31-1 散財おじさん、男女の友情を疑われ散らかす
それは、教会が寂しくなってから少ししてのこと。
気になる話を聞いたハジメは改築されたクリストフの診療所に向かった。NINJA旅団のオロチが診療所で入院したと聞いたのだ。実際に病室にいくと、ベッドに寝そべったオロチが包帯まみれでハジメはかなり驚いた。
「どうしたんだそれは……エリクシールいるか?」
「いえ、お気になさらず。包帯まみれなのは単にヤーニーとクミラに包帯の巻き方の訓練代わりに使われただけで、入院理由は少々の過労ですよ」
「ライカゲの一番弟子のお前がそうなるとは随分ハードな仕事だったのだな」
普段はあまり目立たないが、オロチは準転生者クラスには強い。持久力や反射速度、スタミナに関してはハジメの目から見てもかなりのものだ。そんな彼が入院を言い渡されるほど疲れるとはにわかには信じがたい。
オロチは「未熟故です」と前置きしたが、仕事の内容は教えてくれた。
「以前にハジメ殿がアトリーヌ陛下から聞いたという神器の奉納されていた神殿とやらを探しに行ったところ、妨害を受けましてな。なんとか退けて情報は持ち帰りましたが、その際に無茶をしすぎました」
「一体何者だ、妨害した相手は?」
「はっきりしたことは分かりませぬが、恐らくはシャイナ王国か教会、そのどちらかの息がかかった転生者でしょう。逃げられましたがタネは割れたので次からはこのような事態にならぬよう師匠たちが対策会議中です」
対転生者戦を幾つも経験しているNINJA旅団なのでそれはそうだろうが、かなり焦臭い話になってきた。なお、遺跡で得られたものは全てがメーガスに渡されたそうなので、ハジメは見舞いの品にオロチに高級フルーツ盛り合わせ(コモレビ村産)をあげて彼女の元へ向かった。
今、彼女はあるものを解析中だ。
そのあるものとは――ドルトスデル廃要塞地下にてハジメたちが回収した、地上と魔界を繋げる謎のオブジェクトである。ダンが「怪盗のプライドを賭けて意地でも持ち出す」と村まで運び込んだそれは、正直教会にばれるとちょっと危ないのではないかという代物だ。
「メーガス」
「あら、ハジメ。オロチくんの話かしら? それともコレ?」
「どちらもだな。何か分かったか?」
「うん、オロチくんの頑張りのおかげでね」
ドルトスデル廃要塞地下で巨大シズコがゼラニウムとともに体内に取り込んでいた転移装置の表面を撫でるメーガスは、メガネをくいっと上げた。
「この転移装置は森の遺跡の直前くらいに作られたものと見ていいわ。これがあった地下空間もね。多分だけど、神獣と旧神がバチボコの殴り合いをしてた頃のもの」
「……そんなものが何故廃要塞の地下に? あそこはシャイナ王国が保有していた要塞の筈だ。砦を建てる際に気付かなかったのか?」
ゼラニウムの口ぶりからして最初からあそこに置いてあったと考えられるが、まさか使い道も分からないまま要塞地下に仕舞われていたのだろうか。
ハジメの疑問に想像がついていたのか、メーガスは「逆なのよ」と指を振る。
「あの要塞ね……どうやら大昔は魔王軍幹部の城だったみたい。それを当時のヴィクター一族っていう人達が当時の魔王軍戦末期に自分たちの領地にしたんだけど……この一族にはちょっとした秘密があったの」
「その秘密とは?」
「自ら力を捨てて人に堕ちた旧神の子孫――彼らは知識も力も捨てていたけど、一度は理にまで至った記憶が遺伝子に受け継がれている。それがあり得ない出来事を引き起こした。彼らはね、歴史上唯一《《魔王軍幹部の城を解体した》》存在よ」
流石のハジメも予想だにしなかった発想に絶句した。
魔王軍幹部の城は神器を除いて干渉不可能で、魔王軍の侵略開始と共に現れ、終了とともに次元のいずこへかと泡沫の如く消える。それはこの世界の理と言ってもいい。その理をヴィクター一族は知らず崩してしまったというのだ。
「色々あって資金難に陥ってたみたい。彼らは要塞を解体して石材等々を売り飛ばし始めた。そして城の地下の途中まで解体したところで王家とトラブルを抱えて地位を剥奪された……これ、ブンゴくんの超鑑定で判明した事実ね」
