断章-3
オロチ、ツナデ、ジライヤはライカゲの弟子として様々な経験を積んでいる。
そんな中で、時折ライカゲは三人に転生者の討伐を試練として与えることがある。
これは、試練を与えられた彼らの作戦会議の様子を収めた貴重な記録である。
会議は基本的に兄弟子オロチの司会で始まる。
「今回のターゲットは無敵の異能の使い手です」
「無敵? どう無敵なのかにゃ?」
はいはいと手を上げてツナデが質問すると、オロチが追加の資料を出す。
「決して攻撃で傷をつけることが出来ません。関節や眼球に刃を突き立てようと全ての体組織が画一的に外傷を受けません」
「では状態異常はどうなのでゴザルか?」
「バフ、デバフ、状態異常類全てが通用しないようですぞ」
「窒息はどうでゴザろう?」
「未確認ですが、道具も術も使わず湖に潜って一時間程度平然と動いていたという調査結果から見ても通用しない可能性が高いですな」
「本人の攻撃を反射するのは?」
「もちろん効きません」
「では水死も毒殺もじわじわなぶり殺しもダメということでゴザルか」
ジライヤは割と平気でこういうことを言う忍者である。
他の二人も今更気にはしないどころか普通にノる。
「水も食料も奪い続けて餓死させるのはどうかにゃ?」
「うーん、どうも食べる食べないも気分のようなので、精神的ストレスは与えられますが決定打になるかはやや疑問ですなぁ」
「本人の戦闘能力はどうなのでゴザル?」
「資料をどうぞ。総合的に見て年齢の割には強い方、という感じです。一対一では我々よりレベルが上ですが、戦闘スタイルは無敵のゴリ押しによる物理特化で、自己バフとデバフを絡めつつ無限のスタミナでスキルを叩き込み続けて押し切るという感じです」
「ん~……対人能力は申し分なし、魔法は最低限、遠距離はほぼなし。幻覚は? 直接催眠はダメかぁ」
「無敵と言っても攻撃を叩き込んだ時の衝撃を吸収してしまう訳ではないようでゴザルね。吹き飛ばすのはありかと」
淡々と情報を精査して出来ること、出来ないことを振り分けて黒板に情報を書き込んでいく忍三人。ハジメよろしく宇宙まで打ち上げてしまうかという話が出たりする辺り、三人ともこの世界の現地人としては珍しく宇宙の概念をざっくりとは知っているようだ。
かくしていくつかの案が浮上する中で現実的なものとして二つの候補が残り、そして両方を組み合わせた案が採用された。
結果。
「うわぁぁぁぁ道に迷ったと思ったらこんな所に油でドロドロの滑り台があってそしてその先に落とし穴がぁぁーーー!!」
(((すごい分かりやすい説明……)))
まず、無敵の異能は本人に催眠をかけられずとも幻で騙すことが可能ということからツナデが幻術を仕掛け、次にオロチが彼が如何に無敵でも落ちれば容易には抜け出せない落とし穴と、落すための滑り台を用意。そして最後にジライヤが契約した蛙仙から貰ったガマ油を燃えないよう調整したものを穴の側面と滑り台に塗りたくったことで、ターゲットはすごく簡単に引っかかった。
「くそ、油が燃えねえ! だったらナイフを地面に突き立てて歯止めを……」
「土遁・泥壁」
「俺が突き刺した地面だけ泥になって刺さらねえだとぉぉぉぉーーー!?」
オロチの卑劣な土遁により抵抗の術を失った無敵の男は滑っていく。
そう、いくら無敵だろうが空を自由に飛ぶか埒外のパワーで無理矢理自分を弾き飛ばすなどしない限りこの罠からは逃げられない。彼のスペックからして脱出不可能だろうと判断した三人の作戦勝ちだ。
「なんでだぁぁぁぁぁぁぁ……だぁぁぁぁ……ぁぁぁぁ……」
ちょっと深く掘りすぎた穴に彼の悲鳴が木霊し、やがて落とし穴の底が光る。
