32-1 散財おじさん、弟子がいるのに弟子にされる
表向きとはいえ魔王軍が壊滅すると世界は一気に平和になる。
当然、ハジメの仕事もある程度は減少する。
それでも嘗ては引く手数多で指名依頼が舞い込んできたハジメだったが、今は家族が出来たことが依頼主に知れ渡ってきたためかしょうもない依頼が減少。結果、普通に仕事をしていてもスケジュールに空きが出来る日が増えてきた。
ハジメはこれを機にちょっとしたガーデニングに挑戦したり(無駄に稀少で購入に金のかかる苗とガーデニング用品を一通り揃えて50万G使用。将来の村のガーデニング用品開発の参考にもなって一石二鳥)、無駄に村の防備を強化してみたり(ゴーレムが戦いやすいよう道や壁を整備し100万G使用)、クオンたち子供に付き合って遊んだりしながら地道に神器の行方を捜していた(情報屋にチップを渡しまくって500万Gを支払ったら情報屋たちの顔が真っ青になってすごく働いてくれるようになったので追加が払えず少し残念に思っている)。
とはいえ神器の手がかりは相変わらず殆ど無いため、穏やかな日々が過ぎていく。今まで人生が過密スケジュール過ぎたハジメは、平和も存外悪くないと思い始めていた。
そんな折、一人の女がハジメの下を訪れる。
「もしも~し。こちら女誑しのハジメさんのお宅で間違いなかったでしょうか~」
聞き覚えのある、しかし久しぶりに聞く声。
クオン、フレイ、フレイヤと共に遊びという名のアイテム作成に興じていたハジメは、珍しい来訪者に驚く。
「マリアン? どうしたんだ突然、事前連絡もなしに」
「む、誰だ? 風を感じる魔力だな、フレイヤよ」
「只者ではなさそうですね、お兄様。もしやハジメさまの新しい『いい人』?」
「ママぁ、またぁ?」
「あははははは! 残念だけどハジメはちょっと好みじゃないかなぁ!」
お腹を押さえて爆笑するマリアンに子供達は好奇の視線を向ける。
目を引く長いピンクのツインテールを結ぶ二つのリボン。
しなやかな体躯はやや小柄だが、顔立ちは蠱惑的という言葉が似合う。
腰に差した杖、肘まで覆う手袋、ブーツ、衣服の一つ一つに羽根や翼の意匠が施されているが、あれはお洒落などではなく極限まで風魔法を極めた末に辿り着いた超一級装備たちだ。
マリアンは笑いを堪えると一度息を吐き、改めてひらひらと手を振った。
「アデプトクラス冒険者、マリアン・ラファルよ。世間では『風天要塞』とも呼ばれてるけど」
魔導十賢でも風系統を司るラファル家の頂点の座に最年少で君臨し、更には最強の冒険者の称号たるアデプトクラスに到達した天才の中の天才――それがマリアンという女だ。
「……てかハジメ。いまそっちの金ヅノの子がママって」
「俺がママだ。異論はクオンに言ってくれ」
「えーとクオンちゃん、なんでハジメがママなん――」
「ママはママだよ?」
「あっハイ」
余りにも迷いも曇りもない言葉にマリアンは何も言い返せなかったようだ。
◆ ◇
ハジメがマリアンと出会ったのは約一年ぶりになる。
確か最初に会ったのは三年前、彼女がアデプトクラスに昇格した際のことだ。
その当時から彼女は『風天要塞』の二つ名に相応しい圧倒的な風魔法の使い手で敵を薙ぎ倒していた。
同じアデプトクラス冒険者の中でもマリアンは割と気軽にハジメに話しかけてくる方で、殲滅力の高さから大群相手の依頼で何度か肩を並べたことがある。しかし逆を言えばその程度の関係で、わざわざ家まで会いに来るほどの付き合いはない。
フレイとフレイヤが振る舞ったハーブティーを味わうマリアンに、ハジメは率直に疑問をぶつける。
「直接家に来たということはギルドの仕事ではないな。個人的な依頼か?」
「もう少し会話を楽しんでからでいいじゃん」
「俺が楽しい話が出来る男に見えるか?」
「奥さんの話は興味あるけどなー。ハーレムとかなんとか言ってるけど誰が本命なの? エルフっ子? 鬼人っ子? それとも最近やってきたアンジュって子?」
