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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-2

 仕事柄、ハジメは権力者の知り合いが多い。

 引く手数多の高給取りであるアデプトクラスを求める依頼者はだいたいが貴族や大地主だ。とはいえ彼くらいになると仕事を選ぶことも出来るので、緊急性の低い依頼やしょうも無い依頼は堂々と蹴る。


 具体的には、専属で雇われろとか子供に稽古してくれとか幻の珍味が食べたいから取ってこいとか、そういうのは即座に蹴る。誰がなんと言おうと蹴る。そんなことより凶悪な魔物や大量発生した魔物を討伐したり流行り病の薬に必要な素材の緊急確保の方が考えるまでもなく優先だ。


 しかし、そんなハジメにも断りづらい依頼というものはある。


「病弱な我が子の虚弱体質をどうにか出来ないか!?」


 豪奢な衣服に身を包んで髪をこれでもかとカールし倒した貴族の男、ヨーヘルは涙を流してハジメに懇願した。そんな患者の命を預かるような仕事は医者に回して欲しいが、貴族のヨーヘルが可愛い跡取り息子を医者に診せていない訳がない。


 曰く、彼の息子であるヨークシャは今年で12歳になる大事な跡取り息子なのだが、子供の頃から病弱で何度も大病を患っており、次の病で死んでしまってもおかしくないのだという。

 その理由はヨークシャの虚弱体質だ。


「妻が犬人と猫人の混血であったのだ。既に存じておろうが、他種族との混血は種が混ざりすぎると虚弱体質の子供が産まれやすくなる。それでも妻との間に子が欲しかったが……今や妻は己の血を嘆きヨークシャに謝るばかりだ」

「……」

「頼むハジメ・ナナジマ殿! 妻も息子も将来を悲観してすっかり塞ぎ込んでいる! たとえかなわぬ夢だとしても、少しでもあの子に長く健やかに過ごして欲しいのだ!」


 貴族というのは基本的に人に頭を下げない。

 そんな相手が頭を下げるというのは、下げないとどうにもならないときだけだ。

 ヨーヘルはハジメの知る限り貴族の中でも高慢で平民を下に見ている側の存在だっただけに、ここまで低姿勢だと「うちは療養施設じゃない」と即座にばっさりは切りかねる。なによりハジメも今は人の親なので人ごとに聞こえなかった。


 悩んだ末、仕方なくハジメは妥協案を出す。


「うちの村には患者が長期入院したり入院患者を介護する設備がない。だが、あんたが村に小さな別荘を買ってヨークシャの面倒をちゃんと見られる者とともに療養させるなら、村医者や村人に事情は伝える」


 医者でもないハジメがこの依頼を正式に受けることは出来ない。

 請ければ子供の面倒をハジメが管理する義務が生じるし、もし体調を崩したりした際に全責任をハジメが負うことになりかねない。かといってクリストフに丸投げは余りにも無責任が過ぎる。しかし、ヨークシャがクリストフと会いやすい環境にすれば、入院とまではいかずとも訪問看護に近いレベルで様子を見ることは可能だ。


「こっちとしてはこれが精一杯だが、コモレビ村はエルフの王子もお墨付きの場所だ。あんたが個人的に療養させる先としてはいい環境だと思う」

「ハジメ殿ぉぉぉぉぉ!! なんと、なんと慈悲深き男ぉぉぉぉぉ!!」


 やたらよく響くバリトンボイスで叫ぶヨーヘルは涙と鼻水を垂れ流し、正直かなり絵面が汚い。しかもそのまま感動のハグをしようとしてくるのでハジメはその後ずっとヨーヘルから間合いを取った。別に汚れたからどうという訳ではないのだが、なんとなく汁の付着した服で家に帰ってそれをクオンやフェオ達に触れさせたくない。


 こうして、ヨークシャ少年はすこしばかり立派に作ったヨーヘルの別荘地――村で一番大きいハジメの家とさほど変わらない――に療養にやってきた。


 肌は白く、手足は驚くほど細く、親譲りらしい控えめな獣耳と尻尾こそ手入れされているが、吹けば倒れるという言葉が似合う弱々しい姿だ。髪色は父の栗色が遺伝しているようだが、父親と比べて格段に色素が薄い。

 ヨークシャはまだ少年とは思えないほどしっかりと、しかしどこか弱々しく村人に挨拶する。


「ヨークシャと言います。ハジメさんのご厚意で暫くこの村に厄介になります。使用人共々、何とぞ宜しくお願い致します」

(……虚弱とは聞いていたが、これはかなりのものだな)


