30-12
ブンゴの能力は超鑑定能力。
相手のレベル、スキル、装備とその使用履歴に至るまでその気になれば膨大な情報を解析することが出来る。しかしゼラニウムに転生者のシズコが憑依していたり、蓄えた霊魂の量が余りにも多すぎたり、今までブンゴはその膨大な霊魂の情報に阻まれて巨大なゼラニウムを解析しきれずにいた。これは転生者が絡んだことで起こるはずのないことが起きた影響と思われる。
しかし、イスラの推論やゼラニウムという人間のことを知ったことで超鑑定能力に補正がかかり、今漸く彼女の身体の秘密を解き明かしたのだ。
「巨大ゼラニウムの中には魔界への道を維持する転移装置がある!! そしてあいつは怨霊が怨霊を引き寄せる特性を利用してあの巨体に無数の呪われた装備を蓄え、それを媒介して力を吸収してるんだ!!」
『『おのれ!!』』
ゼラニウムがそれ以上喋らせまいとアンデッド召喚、直接攻撃を同時に叩き込むが、ハジメとダンが猛攻を防ぐ。
「その抵抗も織り込み済みだ」
「段々化けの皮が剥がれてきたなぁ。いいね、ドラマティックだ」
この世界で最もストイックな転生者たちは、ステータス差だけで出し抜けるほど甘くない。
『『金目当ての暴力装置集団が……!!』』
「カースドアイテムをゼラニウムの身体から引き剥がしてフォトニックパッケージで封印する!! そうすれば怨霊の吸収量が減って弱体化する! 転移装置はガッチガチに障壁が張られてるから、そっちは最後に回すんだ!」
遂に見えた光明。
しかし、この作戦には一つだけ問題がある。
それは、身体に傷をつけることすら難しい巨大ゼラニウムの身体に点在するカースドアイテムの位置をどうやって特定するかだ。それが出来ないまま闇雲に攻撃しても埒があかない。ブンゴの超鑑定があってなんとか特定出来た情報は、普通の感知系能力では手も足も出ない。
この問題の解決方法は、ダンが知っていた。
「それだけ狙いが分かってりゃこっちのもんよ! そうら、トレジャートラッキング!!」
彼がばら撒いたトランプがズラリと並んで彼の頭上で円を描くと、そのままゼラニウムに飛来する。
攻撃だと判断したゼラニウムが骨の壁で防ごうとした瞬間、トランプが一斉にばらけて巨大ゼラニウムの身体のあちこちに張り付いて自らの存在を主張するように光った。
「全員、トランプの張り付いている位置を狙え!!」
初めて見るスキルを前に、ハジメは好奇心から普通に質問してしまう。
「なんのスキルだ? 名前からしてシーフは経由してそうだが」
「企業秘密って言いたいとこだが、占い系も通らないと出ねえぞ。いいから一番槍行け!」
「そうする」
促されるままにハジメはあらゆるバフを己に重ねて瞬間的に自らの能力を底上げしつつ、靴の装備を高速換装で攻撃特化のものにする。既にデモリッションスティンガーでは威力不足であることは分かっているため、最大の貫通力を誇る技で風穴を開ける。
この技は、ハジメは全く覚えるつもりはなかったのだが、メーガスに覚えて欲しそうに何度も習得条件を囁かれて仕方なく習得した必殺技。その威力だけはお墨付きだ。
空中で『ロンギヌス』を巨大ゼラニウム目がけて投擲するやいなや、ハジメは空中で前方へ一回転する。この一見して戦闘に寄与しなさそうに見える動きこそ、後に繰り出されるスキルの前の静けさだ。
回転が終わった瞬間、ハジメ利き足である右足が巨大ゼラニウムに向けて爆発的な加速を始める。ゼラニウムの反応が間に合わないほど急激に加速したハジメの足は、とうとう先に投擲した『ロンギヌス』の石突を捉え、槍を押す形で加速していく。
メーガスに散々叩き込まれた発音で、ハジメは雄叫びを上げた。
「メガッ!! バスタァァァッ!! キィィィィィィィックッッ!!!
