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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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31-2

 魔王討伐の知らせは瞬く間に世界中に行き渡り、勇者レンヤの勇名は少なくとも国基準では揺るぎないものになった。勇者パーティは国に借り受けた神器を返上し、それぞれの行くべき場所へと戻った。


 レンヤだけは仲間が誰も自分の元に残らなかったことに戸惑ったが、十三円卓が用意した太鼓持ちたちに囲われて満更でもなく、みな故郷に帰って報告をしたら一報を寄越すだろうと楽観的に考えていた。


 そんな中、コモレビ村のある家では魔王との激戦を上回る凄まじい重圧に満ち満ちていた。


 家はハジメの家。

 部屋の中にいるのは当然家主のハジメと、一緒に住んでいるフェオ。

 そして二人の来訪者。


「ハ、ジ、メ、さぁん? これは一体全体どういうことなのか、一から漏らさず丁寧に教えて頂きましょうかぁ?」


 魔王と勇者よりおっかない迫力で不気味なほどニコニコ笑うフェオを前に、ハジメは少し困った顔で返答する。


「前にも言ったと思うが、友人のアンジュだ。隣にいる魔族の女性は初対面だ」

「どもどもぉ、ハジメの大親友のアンジュでぃっす!」


 勇者パーティを支えレンヤの信頼を得ていたミステリアスな美少女アンジュは、パーティ内では到底見せたことのない弾ける笑顔でハジメとぴったり肩をくっつけながら自己紹介した。


 勇者一行時代はこの世界では珍しい方である黒髪の美少女で、年齢は十代後半。感情の起伏が薄いのが逆に魅力を高めていると囁かれた頃の面影は感じられない陽気アピールがお前誰だ感を煽る。


 フェオも以前に話は聞いていたが、相手が女性という時点で既に怪しんでいたのに実際に会ってみると距離感がゼロすぎて「ほら言わんこっちゃないやっぱりそうなんじゃないですか知ってましたけどねー」という信用ゼロの顔である。

 ハジメは最近一週回ってこういう嫉妬心剥き出しのフェオも可愛いのではないかと思い始めている。


 そして、アンジュだけでも問題なのにもっと問題なのが、彼女の隣には見惚れるほどの魔性の美を秘めた明らかすぎるほど明らかに高位の女性魔族が足をガクガク震わせてアンジュに縋り付いていることだ。


「ヒィィィ、アンちゃん本当に大丈夫なのぉこの人達ィ!?」

「だいじょーぶだいじょーぶ、ダメでもハジメが養ってくれるって!」

「自分で稼いだ金もあるだろうがお前は……はぁ。フェオ、この二人は村の入居希望者だ」

「独断と偏見で却下して良いですか?」

「話くらい聞いてくれ、頼むから」


 ハジメ、久々に女難台風直撃である。

 まずはアンジュが何者であるのかを説明することにした。

 フェオからすれば勇者の元にいたかと思えばいきなり魔族の女を連れてハジメにすり寄ってきたエキセントリックな人物に見えてしまう筈だ。普通ではないのはそうなのだが。


「アンジュは転生者だ。出会ったのはたまたまで、正直なところ直接会ったのは2回目だ」

「どこでどのように出会ったので?」


 ニコニコ笑いながら机を指でとんとん叩いて急かすフェオ。

 サンドラ辺りが見たら失禁しそうなプレッシャーだ。実際魔族の女性は顔面蒼白の涙目でちょっと漏らしそうな震え方をしている。流石に室内で漏らされるとちょっと掃除に困る。


「アンジュは俺と会う前は魔王軍に身を置いていたが、俺との戦いに負けたことで自分を見つめ直し、人として生きることを選んだ……ということで合ってるよな、アンジュ」

「ん。そだよ。もっと言うならば、私はず~っとこの子を助けたかっただけで、どこの所属かは割とどうでもよかったんだけどね」

「アンちゃぁん……!」


 アンジュは自分に縋る魔族の美女を抱き寄せて頭を優しく撫でる。緊張で一杯一杯の女性はいじらしくもアンジュにひしっと抱きついて不安を和らげようとしているようだ。


「それで、アンジュ。俺も聞きたかったところだが、その娘がそうなのか」

「うん。私の魔王ちゃん。というか、正確には魔王ウルシュミのドッペルゲンガーね」

「ひぃぃん、アッサリ正体ばらされたぁぁぁ~~~!!」


 せっかく安定しかけた魔王ドッペルゲンガーがまた怯えるが、はて、どっかで見たことがある光景のような気がするハジメである。こういうのをよくデジャヴと呼ぶが、もし本当に見たことがある場合はデジャヴとは言わないのでこれはどちらなのだろう。

