31-3
今、ハジメの目の前の双子と見紛うほど瓜二つな二人の女性がいる。
というか完全にコピーしているらしいので双子以上の一致率だ。
二人とも若干死にそうなくらい血の気が引いている。
――今になって思えば、魔族の姿からして二人は同じだった。
ハジメとしては人の姿になった状態が余りにも長すぎて忘れていたが、あれはデジャヴではなく本物の経験だったようだ。というか、きちんと見れば魔族状態と人間状態で二人の顔立ちや体型は殆ど変わっていない。強いて言えば変身前より胸が平均寄りなサイズに縮んでいるくらいだ。
「……お前を村で預かることになったとき、キャロラインには詮索不要と言われた」
本物ウルの肩が跳ねると、偽物ウルもつられて肩が跳ねた。
「だから本来説明を求める行為は筋違いで、お前は答える必要が無い」
「はい……」
「だがこの状況になっても黙って隠し事をすると、それはそれで辛いだろう」
「はいぃ……」
何故か二回目は偽物ウルが返事をした。
そっちじゃないんだが。
人格までトレースしているせいで本物と同じ気持ちになっているんだろうか。
「理由がどうあれ今更村を出て行けなんてことは言わない。しかし、こうなった以上フェオにも最低限説明はあるべきだと思う。それが筋というものだ」
「「はいぃぃぃ……」」
「実は仲良しかお前たち?」
二重のヘタレ声のせいで若干コントの様相すら呈してきた。
アンジュはというと、偽物ウルの手を握って慰めてはいるが、本物ウルに対する視線は厳しい。
それも無理のないことだ。
ウルはドッペルゲンガーに、魔王の死を偽装するために勇者に殺される影武者の役割を背負わせた張本人だからだ。
ウルも当然それには気付いているが、偽物ウルはそれでもウルに忠誠を誓っているためか二人の間に挟まれて気まずそうである。
長い長い沈黙。
やがてウルと偽物ウルは二人同時に意を決して同時に手を上げ、被ったことに気付いてどうしようと戸惑っていた。この二人、なかなか面倒臭いなとハジメは内心思い、先に本物に喋って貰うことにした。
「あの、えっと……そのですねぇ」
「……」
アンジュからの圧が強まる。
答え次第で大分扱いを変えるつもりだろう。
何が正解で何が不正解なのか分からない中、ウルが放った言葉は。
「こ、こちら……双子の妹のウルリです」
まさかの盛大な誤魔化しであった。
ハジメ、フェオ、アンジュがどうリアクションしてくれようかと思った刹那、ぱたり、と、テーブルに涙が落ちた。
偽物ウルが声もなく涙を流していた。
思わず身を乗り出しかけたアンジュを手で制した偽物ウルは、ウルに問う。
「ウルリという名前を、いただけるんですか」
「えっ、うん。ウルルとウルリ、同じウルでいいと思うんだけど……」
「妹を名乗ることを、許してくださるんですか」
「許すっていうかなんていうか、実際双子の妹と言って差し支えない関係だし……」
「使命を果たせずおめおめと逃げ延びた私を、家族と呼んでくれるんですか」
「えぇぇぇ……使命というかアレはその……ご、ごめんなさい! 私と同じ気持ちだもんね、そりゃ怖いに決まってるよね!? なのに逃げずに最後まで役割を全うしてくれたのに今更見捨てることは出来ないっていうか、むしろ姉名乗りが烏滸がましいくらいだと思うんだけど……?」
偽物ウル改めウルリの涙が止まらない。
ずっと話は噛み合っていないが、アンジュとハジメは察した。
今、ドッペルゲンガーである筈のウルリに、主であるウルルに個の存在として定義され、自らの感情が芽生え始めている。
強さ以外を完璧にコピーしているとしても、ドッペルゲンガーは所詮《《そうなるだけの為の存在》》だ。そこに自我があるとは考えられていなかった。
しかし、自我とは元々あやふやで、あると思えばそれはあるのだ。
