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 冒険者の少女フェオは一応冒険者という職業に就いているが、実際には殆ど専門職を請け負っている。

 それが、『霧の森』の案内人だ。


 フェオは一流の戦士ではないが、森の民とも呼ばれたエルフの血が為せる業か、森であれば初めての場所でも庭のようにすいすい移動して危険な場所を見極める特技がある。もちろん動物の追跡や植物の種類の見分け方、及び自生する場所の特定など、森のあらゆることにも対応できる。


 遭難者を出しやすい『霧の森』での依頼にうってつけな彼女は単独、サポートの両方で活躍できる。この辺りではちょっとした有名人である彼女は、若輩ながらギルドからの信頼も厚かった。


 時にエルフ故の美貌と年齢の割に豊満な肉体を狙って下種な考えを実行しようとした者もいたが、そんな輩は契約不履行として森に置き去りにしてきた。それに、エルフは良くも悪くも珍しい存在であるため、トラブルから身を守るために自衛の心得は両親に仕込まれている。


 そんなフェオも、もし今回の依頼主に襲われたら逃げ切れる自信がなかった。


「霧の森も案内できるとは、頼もしい限りだ。前に何度か入ったときは、出るのに手こずった」

「少し意外です。貴方のような高名な冒険者さんでも苦戦することがあるんですね?」

「当然だ。得手不得手はある」


 一応会話は成立しているが、いまいち生気と覇気に欠けるその男とは打ち解けた気がしない。聞けば答えるが、基本的に要件のあること以外を口にしない。正直、フェオとしては一番会話し辛いタイプだ。


 男の名はハジメ。

 世間では『死神ハジメ』と呼ばれる超一級冒険者だ。

 彼に関する悪評は基本的に根も葉もない噂が多いのでフェオはさほど気にしていない。彼女がいま気にしているのは、単純にハジメが何を考えているのか分からず気味が悪いことだ。


(冒険者っていくつかのタイプに分かれるものだと思うんだけど、この人は全然読めないんだよね……)


 危険にスリルを求めるタイプかと思えばそんな熱はなく、金に執着があるのかと思えばそうでもなく、魔王軍を滅ぼしたいのかと思えばそうでもない。そもそも彼は来歴からして謎が多いらしい。


 フェオは自分がそれなりに社交的な人間だと自負しているが、そんな彼女も依頼でなければ積極的に関わりたくはない。


(そもそも、あれだけ魔物を殺して回っているのに魔王軍に全く興味がないっていうのが、本当によく分からないわ……)


 生き急ぐような戦い方をする冒険者にありがちなのが、魔王軍や魔物によって大切な人を奪われたというもの。そうした過去が生み出す使命感は魔王との戦いの切り札である神器を惹き付ける。


 この世界では王家の管理する神器に適合した人間が勇者として魔王と戦う使命を帯びる。逆を言えばどんなに強い人間でも神器に適合しなければ魔王軍との戦いに決定的な打撃を与えることは出来ない。事実、魔王軍幹部が使う結界は神器でしか破れないとされている。


 彼はその神器に適合しなかった。

 世間はそのことを思い出す度に苦い顔をする。

 もし万一彼が神器に適合していれば10年前の魔王軍襲来は半年以内にケリがついていたと言われるほど、彼の実力は隔絶していた。おまけに当人はそのことにまるで執着がなく、魔王軍と関係のある依頼だろうが関係のない依頼だろうが危険であればなんでも請け負っていた。


 訳知り顔の酒飲みたちは口をそろえて「あいつはいつか人類を裏切る」と言ったが、それから10年経った今も彼は全く変わらない生活を続けている。そして彼を危険視したギルドや国が何度彼に探りを入れても、彼は道徳や人道から逸れた行動を見せなかった。気性の荒い者も多い冒険者にあって、異常なまでに。


 何もかもが世界の常識と噛み合わない不協和音のような男だ、とフェオは思う。


(はぁ……やめやめ。曲がりなりにも依頼主なんだから、これ以上深く考えずに仕事を全うしないとね)


