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ハジメはバミンガンの弟子三人娘が無理していないか気になったが、当のバミンガンはさっきからマリアンに弟子の数やら認定魔道士の数ばかり自慢していて弟子の様子を気にするそぶりがない。
「既にこれまで20人は認定魔道士を輩出してきましたが、今年は何人通るか心配で心配で……」
(もしや、もう他にマウント取る部分がなくて研究者としては結構行き詰まっているのでは……)
なお、シュテルム家の他にも火を受け継ぐヴァーダルスタイン家など様々な十賢の弟子と、それ以外の家からも精鋭が会場に来ている。基本的に十賢はどこも7、8人は送り込んでいるようで、シュテルム家が一番人数が多い。
ただ、多ければいいというものでもなく、不合格者が多く出れば選出された側の指導者としての資質も疑われるようだ。つまり数打てば当たるという戦法は自らの首を絞めるリスクを背負うことにもなる。そういう意味ではバミンガン・シュテルムはもう一線を退いて後進の育成に専念しているとも受け取れる。
(ならもう少し弟子のメンタルと将来を真面目にだな……)
(師匠、研究のムシ共にそんな倫理観育つ訳ないですって)
ハジメ、超久しぶりのオカンモード発動を弟子に阻止される。
「ところでマクスミリアン殿、そちらの竜人のお子さんと家畜は一体……?」
「弟子の娘と弟子の親だけど、それが?」
「クオンだよ! よろしくおじさん!」
「ブゥ」
「?????」
バミンガンは理解の範疇を超えた謎に、宇宙の理に触れた猫みたいな顔をしていた。
なお、グリンは家畜扱いされても一切気に留めていないがフレイとフレイヤは「グリンに対してなんたる暴言……三日間背中の丁度手が届かない場所が何度も痒くなる魔法をかけてくれよう」「いいえお兄様、もっとおしおきが必要ですわ……一週間大事な話をしたいときだけしゃっくりが出る魔法も加えましょう」とひそひそ話している。
地味にかなり嫌な呪いだが、彼の弟子の扱い次第では一考の余地がありそうである。
閑話休題。
第一試験は筆記試験だ。
認定魔道士たるもの魔法に関する基礎から応用に至るまでの一通りの知識を備えているべし、とのことで戦闘ではなく学問としての魔法使いの基礎が試される。
マリアン曰く「認定魔道士目指してるなら落ちる方が難しい」らしい。
というのも、認定魔道士になってからが専門分野を極める本番なので、認定魔道士段階ではさほど難しい知識を要求してこないのだそうだ。
と、いうわけで。
「二時間でぬるっと終わったな」
「自己採点100点ですよ! 褒めてください師匠!」
「お疲れ弟子共~」
筆記試験、特に見せ場なく終了。
何気にハジメは生前受験の類をしたことがないのでちょっと新鮮な気分だったが、肩透かしをくらった気分になる。
「試験中に魔法による妨害が入るとか、答案用紙や問題用紙に特定の魔法を使わないと現れない問題があるとか、配点が異常に高い筆記問題があるとか、想定を遙かに上回る難問があるとか、特にそういうのは全くなく驚くほど普通に普通の試験だった……」
「あははは、そんなおふざけをここの勉学のムシ共が思いつく訳ないじゃ~ん! ハジメおもしろーい!」
「そーですよ師匠。どいつもこいつも紙食い虫みたいなジメジメした生き方してんですから、奇抜な発想なんて出来る筈ないですよ~!」
「しっ、師匠……! シオも……! 他の人も聞いてるのに声が大きいですって……!」
揃って堂々と故郷をコケにする二人にルミナスのくせっ毛がべしべしはたいて突っ込みを入れる様はなんともシュールだった。もちろん動く以外はただの髪の毛なのでダメージはない。
筆記試験の点数はなんと今日の午後五時にはもう出るらしい。
逆を言えば暫く暇なので、自由行動することになった。
シオとルミナスは実家に近況報告に。
マリアンはフレイとフレイヤとグリンを連れて自分の屋敷へ。
