断章-4
一撃必殺技。
それは、必殺技の先に存在する究極の一撃。
そもそも必ず殺すと書いて必殺なのに一撃で倒せない必殺技があるのおかしくない? などと野暮なことは言ってはいけない。たとえそれが困難な道であったとしても、僅かでも可能性があるならばそれに賭けるのが人の性なのだ。
男は転生特典に『一撃必殺』を手に入れた。
攻撃するという意思を籠めて触れた相手を、一撃で戦闘不能状態に追いやる力だ。
最初は文字通り殺す力にしようと思ったが、神に「ついカッとなって相手をどついた場合暴発して殺してしまいますが構いませんね?」と言われて流石にヤバイから訂正した。
ちなみに本当に殺す技だった場合、人間に生まれてくる権利を放棄しないと実現不可能だったらしい。権利がなくとも確率で引けるそうだが、流石におっかないので彼はやめておいた。
神には「あなたマメですね。ここに来る方は割と説明聞いてない人が多いんですけど。中には転生特典決めないまま行っちゃった人もいますよ」などと言われたので確認しておいて本当に良かったと思う。
なお、ものは試しで神を倒せないか試してみたが「何するんですか!」の一言とともに音を置き去りにした正拳突きでぶん殴られて滅茶苦茶痛かったので諦めた。
神は怒らせない方が良いと思った。
ともあれ、こうして彼は転生して赤ん坊から人生をやりなおした。
そしておよそ二〇年の時が経ち、彼は人生の絶頂にいた。
「レベル80達成! 一撃必殺サイコ~~~~~~~ッ!!!」
彼はゲームをやる際にチートコードで最強武器を手にして敵を薙ぎ倒しても無限に飽きないタイプの人間だった。その性格が幸いしたんだか災いしたんだか、冒険者となってめきめき頭角を現した彼はそれはもう調子に乗った。
彼は余りにも調子に乗りすぎて、武器を捨てて素手に転向し、如何に敵の手管を掻い潜り一撃を叩き込むかを極め始めた。
一撃必殺は相手を触れば倒せるが武器や防具を破壊出来る訳ではない(防具越しに殴ったら一撃必殺は有効だが、盾で防がれたり触ったのが髪の毛だったりすると無効になるなどゲーム的な『判定』があるようだ)ことも知り、更に己の一撃道を極めていった。
敵と戦い倒すことにしか興味の無い彼はベテランクラス以上に昇格することはなかったが、それでも「強敵が出たら奴を呼べ」などと言われるほどには己を練り上げた。
そして、遂に彼は行くところまで行ってしまう。
男なら誰もが目指す、世界最強への道である。
「最強の冒険者ハジメ!! その最強の座、俺に渡して貰おうかぁぁッ!!!」
「俺は最強を名乗っていないし最強の証明書を持っている訳ではないのでその要求は実現不可能だ」
「……そ、そうですか」
ものすごく普通のテンションで冷静なマジレスを返されて男――ゲンキ・イリヤマは口ごもった。ちなみに本名である。
まさか会って話をするのはこんなに簡単だとは思っていなかったが、無表情すぎて滅茶苦茶やりづらい。
「いっ、いやっ、そうじゃなくて! 俺はあんたと戦ってどっちが強いか決めたいんだよ!!」
「冒険者同士の私闘は厳禁だ。訓練なら依頼を出せ。暇なときがあれば請けないでもない」
「依頼? 俺が金払ってあんたと戦って貰うの!?」
手合わせからすらお金を取るのか! と思ったが、本当に忙しいのかしきりに書類と地図を確認してこちらを見ていない。
「お前みたいなの割と定期的に来るからな。毎度付き合ってたらきりがないからそうしてる」
「ふっ、ふ~ん逃げるんだぁ! 負けるのが怖いから逃げるんだぁ!」
「ああ。なんならそこらへんの酒場で言いふらしてきてもいいぞ。ハジメが逃げたから不戦勝したと。そういうやつも割と定期的にいるが、俺は訂正しない。面倒だからな」
煽り返されたのかと思ったが、ハジメの目は全く揺るぎない。
あれはマジで滅茶苦茶どうでもいいと思っている目である。
この男、良くも悪くも何一つプライドがないらしい。