 フェオはかぶりを振り、依頼の内容を再度反芻する。


 依頼主はハジメで、仕事内容は『霧の森』の案内。

 相場では報酬10万G程度の依頼だが、ハジメは出来るだけ迅速に有能な案内役を用意したいと100万Gの依頼料を出してきた。それも、前金でだ。

 戦闘に参加する義務は一切なし、必要物資はハジメ持ちと極めて好条件だったため、フェオはこの依頼を引き受けた。


 ちなみに話を請けた当初、自分の知る森に超一級冒険者がどんな依頼をこなしに来るのかフェオは密かに好奇心が疼いていた。

 しかし要件を聞いて、彼女は「この人ちょっとアホなのかな」とあんまりな感想を抱いてしまった。


「それにしても不動産屋は何故こんなところに土地を持っていたのだろうか……だが、確かにここに家を建てればしつこい勧誘は絶対に来ないな」

(騙されてるとしか思えないんですケド……!)


 真剣そのものな顔で契約書類と地図を見つめるハジメ。

 曰く、新しい家を建てたくていい不動産がないか不動産屋に相談したハジメは、最高の立地の土地があるという口車に「そういうものか」と納得して契約書にサインし、後で確認したらその土地が『霧の森』の中にあったという。


 もうツッコミどころしかない。常識人なら遠回しに金だけ寄越して死ねと言われたと解釈するだろう。フェオからすれば、何でそんな怪しさ100%の状況で少々不思議がる程度のリアクションなのか理解できない。金に煩いのが基本の冒険者がこんな条件に騙されることもまた信じられなかった。


 人を寄せ付けない『霧の森』は誰も開墾していないから誰の土地でもないことなど、考えればわかりそうなことだ。

 フェオも流石に「騙されているのでは?」と一度は口に出したものの、ハジメは「行ってみれば本当にいい土地かも知れない」などと楽観的なことを語り、結局報酬が良かったこともあってフェオは彼に付き合っているのだ。


(お金の為、お金の為……仮にこの人が騙されてたとしてもギルド仲介の依頼書は有効だから……)

「しゃがめ」


 唐突に立ち止まったハジメの指示に従いフェオはしゃがむ。

 数秒後、草木をかき分けて虫の魔物や狼の魔物が死角から奇襲を仕掛けてきて、ハジメの片手剣で苦も無くバラバラに切り裂かれた。背後も含めて一切その場から動かずに為された、目にも留まらぬ早業である。


「もういいぞ」

「相変わらず、何度見ても鮮やかな迎撃ですね……」

「これくらいは慣れれば誰でも出来る」


 簡単に言うが、理屈は単純でも行うは難しだ。

 フェオも魔物の接近には探知スキルで気付いていたが、彼女が気配に気付いたのとハジメがしゃがむよう指示したのはほぼ同時。つまり、森の案内人で気配に敏感なフェオよりもハジメの方が早い段階で敵の接近を察知していたのだ。

 ソロが基本のハジメにとって不意打ちも多対一も慣れたものなのだろう。彼の通った道に点々と落ちる魔物の死骸が何とも不気味な道しるべのようである。


 それにしても――とフェオは疑問を口にする。


「やけに魔物達の気が立っている気がします。普段はここまでの頻度で襲われることはまずないのに……」

「俺という異物のせいかもな。ともかく、邪魔なら全て排除するから問題はない」

「わぁ、何とも言えない説得力……私の案内、本当に必要でしたかね?」

「地図とコンパス相手ににらめっこしなくていいだけで十分な活躍だと思うが」

(私は地図兼コンパスですか……)


 その言葉にフェオはほんの少しだけプライドを傷つけられた。

 もちろん、ソロで活動する彼にとって手が塞がったまま方角を探すことのリスクは高いだろうが、もっと気を遣った言い方というものがあるだろう。一度でいいから鼻を明かしてやりたいと思う一方で、そもそも関わらなければよかったという後悔が沸き立つ。