ウルリは他ならぬ自分を生み出した魔王によって、感情を持った一個人として存在してよいという自由を与えられた。ウルリは湧き上がる感情を御することが出来ず、そのままウルルに抱きついてわんわんと泣き始めた。
「魔王様っ!! ああ、魔王様ぁ!!」
「いやいやいや、お姉ちゃんね! 魔王じゃなくてお姉ちゃんです!」
「お姉様ぁぁぁぁぁ!! 私、わたし……生まれてきてよかったですぅぅぅぅぅ!!」
ウルは苦しさの末に誤魔化しにかかっただけだったのだろう。
しかし、ウルの言葉はその全てが世界でただ一人、ウルリにだけはこれ以上無いほどに痛烈なクリティカルヒットの連続だったようである。
子供のようにわんわん泣いて抱き縋るウルリの様子に、ウルルは最初は戸惑ったが、やがて本当の家族をあやすように背を撫でて全身で受け止めた。
アンジュは不満げな顔でぶすっと文句を言う。
「な~んか釈然としないけど、魔王ちゃん……ウルリにこんな反応されたらなんも言えないじゃないの」
「普通の人間では理解出来ないものが救いになることもある。他ならぬ俺たちは知っている筈だ」
「……そう言われるとなぁ。まぁそうね。ウルリとして生きることを喜んでるならいいかぁ」
――こうして、元勇者一行アンジュとウルルの妹ウルリ――姉との区別も兼ねてルリと呼ばれウルと違い三つ編みで髪飾りも替えた――がコモレビ村の新たな居住者となった。
しかし、ハジメは油断していた。
己に久々に降りかかった女難がまだ去ってなどいないことに。
◇ ◆
それはウルリ――ウルとの差別化のためルリと呼ばれるようになった――とアンジュが村の一員として受け入れられてから暫くのこと。
「はっじめ~~! ちょっと王都の劇場に遊びに行こうぜ~~!」
「急だな。まぁいいが……」
満面の笑みで手をぶんぶん振り回して遊びに誘ってくるアンジュに、今日は仕事は入れてないからいいかと付き合うハジメ。
その後ろでハジメに甘えに来たのに目の前で先約を入れられてお土産に買ってきた謎のデザインのハニワを落としてかち割るサンドラ。
その翌日。
「はっじめ~~! コモレビ村の弁当に対抗した店が出来たらしいから敵情視察行こうぜ~~!」
「まぁいいが。競合相手がいた方が市場的には健全だ」
満面の笑みで腕を引くアンジュに買い出しついでに付き合うことにするハジメ。
その後ろで課題について聞きたいことを纏めてウッキウキでやってきたのに目の前で家を出られて手元のメモノートを取り落とすシオ。
また翌日。
「ハジメぇ、虫の魔物の大量発生の駆除依頼来てるんだけど手伝ってくんない? 私とハジメなら爆速でしょ?」
「お前が言うからには相当な数だろう。分かった」
その後ろで一緒に訓練する気満々で武装を揃えてやってきたのに目の前でハジメを連れ去られて手に持った刀をガチャンと取り落とすベニザクラ。
で、更に翌日。
「ハジメハジメぇ~~、気になるゲームあるんだけど二人プレイだから付き合っ……アレ?」
いつものノリでハジメの家にやってきたアンジュを、ハジメを慕う女性陣が全員腕組みで待ち構えていた。クオンも腕を組んでいるが彼女だけ楽しそうなのでノリなだけと思われる。
代表として一番前に立っていたフェオは、カッと目を見開いてアンジュを指さした。
「ハジメさんを独占しすぎーーーーーッッ!!!」
たった三日で結成されたアンジュ被害者の会からの端的な遺憾の意が村に響き渡った。
「えー」
「えーじゃない!! 正座!!」
「はーい……」
ちなみにハジメも正座させられたが、アンジュはちっとも堪えていないどころか楽しそうなそぶりさえある。
「ね、ね、ハジメ。一緒に反省させられるってすっげーバカな友達同士感あっていいね!」
「無敵かお前。俺はあんまり良くないぞ」
「そんなこと言ってぇ、フェオちゃんに怒られるのそんなにキライじゃない癖にぃ。私に嘘は通じないぞぉ」
