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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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32-5

 ハジメたちがショッピングをしていた頃、実家への挨拶を終えたルミナスは同じく実家に顔を出してしたシオと合流していた。

 シオはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、家であったことを喜々として語った。


「いやぁ、兄上殿が凄い顔してたわ。俗世に出て行った落伍者の妹が魔導十賢に拾われて自分より先に認定魔道士試験に送り出されたのがよっぽど悔しかったのかなぁ~~~? クヘヘヘヘッ」

「笑い方が悪い人っ!」

「ま、ファウスト家から出てた他の兄弟たちは怪訝な顔はしてたけど大した反応じゃなかったわね。コミュニケーション能力の低さが覗えるわ。一緒に働いても日常会話がクソつまんなくてテンション下げてくるタイプの集団よ」

「仮にも同じ一族相手にボロクソ言うねシオ……お父さんとお母さんは?」

「フツーに喜んでたわよ。ま、実際には昔拾った石が思いのほかいい石だったからラッキー程度の感情だけど」


 リ=ティリは親子の情というものが文化的に極端に薄い。

 純血派が疎まれることから分かるように、彼らは昔から血統というものを守るものではなく広げるものと考えており、優れた知恵を持った者の遺伝子が一族に加わるのは得だという拡張的思想を持っている。

 やがてそれが個々の優秀さと自分の研究を引き継いでくれるかという点、すなわち師弟関係の重視につながり、親子の縁が薄れた末に今がある。


「逆にルミはどうだった訳?」

「案の定プレッシャーだけ背負わされた……もうっ! 自分たちは何にもしてないくせに期待だけ背負わせるのって都合良すぎないかな!?」

「まぁ分からんでもないような? グアリ家なんて私も聞くまで知らなかったもん。なんとか大きな家の傘下に加わりたいんでしょうね」

「それはまぁいいんだけどさ……」

「?」


 沈み込むルミナスの表情に反し、彼女のくせっ毛は好戦的なスウィングをしている。これはルミナスが不満を溜め込んでいるときに見られる動きだというのをシオは最近学んだ。

 彼女もシオに気持ちを見抜かれていることは承知なのか、たどたどしくも自分の口で語る。


「マリアン師匠が魔導十賢で偉い血筋だからって、さ。その名にあやかるために頑張れみたいな。そういう言い方、すごく不快……」


 きっかけは棚ぼたのようなものだったが、ルミナスはマリアンが好きだ。

 無茶ぶりされたり揶揄われたり、ワガママに付き合わされるのは疲れるが、それ以上にルミナスはマリアンの凄いところを目の当たりにして憧れを抱いた。

 いまルミナスがマリアンを師事しているのは、もっと純粋な憧憬なのだ。


「わー、そういうタイプかぁ。それもまぁ、分からんではないかも」

「シオは堂々とあやかろうとしてるのに?」

「いやね、師匠と会う前にわるーい男に騙されてた時期があってさぁ。あんときの私は自分が権力目当てでその男といるみたいに言われるのイラついてたなって。ま、その男の化けの皮を今の師匠が全部引っぺがしてくれたんだけど」


 彼女にとっては黒歴史に近い出来事なのか、シオは「あーヤダヤダ」と顔を顰める。


「師匠に出会わなかったらと思うとホントにぞっとするわ。今はハジメ師匠以外に仕えるのは考えらんない」

「え゛」

「ん? なによ潰れたカエルみたいな声出して?」

「シオって尽くす系の弟子だったの!?」


 見るからに我が強くて欲望に正直なシオの口から仕えるという言葉が出るのは、 ルミナスにとっては過去一番の衝撃だった。

 魔法研究者の間で「仕える」という言い方をする弟子というのは、自らの研究より師にどれだけ貢献できるかを重視する補佐に熱心な人間だ。決して珍しい訳ではないし案外その方が師の覚えがよくなり子の世代に恩恵が来ることも多いのだが、「仕える」弟子は奉仕者の立場に喜びを感じてそんな先のことは考えないものだ。