「なんとコメントして良いか返答に困る事実だな……旧神の遺伝子とはそんなことまで出来るのか?」
「ちなみにこの村に住んでるトリプルブイくんはヴィクター一族の末裔よ」
「前言撤回、ものすごく納得した」
あいつの先祖なら説得力抜群だ。
前々からトリプルブイの技術力は人知を超えたところがあると思っていたが、成程どうして意外なところで彼のバグめいた能力の秘密が判明したものだ。
「つまり、ドルトスデル要塞は解体された幹部の城の上に建てられたものだと」
「当時あの要塞を建造した人達は多分そのことを知らなかったのね。工事中に地下の存在が発覚して、どうせなら活用しようと繋げただけ。そして、恐らく元の城が解体された時点で魔王軍幹部の城は機能不全に陥った」
「……まさか」
ハジメはあることに気付き、驚いた。
「魔王軍の五大軍団に含まれない裏の軍団、暗黒軍団……連中が根城を持たなかったり存在が広く語られない理由は、城がないから?」
「断定は出来ないけど、大いに関係していると私は見ているわ。学者としてはね」
これ多分真相大体知ってるなと思ったが言わない理由は想像がつくので聞かない。ただ、ここまでの話で色々と発見があったのは確かだ。
「地上と魔界を移動する転移装置は神代には存在していた。それは魔王軍幹部の城の地下にあった。しかし城は旧神の血を継ぐ者に解体され、魔王軍システムから切り離された……そしてこの転移装置と地下空間が元々はセットの存在だったとすれば――」
正直、ハジメにはその真実が何を指し示すのか分からない。
しかし、何か重大な情報に、それは繋がっている気がした。
「――魔王軍システム、或いはその原形は紀元前には既に存在していた……?」
「そしてもう一つ。これら転移装置が出来た時期と森の神殿が出来た時期、そしてオロチくんが持ち帰った遺跡の情報から読み解いた神器の神殿の建造時期は、ほぼ一致していることが判明したの」
ハジメは、これまで魔王軍システムと神器の関係を「そういう世界だからそういうものなのだろう」と深く考えたことはなかった。神や神獣といった人知を超えた存在が実在する世界でそれらを気にすることはナンセンスだと。
しかし、神が出所を知らないという神器と魔王軍システムの一部が同時期に作られ、その頃この世界で神獣と旧神が相争っていたのであれば、もしかして。
「神器も魔王軍システムも、元は同じ枠組みの中に存在しているのか?」
だとしたら、魔王軍システムとはなんだ。
勇者とは一体何のために神器に選ばれている。
人と魔の二重螺旋の争いには、一体何の意味があるというのか。
ハジメは珍しくメーガスに疎ましげな視線をぶつける。
「随分きな臭い話に巻き込んでくれたな、あんた」
「見なかったフリをして引き返してもいいけど?」
「知らないまま放置して後で痛い目を見る方がいやだ」
「じゃあよろしく、共犯者くん!」
けろりとした顔で、メーガスはハジメの手を握る。
この女は粗方の予測はついているのだろう。
しかし、ハジメが知り得ない情報をうっかり漏らすなんて可愛げはこの世界の神には決してない。彼女は言ってもいいことしか言わないし、言ってはならないことは絶対に言わない。
神にとって己の敷いたルールは常に絶対だということをハジメは知っている。
彼女はハジメに言外にこう言っているのだ。
真実は自分で見つけて、その上でどうするか決めろ――と。
二人の間に漂う得も言われぬ空気を破ったのは、突如としてメーガスの研究室のドアを開いたフェオの慌てた声だった。
「ハジメさん、メーガスさん! シャイナ王国が正式に勇者の帰還と魔王軍の壊滅を宣言しました!」
「そうか……しばしの平穏が訪れるな」
ハジメは目をつむり、己の友人の顔を頭に思い浮かべる。
(アンジュ、勇者レンヤを出し抜いてやり遂げたんだな……)
さて、これから彼女はある人物を連れてコモレビ村にやってくるだろう。
フェオの説得を手伝うと決めてはいるが、さてどうしたものか。