本来なら槍を重ねなくとも格闘技としての威力があるその蹴りは、槍を重ねることによって爆破的な破壊力を槍一本の貫通力に集約していく。もう叫びきったら止まれないこの技は、ゼラニウムが咄嗟に召喚した複数のアンデッド達を次々に爆散させながら骨の壁をものともせず吹き飛ばし、彼女の鳩尾に当たる部分を一撃で貫いた。
『『がはッ!?』』
「これがカースドアイテム……」
槍の先端に刺さっていたのは、民族的な雰囲気の木人形だった。
恐らく何らかの由来があるのだろう。
普通なら今の一撃で砕け散っているが、怨念の源になるようなカースドアイテムはとにかく壊れづらいことに定評がある。恐らくは設定のせいではなく、実際にこの世界に生きた人間の残留思念がこびりつきすぎているのだろう。
そして、胸に穴を開けられた一瞬の隙間を通り抜けてきたダンが、更に四つの呪物を両手に握り、更に口に呪物の仮面を咥えてハジメの背後に着地する。
ハジメが穴を開けたあの瞬間、その後ろにぴったりついてきたダンがこじ開けられた穴の中から呪物を盗み取ったのだ。彼はカースドアイテムを空中に放ると、落ちきる前にフォトニックパッケージの格納機能でそれらを吸い取り、更にハジメのものも吸い取った。
「へへ、どーよ俺の盗みの腕は」
「この手のことなら俺は一生お前に敵わないだろうよ。それよりも……」
「ああ。まだまだ蓄えはあるようだが、効果ありだな」
二人の視線の先では開けられた穴が塞がっていく巨大ゼラニウムの姿があったが、一気に六つもの呪物が身体から抜けたせいか、ほんの僅かながら身体が小さくなっていた。他ならぬゼラニウムが動揺を隠せていない。
『ああっ、あの一瞬で六つも……!? 吸い込む力が弱まる……何故、貴方方はそうまでして!!』
――このときゼラニウムもハジメ達も知るよしもないことだが、外の結界防衛隊に所属していた生臭転生聖職者ヴィクティムが蓄えていたゴーレムを全て解放して教会の想定を大きく越えて押し寄せるアンデッドに善戦したことで、ドルトスデル廃要塞に流れ込む怨霊も絞られていた。
そして、この思わぬ善戦が明日の総力戦を控えていた教会が援軍を送り込む時間を稼ぐことにも成功する。
一つ一つの小さなミスが予想外の状況を作り出す。
焦りと傲慢から計算に狂いが生じ、理想が欠けてゆく。
それでもゼラニウムという女は僅かでも勝機がある限り諦めはしない。
『『世界に満ちる悲しみに目も向けない者たちなどに!! 私は!! 絶対に屈さないッッ!!!』』
怨霊の力だけでは説明出来ない、凄まじい重圧が地下に響き渡る。
どんなに否定されても、幾つ困難が立ちはだかっても、諦めない。
何故ならば、ゼラニウムはイスラと似たもの同士の頑固者だからだ。
「ゼラニウムさん……終わりにしましょう」
重圧を切り裂いて、イスラを筆頭に皆が駆け出す。
二つの世界を巻き込んだ争乱が、終幕へと転がり始めた。
他の面々が二人に続く。
鉤爪を構えたマルタの全身から凄まじい闘気が噴出し、オーラの腕と鉤爪を形作る。
己の腕を含めて四臂の鉤爪が一斉に獲物を求め、マルタの地面を抉るような踏み込みと共に一瞬で巨大ゼラニウムに肉薄した。
『『な、速――!?』』
「ひっさびさに使うわねこれ……カーリーディザスタァァァーーーーー!!」
それは、鉤爪の武器スキルの到達点。
一瞬のうちに四の鉤爪がゼラニウムの漆黒の巨体を抉り取った。
ずたずたに刻んだのでも、両断したのでも、抉ったのでもない。
四つの爪が生み出す斬撃の威力を奇跡的なタイミングと角度によってただ一点のみに集中させた結果、対象が消し飛んだのだ。もはや斬撃の粋を超えた絶技の中の絶技。あらゆる防御はこの攻撃の前に意味を失うだろう。
『『そんな!! 今まで遊んで……!?』』
「いわゆる《《奥の手》》ってヤツだけど、これ使うと決着ついちゃうからセルフ封印してたの忘れてたわ」
勝利を求めている訳ではないマルタならではの理由だ。
だが、それほどの圧倒的な破壊に晒されてもカースドアイテムは尚も原形を留める。
それをブンゴとショージがフォトニックパッケージの最大出力で封印した。
「っしゃあ回収!!」
「いけるぞ、体力の最大値が減ってる!!」
更に、マトフェイが仮面を脱ぎ捨てて聖痕の刻まれた両眼を見開く。
「戦闘機能、限定解除!!」
頭上に煌めく光輪。
服を突き破るように華々しく広げられた白翼。
全身から溢れ出す聖なるエネルギーは彼女の周囲を渦巻き、より一層輝きを増す。