「俺の妻は今の所フェオとベニザクラとサンドラだけだ」
一番はフェオなのだが、そのフェオが許可するし一応結ばれるイベントがあったのでもう纏めて妻として扱っている。ちなみにサンドラが「結婚指輪ぁ……欲しい、なぁ……なんて」と言い出したので近々一緒に指輪の素材を取りに行けとフェオのスケジュール帳に書いてあった。
マリアンは「うわ、マジでハーレムやってるんだ」とどこか感心したような顔だが、そこに不快感はなく、逆に俄然興味があるようだ。
「三人の間でトラブル起きたら大変じゃないの?」
「有り難いのかどうか分からんが、三人とも大変仲良くスケジュールを組んでいる。フェオは嫉妬深いところがあるからお前が家に来たことを知ったら怒るだろうが、そんなフェオも可愛らしいものだ」
「それそれ、そういうノロケ話を一回挟みたかったのよ。流れでついでに聞いちゃうけど、シオって子はどうなの?」
「あれは唯の押しかけ弟子だ……そういえばシオも魔導十賢の血筋だったな。それ関連の話か?」
マリアンは風を司るラファル家、シオは闇を司るファウスト家。
彼女がフェオたちの名前を知らないのにシオの名をピンポイントで挙げたことでまた面倒事かと身構えるが、マリアンは「いや、ほぼ関係ないかな」と否定した。
「まぁちょっと聞いてよ。魔導十賢って伝統的に弟子を輩出して引退しなきゃならないって決まりがあってさ。でも冒険しながら弟子育てるとかめんどいからずっと放置決め込んでたのよ」
「そして、ついに怒られたと」
「まぁねー。あーウザッ」
口を尖らせて悪態をつくマリアン。
彼女に詳しい訳ではないが、見るからに束縛を嫌いそうな彼女にはさぞ疎ましいことだろう。
「別に魔導十賢の地位を剥奪されようが知ったことじゃないんだけど、そうじゃなくてアタシが辞めた後の後継者になれる人材育てろって言われてさ。しゃーなしに一人育ててたのよ」
「ほう。お前のお眼鏡に叶った相手なら能力に不足はあるまい」
「そう。アタシがわざわざ時間割いて育てる価値のあるコよ。面白いし」
「じゃあ問題ないんじゃないか?」
「弟子は最低三人は出せって」
弟子は一人、要求人数は三人。
「二人足りないんだが?」
「アタシくらいになるとお眼鏡に叶う魔法使いってそうそう見つからないのよ。なにせホラ、武闘派だから」
「知ってる」
彼女の手袋の手の甲には冒険者装備にはありがちなプレートがあるのだが、このプレートは彼女の任意でナックルダスターに変形するようになっている。接近してきた相手を膝、肘、拳の殺人拳で容赦なく嬲るマリアンは正しくゴリゴリの武闘派だ。
マリアンの二つ名が『風天要塞』なのは、風を突破した先に待っている彼女の拳を誰も突破出来ていないからである。
「そこで天才マリアンちゃんは考えた。お眼鏡に叶う魔法使いをテキトーに捕まえて弟子って扱いに出来ないかなと。するとあら不思議、いつの間にかお眼鏡に叶う魔法使いに弟子が出来ているではありませんかぁ。纏めて二人確保出来てラッキー♪」
「……つまり、俺とシオを名義上の弟子にして乗り切ろうと?」
「あたり!」
にんまり笑うマリアンにハジメは頭痛がした。
仮にもアデプトクラス冒険者としての先輩で『死神』の二つ名を持つハジメに対してこんなにも厚かましくもアバウトな話を平然と持ちかけるのは、世間広しと言えどマリアンくらいのものだろう。
「大丈夫だってぇ。一週間後の認定魔道士試験に合格さえすれば後は特になんもやらなくていいから」
その一言が飛び出た瞬間、玄関のドアが勢いよく開いた。
颯爽と登場したのは興奮したシオだった。
「話は聞かせて貰いました! 師匠、マリアン氏に弟子入りしましょう!! 認定魔道士になったらメリットがあります!! 主に私に!!!」
「お前にかい」
これは断りづらくなってきたなとハジメはため息を漏らした。
――認定魔道士。