「それはそうだが、怒られないに越したことはないぞ?」
「イチャつくなぁぁぁーーーーッッ!!」
フェオはガチめにキレた。
真面目な話、フェオをここまで怒らせたのは初めてかもしれないが、原因がアンジュというのがまた頭の痛いハジメである。
正座させられたハジメとアンジュに、フェオがガミガミ怒る。
その迫力は数々の死線をくぐってきたアデプトクラス冒険者をして未知の圧と緊張感を齎していたが、それはそれとして嫉妬で怒るフェオも可愛い気がするのんきなハジメであった。
「アンジュさん! 確かに貴方を村に受け入れる許可はしましたし村の人間同士仲良くしましょうとはいいましたけどね! ハジメさんは私の夫でベニザクラさんの夫でサンドラちゃんとも公認の関係なんですよ!? 交際してる訳でもない貴方ばっかりハジメさんの時間を使ったら皆のハジメさんとの時間がなくなるでしょ!?」
その言葉にサンドラ、シオ、ベニザクラがうんうん頷く。
いや、そもそもその関係が問題なのではと思うがハジメはケチをつけられる立場にない。フェオが一番と定めた筈だし今もそうなのに何でこうなっているのだろうかと遠い目をするハジメをよそにアンジュがぶーたれる。
「えー、だってぇ。初めて出来た友達と友達らしいことしたい~……あ。じゃあ私ハジメとお付き合いするわ! ニセ恋ニセ恋!」
「動機が不純なので不許可!!」
(複数人との交際は不純じゃないのか? いや、公認なら不純じゃないかもしれないがなんだかなぁ)
客観的に見ればどっちもどっちであるが、フェオが正妻なのは確かなので反論しづらい。
それにしてもアンジュもアンジュだ。友達観が相変わらず距離感ゼロのままフェオ相手にその要求はハジメでも想像できるくらい逆効果である。今の彼女はハジメをコピーしている筈だが、そこは自我が邪魔して想像出来ないんだろうか。
怒り狂うフェオの視線はハジメにも向けられる。
「ハジメさんもハジメさんで何でホイホイとアンジュさんにばっかり付き合っちゃうんですか!? ハジメさんは皆のハジメさんなんですよ!!」
「いつから俺はそんな愛されキャラみたいな存在になったんだ」
三十歳のモテ期がこんなに理不尽だとは知らなかった。
「……いや愛を疑っている訳じゃないが、これはなんか違うくないか? 俺はレンタル夫じゃないんだぞ」
「付き合うのが悪いとは言いませんけど、限度があるでしょ! 妻や愛人を放っておいて別の女と遊びにいくとか!」
(本来愛人がいること自体が問題では?)
「知ってるんですかハジメさん、世間では貴方が勇者レンヤに一杯食わされた報復にアンジュさんを勇者から寝取ったともっぱらの噂なんですよ!?」
何がどうなってそんな話になるんだと言いかけたハジメだが、言われて見れば周囲はハジメとアンジュの関係性など知らないのでそう見えてもおかしくない。久々に不名誉度の高い噂が来たが、友達をそんな風に見られるのは今まで経験したことのない嫌悪感があった。
当のアンジュはというと、おかしそうに笑っていた。
「いや草。寝取りもなにもレンヤくんはないでしょ~。アレは一周回っても珍獣枠だって」
「アレがないというのは全員同意します」
「俺とベニザクラはそこまで思ってないから強制的に含めないでくれないか」
ベニザクラは村でも数少ないレンヤネタに乗れない人物の一人である。
勇者擁護派が少数過ぎる問題。
というかアンジュの物言いが仮にも仲間だった男に素で酷い。
ベニザクラも最近周囲が余りにも中立性ゼロの視点でレンヤを語るためこの話題ではハジメ以外に自分の意見を言わなくなってきているのでハジメがたまに聞いてあげているが、基本的にハジメはベニザクラと同意見だ。
彼は周囲のプレッシャーと生真面目さから視野狭窄に陥っているだけで、平和な時代なら普通に好青年に戻れる筈である。たぶん。