――このとき、ハジメは既に厄介なことになるのを覚悟していた。
しかし、その覚悟の斜め上を突き抜ける事実が発覚することを、このときの彼はまだ知るよしもなかった。
世界を乱す嵐は終わり、コモレビ村に修羅場の嵐が近づく。
ちなみに嵐の主成分は主にハジメの女難である。
◇ ◆
――時は遡り、魔王城最奥の玉座。
「あと少し……あと少しだ!!」
レンヤの激励が響き渡る。
パーティメンバーは全員極限状態だが、追い詰められた魔王ウルシュミの体力も限界に近い。というか、レンヤは過去の記録から確実に魔王に勝てるようにレベルをギリギリまで上げてきたにも拘わらず、開幕から死に物狂いで攻撃してくる魔王に想定を遙かに超えて押されたというのが正しい。
「倒れてっ、倒れてっ、倒れてよぉぉぉ!!」
無限の魔力を持つ魔王は高位の魔法を詠唱もなしに乱射して波状攻撃を仕掛けてくる。本来ならレベル100で魔力が無限の相手など到底勝つことは出来ない筈だが、勇者一行の持つ神器には魔王や魔王軍幹部に対しては持ち主に強力な加護を与える。
短いとは言えここまで戦い続けた勇者一行は阿吽の呼吸で互いをフォローしながら魔王を着実に追い込んでいく。その中には勇者レンヤの仲間として苦楽を共にしたヨモギやイングの姿もあった。
だが、彼らの瞳には悲壮感が浮かんでいた。
理由は、血走った目で貪欲に魔王を殺しにかかるレンヤの形相である。
「死ねっ、死ねっ、死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
争いのない世界を誰よりも望んでいた筈の男は餓えた獣のようにがなりながら魔王を追い詰め、魔王はずっとそれに怯えるように抵抗している。もはやどちらが侵略者なのか、何が正義なのか、倒錯した光景は訴えかけてくる。
これがレンヤの求める答えなのだろうか。
これが世界が求めた結果なのだろうか。
冒険者ハジメの逆恨みでレンヤから心が離れたメンバーは世界の為に戦いつつも、どこか自分たちの旅の終着点に心のどこかでうんざりしていた。
魔王は何の為に戦っているのか、レンヤは聞きもしない。
相手に散々言い訳して欲しいわけでも命乞いをして欲しいわけでもないが、相手が話す余地さえ与えず苛烈にその命を奪おうとするレンヤの姿に、パーティメンバーの殆どがこの戦いに一体どれほどの意味があるのかという空虚さを無理矢理押し殺していた。
やがて、最後の瞬間が迫る。
パーティのタンクとして冒険中頃から同行してくれたドワーフのラスロックが魔王の攻撃の中から僅かに弾幕が薄い場所を割り出し、両手用大盾による高位の突撃技「レイルファランクス」で魔法攻撃を強引に押しのけて進む。
そして、スキルの発動が終わった瞬間にパリィで魔法を弾いたのと入れ替わるように神器と愛剣の二刀流となったレンヤが弾丸のように駆け出す。
「クロッシング・ブゥゥレイカァァァーーーーーーッ!!」
二刀の斬撃を十字に振り抜くことで、交差点で斬撃を融合させて何倍もの切れ味を発生させる二刀流の必殺剣。対し、魔王ウルシュミは一瞬で十二もの防壁を展開して威力を拡散させる。
「止まれぇぇぇぇーーーー!!」
「貫けぇぇぇぇぇーーーー!!」
神器の力を得て渾身の力で放たれた斬撃はその障壁を食い破りながら前進し、そして最後の一枚を破ると魔王の身体に迫る。
その、刹那。
「ここまで弱ってしまえばッ!!」
魔王の掌に魔力が集中したと思うと、突き出された手から放たれる魔力が勇者渾身の一撃を相殺した。
「か、勝った……!! やった!! これで生き延びられ――」
「生かすものかよ」
レンヤの口角が吊り上がる。
ウルシュミはその言葉にはっとする。
先ほどからの攻防の激しさで聞こえなかったが、勇者の背後で莫大な魔力が詠唱で紡がれている。恐らくは盾で弾いた際に飛び出した勇者の背後からウルシュミに接近し、勇者さえ囮にしてずっと詠唱を続けていたのだ。
「あとは任せた、アンジュ!!」