「で、ハジメさんはいきなり散財を求めて町へ繰り出すんですね……」
「まぁな。実用性があるかは分からんが高いものはありそうだ」
ハジメはフェオ、クオンと三人で町を練り歩く。
家では一緒にいることも多いが、最近では三人以上人がいることも多いため妙に久々に感じた。
「クオンの欲しいものあるかなぁ?」
クオンは面白いものを期待しているようだが、この娯楽の代わりに学問があるような都市に子供が喜ぶ品があるかと言われると期待値は過去一番低い。
散財に関しても高い本はありそうだが、高いとは言っても学問関係の本なのでたかが知れているし、稀少な魔導書の場合そもそも売りに出されない可能性が高い。なにせここはそうしたものの価値が理解できる人間でひしめき合った都市だからだ。
「しかし、朝は人がいたのに昼になるとがらりと減りましたね」
「ここでは昼寝の時間がかなり浸透しているそうだ。良質な研究のための良質な睡眠を一定時間取るとか。まぁ、人によりけりで商売人は気にしていないから店が閉まっていることはないだろうと聞いた」
閑散とした通りを見物するフェオは特に散財に反対しないが、それには理由がある。
実は、魔法学術都市リ=ティリは魔法学問に全振りしすぎて観光名所的なものや娯楽施設が全くと言っていいほど見当たらない。
ゴシック調の荘厳な建物はあるが、それを見物するだけで時間を潰せるほどフェオは建物マニアではない。むしろ彼女はコモレビ村の発展の参考になりそうにないと早々に興味を失っていた。
「最初は凄い町なんだなと思ってましたけど、ここまで来ると息苦しいですね」
「バランシュネイルはなんかもっと広々としてたけど、ここはギュギュって感じしない? ね、フェオお姉ちゃん」
「分かるなぁ。なんか、几帳面すぎてぎゅうぎゅうに詰めちゃった感じ。皆さんこんな近くに森もない所に住んで辛くならないんでしょうか?」
「住んでいる人達にとっては当たり前のことなのだろう。外から来た俺たちには分からない感覚だ」
嘗て自分の身を置く環境が当たり前だと思って過ごしたことでとんでもない過ちにずっと気付かなかったハジメだからこそ、彼らのことが少しだけ理解できる。最初からないと思い込んでいるものを求めるようになるには大いなるきっかけが必要だ。
そして、きっかけは時として劇物ともなりうる。
「そういえば、今する話じゃないかもしれないが……」
ハジメは己にとっての最大の『きっかけ』に話を振る。
「フェオは結婚式とかしたくないのか?」
「へ?」
実は少し前から思っていたことを口にすると、フェオは思いのほかぽかんとしていた。
「いや……むしろ君が言い出さなかったのが不思議だった。結婚式と言えば人生の晴れ舞台だし、魔王軍も壊滅して俺も時間が出来た。そろそろ丁度良い時期だろうと思ってたが、君があまりにもそういう話をしないもので」
「ウルお姉ちゃんとアマリリスお姉ちゃんも言ってたよ。式しないのかなって。他の大人も言ってたかも」
クオンの口ぶりからすると、どうやら同じ気持ちを抱いていたのはハジメだけではなかったようだ。
もうハジメとフェオが事実婚状態になって久しい。
夜の営みも……既にしたことがある。
いや、色々どうしてこうなった状態になったが、とにかくしたのだ。
そのときもハジメは「結婚式より先にそっちの話?」と少し意外だった。
フェオはしばしフリーズしたのち、はっとした。
「そっか! ハジメさんお金持ちだから盛大に結婚式出来る!」
「忘れてたのかッ!?」
「フェオお姉ちゃんってばさぁ……ママより鈍いってどーなの?」
「いっ、いや違うの! 結婚式ってお金もかかるし準備に手間もかかるしから夢のためには後回しにしないとなって昔から思ってて、それで、なんというか、その……優先順位低いのが染みつきすぎて忘れてました。てへっ」
こてっと首を傾けててへぺろするフェオ。
本気で今まで忘れていたらしい。