(次から依頼料の高さだけじゃなくてちゃんと依頼者の顔見て決めよう。こんな気遣い出来ない口下手な人と延々森を歩くのは精神的にキツイもん……)


 唯一気楽な所は、戦闘面に関しては何の心配もいらない事だろう。索敵能力すら圧倒的な差をつけられているフェオは、立つ瀬のなさを感じるのであった。

 移動中、ふとハジメがフェオに声をかける。


「そういえば……霧の森にはエルフの里があるという噂があるそうだが、実在するのか? それともエルフの間でも秘密の場所なのか?」


 彼から話を振られたことを意外に思ったフェオだが、彼の疑問は割とよく聞かれることなのでよどみなく答える。


「その里が実在するかどうかは分かりませんけど、あるとしたら森の奥にある巨大な断層の上だと思います。そこのエルフは恐らく古くからの教えを守っている純血エルフです」

「君のように町で普通に見かけるエルフは違うのか?」

「はい。私は古い掟と決別したり、掟を破って里を脱走したエルフの子孫ですから」


 古の教えを守るエルフたちに言わせれば、フェオのような存在は世俗に染まった「はぐれエルフ」だ。しかし、実際には既に純粋に森の奥で暮らすエルフより世俗で過ごすエルフの方が多数派となっているであろう。


「……というわけで、私たちのような一般エルフは隠れ里の場所なんてほぼ知らないんです」

「そうか。勉強になった」

「……」

「……」


 聞きたいことが聞き終わったので話は終了。

 おしゃべりが下手な人間の典型である。

 フェオはため息をつきたくなった。


 恐ろしいのか頼もしいのか分からないハジメの案内を続けて一通り進んでいくうちに、フェオは森に異変が起きているのを感じた。森の案内人の面目を保つタイミングが思ったよりも早く来てしまったらしい。ハジメは流石にこれに関しては先に気付けなかったようで、声をかけてくる。


「どうした?」

「何か変です。空気が淀んでいます。魔物達の様子がおかしかったのも多分……」


 フェオは慎重に周囲を観察しながら進んでいく。

 すると、ある場所を境に、綺麗に草木が枯れ果てているという異常な光景が目の前に広がっていた。この周辺の森は死んでいる――フェオの本能がそう告げる。


「……どう見ても自然な枯れ方ではないですね」

「毒か?」

「恐らくは。でも一体どうして……」

「魔王軍か」


 何の過程もなくいきなり話が飛躍したことにフェオは驚いた。


「どうしてですか? ここは魔王軍も遭難すると言われる危険な地ですよ?」

「この森はずっと薄く霧がかかっていたが、枯れたエリアの奥にある霧には明らかに毒々しい色がついてる。しかもわかりやすく人の不快感を煽る悪臭もある。毒の発生源がいるんだろう。魔王軍はこういう害意ある『わざとらしい毒』を好む」


 確かに、とフェオは納得してしまった。

 魔王軍は人間の何が憎いのか、なるべく人間を肉体的にも精神的にもいたぶろうとする傾向にある。それが人類にとって突くべき隙でもあるのだが、その謎の拘り故に効率的に無駄なく人を殺すことを魔王軍はまずしない。毒を使うなら一目で毒と分かるおどろおどろしいもので水源を汚染したり、視覚や嗅覚に訴えてくる。


 そう考えると、実に魔王軍らしい毒だ。

 魔王軍のことになど興味はないのだと勝手に思っていたフェオは、目の前のいまいち生気が足りない男が常に最前線で戦ってきた戦士である事実に強い実感を覚えた。


 ハジメはしばし考え、首からかけるチェーンを外す。服の中に隠れていたそれには10個近い指輪が通されており、その中から一つの指輪を外した彼はそれを躊躇なくフェオに差し出す。


「毒対策だ。使え」

「これ……除毒の指輪ですか!?」

「念のためだ」


 さらりと言い切るハジメだが、除毒装備は毒の備えとしては最高級品である。一般的に出回っている抗毒装備やそれよりランクの高い対毒装備は毒の抵抗力を上げてはくれるが、より強力な毒や継続的な毒を完全には防ぎきれない。