勇者が踵を返して魔王から遠ざかっていくそのときには、既にアンジュの魔法陣は完成していた。渦巻く魔力は一瞬で炎の属性に変換され、莫大な熱が彼女の周りを渦巻く。
それは、魔法使いの間でも対人や人の近くで使うことは厳禁とされる焦熱の極致にして禁忌の炎属性最上位魔法。そを操る魔法使いアンジュは、パーティメンバーとも勇者とも違う決意を目に魔王に相対した。
「――万象融解ッ!! ボルカニックレイジッッ!!!」
閃光が、熱が、目を覆う圧倒的な破壊が、アンジュを中心に全てを呑み込んでいく。
これが勇者が考えた三段構えの作戦。
盾を用いてギリギリまで魔王に接近し、勇者が接敵。最大限の攻撃を与えても尚倒せなかったときのため、自らを囮にアンジュの最大火力魔法で消し飛ばす。撤退のタイミングなどを考えれば自分自身が巻き込まれて焼け死んでもおかしくない捨身ギリギリの手段。
眼前に広がる死の炎を前に、魔王ウルシュミは泣き叫ぶ。
「何故、なんで私がこんな目に遭うのよぉっ!! 私だって、魔王なんかやりたくなかっ――」
その声は最後まで勇者一行の耳に届くことなく、灰を灰に帰す超高熱に飲まれた。
熱が拡散した後に残ったものに、ヨモギが「うっ」と口元を抑えてえづく。
炎が消えた場所にいたのは無傷で佇むアンジュと、もう魔王であった名残は角のシルエットくらいしか面影のない人型の墨だった。
墨はまだ微かに震えているので生きているのかもしれが、誰の目から見てももう助からない。ギガエリクシールに浸しても再生が間に合わないだろう。
気付けば、レンヤは神器の剣を構えて駆け出していた。
「わ゛あ゛あ゛あああああああッ! 人類の敵、覚悟ぉぉぉッ!!」
振り下ろされた刃は、炭化した魔王ウルシュミを真っ二つに切り裂いた。ふうふうと獣のように荒い息を放つレンヤはそれでも飽き足らず、両断された遺体を更に斬り、角を念入りに足で砕き、衝動のままに魔王の身体が完全に形が判別出来なくなるまで破壊し尽くした。
――過去の魔王の中には吸血鬼など異常な再生能力を持つ者もいたためにこの念入りな破壊は確実を期すには正しい選択だろう。しかし、多くの仲間の目にはそれがグロテスクで狂気を孕んだ光景に見えた。
「お前が殺した人々の苦しみを少しでも多く味わえ! 人間以下の塵のような存在が! 存在を許されないんだ、お前の存在が間違いなんだよぉぉッ!!」
レンヤが魔王の残骸を夢中になって破壊する中、懐に何かを仕舞ったアンジュは振り返って仲間達の方を向く。そこにはレンヤへの感情も魔王を倒した喜びもなく、ただ少し疲れた程度の感情しか読み取れない。
「レンヤが満足したら帰りましょう」
「そう、だな」
イングは、結局アンジュは最後まで裏切ることはなかったことに安堵しつつ、それに同意した。ヨモギは部屋の出口でレンヤに背を向け肩を震わせている。もう見るのも聞くのも嫌なのだろう。
他数名のチームメンバーの誰も、レンヤを止めもしない。
感情は色々とあるだろうが、なるべく見ないようにしていた。
「はは、はははっ! 父さん見てますか! 遂にやりましたよ! 悪魔め、人殺しめ! これが人間の力だ! 二度と僕の前に姿を見せるな! 地獄に堕ちろ、永遠に苦しめ!! ははははははっ!!」
これからレンヤたちはシャイナ王国首都に凱旋することになる。
王に魔王討伐を知らせ、祝勝パーティが開かれ、そして解散する。
レンヤ以外のパーティの総意だった。
もうこれ以上付き合えない。
いずれまた共に冒険する日が来たとしても、それは少なくとも今のレンヤとではない。願わくば妄執から解き放たれた元の彼とだ。そうでないなら、もう関係は終わりだ。
「あはは、あは……あれ? みんなもう帰り支度してるのか? ……そうだね、あまり長居して気持ちの良い場所でもないか。よし、帰ろう! 争いのない時代の始まりだ!」
魔王だったものから意識を外したレンヤは、少なくともいつものレンヤに近い気がして、でも先ほどの狂乱ぶりから嘘のように元に戻ったレンヤの心が恐ろしく、帰りでの会話はどこかぎこちなかった。