 アンジュは彼女を宥めながら、陰のある笑みを浮かべる。


「私もドッペルゲンガーだからさ。同じドッペルゲンガーとして逃げ出した魔王に責務を押しつけられたこの子にも自由を与えたかったの……」

「え? でもドッペルゲンガーって……じゃあその姿は?」

「この身体はハジメに頼んでトリプルブイくんに作って貰ったものだよ。スゴイよね、人間と殆ど変わらないんだよ」


 袖をまくって自分のからだをよく見せつけるアンジュ。

 人形のような人工感を微塵も感じさせないきめ細やかな肌は、本物にしか見えない。殺人妖剣エペタムの鞘と同じタイプの人ならざるモノを人の形に収める、義体だ。


 ――アンジュの正体は、丁度ハジメとフェオが結ばれる少し前に受けた依頼で死闘を繰り広げたあのドッペルゲンガーである。

 彼女は魔王軍に興味はなかったが、王座に座る魔王の正体が替え玉のドッペルゲンガーであることに同族故にすぐに気付き、彼女をどうにか救えないかとずっと画策していたのだ。


 そしてハジメとの戦いに敗北し、温情で生かされた彼女は仮初めの肉体を用いて魔法使いアンジュとなり、新たな目標を立てた。

 ドッペルゲンガーのために敵を倒すのではなく、ドッペルゲンガーを直接救出することにしたのだ。


 その後、アンジュはほどよく結果を出して売り込みをかけ、魔王城を目指す勇者一行と合流。

 最終決戦では自分がトドメを刺すと言いながら、こっそりドッペルウルシュミを巻物に封印し、それっぽい偽物人形と入れ替えて大魔法を炸裂させることで誰にも気付かれずドッペルウルシュミを回収したのだ。


「で、それはいいがアンジュ。お前友達との距離感おかしくないか? パーソナルスペースにクリンチかけてるぞ」

「そうなの? 友達いたことないからこんなもんかなーって思ったんだけど」

「しれっと悲しい過去を暴露するな」


 かくいうハジメも前世はそうだった。同じく不幸な生まれの身同士、親近感は確かにある。

 しかし、仮にも妻であるフェオの目の前で女の姿でべったりは如何なものだろうかと思ったのだが、当のアンジュは不満顔だ。


「私、あの時ハジメが自分を失いかけてた私の心を理解してくれて、本当に嬉しかったんだよ? なのにあれからずーっと手紙でこそこそやりとりするだけで全っ然会えなくて、友達らしく一緒にいたかったのをこれまで我慢してたんだよ? 今くらいいいでしょ、親友?」

「付き合いの短い親友もいたものだな……」


 フェオの視線が痛い。

 そろそろ物理ダメージを受けるスキルに昇華されそうな重圧だ。


 とはいえ、遠慮ゼロでぐいぐい来るアンジュには多分恋愛感情はない。

 彼女はただ単に友達の距離感が分からず、とりあえず好きだからゼロ距離でいいやというド極端な感性をしていると思われる。しかもドッペルゲンガーでいすぎたせいで既に自分が男か女か分からなくなっているらしい。


 自分の負の価値観を共有できる唯一の友人とはいえ、フェオからすればこの距離感はもう男女の友情以上の何かにしか見えないだろう。ハジメとしてはアンジュを無碍にはしづらいが、フェオのプレッシャーも高まっていくので普通に困る。


「えーと、アンジュは……特殊な感性の持ち主というか、ぼっち脱却初心者というか……多少はまぁ、勘弁してやって欲しい」

「正妻は私ですよねハジメさん?」

「その通りだ」

「ほんとに分かってるのかなぁ……」


 疑い九割の視線を向けられてハジメも辛いが、アンジュを振りほどく気にもなれずに板挟みになる。

 フェオは暫く渋い顔をしていたが、やがて一息つくと話題を変える。


「ところで、魔王のドッペルゲンガーを偽物とすり替えたとか本物が逃げたとかトンでもない話がスッと出てきてた気がしますが?」

「気のせいじゃないよ。なー、ハジメ」

「俺も最初に聞いた時は驚いたが、今代の魔王は命惜しさにドッペルゲンガーを自分に化けさせてとうの昔に逃走していたらしい」


 家の外でガタガタ、ガタァ! と露骨すぎる動揺の物音が聞こえるが一先ずスルー。

 一度冷静になってそっちの方が国際的な大問題であることに気付いたのだろう、フェオは眉間に手を当てて深いため息をついた。彼女の手に負えないレベルの重大事件だからだ。正直ハジメの手にも負えない。

 フェオは戸惑いがちにアンジュに尋ねる。


「えっと、勇者レンヤはそのことには……?」

「そのうち気付くだろうけど、問題はないよ。本当は魔王を倒せば城は消えるんだけど、魔王が逃走した場合は城は消えない代わりにそもそも魔王軍の施設としてまともに機能しなくなる。魔王が死ぬまでずっと役に立たないタダの不気味な城のままさ」

「俺も図書館で調べたことがあるが、過去にも似たような事例が何度かあったと記録されていた。魔王が完全に戦意を喪失すると城は機能を停止し、神器も討つべき敵なしと判断して沈黙する。国際法上、この状況は人類の勝利として扱われる」


 この辺は事前にアンジュと入念に話し合い、調べた。

 今代の魔王に戦意が全くないのは、魔王への忠誠心以外全てをコピーする筈のドッペルゲンガーがこのヘタレ具合なのを見れば明らかだ。コピー魔王ヘタレドッペルゲンガーは涙を瞳にたっぷり溜めたまま子ウサギのように震えている。