「ちなみに殴りかかってきた場合は衛兵に突き出す。特に何の同意もなくいきなり他人に殴りかかったり斬りかかったり背後から魔法をぶっ放すのはこの国では違法行為だ。知っててやる奴も割と定期的にいるが、俺たちは法治国家の国民だから法律に従う義務がある。社会人の基本だ」
「ソ、ソウデスネ……」
もう強引に殴りかかって戦いに無理矢理持ち込もうかと思った矢先のこのごんぶと五寸釘刺しである。
まさか異世界にやってきて社会人のなんたるかを諭されるとは思わなかった。しかも徹頭徹尾正論すぎて何も言い返せない。この徹底した対応を見るに、どうやら今まで本当に相当やられているようで若干申し訳なくなってきた。
ゲンキは素直にギルドの相場に従って依頼を出し、数日後に請けてもらえることになった。
数日間暇だったので修行しながらハジメ攻略法を調べた。
すると、現地冒険者から以下の回答が返ってきた。
「無理じゃね?」
「手の込んだ自殺」
「ムチャシヤガッテ……」
「金銭感覚は隙だらけ。使う方で」
「奥さんと子供に弱いよ」
そういうことじゃなくて武器とか戦闘スタイルとかを聞きたいと伝えると、以下の回答が返ってきた。
「魔法で町を更地に出来るらしいよ」
「大剣ぶんぶん丸。相手は死ぬ」
「パワーッ!!」
「恐ろしく速いゲンコツ、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね」
「出来ること多すぎて逆に何が出来ないのかわっかんねー」
考えるのが面倒になったゲンキはとりあえず近づいて殴れば良いと開き直った。
そして迎えた勝負当日、魔王城以外なにもない良い感じの荒れ地にて戦いは始まった。
「じゃあこのコインが地面に落ちたら勝負開始の合図だ! 殺しはなし、戦闘不能になった方の負け! じゃ、行くぞ!!」
ゲンキの弾いたコインが宙を舞い、地面に落ちる。
地面とコインが接触する、その瞬間。
ゲンキは体得したありとあらゆる技術を結集させて超高速で前に踏み込み――ハジメがおもむろに取り出した二丁の拳銃掃射をモロに浴びた。
「アバババババババイダダダダダダ!?」
ハジメ、無言の連射。
しかもリロードの継ぎ目がないよう片手ずつの拳銃で延々とバンバン発砲を続けて避けようにも後手に回った時点で回避させて貰えないよう徹底的に追い込まれる。無理に前進しようとすると丁寧に丁寧にガードの薄いところを延々と撃たれ続け、もう何も出来ない。
マズルフラッシュに照らされるハジメの能面みたいな表情のなさが不気味である。
「タクティカルシュート」
「グッハァ!?」
「ダブルタップ、トリプルタップ、キラーシックスバレット」
「ボベッ、ハ゛ミズ、イ゛ェアアアアアアッ!!? タンマタンマタンマちょっとタンマ!!」
「依頼主としてのタンマか?」
「依頼主として!!」
漸くハジメの発砲が止んだ頃にはもうゲンキの全身蜂の巣状態である。
手加減されているので実際には穴は空いていないがもう全身あらゆる場所に弾痕と煙が上がっている。
「それはさぁ! それは約束と違うじゃん!?」
「依頼に銃禁止等のルールの記載はなかったし、有効な攻撃を有効な限り擦るのは戦闘の基本では?」
「いやそうなのかもしれんけど、俺の求めるものと違うから銃禁止!!」
「そうか」
改めて第二戦開始。
ハジメはおもむろに弓を取り出して射撃を開始。
「ホーミングアロー、ホーミングアロー、ホーミングアロー」
「アバババババババイダダダダダダ!?」
今度は追尾機能のある魔法の矢で四方八方からの攻撃に晒されて全身に絶え間ない激痛が襲う。一応ゲンキの装備は対魔法効果も結構高いものを厳選しているのに痛みと衝撃でやはり一歩も進めない。
「タンマ!!」
「またか」
「だから俺が求めているのはそういうのじゃなくて!!」
「では杖で」
「もう読めてんだよ二度と近づけないくらい波状攻撃仕掛けてくるんだろッ!!」
「魔法使いのタイマン勝負の基礎だろう。それとも杖を使いつつ魔法は使わなければいいと?」
「もういいそれでいい!!」
第三試合。
「今度こそ俺の土俵、俺の間合いだぜェェェドバッフッッ!!?」