 そのことを問われると、シオは微かに顔を赤くして視線を逸らした。


「……悪い?」

「え、いや……余りにも意外だったから。あと今のシオめっちゃかわいい」


 普段勝ち気で師にもため口、利害関係全開という雰囲気のシオが急にしおらしくなる様は大変ギャップがあり、ルミナスは不覚にもきゅんと来た。

 当のシオは嬉しくないとばかりに口を尖らせる。


「いらんこと言うなっ! ……はぁ。うん。ハジメ師匠のこと大好きよ。そんなこと面と向かって恥ずかしくて言えないけど、フェオさんが師匠の世話焼きを一番出来る立場なことにたまに嫉妬する。もっと料理でも背中流しでも何でもしてあげたい」


 師匠と弟子の関係の中には、そうなることも稀にある。

 愛情とはやや異なるが、他人から見れば愛と相違ない胸を焦がす衝動。

 一定のラインを越えた敬愛は、恋慕と見分けがつけづらくなる。

 シオは、ふと我に返るともっと顔が赤くなった。


「あーもう何言っちゃってんだろう私……こんな話するつもりなかったのにアンタが余計なこと言うからよ……って、なんでルミも顔赤いのよぉ。余計に気まずいじゃん」

「や、だって……そんな情熱的な話をあのシオがするから……えっと、その、つまり、結婚したいの?」

「しないわよ! だって……唯でさえもう奥さん三人もいるのに、これ以上増えると師匠が困るじゃん。ライン越えよ、ライン越え。かわいいワガママの範囲に収めときたいの」

「それって師匠から結婚しようって言ってきたら、しちゃわない?」

「師匠はそんなこと言わないもんっ」


 頬を膨らませてそっぽを向くシオに、ルミナスはこの弟子クッソかわいいなと思った。

 普段は悪ぶっているが、根がこんなにも健気とは。

 同年代の同性をこんなにかわいいと思ったことはない。

 マリアンもかわいいが明らかにそれとは別種の栄養素を感じる。


 ちなみに、リ=ティリでは重婚はありだが、それは優れた研究者の子孫を多く残すために許可しているだけで基本的には愛も恋もへったくれもない事務的な関係だ。しかし外の世界をたっぷり見てきて、感性もどちらかといえば俗世寄りのグアリ家に生まれたルミナスはシオの考えていることはなんとなく理解できた。

 シオはルミナスを横目で恨めしげに睨む。


「腹立つわー」

「何も言ってないよ?」

「そのアホ毛がるんるん気分で跳ねて口より雄弁に語ってんのよ! このこのっ」


 八つ当たりとばかりにアフォゲを指でつついてくるシオの行動をルミナスは甘んじて受け入れた。でも、マリアンにこの話を漏らすとあの師匠は絶対に余計なことを言い出すのでこのかわいい兄弟弟子(仮)のために言わないでおこうと心に決めた。


 ――ところが、この二人のやりとりを物陰に隠れて聞いていた人物がいた。


 アンダンテ・シュテルムの一番弟子、レニングスタことレニスだ。


 目立ちすぎるドリルロール髪は隠れ切れていないのだが、幸いシオとルミナスは話に夢中で気付いていない。

 彼女は偶然二人を見かけただけだったが、その師への愛の話に興味を惹かれてしまいばっちり物陰から聞いていた。


(えっ、えっ、師匠ってそこまで敬愛するものなの? あんな顔するほどに!?)


