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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-1 変だっていいじゃないの、人間だもの

 ガブリエルにどことなく元気がない。

 そんな話をシオ、ユユ、リリアンに聞いて、その日手持ち不沙汰だったハジメは珍しく自ら彼に会いに行った。

 出会ってみればいつものガブリエルに見えるが、見透かしたフリをして「言って見ろ」と言うとあっさり自分から口を割った。この素直さがガブリエルの美点なのかもしれない。


「どうしたんだ?」

「その……俺もベテランクラスに昇格して随分やるようになったと思ってやしたが、いざ相対してみると強さの高みってのは途方もねえなと思い知らされやして」


 どうやら前の仕事――カルパとグレゴリオン(※二九章参照)の死闘に思うところがあったようだ。

 確かにあれは地上でも最高レベルの戦いと言えるだろう。

 だが、もし二人を見て冒険者としての自信をなくしたというのであれば、考えすぎだろう。


「あれは比較対象として適切ではない。少なくともお前の目指すような強さとは異なると思うが?」


 この世界のレベルシステムと違って性能として元から強いカルパやグレゴリオンは『神の最低保証』に縛られない例外的存在だ。ガブリエルが彼女たちと自身を比較して落ち込むのは勝手だが、気にしてもどうにもならないことだ。


「今、お前は確かレベル50少しだったな。二〇代の年齢でその強さなら本来は周囲と一線を画す強さだ」

「そりゃそうなんすけどね」


 ハジメが以前オークションで手に入れた準神器級の装備、ワカモティックバイトを手持ち不沙汰につつくガブリエルは納得していないようだ。


「俺はこれまで斧一本で戦い抜くくらいの気持ちでやってきました。でも、引き出しがないなって思い知ったんすよ。何でも覚えるカルパさん、何でも使えるグレゴリオン……それに対して俺ぁコイツだけだ。正直、もし俺がゼノギアとの戦いになったら接近するまでに蜂の巣にされると思うんす」

「……」


 ガブリエルは自分が戦闘時に取れる選択肢の少なさを気にしているようだ。


 例えば、フェオが戦う場合は大別して魔法、短剣、弓の選択肢の中から相手に有効そうなものを使い分けることが出来る。だが、ガブリエルのような純粋な前衛職は多彩な手段ではなくメイン武器の利点をひたすら相手に押しつける戦闘をする必要がある。それは、弱点を突かれるとどうしようもないということでもある。

 相性の問題だと言い切ることは容易だが、出来なければ死ぬというシビアな側面も冒険者にはあるので一概には否定出来ない。とはいえ、だからサブウェポンをと言い出すのは早計だとハジメは思う。


「得意分野に絞って尖った戦い方をするのはメリットも多い。得意な状況で強気に出られるし、ビルドに無駄が生じにくいし、何より不得手は仲間との連携でカバーすることが出来る。半端に別の道に手を出すと時間を無駄にするぞ」

「それはそうなんすけど……一本で戦ってると、うっすら壁みたいなのが見えてきて」

(……そうか、もう気付いたか)


 ガブリエルの言葉にハジメは目を細める。

 その壁は、気のせいではない。


「今も俺の戦いは敵に通じちゃあいます。アニキから譲り受けたこの斧、ワカモティックバイトも大したもんだ。技量も上がってきた。でも、なんか足りないんっす。レベルが上がったときの強くなった感はあるんすけど、戦ってみるとそこまでじゃない。どっかに余ってて使い切れてない力がある。それがもどかしいんすよ」


 自分の不甲斐なさを嘆くように俯くガブリエルの肩を、ハジメは慰めるように叩く。


「……ガブリエル、お前はまだ強くなれる」

「アニキ、下手な慰めは……」

「この世界の冒険者の多くが、その壁に到達すると満足して向上心を失うんだ。もう充分強くなったからこれでいいや、ってな」


 冒険者は誰もが果てしないまだ見ぬ地平に進み続ける訳ではない。

 むしろ、自分の生活を豊かにする為の金稼ぎの側面が大きい。


「今の実力で充分稼げると思うと、人はそれ以上のチャレンジ精神を失ってその場に留まることを選ぶ。それより上の次元に足を踏み入れても、上手く行かないからこれが自分の限界なんだと自ら一線を引いてしまう。そしてほどよい刺激はやがて退屈になってきて、手元に残った金の量を見て冒険者を引退していく。俺ももしかしたら、そうなるのかもしれない」

「アニキ……」

「最強冒険者とか言われているが、俺もそろそろ伸びしろの限界が近いんだ」


 この世界のレベルは、実はスライム倒してレベル99的なサムシングはほぼ無理なシステムになっている。


 ゲームの経験値の入り方にはいくつか種類があるが、基本的には敵にそれぞれ経験値が割り振られ、経験値が溜まりきるとレベルアップを繰り返すのがレベルシステムだ。この世界もそれに倣っているのだが、実はそれに加えてレベル差という要素が絡んでいる。


 簡単に言うと、レベル1のときはスライムで経験値が10入っていたが、レベル10になるとスライムを倒しても経験値が1しか入らない――というように、勝てて当たり前のレベル差があると経験値に大幅なマイナス補正がかかるのだ。