ハジメ、ゲンキの拳が到達するより前に杖を投擲してゲンキの鳩尾をしこたま殴打。
ゲンキは衝撃の余り暫く呼吸できないほど地面の上で藻掻き苦しんだ。
「エッフエフッ、オ゛ォ……お前ぇ……空気読めないって、言われるだろ……!!」
「逆に聞くが何故これくらいのことを想定していない」
「普通の投擲なら避けれるわ!!」
ゲンキは拳での戦いに拘り初めてから当然回避の練習は人並み以上に積んでいる。
実際杖は投げモーションが辛うじて見えたので防げるかなと思った。
予想より速く重すぎて全然無理だっただけだ。
結論から言うと、ゲンキは何度やり直してもハジメに勝てなかった。
剣を使えばソニックブレード、槍を使えば柄で遠心力の乗った殴打を側頭部に受け、とうとう泣きの一回で自分は武器を使用、相手は素手という条件までつけたのに衝撃波を飛ばす技や震脚を絶妙に使い分けられ一度も接近できなかった。
「なんでそんなに近寄らせてくれないんだよッ!!」
「お前の構えや態度からして『触りさえすればなんとなかる』性質の力を持っていると判断したからだ」
触られると危険なら触られなければ良いじゃない。
それは全くその通りなのだが、まさか禁断の切り札であるウィップを用いてさえ一撃たりとも入れられないとはどういうことかとゲンキは項垂れる。
世界最強の冒険者が多芸すぎるのが彼の最大の誤算だった。
「なぁ、なんで俺は勝てないんだ?」
「それはお前が安易で楽な道に拘っているからだ」
「はぁ? すごい努力してるんですけどぉ?」
拳の一撃に拘るようになってからは、今まで以上に回避や加速、いなしに二段構えの連撃などに磨きがかかって洗練されていると自負している。
「違う。努力の方向性の問題だ」
ハジメが言いたいのは、ゲンキの想像する努力とは違っていた。
「一発当てれば勝てるという前提で戦闘を組み立てているお前は何もかも短期決戦で決めようとしている。だが短期決戦を狙えばおのずと前進する以外の選択肢がなくなり、行動も後方への回避が減っていなしやステップで躱しつつ前進を狙おうとしてしまう。つまり、ある程度経験を積んだ冒険者なら何をやるかが手に取るように予想出来る」
「えぇぇ~~……」
言われて見れば全部自分の戦闘スタイルに突き刺さってくる欠点の数々に、ゲンキは否定したいのに反論できない。
「触りさえすれば勝てると思うと、触れない状況に焦りが生じる。杖を投げつけられた時なんかが顕著だった。魔法を使わないのに杖を持っている人間のやることなど予想がついた筈なのに、焦って見落としただろう」
「それはでも! それはでもぉ~……」
あんたの投擲速度が速すぎたんだよ!! と言いたくなったが、それはすなわち自分から勝てないと認めるようなことなので言えなかった。
魔法や飛び道具では一撃必殺は発動しないのでろくすっぽ鍛えもしていなったゲンキには、もうハジメに抵抗できるカードが残されていない。
薄々ハジメもそのことを察していたのか、ため息交じりに確認される。
「まだやるか?」
「……まいりましたぁ!!」
結局、世界最強の夢は高い授業料と共に潰えた。
アデプトクラス冒険者のハジメを短期間でも貸し切りにするのは予想より高くついたのである。
しかし、彼はめげなかった。
ほんの少し、負ける度に自分が知らないことを知っていける嬉しさがあったからだ。
「ちっくしょ~~~~!! もっともっと強くなって次は絶対に当ててやるからなぁ!!」
「ああ。そのときは俺も切り札を使うよ」
ハジメは、ステレオタイプだが邪気のない転生者でよかったと素直に彼を見送った。
しかし、残念なことに彼の世界最強への道はまだまだ遠いだろう。
何故なら彼はハジメがまだ『攻性魂殻』とかいう一方的に相手を全方位攻撃できる正真正銘のクソ技を隠していることを知らないからである。
ちなみに、仮にハジメを突破出来てもライカゲに多分勝てない。
何故なら忍者スキルの変わり身と分身が相性最悪すぎるからである。