天使――そう形容するしかない美しく力強い姿。
これがマトフェイの本来の戦闘態勢。
彼女しか知らないルールの下に抑圧し、律し続けていた力。
「貴方は世の理を乱しすぎる。今だけこの世界を生きる者として――貴方を浄化します!! 」
翼から虹色の薄い粒子を放出して一気に加速したマトフェイの腕に、光で形作られた巨大な刃が宿る。余りの光の濃度に周辺の闇属性に書き換えられたフィールドが中和されていく。明らかに彼女のレベルを超えた力を内包したそれは、天使のみ行使が許された技の一つ。
「破邪の刃を受けなさい!! ジェネシス・ディバイダーッ!!」
『『くああああああッ!? 光が、溢れる……これが天使の真なる力……!?』』
光の刃が巨大ゼラニウムの防御力を押し抜けて貫く。
突き刺された光はゼラニウムも無視出来ない程の猛毒と化す。刺された場所を中心にビキビキと音を立てて広がる光の罅から溢れる力は呪怨の魂を打ち消していった。
やがてマトフェイは光の刃を腕から切り離すと空中で身を翻し、空いていたもう片方の手を掲げると、何かを握り潰すように拳を握りしめた。
「デッド・エンド・ブレイク!!」
直後、突き刺さった刃が眩い光を放って爆散した。
『『ガハッ!?』』
身体の内から爆ぜる聖なる力に、巨大ゼラニウムの全身が震える。弱体化と重ねての追撃は明確に彼女の闇の身体を揺るがしていた。
舞い散る光の粒子を浴びながら純白の翼を羽ばたかせるマトフェイの姿は見蕩れるほど美しく、そして彼女に斬られたカースドアイテムは、既に封印が施された状態で零れ落ちた。
彼女の背後から畳みかけるように、スーが雄叫びを上げて迫る。その表情は鬼気迫るものだった。事実、彼には彼だけの特殊な事情で余裕がない。
「うおおおおおおッッ!! 聖騎士最終奥義――祓ヱノツルギィィィッッ!!!」
彼の全身から溢れ出る凄まじいエネルギーが天高く掲げた彼の剣に収束し、彼が振り下ろすと同時に爆音を響かせてゼラニウムに炸裂した。
それは剣と呼ぶには余りにも粗雑で衝動的な破壊の嵐。
光の塊が間断なく夥しい量と勢いでゼラニウムに命中し、炸裂する。
光の塊は放出されることで剣と言えなくもない形状になってはいるが、その本質は光属性が籠められた爆弾だ。今、ゼラニウムは凄まじい量の反属性の爆弾を浴びせられているも同然だ。
『『ああああああッ!!?』』
これも、明らかにスーのレベルを超えた威力を発揮して容赦なくゼラニウムを追い詰める。だが、スーは切り札を隠していた訳でも天使族である訳でもない。この力のことは教会の中で知らない者はいない。
『奇蹟の子』が得た、奇蹟の代償として。
だからこそスーは強くならなければいけなかった。
誰よりも己を律し、己を鍛えなければいけなかった。
そうしなければ、彼は彼でいられなくなるから。
だが、それで負けてやるほどゼラニウムは殊勝な人間ではない。
『『やらせるかぁぁぁぁぁッッ!!』』
全身から『ゼーロス』を発射し、同時にできうる限りのアンデッドを召喚して流れに無理矢理抗う。だが、一度押し込まれたことや力を奪われているせいで状況を辛うじて拮抗させることしかできない。その間にも、ハジメの刃やダンのトランプ、マルタの鉤爪が叩き込まれる。
その乱戦の隙を突いて上空に回り込んだのはマオマオだ。
彼女は目一杯に空気を吸い込むと、魔法陣を展開する。
「ぽちの力を借りて、今必殺の!! インフェルノ・ヘルフレェェェイム!!」
真上から膨大な熱量が降り注ぎ、闇を燃やし尽くしていく。
元々戦闘能力は低くなかったマオマオが強力な魔獣であるぽちの力を得たことで、その獄炎は下手なドラゴンのブレスの熱量を超えていた。
『『魔族風情がぁぁぁぁッ!!』』
「なんか魔族に対してヘイト高くないですか?」
『中身の怨霊に引っ張られてるんじゃないか?』
屈辱に吠える間に、彼女の身体を幾つもの刃が貫き、その度にカースドアイテムが抜き取られていく。抵抗する為の力もどんどん減っていく。吸収する量が足りない。魔界に力を送りきれない。全ての計算が狂い、崩れていく。
それでも、ゼラニウムは諦めない。
先ほどからサイズが収縮しているのは、なにもカースドアイテムを抜かれたというだけではない。ハジメ達には知りようもない仕込みをしていたからだ。
『『……認めましょう。貴方方は尊敬すべき行動力の持ち主だ。それでも、最後に勝つのは私たちですッ!!』』