忍者秘伝、封印巻物に無敵の男が閉じ込められたのだ。
やがて地面の底から蛙が巻物を咥えて出てきた。
『ホレ、この中にしっかりケツから収まったぞ』
「ありがとうガマカゼ」
「ふむ、無敵と言えどやはり封印を破るほどの力はありませんか」
「チョロイもんだったにゃあ」
こうして、無敵の男は捕まった。
ちなみに無敵の男は前に前科を犯してライカゲに捕まった者で、ちゃんと更正して監獄から出てきたのちにライカゲの依頼で弟子の修行に協力していた。なので彼も一応弟子がいつ襲撃してきてもいいよう警戒していたのだが、結果はこの有様である。
ちなみにこれが終わるとターゲットの口から実際にライカゲに襲われた際の捕縛方法を語って貰えるようになっており、弟子達の楽しみの一つとなっている。
「陰が蠢いたと思ったら足から巻物にドボンよ。で、出して貰えたときにはもう牢屋の中。たまんねーよなまったく」
「影遁からの直落し! その手がありましたか!」
「無駄がにゃさすぎて怖いくらいだにゃ~」
「しかし拙者の今の影遁では調整が難しそうでゴザル。要修行リストに追加せねば!」
無敵の男は簡単だったが、時には難しいものもある。
最近のもので言えば、小人化男が大変だった。
能力はそのまんま小さくなる力で、しかも小さくなっても質量は変わらないので通常状態と同じ能力が発揮出来るというなかなか悪用しやすそうな能力である。このとき三人は最大量の分身と口寄せを併用した人海戦術での発見を試みたのだが、小人化男の隠匿能力が想定を遙かに上回って失敗。
その後、再度話し合いをした際に「あ!!」とオロチが大きな見落としに気付いた。
「ターゲットの匂いを召喚した者たちに共有していればよかった!!」
「「ああああああ~~~~!!!」」
どんなに小さくなっても体臭まで完全に消すことは出来ない。
なまじ感知能力が高いのが災いして基本的なことを見落としていたことに気付いた三人はがっくり。結局、この方法が功を奏して小人化男はあっさりと見つかった。
彼も例によってライカゲに捕まり更正した男だった。
「あんたらの師匠が使ったのは犬1匹だったぜぇ。そんでもって場所を絞られ、後は普通に捕まっちまったよ」
「師匠の忍犬、五代目ボンテンマルでゴザルな」
「師匠にしか気を許さにゃいナマイキわんこだにゃん」
「私としては修業時代を共にしましたけどね」
ライカゲは弟子たちのミスについては特に何も言わない。
何故なら協力を依頼したターゲットの話を聞けば自ずと落ち度は見えてくるし、なんなら自分がそのとき思いつかなかったような回答を見出すことに期待すらしているからだ。
そんなライカゲが思わずにやりとしたのが、聖女という異能を持ったターゲットである。
聖女の異能の効果は、その人物が行ったありとあらゆる行為を周囲に「聖女の如き行為」と誤認させるという常時発動型の催眠効果だ。相手を聖女だと思うと相手に対してあらゆる行為を無礼に思うようになってしまい、手出しができなくなる。
例えば彼女が長蛇の列の最前に割り込んでも、ゴミをポイ捨てしても、言い寄ってきた男の懐からおもむろに財布を抜いて中身を全て抜き取っても、全ては神聖視されるので相手を不快にさせたり怒られることはない。
ある意味とんでもない異能である。
「遠くからターゲットを見るだけでも術中に落ちます。鏡越し等でも平気で貫通。見たが最後、彼女を敵だとは思えなくなるでしょう」
「召喚を使ったとて、人外相手でも効果ありか……狙撃も出来ないし範囲攻撃するには常に町の中にいるしにゃあ」
「おまけに彼女、『聖女護衛団』という私兵まで持っているでゴザル。全員練度が高く、生半可な罠では即座に見破られてしまうでゴザル」
