7-1 転生おじさん、オークと共に娼館に突入する
フェオは今、悩みを抱えていた。
総人口9名で構成された『フェオの村』の発展計画についてである。
交通の便の悪さはもうしょうがない。
むしろ変な輩が気軽に入ってこれないという利点もある。
食糧事情に関しても、当初ただのヤバい人だと思っていたショージが畑で農業実験を繰り返してるうちに、彼なしでも野菜を育てられる環境とノウハウは蓄積されてきている。将来的にはちょっとした牧場くらい作れるかもしれない。
水源は確保して、井戸も作っているので水は今のところ問題ない。
相変わらず村の中心で煌々と燃えるセントエルモの篝火台のおかげで霧は避けられ、しかしきちんと晴れの日もあれば雨の日もある適度な天候が保たれている。
総合して、衣食住が安定している。
となると、次はこの村の更なる発展計画を立てる必要がある。
その為に、致命的に足りないものがあった。
「どう考えても人手が足りなさすぎっ!!」
紙に纏めた村の発展計画や設計図を前に、フェオは両手を投げ出して椅子に凭れ掛かる。
今言った通り、今のフェオの村の人口でこの工事に着工するのは無理がある。NINJA旅団の分身を用いれば確かに人手は水増しできるが、それにしたって彼らも仕事がある身だ。完遂まで相応に時間がかかる村の工事につきっきりにはなれない。
ヒヒのゴーレムはあまり複雑な作業ができないし、木の上での作業も不可能なのでそちらの手も無理がある。
何より、いくら村を発展させたところで住む人間がいないのでは意味がない。
「……とにかく、まずは暫定でいいから広場をもう少し立派にしよう。村の入り口みたいなものだし。あとは臨時でいいから宿屋に使える家と、居住者用に幾つか家を増やそう。誰も使わないなら倉庫として使ったり、村の公共の遊び場に出来るし」
優先事項を定めたフェオは、入居者をどう確保するか悩み、ふと外を見る。
ツリーハウスの下では、クオンとベニザクラが遊んでいた。
「ベニお姉ちゃんこっちこっち~~!!」
「はは、待ってくれよクオン。そんなに急がれたらお姉ちゃん追い付けない――おっと」
不意にベニザクラがバランスを崩す。
するとクオンは踵を返してベニザクラに飛びついて身体を支える。
「だいじょーぶ、お姉ちゃん?」
「ああ、クオンのおかげでもう大丈夫だ」
「えへへ、もう、世話が焼けるなぁお姉ちゃんは!」
「確かに。これだとクオンがお姉ちゃんだ」
褒められたことに照れつつもお姉ちゃんぶるクオンに、ベニザクラはもう傍から見てても分かるほどデレデレだった。
クオンは当初こそ物珍しい姿のベニザクラに興味津々だったが、彼女が片腕を失って少し不自由であることを知ると、逆に彼女を手助けするようになった。これはとても良い傾向だとフェオは思っている。
クオンは今、ベニザクラを通して優しさや思いやりというものを学んでいるのだ。それはどんなに口で教えてもなかなか身に付かない善性というものである。最初クオンが全裸で卵から出てきたり空を飛んで魔王城に向かったときは先が不安で仕方なかったが、子供の成長は早いものだ。
「ベニザクラさん、かぁ……」
あるとき出張から帰ってきたハジメが連れてきたベニザクラは、ケガによって冒険者として前線を退いたものの、その後の生活の当てがなくて困っているのをハジメが村に誘ったらしい。
最初に出会ったとき、フェオは彼女をとても美しくて儚い人だと思った。
放っておいたらそのうち消えてしまいそうな、朧な存在だと。
事実、ベニザクラはハジメに何かと感謝はしていたが、生きる目的の感じられない目をしており、フェオは彼女とどう接していいのか分からず戸惑った。そこにクオンが無邪気に近寄って行って、それでようやくベニザクラは感情を見せた。初対面からは想像できない柔和な笑みでクオンの頭を撫でたのだ。
子供が好きだった――というのもあるかもしれないが、きっともっと根本的に、彼女は寂しかったのだ。きっと人生そのものが、寂しいものだったのだ。
最近やっと自然に接することが出来るようになった彼女曰く、身内と死別を繰り返して、今や天涯孤独の身らしい。
それを知った時、フェオは、自分の作ったこの村に彼女が居場所を見出してほしい、第二の故郷だと彼女が言ってくれるような村にしたいと強く思った。
「……その為には、ただ木の上の町を作るだけじゃダメだ」
傷を負った彼女や、自分たちと違って若くない人物にとっても住みよい環境にするためには、今のままツリーハウスを連ねていくだけではいけない。いや、将来的には今のツリーハウスも新しいものに変えるくらいの大胆な改築を視野に入れなければいけない。
では、如何にして目的を達成するか。
そのヒントは既にハジメが指し示してくれていた。
「村にこれといって売りがない今、住民兼人材はヘッドハンティングするしかない……! どんな人が必要になるかなぁ……加工業やからくりに詳しい人は是非とも欲しいなぁ……」
この日、フェオは村の全員に自分の指針を伝えた。
フェオの村開拓計画が始動した瞬間である。
第一目標――住民の人数を30人に増やせ!