 逆に格上との戦いで勝利するとプラスの補正がかかるが、現実的に考えれば格上とは戦わない方が身のためだ。


 ハジメがこの世界でも突出したレベルを誇るのは、このレベル差の大きい戦を生き抜き、更には数もこなすという荒技を意図せずして繰り返してきたからだ。ライカゲの場合はそれに比べて独自の経験値が入りやすい修行の割合がやや多いが、その分ビルドとしては恐らく優れている。


 まぁ、そんな話はさておきだ。

 強い相手と戦えば戦うほど強くなるということは、苦戦するほど強い相手や互角の相手がいなくなってくると経験値が一気に減っていき頭打ちになるという事実を示している。


「ライカゲと話し合ったり色々計算をしてみたことがあってな。俺たちがこれからの生涯を捧げて戦い続けたとしても、上がるレベルはよくてあと30程度だと思う。でも俺には愛する人も子供もいる。その人達との時間を削ってまでこれ以上強くなる意義を見出すのは難しい」


 レベルが150近くないと太刀打ち出来ない脅威なんて見当たらないし、その頃にはハジメは老人だ。

 ライカゲも同じことを考えたから弟子を取り始めた。最近はダンゾウという新たな弟子――前に奴隷として帝国のオークションに売られてしまい、ハジメが一〇〇億で買った兎人の女の子である――を取ったし、リリアンの弟であるルクスも本人に覚悟があるなら弟子にするつもりでいるようだ。


「だから、俺も少しは後進に残すものを残すべきかと思ってな。ガブリエル、お前……座学は得意か?」

「大大大の大苦手っす!!」

「そうか。なら苦手でもやれ。ここから先はただ我武者羅に戦うだけでは強くなれない」


 そう言うと、ハジメはある本の束を手渡した。

 それは、押しかけ弟子のシオがハジメの残した膨大な魔法資料の編纂の傍ら、同時並行でハジメモ(と、最近呼び出した)から魔法以外のジョブやスキル関連を纏めたものだ。

 本人曰くたまの気分転換で、専門ではないがせっかくハジメの残した貴重な資料なので纏めておきたいとこつこつ進めていたものだそうだ。これはハジメがその資料の写しになる。


「この資料を少しずつでもいいから読み込んで勉強をしろ。メイン武器が斧だとしても、まだ追求出来る余地はあるし派生技を学べば取れる手段は少しずつだが増えていく。斧以外の情報もあるが、それも対人戦闘の参考になる」

「うっへぇ……これを、全部……」


 ガブリエルの顔が露骨に嫌そうだ。

 確かにこの資料は大作小説くらいの量があり、ウィザーディングなワールドのシリーズ全巻より多い。が、これでも厳選したし、なんなら今もこの編纂資料は増え続けているので根を上げている場合ではない。

 ハジメは敢えて厳しい言葉を選ぶ。


「ここで躓くなら、お前はそこまでだ」

「……うう……くぅ……いぃ、でも……んああ!」

「喘ぐな気色悪い」


 むくつけきオークが変な声を出して身悶えしている様は客観的に見て気色悪かった。


「それくらい苦悩なんすよ!! ……ハジメのアニキは、こいつで強くなったんすか?」

「その側面もなきにしもあらずだが、この資料の本質は、後に続く冒険者のための近道になるということだ。そう、今のお前にこそ必要なものだぞ」


 ハジメは今もガブリエルを弟子だと認めた覚えはない。

 しかし、愛弟子でなくともこれくらいは残してもいいんじゃないかと最近は思い始めた。

 ガブリエルはよほど勉強がしたくないのか暫く気持ち悪く悶々としていたが、やがてふと何かに気付いたように冷静になる。


「アニキ。アニキの限界は、競争相手がライカゲさんくらいしかいなくなるからっすよね」

「まぁ、そうだな」

「なら、アニキに並ぶ戦士が沢山現れてそいつらと模擬戦すれば、条件は変わるんじゃないすか?」

「……そうかもな」


 実際、バランギアでガルバラエルと戦った後、ハジメのレベルは122になっていた。

 ライバルの存在は相互に成長を促す――これもライカゲと話し合って出た結論だ。

 ガブリエルは覚悟を決めたように拳を握りしめる。


「アニキ。俺は……やります。アニキの背中を追いかけるだけじゃなくて、アニキが退屈に埋没したりしなくていいように……俺も高みに登ります!!」

「余りにも高いぞ。お前に登れるか?」

「そいつはやってみなきゃ分からんでしょうよ!!」


 ガブリエルが資料を受け取るその手には、偽りも後悔もない。

 世界最強冒険者、『死神』に並ぶ――あのベニザクラでさえ口にしなかった道を、彼は選んだ。

 今まで以上に背中が大きく見える彼の背が遠ざかっていくのを、ハジメはしばし見送った。


 そして、夜の店のキャッチに囲われて連行されそうになって「助けてアニキぃぃぃ~~~!!」と情けなく叫んでるのを見て、流石に見捨てた。

 さっきの覚悟はハジメの見間違いだったのだろうか。

 もうそのトラブルは経験済みなんだから自力でなんとかしろ。

体調不良から復活! お待たせしました、更新です。

今回は断章と纏めて次の章もやる予定です。

次章は久々にコンパクトめな内容なのでサクッと読めるかと思います。

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