初期の半分ほどのサイズにまでしぼんだゼラニウムが地面に拳を叩き付けると、そこから怨霊が溢れ出して床から天井まで迸る。瞬間、今まで瘴気に覆われて見えなかった何らかの儀式魔術の陣と紋様が浮かび上がった。
ブンゴがその紋様の意味に気づき、戦慄する。
「これ、儀式魔法だ! 瘴気で隠されてたが、部屋自体が儀式場だったのか!?」
「なんだと!? ちぃっ!!」
ハジメが儀式で浮かび上がったラインや紋様をハンマーで破壊しようとするが、瘴気がたっぷり注がれたことで半ばカースド化した床や壁は壊れない。
儀式魔法は儀式の様式を整えるという厳しい条件と引き換えに、通常は起こりえない強力な現象を引き起こす。
出来ればこの手は使いたくなかった、と、ゼラニウムは思う。
しかし、今ここで個人的な感情によって計画を崩すことはゼラニウム自身が許せない。
だから、使う。
新たな明日のために。
「ゼラニウムを止めろッッ!!」
イスラを含めた全員が行動を止めるために一斉攻撃を仕掛ける中、マトフェイだけは儀式の齎す結果に気づき、戦慄する。
「しまった、そういうこと……!!」
『『地の底、闇の底を突き抜けて――この世界から消え去りなさいッッ!!!』』
「くっ、間に合え! ソリッドマギ――!!」
どくん、と、何かが世界に響いた。
地下の全ての闇が噴出し、流出し、充満し、そして震える。
それは自らの身を守ろうと動いた転生者たちの防御をも呑み込み、反転させ、抗いようのない流れの中に堕としていった。
◇ ◆
重力さえ曖昧になる世界を、ただ堕ちていくような感覚。
死ぬとはこういう感じなのだろうか、と、ハジメは思うが、落下死を容認出来ない自死禁止の制約に従って『攻性魂殻・飛天』を用いて減速しようとする。
が、効果が感じられない。
どうしたものかと思案を巡らせていると、背後から声がして振り返る。
「無駄っぽいぜ。俺もやってみたけど無理だった」
「ダン。お前も地獄行きか?」
「それはそうだろうが、まだ死んでねえよ」
真っ逆さまな姿勢のダンが顎で差した先には、同じように落ち続ける皆の姿があった。否、イスラとマトフェイ、そしてマオマオがいない。代わりにぽちがくるくる回りながら「俺を踏み台にすなぁぁぁぁーーーー!!」と叫んでいる。
「……そういうことか」
直前の状況をよく思い出し、ハジメはこの落下空間の正体に気付く。
「みな、聞いてくれ。俺たちは恐らく堕ちているのではなく空間転移の途中にいるものと思われる。何が起きるか分からない。下手に動かないほうがいいだろう」
「へー、つまりここはワープホールか。なんでまた?」
「直前にマトフェイがソリッドマギという魔法を使っていた。確か空間転移を封じる効果がある天使固有の魔法だと自称弟子が前に言っていた」
「の割には堕ちてるけど、防げてんのこれ?」
「範囲が広すぎるか転移の力が強すぎてカバーできなかったんだろうな。それでマトフェイは咄嗟にイスラを庇ったんだろう。そしてマオマオはそれに気付いてぽちを踏み台に転移を封じた空間まで跳躍したといったところか」
「あの薄情者ぉぉぉぉぉーーーー!!」
普段の犬の姿で涙ながらに叫ぶぽちに哀愁を感じる。せっかく出番が回ってきたのにこれなので不幸な犬である。
とはいえ、このワープホールの行き先には見当がついている。
「これが俺たちを永遠に閉じ込めたり始末する儀式であればもっと早くに使っていた筈。そしてゼラニウムが即座に転移させることの出来る座標は一つ。単純かつ効果的だが、今まではシズコのことを考えて実行しなかったとかか……」
「そうか、魔界か!!」
永遠に続くかに思えた落下の先に、微かな光が見え始める。
ハジメは盾を大量に操って全員の足場を用意した。
全員が盾の上に上手く乗ると同時に、ハジメは意識を集中した。
抜けた先で全員落下死は余りにも笑えない。
ぽちが叫ぶ。
「懐かしい魔力の気配がする! 魔界まで近いぞ、衝撃に備えるんだ!!」
ブンゴとショージが固唾を飲む。
「こんな形で来ることになるとはな」
「おいおい大丈夫なんかよ。この先でシズコ暴れてんだろ?」
マルタはけらけら笑っている。
「魔族の本拠地とか暴れ甲斐ありそうだけど、仕掛けられたら反撃はしてもいいよね~?」
普段ならそれに突っ込みの一つでも入れるスーは、苦しそうに左胸を押さえて呼吸を整えるばかり。
ハジメは自分が堕ちてきた孔の遙か上を見上げ、呟く。
「イスラ、すまん。あとはお前に全て任せることになりそうだ――」
闇を抜け、光が全員の視界一杯に広がった。




