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「とにかく! ハジメさんの独占禁止! 交際してる人優先!」
「それじゃ行きたいときに行けないしいつ順番回ってくるか分かんないじゃ~~ん……あ、そうだ。私はドッペルゲンガーとして今ハジメをコピーしてるから、ハジメの代役として私が皆に付き合う代わりに時間を融通してもらうっていうのはどうかな?」
「却下ぁ!! だいたい貴方に代役務まるんですか!?」
「務まるってぇ。ね、シオちゃん聞きたいことあったんでしょ? 魔法関連で」
自信満々のアンジュに促されてシオは渋々メモノートを開く。
「師匠がいいのになぁ。えっと……杖をついて発動する魔法は大地からマナを受け取っているっていうのが基礎理論になってますけど、その理屈だと人工の建造物や高所、空に浮いている場所では魔法の威力が大幅に減退する筈じゃないですか。でもそれが確認されなかったことについての師匠の考察がうまくかみ砕けなかったんですけど」
そういえばそんなことも調べたことがあったなと思っていると、アンジュがハジメの考察結果をぺらぺら喋る。
「大地にはマナがあるけど厳密には海にも空にも世界のあらゆる環境にマナは存在している。だから大地からマナを吸い上げているというのは現実とは微妙に違い、杖を地面に接触しているという形が極小の儀式魔法として作用しているのではないか。世界樹が世界の生物で唯一マナをあれほど莫大に蓄えて肥大化したのも、それが偶然力を集める形として理想的だったからじゃないか……って考察したんだよね、ハジメ?」
「ああ、合ってる。もっともそれ以上は深く調べていないが」
「流石師匠! 杖を立てるのが儀式魔法として作用してるなんて誰も考えたことのない考察です!! 成程、貴方は師匠ではないけれど師匠の知識をいつでも代弁できる便利な外部記憶装置ということですね! ならまぁ多少は譲ってもいいかなー」
「シオさん!?」
元知識が尊敬する師匠のものなのでという解釈なのか、早速フェオ同盟から離反者発生である。ハジメとアンジュが同時にいなくなるとどちらにも聞けないが、そもそもハジメは仕事や訓練、デートに家族サービスと長く村を空けることも多いので長いスパンで見れば得だとシオは考えたのだろう。
敢えてヒドイ点を挙げればシオにとってアンジュはハジメの知識をエミュレートする便利端末的な認識なところだが、肝心のアンジュがそれでいいスタンスなので利害が一致してしまっている。
と、ベニザクラが前に出る。
「シオは知識面で頼れればそれでいいだろうが、私はハジメとの力のぶつけ合いで互いを感じ合いたいのだ。聞けば魔法使いだったという貴殿に代役が務まるのか?」
「ふふん。ハジメ、ちょっと武器借りるよ」
「家を壊すなよ」
アンジュが不敵な笑みを浮かべると同時に、荷物整理で分別中だった拾いものの武器たちが次々に浮かび上がり、まるで達人が構えているようにそれぞれが独立してベニザクラに構えられる。
ベニザクラは驚愕に目を剥く。
それは、彼女が散々目撃してきた武の極致――。
「【攻性魂殻】……だと!? 莫迦な、ハジメしか使えない筈では……!?」
「レンヤの所で魔法使いしてたのは、魔法使いの方が私の目的に都合が良かっただけ。言っておくけどハジメに一本も取れないなら私からも一本も取れないよ。実際に外で試してみる?」
武器を曲芸のように自在に操りながらベニザクラに一切の隙を晒さないアンジュに、ベニザクラはそれが虚勢ではないと直感的に気付いて生唾を呑み込んだ。
実際、最初にアンジュと戦ったときの【攻性魂殻】捌きは完全にハジメと互角だった。あのとき勝敗の差を分けたのは彼女とハジメの精神性のほんの僅かなズレと、彼女が途中でハジメをコピーしたことによって発生した武器の配置場所の差。たったそれだけの差だ。
ベニザクラはハジメに視線を移し、そして目を伏せた。
「むぅ……まぁ、どうしてもハジメの都合がつかないときの仮想敵としては、まぁ……いないよりはいた方が有り難くはあるが」