◇ ◆
さて、住民の数など頑張って増やすものではない。実際には村に来てくれそうな人をそれとなくスカウトするだけの緩やかな計画が始動しただけなので、ハジメの仕事に変わりはない。
以前にイスラという資金吸引機を得たハジメだが、ぶっちゃけ収入に対して消費が追い付いていない現状に変わりはない。一度の依頼で1000万など軽く稼ぐハジメにとって、イスラへの出資はかなりささやかなものだからだ。
(もっと逆金づるを増やさなければ)
自ら搾取される相手を選ぶ男、ハジメ。
今日も頭のネジは軽快な飛びっぷりを見せているようだ。
そんな彼には最近ちょっとした悩みがあったりする。
それは、仕事終わりにギルドを出ると必ず現れる。
「お疲れ様です、親分!」
「俺は親分ではない」
立ったまま膝上に手を当てて頭を下げる古式ゆかしいヤクザスタイルを見せるそれは、筋骨隆々、緑がかった肌、しゃくれた顎に牙が似合う人間種の一つ、オークであった。
「お疲れ様です、親分! お荷物お持ちします!」
「俺は親分ではない。そして荷物は人に預けない主義だ」
「へい、親分!」
「親分ではない」
彼は即座にハジメの荷物を持つ体勢に入り、荷物を渡さないと見るや三歩後ろをついてくる。
名はガブリエル。
いわゆるオークである。
オークってモンスターじゃないのかと思う人もいるかもしれないが、この世界のオークは人類に分類される。ちなみにゴブリンは魔物で、ホブゴブリンもいるが、オークとの差別化を図ったのかゴブリン系の肌は青みがかっている。
更にどうでもいい話をすると、本来ホブゴブリンは現実の伝承ではそんなに人に害を為すような存在ではないのだが、ファンタジー作家たちが勝手にいろんなイメージを付け足したせいで異世界に敵が増えるのは皮肉な話である。
それはさておき、オークのガブリエルについてだ。
ガブリエルは、ついこの間揉め事から偶然助けてあげた冒険者だ。
この世界でのオークは筋力はもちろん生命力とスタミナに特に優れた種族である。代償として敏捷性や魔力素養が低いが、それはそれとして野蛮人とか物凄く性欲が強くて馬さえも孕ませるとか、割かし事実と異なる散々な偏見に晒されていたりする。
冒険者の間ではそうでもないが、一般人にはかなり根強い偏見がある他、エルフからは絶対に近寄ってはいけない野蛮な存在だと遥か昔から言い伝えられており、世間のオークへの悪評も基本エルフのせいらしい。おかげでオークとエルフはバチクソに仲が悪い。
ハジメの勝手な予想だが、言い出しっぺは被害者とかではなくエルフに転生した偏見の濃い転生者だと思う。世界は融和より分断を望んでいるとは信じたくないものだ。
話を戻し、世間の偏見に満ちた視線から逃れるためにオークの殆どが戦士になるか、オークに対して偏見を持たない一部種族と共に過ごすそうだ。その例に漏れず冒険者となったガブリエルと出会ったのはつい最近のことだ。
ガブリエルは厳つい外見に見合わ本気の懇願でハジメに追い縋る。
「お願いします、子分にしてくださいよ親分! 親分がいねぇとオレぁもうあの道歩けねぇんでさぁ! 絶対役に立ちますから、お願いですから見捨てないでぇ!」
「活動する町を変えればいいだろ」
「そんなぁ!! それが出来るほど金があったら冒険者なんてやってませんて!!」
しつこく追ってくるガブリエルは必死だ。
彼との出会いは、偶然酒場の近くを通った際に集団に絡まれていた彼を見つけたところから始まった。