「うる、たたかうのもうやだ。そもそもまおうだってなりたくてなったわけじゃないもん! ほんとだもん!」

(幼児退行が始まっている……)


 ひくひく震えてボロボロ涙を流して命乞いするヘタレ。

 流石のフェオもここまでヘタレだと可哀想になってきたのか、努めて優しくコピー魔王ヘタレドッペルゲンガーに話しかける。


「ウルシュミ……さん。貴方がもう二度と争いに関わりたくないという言葉が本当ならば、身分を隠して村に住むことを許してもいいですよ」

「……ほんと? うる、ころしゃれないの?」

(どっかで聞いた事あるセリフなんだよなぁ)


 ハジメの中で既視感が段々と形になって記憶から掘り起こされていくのをよそに、ヘタレは「誓います!!」と食い気味にフェオの手を握って訴える。そしてアンジュが「この子を守るためにもお願いします」とハジメから離れて深くお辞儀をしたところで、フェオはとうとう折れた。


「ハジメさんとの距離感は別として、まぁその点は……本当はよくないけど、いいでしょう。幸いこのことを知っているのはこの場にいる人間とさっきから家の外で聞き耳立てまくってる方々だけなので」

「いいんだな、フェオ。本来なら魔王をかくまうなど重大な背信行為と取られかねないぞ」

「でも、もし事実が公になったら世の中のあらゆる人が二人を殺そうとするでしょう。そうなったとき、アンジュさんは襲撃者に情けなんてかけませんよね? ハジメさんと似てますよ。やると決めたことに躊躇いなどしない」

「流石、伊達に親友の若奥様してないね。その通り――私は魔王ちゃんの為なら何人だって《《やる》》よ?」


 アンジュは臆すことなく断言した。

 もしも魔王にトドメを刺さんと人が押し寄せればアンジュの手で襲撃者は血祭りに上げられ、危機を感じた人々の集団心理は暴走し、更に多くの襲撃者が押し寄せ、それを防ぐ為にアンジュは更なる犠牲者を生み出す。果ての無い連鎖だ。全てが解決した後に残る屍の数は一体幾つになるのか想像も付かない。


 なにせ――アンジュは現在進行形でハジメの能力をコピーしたままなのだから。

 彼女を殺すのはハジメを殺すのと同じ難易度なのだ。


 魔王になりたくなかったとはいえ、ウルシュミは処刑されるだけの責任を負う立場にある。そこから逃げることは本来許されることではない。されど、ムリに断罪しようとすることで数多の犠牲を生み出すくらいなら、この二人のささやかな願いを叶えてあげた方が良い。フェオはそこまで考えを巡らせていた。


「契約を交わしましょう。もし二人が約束を破ったときはハジメさんを筆頭とした村の実力者たちで強制的に事態を終息させます。意味、分かりますよね。コモレビ村の村長として私にはそうした決断をする義務がある。そのことだけはハッキリさせておきたいんです」

「心配性だなぁ。でもそういう物事から都合良く目を逸らすだけじゃない所、好感を持てるね。オーケー、契約成立だ。細かいところを詰めよう」


 アンジュは快く同意した。

 こうして、途中でライカゲの意見なんかも聞きながら二人と村との間に契約が交わされた。

 そして、事件が起きた。


「じゃあ魔王ちゃん。魔族の格好だとマズイから人の姿に変身して過ごそうね」

「う、うん……」


 ウルシュミドッペルの全身が光に包まれ、角や尻尾など魔族の特徴が消えて肌色も人のものになっていく。光が消えてその姿を見たとき、フェオは「え?」と思わず漏らし、ハジメは自分の予想が的中していたことに呻いた。


「あの、ウルさん……ですよね?」

「ふえっ!? う、ウルシュミなのでウルとも呼ばれますケド……?」


 おどおどするウルシュミドッペルだが、問題はそこではない。

 どこからどう見ても彼女はウルだ。

 彼女の見た目が、村に住んでいるあのウルと言い訳のしようが無いくらい完璧に一致している。声も、仕草も、全てがだ。


 ハジメは無言で部屋のドアを開き、外で耳を欹てていた人物が床で腰を抜かしているのを確認し、口を開く。


「ウル。どういうことかしっかり説明してくれるんだよな?」

「あ……ああ……こ、ころしゃないでぇ……!」

「いや殺さないが……キャロラインとの約束もあるし」


 そこには、この世の終わりみたいな顔で盛大に失禁するウルの姿があった。おおよそ事情は察したのでそんなに怖がらせるつもりはなかったのだが、この状況では仕方が無いのかもしれない。


 なんせ、殺されるのが嫌でドッペルゲンガーに全責任を押しつけて全力で逃亡した魔王張本人が今の今まで誰にも知られずコモレビ村で人生をエンジョイしていたという衝撃の秘密が、たった今バレたのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに本物も失禁……これは魔王軍に失禁済みの下着として高価で売れる!……というのはともかく、なぜ彼女はその強さに比してこう、下半身の元栓が緩いのか…… 前世からしてそんなだったのかしら…
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