 他種族との混血児は一般的に三種以上混ざるとこうした子供が産まれやすくなる。

 故にこの世界の他種族は基本的に同種族と子をなすことが多い。

 なお、同じ混血でも二種族間のハーフやクォーターは問題ないことが多い。


 こればかりは生まれ持った特徴だ。

 上手く付き合って行くしかない。

 彼とヨーヘルの従者たちとの村での生活が始まった。


 そして数日後。


「ぼく、マッスル=ジュンさんのような身体になりたいです!!」


 ヨークシャくんは秘匿されし禁断の扉の突破を試み始めた。


 マッスル=ジュン――嘗て冒険者志望としてハジメが面倒を見るも、どうしようもなく冒険者適正が低かったので絵のモデルを勧めたらそちらで花開いた異色の経歴の持ち主で、もう筋肉人間なんだか人語を解する筋肉なんだか分からない黒光りの某である。


 トリプルブイが描いた彼の圧倒的筋肉絵は絵画の世界にマッスルインパクトを与え、今やモデルとして引っ張りだこのマッスル=ジュンは、自分に新たな役割をくれたからとたまにハジメとトリプルブイの元にお土産のプロテインを持ってやってくる。

 このときマッスル=ジュンの余りにも自分と対極的な逞しい肢体にヨークシャは羨望を抱いてしまったのだ。


『マッスル=ジュンさん!! どうすれば僕も貴方のようになれますか!?』

『勿論ッ!! ボディ☆ビルだぞ少ぉぉぉ年ッッ!!』


 幼い頃から城の外に出られない彼にとって、子供が見たら泣き出しそうなモストマスキュラーをキメるマッスル=ジュンの迫力は未知の衝撃だったのだろう。

 以来、やたらリハビリに気合いを入れるようになって周囲はヒヤヒヤである。

 侍女は涙目で主治医クリストフに訴える。


「お願いします、先生! もういつ倒れるかと気が気ではありません! お坊ちゃんを止めてください!」

「と、いうことらしい。どうだろう、先生」


 個人的にはハジメも侍女に同意するし、周囲にもああはならなくてもいいんじゃないかなという空気が蔓延する。

 恐らく皆、顔はヨークシャのまま肉体だけ筋肉達磨になった彼がサイドチェストをキメて「ヤー!!」と叫ぶ姿を想像してしまったものと思われる。

 何故サイドチェストでヤーなのかは謎だ。

 女神に聞いても「え、何それ知らない……怖」と言われたので本当に謎だ。


 閑話休題。

 侍女の直談判と周囲の反応に反し、クリストフは医者としてその要望を拒否した。


「彼がこれほどやる気になっているのなら背中を押した方が良い。患者にとって憧れは生きる原動力なのです」

「まぁそれはそうなのだが……」

「勿論節度を超えた運動は止めるべきですが、そもそもボディビルは深い健康知識による裏付けがないと実現できません。つまり、とても健康に気を遣うことになるので一石二鳥です」

「それもそうなのだが……」

「見た感じ、彼の専属シェフの滋養強壮食には問題がありませんでした。ならば少し手を加えれて彼の生命力を底上げする方向に調整を加えれば、彼の肉体は『神の最低保証』に基づく成長によって虚弱を乗り越えられるかも知れません」

「そうなのだが……」


 クリストフは彼の筋肉願望に全面的な肯定を見せているが、確かに理にかなってはいるのだ。ハジメも憧れを最後まで貫くことで壁を突破した冒険者を何度か見たことがある。

 夢に真剣になった人間は時として信じられない力を発揮する。


 しかし、ハジメの背後からヨークシャを可愛がっていた面々――主にウルとかアマリリスとかベニザクラとか、その辺から上手く誘導して程々で満足させろという圧が凄い。

 しかしヨークシャ少年の熱意も負けじと凄い。

 従者たち曰く、ヨークシャがここまで物事に積極的になったのは初めてなのだそうだ。


 上手い落とし所が思いつかずしどろもどろになっている間に、横からスっとラシュヴァイナが話に割り込んで余計な事を言い出す。


「ハマオに頼めば良い。ハマオは身体が強くなるごはんを作るんだ。小生もハマオのごはんのおかげでこの通りだ」


 むふーと自慢げに自分の身体を見せつけるラシュヴァイナ。

 筋肉モリモリな訳ではないが、村の女性陣の中では村一番の健康的な筋肉にヨークシャは感動する。実際マッスル=ジュンも「キュートな筋肉の付き方でとてもいい」とコメントしていたボディだ。


「すごい! 女性でもこんなに筋肉がつくなら、女みたいだと馬鹿にされた僕にも……!」

「ハマオのごはんに不可能はない。よく食べる、よく動く、よく寝る! 戦士はこれで強くなる!」

(((煽るなぁぁぁぁ~~~~ッ!!!)))


