――ボルカニックレイジです」
面接官達がまた顔色を変えた。
アグラはそのような態度は眼中にないとばかりに、面接官の質問を待たずして喋り出す。
「ああ、アクアスマッシャーとネガディストリオンも扱えますよ?」
(こいつが口にする魔法、さっき俺が言ったのと全部同じじゃないか……しかも、本当に使えるみたいだ。ライアーファインドがびくともしない)
「な……二人目の、禁忌魔法の……!?」
面接官が何も言えずにしどろもどろになる中、アグラが視線を面接官から外して別の方向を向いた。
その目を、ハジメは今まで何度も見たことがある。
執着心に取り憑かれ、自分がそれを手に入れることを信じて疑わない目だ。
奪う者、傷つける者、己のプライドの為にどこまでも凶暴で利己的になれる人間特有の、痛いほどのぎらつき。
彼の視線は、シオに向けられていた。
(こいつ面倒な男に目をつけられるプロか……?)
どうやらまた弟子の面倒を見てやらなけれなならなそうで、ハジメは特大のため息を呑み込んだ。
まだ面接中だからいまため息はよろしくない。