それは、学者としての魔法使いにとって必須となる資格。
魔法関連の論文、新魔法の発表、魔法関連出版物の印刷といった魔法学問を認定魔道士以外が提出すれば鼻で笑われて相手にもされない。認定魔道士は正しい魔法知識を持つことの証明になる肩書きであるらしい。
「でも認定魔道士になるための推薦状って簡単には手に入らなくて、そもそも実績がある研究者のいる組織とかに所属してない人は受けられないんですよ! 仮に所属していても師の覚えがいいだけじゃ手に入らなくて基本的に最低でも五年は下積みしなきゃいけないんです! 五年ですよ五年! その間冒険も出来ないしお洒落にも時間割けないし自分のやりたい研究も後回しにしなきゃいけないんですよ!」
研究はしたいけど、それはそれとして自分の欲望を決して捨てようとしないのが実にシオである。
とにかくその剣幕から認定魔道士になりたいのはよく伝わる。
「じゃあマリアンも五年経験積んだのか?」
「アタシくらいの大天才にもなると、推薦状を書きたい連中が寄ってくる。ま、論文のひとつやふたつは書いたけど、シオちゃんなら五年かかるでしょうね。悪い意味じゃなくて、五年で推薦状書いて貰えるなら優秀な方なのよ?」
「マリアン・ラファル学士の飛行魔法理論! 飛行魔法の研究が100年進んだと言われるほどの名論文です!」
「それはまた……」
今現在、擬似的に空を飛ぶ方法はあっても自在に空中を飛ぶ魔法は存在しないとされている。そんな中でマリアンが空を飛ぶパーソナル魔法を生み出しことは冒険者の間では有名だ。
マリアンは更にその魔法を後世の人間がいつか再現できるように研究論文を纏めていたようだ。
魔法はパーソナルスキルとは違う。
その時代では一人しか使えない魔法でも、長い時間をかけて研究すれば誰でも習得できるようになる可能性が残る。マリアンはその魁となったようだ。
「どの道にも規格外の存在はいるということか」
「そして師匠は天才にも実力を認められる上に弟子まで信頼されるほどマリアン氏に評価されているということ! つまり! 師匠も認定魔道士になるべきなのです!!」
キラッキラに目を輝かせてマリアンの餌に釣られまくるシオ。マリアンも「面白いコねー」とニッコニコだ。ハジメがこんな若い少女にグイグイ押されているのを面白がっているようでもある。
「……まぁいいか。一週間くらいなら。人生何事も挑戦だ」
「同意と受け取るわよ。まぁ試験に必要な準備は言い出しっぺのアタシが面倒見るから心配しないで。オラ後輩、ビシバシ行くぞぉ~~!」
ハジメ、30歳にして資格のために弟子と一緒に勉強す。
◆ ◇
さて、試験に受けさせる人間は三人だ。
ハジメとシオの他にマリアンの直弟子が参加することになる。
「ちゅーわけでご対面~~~。はい自己紹介」
マリアンに背を押されてハジメたちの前に出たのは、いわゆるアホ毛と呼ばれるくせっ毛が重力に逆らうようにピンと反り立つ少女だった。
年齢は十代中頃だろうか。
髪色は空の青さに融けて消えそうな淡い水色で、どこかじとっとした湿り気のある瞳は自分に対する自信の欠如が如実に現れているかのようだ。
案の定、性格も内向的なのかなかなか喋り出さずに視線を彷徨わせていたが、マリアンが助け船を寄越さずニヤニヤ見ていることに気付くと意を決して喋り出す。
「ま、まりゅっ……マリアン師匠の一番でしゃ……弟子、の……ぁぅ」
(噛んだ)
(噛みまくったな)
噛んだ自覚があるのかもはや絶望的な表情を浮かべて膝から崩れ落ちかける少女を途中でキャッチしたマリアンは一通り楽しんだとばかりに意地悪に笑う。
「ルミナス・グアリ・ラファル。ラファル一門の期待の新星ってところね。隙あらばアタシの背に隠れちゃうのが今の所の課題かな」
「だってマリアン様ぁ……ウチは所詮落ちぶれグアリ家の田舎者がまかり間違ってラファル一門に入れただけのしょうもない小娘なんですよぅ! そもそもマリアン様の弟子になってまだ二年しか経ってないのにいきなり認定魔道士試験とか無茶ぶりすぎますぅ!!」