「なんならハジメみたいに可愛がったげるけど? 人形の身体から出れば姿はハジメのまんまだしね。いつでも男にも女にもなれる便利ボディ!」
言うが早いかアンジュが机に突っ伏して背中からひゅるりと闇が出てくると、そこに今のハジメと全く同じ姿になったアンジュが現れた。ハジメアンジュはそのままサンドラをひょいとお姫様抱っこして微笑みかける。
「サンドラ、また来たのか。おいで。今日はどうしたんだ? 俺でよければいつでも付き合ってあげよう。それとも寂しくなったのか? サンドラは添い寝も好きだものな」
「ひゃわわわわわ!? あ……このニオイ、この甘い言葉、全てがハジメさんそのもの――」
サンドラの顔が若干とろけ始める。
あのめんどくさい女サンドラを以てして一致していると言わしめるドッペルゲンガーの力。しかしそこには一つ弱点があり――。
「ややこしいことしてないで自分の身体に戻りなさい! 今すぐ!」
「む、分かった」
(フェオには素直ッ)
――フェオの怒りの決定にあんまり逆らえないという致命的な弱点まで忠実にコピーしていることであった。人形から離れることで余計にハジメ側に人格が寄ってしまうようだ。
闇になってアンジュの身体に戻った彼女は、むくりと身体を起こすと自慢げに微笑む。
「どう? パーフェクトなコピーっぷりだったでしょ。ハジメの代わりは私バッチリ出来るからさぁ、だからハジメとの時間も許可してよぉ! なんなら夜の営みの予行演習も――」
「やめんかこら」
ライン越えに発言に、ハジメのゲンコツが炸裂した。
「あだっ! ハジメひどーい……」
「お前の貞操観念ゼロの方が酷いわ。人の女と寝ようとするな」
涙目の上目遣いで批難の視線を向けてくるアンジュだが、流石に今のは悪乗りが過ぎると思うハジメであった。……いや、或いは性別の感覚がないせいで性の感覚も曖昧になっているのかも知れない。
もしも「友達関係なら夜の営みもセーフでしょ? セフ○だけに」とか言い出したらいよいよフェオへの説得材料がなくなるので聞くのが怖すぎる。
「でも今のやりとりなんか友達っぽくて良かったな。うぇへへ……ねぇハジメ、ゲンコツもう一回ちょうだい!」
「メンタル無敵かお前」
根本的にアンジュの「友達」を感じるラインが一般の友達とややズレている気がするハジメであった。
閑話休題。
全く反省の色を見せない――というか、反省すべき問題かどうかも定かではないが――アンジュはどんなに問い詰めてもハジメといちゃつくばかり。そんな二人の様子に、フェオが大仰にため息をついてテーブルに座った。
あの顔は、彼女なりに状況をかみ砕いて何か答えを見つけた顔だ。
「一つ聞いていいですか、アンジュさん」
「ん? なに?」
「仮に貴方がハジメさんの代理として成立したとして、だとしたら貴方の代わりはハジメさんでも成立することになります。その場合ルリさんを愛する役は貴方じゃなくてもいい……ハジメさんでいいってことになりません?」
「ハジメがルリをお嫁さんに貰ってくれるならむしろ安心するけど」
「あぁぁ、やっぱり……」
フェオが額に手を当てて唸る様にサンドラは訳が分からず質問する。
「あの、その、わたしのどんくささと読解力のなさを曝け出すようで大変恐縮なんですけど……どういうことですか?」
「フェオ、我々にも分かるよう説明してくれ」
ベニザクラにも促されたフェオは瞑目して語り出す。
「この二人が友達な理由が漸く分かりました。さっきからおかしいと思ったんです。アンジュさんは私たちの要求にケチをつけるでもなく自分がハジメさんの代役を出来るって言うばかりだし、ルリちゃんのために奮闘したのにそのルリちゃんをハジメさんに譲ってもいいって言ったり……ここから導き出される答えは一つです」
フェオは目を開くとじとっとした目つきでハジメとアンジュをびしっと両手で指さした。
「自己評価ゼロ! アンジュという個人の価値も感じてなければ我を押し通すという発想すらなし! もぉぉぉ、一昔前のハジメさんとそっっっくり!!」
「「「「ああー……」」」」
「なぁに納得してるんですか!! 全然感心するところじゃありませんよっ!!」