 除毒装備は毒への備えとしては最上のもので、あらゆる毒から身を守るそれは、買えば冒険者は一生その世話になる。その分だけ下手な高級装備より遥かに高価なものだ。


「わ、私も対毒のタリスマンなら持ってますし、毒消しもあります! これはご自分で……!」

「駄目だ。対毒は安定性に欠ける。それに俺は多少毒を喰らっても問題ないし、それこそ困れば毒消しを使えばいい。俺より君のリスクを減らした方が俺自身動きやすくなる。さあ、早く」


 表情一つ動かさず淡々と説明したハジメは、つべこべ言うなとばかりに指輪をフェオに握らせる。本来なら自分のような冒険者が持つことのない高級品を渡されて暫く戸惑ったフェオだったが、結果としてハジメを待たせるだけになっていることに気付くと意を決して指輪を嵌める。


 装備したのを確認したハジメは、「行くぞ」と告げて枯れ果てた森に足を踏み込んでいく。魔王軍の毒がばら撒かれているとなればもう土地詐欺どころではない。調査の上でギルドに報告しなければならない。フェオは慌ててその後ろを追いかけ――ふと自分の指に嵌る指輪に視線を落とす。


 借り物の状態異常装備とはいえ、初めて異性から受け取った指輪。しかも慌てて嵌めたせいで、よりにもよって薬指に装備してしまった。

 思わず顔が赤くなり、首を横に振って中指に嵌め直した。


(うわぁ、この非常時になに余計なこと考えてるんだろう私……)


 一度意識してしまうと妙に思い出してしまう。

 彼は毒程度平気だと言い、フェオの身を案じて最高級の除毒装備を躊躇いもなく貸与してくれた。最後に頼れるのは自分だけである個人主義の冒険者において、ここまで躊躇いなく周囲の命を気遣える者はそういない。そうした人は早死にするからだ。


(でもこの人は高みに昇っても気遣いを失わなかった……不愛想だけど、悪い人じゃないんだ)


 その後、二人は枯れ果てた森を暫く進んだが、思った以上に枯れた範囲が広く、ギルドへの連絡も兼ねて二人はこれ以上森の深くに入ることを断念した。


 こういうとき、フェオは便利な場所を知っている。森の案内人としての知識を活かし、彼女はハジメをとある場所に案内した。


「これは、小さいが遺跡か……?」

「森の案内の仕事を始めてすぐ見つけて、野営に使えるように整備しました。どうですか?」


 そこには、ちょっとしたキャンプ地があった。

 石造りの遺跡は中と外から補強され、中は十人程度なら暮らせそうな広さと最低限の野営道具が揃っている。外には井戸に石を積んで作った簡素な竈、綺麗なため池、テーブルにトイレまである。その周囲は石で出来た簡素な塀で覆われており、町などに使われている魔物避けの薬草が結界と併用されている。


 相応の力と知識を持った魔物には破られることもあるだろうが、何もない場所でテントを張って野営をするよりもはるかに快適で安全だ。ハジメは一通り見まわし、呟く。


「立派なものだ。実用性があり、自然と調和している。飛石とびいしがあるのは……少し驚いた」

「そこは、頑張りましたので」


 足元で控えめに存在感を主張する飛石は、一部の特殊な庭園でしか見ることのない地面から頭だけ出した石を並べて作られた道だ。フェオはこの自然の中にさりげなく混ざる道が好きで、ここで作ってみたのだ。その拘りをすぐに理解して貰えたのが嬉しかった。


 ハジメは表情こそ変わっていないが、彼がお世辞を言えるほど口が上手いとは思えないので、きっと本心なのだろう。

 フェオは、彼は表情が出にくいだけで本当は人間味に満ちた人なのかもしれないと思い、彼のことをもう少し知りたいと思い始めていた。

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