この課題、ライカゲが実際に逮捕する際は足に封印の巻物を括り付けた上で、仮に彼女の聖女催眠を受けても自力では止まれない速度で加速して一瞬で巻物に叩き込むというとんでもない荒技で突破した。
これは成功こそしたものの、取り巻きの護衛団をどうしても巻き添えにしてしまい、当時六人いた護衛が全員猛烈な風圧にきりもみになって虫の息にしてしまうという忍者らしからぬド派手な結果に終わってしまった。万一にも自分が催眠にかかる訳にはいかない上に当時は一人で活動していた若かりしライカゲにとっては仕方の無い決断だったが、別の方法が取れたならばと思うことはある。
そして、弟子達はゴリ押しせずに工夫を見せた。
「聖女の言葉は正しいと思い従ってしまう……であれば、聖女自身の判断によって作り出された状況であれば話が変わるのでは?」
「にゃ~るほど! 下手なゴリ押しじゃ護衛がどう動くか分かんにゃいし、一考の価値ありにゃ!」
「彼女の個人情報をもっと詰めて調べるでゴザル!」
幸いと言うべきかどうか、聖女は割と利己的な性格をしていたし、催眠任せで自分の印象と正体のギャップを隠す努力をあまりしていなかったので、調査は捗った。
そして翌日、弟子達は遂にそれを突き止めた。
「ふんふんふふふ~~~ん♡ 月に一度のお楽しみ、スウィーツドカ食いタ~~イム! こればっかりは護衛に囲われながらじゃ楽しめないもんねー!!」
聖女は、このスイーツドカ食いのときだけ自室から完全に護衛を外す。
もちろん家の周囲に最低限は残すのだが、仮に聖女としての力があったとしても個人的に見られたくないものが人にはある。彼女にとってスイーツドカ食いは人に見られて気持ちの良いものではなかったようだ。
「さぁスイーツちゃんたち~わったしのまえに出ておいで~~~~オゴッ」
彼女はるんるん気分で魔法式冷蔵庫の中で待つ色鮮やかなスイーツ達を取り出そうとして――冷蔵庫前のマットに仕込んであった封印巻物に垂直落下した。
本人不在の際の一瞬の隙を突いて予め罠をセットし、絶対に引っかかると確信した上での完璧な計画だった。
ただしその後、解放された聖女は泣いて怒り狂った。
「このあたくしがッ!! 罪を償って更正した今になって貴方たちの為に高慢な女を演じッ!! 世の様々なストレスから一瞬でも解放される為に何よりも心待ちにしている月にたった一度と心に決めた至福の癒やしの時間をッ!! あと一歩でスイーツに手が届くまさにその一瞬、仕事終わりのキンキンビール一杯一口目にも等しい楽しみをッ!! オぉぉマぁぁエぇぇタぁぁチぃぃはぁぁぁ~~~~~ッ!!」
もはや人以外の何かに変異しそうな勢いで怒り狂う聖女に正座させられた忍者たちは平謝りした。
「なんか、ごめんでゴザル」
「にゃーん。反省してまーす」
「演技の割には悪役ムーブにノリノリでしたが?」
「捻じ切るぞクソガキ共ォッッ!!!」
ちなみにその後、実は聖女の異能にも幾つか穴があることを彼らは教えられたのだが、それはさておく。
「――と、このようにNINJAはただ強いだけでなく知識、分析力、計画性、仲間との連携も求められるのである」
弟子達の行動例を説明するライカゲに対し、新弟子である兎人の少女ダンゾウ――帝国裏オークションでハジメに買われた元奴隷――が放った一言はシンプルだった。
「つまりNINJAはみんなナチュラルサイコクソ外道なんですか……?」
「それは違う。常識を弁えた上で倫理観を抜きにすれば効率が良い方法を選ぶ事に躊躇いがないだけだ」
「ナチュラルサイコクソ外道じゃないですか!!」
再就職先を間違えたかもしれないとダンゾウは激しく後悔した。