その絡まれた理由がひどいもので、彼はなんと娼婦たちに店へ連行されようとしていたところだったのだ。しかも連行の理由がこれまたひどく、今まで性欲が強そうだからというだけの理由で常習的に連行されていたという。
偏見も甚だしいが、残念ながらオークの社会的地位は低かった。
『そんな見た目で溜まってない訳がないわ!』
『内心誰でもいいからシちゃいたいと思ってるんでしょ? いいのよガマンしなくても……』
『そうそう、こちとらオークのお客を相手にするのはよくあることだし!』
『い、いやだから!! もう勘弁してくれ、何度目だ!? 行く予定ないんだって……ちょっと誰だ今ケツを撫でまわした奴!?』
一応社会にとって善いことをすべきと定められたハジメは、別に急ぎの用事もなかったので仲裁に入った。が、途端に「ヒィッ、死神!!」と娼婦たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていき、その場は一言も喋らず収まってしまった。
「悪名は無名に勝るとはよく言うものだ」
「流石は親分です!!」
「何度も言わせるな、親分ではない」
「へい、親分!!」
「もしやわざとか?」
ハジメとしては、風俗店というのは普通客引きが店に引き入れるものであって風俗嬢が直で連行するものではないのでは? と思うのだが、なんとこの世界では娼婦はジョブとして成立しており、経験に応じてレベルも上がるらしい。
よって、この世界の娼婦は一般人より遥かに強い。ベテラン娼婦になると片手で大男をねじ伏せてしまえるそうだ。
ガブリエルは不幸にもそんな猛者揃いのグループに目をつけられ、危うく精魂尽き果てるまで色々絞られるところだったのをハジメに救われて以来、こうして子分になりたがっているという訳だ。
「確かにオークに女好きは多いですよ。子沢山家庭も多いですし精力強い奴だって沢山います。でもそりゃ別にオークだけの話じゃないし、そうじゃない奴だっているんすよ! オレぁ娼婦たちに言わせりゃ『そういう顔』してるらしいですけど、今まで何度強引に店に連れ込まれてあの悪魔たちに絞られてきたことか……!! そんな娼婦すら尻尾巻いて逃げ出す親分と盃でも交わさんと、オレぁこの稼業やっていけねぇんでさぁ!!」
全く望んでいない性欲処理に困り果てているのか、ガブリエルは尚も食い下がる。
ちなみに物凄くどうでもいいが、尻尾を巻いて逃げるというのは物理も含まれる。あと悪魔たちに関しても比喩ではなく、悪魔の一種である淫魔たちも超高級娼婦として存在するそうだ。なお、超高級な理由はこの世界の悪魔が種族として非常に強いからであり、前に偶然出会った非戦闘員のちび淫魔でさえレベル30近くあったのをハジメはよく覚えている。
確かに、そんな連中に目をつけられれば体力的にも金銭的にもたっぷり絞られてしまうだろう。本来は子分など面倒の極みなので連れ回したくないハジメだったが、ガブリエルの心境を考えると放っておくのも酷に思える。
「……分かった、話くらいは聞く」
「ほっ、本当ですかッ!?」
「ただし、聞くだけだ。盃だ子分だなんて話はたくさんだから、別の解決法を探す」
「親分ぅぅぅぅぅんっ!!」
「親分ではない。いい加減にしつこいぞ」
泣きながら抱き着いてくるガブリエルの顔面を片手で抑えて、ハジメはため息をついた。強さの求道者だの何だのと戦いに憑りつかれて周囲をちょろちょろされるよりはマシだと自分に言い聞かせながら。