思わぬずぼらな面を知ったハジメであるが、思えばフェオはクオンの目の前でトカゲの腹を掻っ捌いたり両親に手紙を長期間送り忘れたり時々ポンなことをやらかしていた。
珍しくクオンが「そんな理由ぅ~……?」とがっかりしている。
ハジメの勘によると多分ウェディングケーキなる巨大なケーキに興味津々で割と楽しみにしていたものと思われるが、敢えて触れないでおく。
「あ、あはははは~~……で、でもハジメさん! 結婚式はいくらお金かけてもいいですよね!? ウェディングドレス用意し放題、お色直しし放題、どんな演出もやりたい放題! 今まで諦めてたあらゆるプランを詰め込んでいいですよね!?」
「金に糸目はつけない。村を挙げて盛大にやろう」
「花嫁は勿論私以外も参加です! ベニザクラさんとサンドラちゃんの要望も聞いておかないと!」
「そ、そうだな」
堰を切ったように急に結婚式計画をウキウキで考え始めるフェオの勢いにハジメは少し圧された。というか自分の結婚式なのに他の妻たちも一斉参加させるのはフェオ的にはいいんだろうか。なんならサンドラは村の外で一回やっている。
いや、ことここに至ってその問いは愚問だろう。
彼女は既に夜のアレでベニザクラとサンドラを参加させて四人でやる計画を当事者たるハジメに知らせないまま実行した猛者の中の猛者である。あの後キャロラインに腹筋がよじれるほど爆笑された。
「あとは出来ればイスラ達にも参加して欲しいが……」
今は留守にしている二人の聖職者と人造悪魔の村人――イスラ、マトフェイ、マオマオ。なんなら彼らに誓いの言葉などやってほしいくらいだ。フェオもマトフェイとは仲が良かったので賛成する。
「確かに是非参加して欲しいですけど、行方不明のマトフェイちゃん探し、難航してるんですか?」
「シャルアが重いのほか歯切れが悪いようでな。今度俺からも聞いてみるつもりだ。どっちにしろ結婚式は準備に時間がかかるから悲観せずにいこう」
あの愛の戦士を自称するシャルアが二つ返事出来ないということは、事態は予想より複雑なのかもしれない。ここ最近はハジメにも会いに来ず、ガブリエルとノヤマもすれ違いが多いそうだ。
「とにかく、話は認定魔道士試験が終わってからだ。クオンもそれまでウェディングケーキは我慢してくれ」
「ちちち違うもん! ケーキ目当てじゃなな、ないもん!?」
「相変わらず嘘が上達しないのね、クオンちゃん。ふふっ」
――結局買い物の方は用途の知れない変なカースドアイテムの魔導書をコレクター精神で数冊買った程度で散財には碌にならなかった。
ただ、こういう時間はやはり悪くない。他愛もなく生産性もないのに、そこには確かに大切な人と過ごす幸せとぬくもりがあった。それにあの店は品揃えがとにかく多くて全てを見て回れなかったので、時間が出来たらまた行ってみることにした。クオン曰く「オタカラが眠っている予感」だそうだ。
……ところで、実は割とずっとハジメは尾行されている。
かなりバレバレな尾行で、相手は大きなロール髪を全く隠し切れていないシュテルム家の受験生ミーティだ。
悪意は感じないが、何かものすごくショックを受けている。
しかし、尾行ばれてるぞと堂々見つけて問い詰めるほど大問題とは思えないので、ハジメは見ないふりをするのであった。
◆ ◇
ミーティは試験後に気になる光景を見て、はしたないと思いつつもある人物の後をつけていた。
ハジメ・ナナジマ。
魔導十賢の異端の天才マリアン・ラファルが突然連れてきた魔法使いの一人だ。
三〇代という年齢は認定魔道士試験ではさほど珍しくなく、師より年上の弟子というのも目を引くほどのことではない。十歳以上年下の女性と結婚しているという事実にしても、珍しいという程ではない。
むしろ、あのファウスト家の放蕩令嬢シオネレジアがマリアンの弟子になっていたことと、幼く見目麗しい双子のエルフの方がよほど奇異の視線を集めていた。
ミーティが驚いたのは、パートナーであるフェオとハジメの強烈な距離の近さだ。
(て、て、て、手を繋いでる……!?)