「だいじょぶだいじょぶ~。師匠を信じて~」
「ホントに大丈夫かなぁ。大丈夫じゃないんじゃないかなぁ!?」
両手を振るルミナスの抗議をそよ風のように受け流すマリアン。二人の関係性がよく伝わってくる会話だ。なんというか、ルミナスのあのリアクションが面白くて弟子にしたのではないかとさえ思えてくる。
「ほらルミナス、あそこのおっさんが今日からあなたの弟弟子よー?」
「本人の前で言わないでくださいよ! ウチが煽りを受けたらどーすんですかぁ!!」
ハジメ、人生で初めて年下の女の子の兄弟子が出来る。
それから数十分後――村の学校の普段使っていない講義室にマリアンを初めとした何人かの村人が集合していた。
「というわけで、早速マリアン先生による一次試験対策の勉強会開始! 各々の実力と苦手分野を割り出す為にテストするわよ~~~!」
参加者はハジメ、シオ、フェオ、ノヤマ、ショージ、ブンゴ、フレイ、フレイヤだ。
なんかめっちゃ増えてる上に村人でもないのが混ざっているが、まずフェオがあの有名なマリアン・ラファルの勉強会と聞いて認定は別として受けたいと乗り込んできて、ノヤマが純粋に勉強のためにと頼み込んできて、ブンゴとショージはマリアンと弟子のルミナス見たさに勝手に参加し、フレイとフレイヤはなんか知らんがヤーニーとクミラに対抗意識を燃やしての参加らしい。
「我々兄妹はセンスと独学で魔法を操っておりますゆえ、学術的なことがよく理解できておらずヤーニーとクミラにマウント取られるのが腹立つのですわ!!」
「クミラは特にそれはもう癪に障ることをこそこそ言葉尻に足してくるのでもう我慢ならんのだ!!」
「あー、まぁそうだろうな……」
以前のシオ惚れ薬騒動でクミラの博識さと意外と煽る様を見かけたハジメとシオ的にはどういうやりとりなのか何となく想像ができる。
フレイとフレイヤ、ヤーニーとクミラはよく一緒に遊んでいるのだが、互いに妙に対抗意識を燃やして競争することも多い。ハジメの目から見ると力とアイテム作成ではフレイとフレイヤ、知識と薬学ではヤーニーとクミラが上で、総合的に見ると両者のパワーバランスは絶妙に拮抗している。
ちなみにクオンは途中まで一緒にいたが、テストの言葉を聞いて暫くすると忽然と部屋から姿を消していた。クオン自身は別に学校の成績は悪くないのだが、やはり彼女的にはテストは楽しくないもののようだ。
シオは自分の得意分野がきたとばかりに首を回して不敵に笑う。
「さぁて、兄弟子に実力見せつけてやりますか! 抜かれても文句は言いっこなしですよ、ルミナスせ・ん・ぱ・い!」
「ヒィィ、ヤカラだこのひと……」
「やめんかシオ」
自分が優秀だと信じて疑わないシオとしては、マリアンの弟子のお手並み拝見という気持ちがつよいのだろうが、見るからに気弱そうなルミナスと反りが合うのか今から心配なハジメであった。
――それから一時間後。
「テストは終了! 結果を公表、ヘイチェケラ!」
「「オゥイエー!!」」
謎のチェケラを挟むマリアンにブンゴとショージが悪乗りするが、マリアンはにっこり微笑むと風魔法で答案用紙を二人の顔にビターンと叩き付けた。
「100点満点中ショージ14点、ブンゴ3点。控えめに言ってカスなんで二度と来なくていいよ?」
「「はい……」」
冒険者として魔法を学んではいても彼らは実戦魔法の簡単な教本を一夜漬けした程度の知識と記憶で挑んでいるので当然の結果である。
転生者二人は「でもマリアンちゃんとルミナスちゃん可愛かったな」「な」といつもの二人っぷりを発揮して帰っていった。あれでも最近は結構村の外の交友関係も広がっている二人だが、人生楽しそうだしあれはあれでいいのかもしれない。
彼女が未だに出来ていないことについてはノーコメント。