 寝ても覚めても魔法研究ばかりしていたレニスは二人のやりとりに驚愕と困惑の入り交じった表情を見せる。心はその多量の感情を処理できず、頭脳までもが冷静さを欠いていた。


 バミンガン・シュテルム師匠はもちろん尊敬してるし、彼の薫陶を賜れることを誇りに思ってはいる。

 しかし、師と結婚したいとか師の為に身を引くというような重い感情を彼女は一度も抱えたことがない。


 一瞬、ファウスト家の放蕩令嬢だから俗世に染まって奇妙な感覚を持っているのかとも思った。

 しかし、彼女を育てたのは先々代ファウスト家当主にしてレニスでも知っている高名な研究者だ。

 シオネレジアは先々代を最も慕っていたとも聞いているし、先ほどの試験でも淀みなく回答して試験時間を一時間余らせる程度には優秀な彼女がそこまで学者と離れた価値観を持っているとは考えづらい。


 レニスは必死に師のバミンガンと自分の関係で感情移入出来る要素を探す。

 しかし、見つからない。

 どんなに記憶を掘り起こしても見つからない。


 レニスはシュテルム家の血筋でバミンガンはおじに当たるが、褒められて誇らしいとか評価されて嬉しいといった感情がせいぜいで、人前で顔を赤くするほどの熱を持ったことは一度も無い。

 視線の先ではルミナスも師について熱く語り出した。


「ルミはどうなのよ、師匠について!」

「いつ見ても綺麗で、眩しくて、でもいたずらっ子でキュート。誰にも評価されずに砂利の中に埋まってた私を拾い上げて、磨いて、キレイだよって言ってくれた……そういう人かな」

「まぁ、あの大天才のお眼鏡に叶うのはまさにそうかもしんないけど……」

「師匠ってホント困った人でさ。とんでもなく難しい魔術でも「アンタ出来るでしょ」って気楽に言うの。そりゃ師匠なら出来るかもしれないけど、こっちは出来ませんって答えたら「そんな訳ないでしょ?」って突き放すの」

「うんうん。それで?」

「アドバイスもらいながら頑張って頑張ってなんとか形になったらね……「ほらね、師匠は出来るって分かってたよ?」って優しく頭を撫でてくれるの」


 レニスだって幼かった頃は褒められて撫でられた。

 しかし、ルミナスの言葉と表情に宿る熱量は、それと明らかに異なる。

 否、段々と特別な感情を抱かず褒められて当然と慣れてしまったレニスと違い、ルミナスの想いは高まり続けている。


「マリアン師匠は私が出来るってことを微塵も疑わない。ほんとに何でもお見通しなんじゃないかって思うくらい、師匠の課題は気付いたら乗り越えてる。でも今回の試験で師匠はなんにも課題を出さなかったの。それは――ウチに、そろそろ自信を持って自分で何かやってみろってことだと思う」


 バミンガンはそんなことは言わないし、言っていると感じたこともない。

 大きな賭けも感情の揺れ動きも必要ないから、培った経験に見合ったパフォーマンスを発揮すれば良いと言うだけだ。マクスミリアン・ラファルが弟子に向ける期待とは比べものにならないほど軽いように、レニスは感じた。


(なんで……なんで今の話を私とバミンガン師匠に置き換えたらと考えた時、私の心はあれほど揺れ動かないの!? ま、まさか!! 師への尊敬が足りていないというの!?)


 レニスの脳裏には二人の兄弟弟子、ミーティとリューナのことが浮かんだ。

 彼女たちは、もしや表面上は変わりなくとも実は自分より遙かにバミンガン師匠に陶酔していたりしないだろうか。もしそうなら、レニスに一体何が足りないのだろうか。


 困惑にとどめを刺すように、ルミナスから衝撃的な言葉が飛び出した。


「ウチね、明日――」


 彼女から放たれた言葉にシオは息を呑み、そして「凄いじゃん」と彼女の覚悟を称えた。

 バミンガンなら絶対に許可しないし、自分がやれば周囲に笑われることだ。なのに、なんでマリアンの弟子たちは自分たちとこうも違うのだろう。


(探りを入れなければ……真実を確かめなければ!!)


 レニスは焦燥に焼かれるような気分で身を翻し、ロール髪を揺らしてその場を走り去っていった。

 ……まさか兄弟弟子も別のものを抱えて挙動不審になっているとはつゆ知らずに。

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