ぷりぷり怒るフェオだが、ほぼ正解である。
ハジメもアンジュも転生前の社会ではどこまでもとことん誰にも必要とされることはなく、何一つ上手くいくこともなかった。経緯や抱いた思いは違えど、二人の根底にあるのは根本的な自己評価の欠如。それはまさにハジメが嘗てアンジュに「お前は俺だ」と共感を覚えた理由そのものだ。
「この短いやりとりでそこまで見抜くとは、流石は俺の妻」
「言われてすっごい腑に落ちた。流石は私のコピー元の妻」
「その息ぴったりなところも腹立つけど、妙に納得はしましたよ。分かりました、いつもとは言いませんがちゃんと事前に申請があればハジメさんスケジュールに書き加えます。いいですね?」
(そのスケジュール俺知らないんだが……)
フェオが見たことのないハジメ管理スケジュール帳に何やら書き込みを始める。
一番強行的に反対するかに思われたフェオが折れたことに周囲は困惑気味だが、ハジメは不思議とフェオが何故折れたのか分かる気がした。
それはアンジュに悪意がないと分かったからではない。
彼女がハジメを愛していると感じたからとかでもない。
きっと、もっと簡単なことだ。
「特別にスケジュールに加える代わりに、一つだけ約束があります」
「ハジメのことを恋人にはしない、とか?」
「いいえ。先ほど貴方はハジメの代役は出来ると言っていましたけど、その考えは禁止です」
「え」
アンジュが言葉の意味を図りかねて呆ける。
スケジュール帳をぱたりと閉じたフェオは真摯な瞳でアンジュを見つめた。
「誰かを手伝ったり付き合うときは、ハジメさんの代役だから付き合うのではなくて貴方がアンジュという人だから付き合うようにしてください。手伝いたくないなら手伝わなくて結構ですが、ハジメさんの代理としての自分に価値があるという考え方は不愉快です」
ハジメの代価品としての価値は、アンジュ自身の価値ではない。
彼女はアンジュが自分に価値を見いだせず他の誰かの力をコピーすることでそれを自分の価値の代わりにしようとする性質を見抜いていた。
自分の価値を認めることが出来ないハジメの同類を、彼女が放っておく筈もない。
「貴方がルリちゃんを慕ったのもハジメさんと友達になったのも、アンジュという人間の選択です。村の人と仲良くなりたいならハジメさんの代替ではなく貴方自身の意思で関係を持ってください。いいですね?」
最後のフェオの一言は、慈愛にも似た柔らかな言葉だった。
誰にも認められなかった人の心に差す、暖かな光。
今まで一度だってが受けたことのないそれにアンジュは何かを言おうとして、でもそれは情動的過ぎて結局言葉に出来るほど纏まらなかった。こみ上げる感情に瞳が潤み、誤魔化すように擦った彼女は大きく頷くとハジメの方を向いた。
「ハジメぇ、お前の奥さん太陽だな……」
「俺が惚れた妻だ。いくら友達でもお前にはやらんからな」
「分かってるよ……アンジュとして、仲良くなるさ」
彼女の堪えたような笑みに他の女性陣も何かを感じたのか、フェオの采配に誰も異を唱えない。愛でなくとも、恋でなくとも、一緒にいることによって救われる人間はいてもいい。
こうしてアンジュを巡るハジメの女難騒動は幕を閉じた。
アンジュが勇者からハジメに寝取られた噂も、一緒に行動する頻度が減れば段々下火になって、やがて誰も気にしなくなるだろう。アンジュの距離感が相変わらずなのはもう彼女の個性と捉えることになった。
で、翌日。
「ハジメ~~! 一緒に銭湯入ろう~~~! これは流石にデートにはカウントされないでしょ! しかもなんとトリプルブイに頼み込んで男の娘モードを搭載したから男湯でもバッチリだぞぅ!」
「お前はいいが周囲の反応も考えろ。ブンゴとショージが変な扉を拓いたらどうしてくれる。唯でさえ既に結構変なんだぞ」
「ハジメが一番ひどくない?」
時代はジェンダーフリーとは言うが、差別とはいかずとも周囲にも性に関して自由と権利がある以上は全てが都合良く行くルール作りは難しい。あんまり周囲が平気じゃないことはしないで欲しいと思うハジメであった。