……は? と思うかも知れないが、リ=ティリ生まれのリ=ティリ育ちなミーティにとっては人前で手を繋いで歩くなどかなり強烈で学問を疎かにした堕落夫婦でなければあり得ないくらい大胆な行為である。
はしたない、まさか人前で、子供の前で――そんな言葉が次々に頭を過るのに、耳まで真っ赤に紅潮したミーティの瞳は何故か二人から離れてくれない。夢中になってしまっている自分を恥じながらも、未知の欲望に突き動かされてずっと追ってしまう。
(人目があるのにあんなにも好意丸出しの距離感で、なんていやらしい! 学問の都に相応しくない品位を疑うやりとりだわ! まままま、まさかキスなんてしないわよね! そ、そんな……キスなんかしたら子供が出来ちゃうわよ!? 子供の前で子作りだなんて!?)
などと思いながら一秒たりとも見逃せないとばかりにガン見するミーティ。
なんのかんの言いながら生キスを一度も見たことがない身体は正直だった。
……リ=ティリでは成人を過ぎても子供の作り方を知らない人間は珍しくない。何故なら子供を産むより研究に没頭するのが彼らのライフスタイルだからだ。特に女性研究者は妊娠と出産の間は仕事に支障を来すからと20代後半までずるずる引き延す人ばかりだ。
なんなら子供の作り方も専門指導員を雇って教えられるまで大抵の人が知らないので、リ=ティリはわりかしとんでもない性教育後進都市である。
そんな中、ミーティが最も困惑した二人と子供の会話――それが結婚式だ。
(結婚式に莫大なお金をかける? ウェディングドレス? オイロナオシ? ウェエィングケーキ? なにそれ、何語? ほんとに私の使ってる文化圏の言葉にあるもの? 一言一句何も分からない……!!)
リ=ティリにおける結婚式とは、親ないし師が取り決めた婚姻に粛々と従い、夫婦として最低限の繋がりを家族ぐるみで会議して決定し、まぁしたければ一緒に住んでいいのと子作りの義務を負うくらいのイベントというか、イベント未満の何かである。
俗世の結婚式はこうなのだろうか、などとミーティは考えない。
何故なら俗世というのはここの住民にとって世界未満の存在、意識することすらない世界の話だからだ。
故に、ミーティはとんでもない勘違いを犯した。
(もしかして私、研究に没頭しすぎて結婚式のこと何も知らないっていうの!? この二番弟子のわたしがッ!? ほ、他の弟子たちは知ってるのかしら……知らなかったらレニスに鼻で笑われてリューナに『兄弟子のくせに知らないんですか?』とちくちく嫌な笑みで追求されたりするの!?)
レニスに後から追い越され、新星リューナにじりじり距離を詰められ内心焦りがあるミーティは、急に兄弟弟子たちがこのことを知っているのか確認しなければという焦燥に駆られた。
(こ、こんなところでグズグズしていられない! 急いで結婚式の情報を収集しつつ他の弟子たちに探りを入れなければ!!)
ミーティは巨大な二つのロール髪を翻してシュテルム家所有の研究所に走った。
外の世界から持ち込まれた『結婚式』という知識の劇物爆弾を、彼女はまんまとシュテルム家の俗世を知らない初心な門弟たちの元に持ち帰ってしまったのである。