 ラシュヴァイナは村でもトップクラスに空気が読めなかった。

 ちなみに一番読めないのは我らがポンコツことサンドラである。

 二番目はポンコツ神獣ことレヴィアタンでラシュヴァイナは三位だそうだ。


 結局、流れをせき止めることが出来ずにヨークシャの肉体改造計画は始動してしまい、ハジメは陰で怒られ、ラシュヴァイナは「ハジメが悪いことをしたのか?」と何も分かっていない顔で不思議がられた。そこはかとなく納得いかない気がする。


 クリストフの指導の下、ヨークシャはリハビリをがんばった。

 ハマオの指導が入った食べ慣れない料理も食べた。


「出来れば残さずよく噛んで食べて欲しいな」

「大丈夫です、ハマオシェフ! 滋養強壮のためと変なものを食べさせられるのは慣れていますし、それにシェフのレシピはなんだかお腹から力が湧く感じがするんです!」


 ハマオはシェフ呼ばわりされて悪い気はしないようだが、謙遜する。


「君のシェフのレシピに少し手を加えただけだよ。これまで食べた滋養強壮の食べ物にも効果はあったし専属シェフの工夫もされていたから、私のしたことなど少しだけ……東洋医学的な漢方や薬膳の知識を持ち込んで、肉体を鍛える方にやや傾けただけさ」


 流石は料理チートの男、料理と関係のある知識は網羅していた。


 曰く、この世界は西洋的なのでどうしても西洋医学の考えが強いという。

 西洋医学の基本は体内の悪い部分を除去することで健康を維持すること。

 一方、東洋医学は患者の生命力を底上げすることで健康を維持する。

 どちらにも利点と欠点があるが、身体が弱いヨークシャには後者の恩恵が大きいらしい。


「全部食べれば栄養は身体の中で混ざり合い、更なる効果を発揮する。量も君の身体を見て計算している。食べやすい工夫もなるべくね。君はこの食事を通していろんな人に背中を押されてるんだ。そのことへの感謝を忘れないようにね」

「はい、シェフ! 屋敷の中では知り得なかったことばかりで、毎日が勉強です!」


 もくもくと食べるヨークシャを見ながら、クリストフ医師が唸る。


「うーん、ヤクゼン……非常に興味深いですね。調合して薬にするのではなく、患者が食事として摂取することで身体の中で合成や相乗効果が起きる。投薬より患者への負担が少なくて済みます。時間があれば是非勉強してみたいな……」


 この一言に、クリストフの側に控えていたヤーニーとクミラの耳がほんの僅かにぴくんと動く。

 二人はアイコンタクトして、クリストフの白衣の袖を引いた。


「先生、私たちも勉強したい! それで先生に御飯をつくってあげて、医者の不養生を防ぐんだ!」

「先生……たまに、患者さんに集中しすぎて、自己管理できてないとき……ある」

「ふふ、ヤーニーもクミラも優しいですね。そうですね、今度三人で一緒に習いにいきましょう。三人で勉強すればきっと捗りますよ」


 クリストフは慈愛に満ちた笑みでヤーニーとクミラの手を取り、二人も嬉しそうだ。

 ……実際には薬膳の勉強の為にクリストフが自分たちの近くを離れるのが気に食わないだけな気もする。もっと言うと、薬膳と自分たちの薬学を組み合わせたらもっと証拠の残りづらい薬品調合が開発出来るとか思っていそうだ。

 まぁ、悪用しないなら別に構わないのだが。


 こうして様々な人々に支えられて不断の努力をしたヨークシャは次第に立派になっていき――案の定、顔はそのまま肉体だけ成長してムキムキになった。

 クソコラを疑いたくなる悪夢の様相である。


「筋肉ーーーーー!!」

「違う、こうだ!! 筋肉ゥゥゥゥゥーーーーーッ!!」


 ヨークシャはマッスル=ジュンにパンプアップの何たるかを活き活きと教わっている。そこには村に来たばかりの頃の虚弱な少年の面影はどこにもなく、白い肌に浮き出る血管と隆起する筋肉はもう病魔に敗北することはないだろう。

 いつの間にか声変わりした彼は父親ばりのバリトンボイスを村に響かせる。


「ハァァーーーッハッハッハッハッ!! 父上も母上もこの元気な身体を見れば喜んで感涙し、この無敵ィの筋肉は世界を救うという宇宙の真理を思い知ることでしょう!! ハジメ殿、大ぁぁぁい変ッ!! お世話になりましたァァァァァーーーーーーーーッ!!」


 バックダブルバイセップスのポーズで感謝を表するヨークシャ。バックダブルバイセップスは背中の筋肉を見せつけるポーズなので敬意を表しながら人にケツを向けているのだが、以前にマッスル=ジュンも敬意を表してケツをむけてきたのでハジメの心は無である。

 というか、心なしか筋肉が理屈不明の光を放っている気がする。


(筋肉って伝染するのか……そうかぁ……)


 彼は健康の代償として、脳がマッスル=ジュンよろしく考える筋肉になってしまった。

 信じて送り出した息子がこんなことになって、ヨーヘルに何と言い訳しようか思い悩むハジメであった。


 ちなみにこの後なんやかんや彼の両親は元気そうなのでいいと喜び、後にヨーヘルの跡を継いだヨークシャの治める地域はプロテインの産地として一躍名を馳せることになるのだが、それは未来の物語である。プロテインの産地ってなんだろうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] プロテインの産地……その材料となる大豆と乳製品が名産で、加えてその加工技術が秀でてる、ということなんですかねぇ……
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