30-10
同刻――ドルトスデル廃要塞外の結界付近では、警備の聖職者たちが困惑していた。
「おいビクティス、これ絶対変だって」
「分かってるけどさぁ。この程度の数で明日攻め込む本陣に手助け求めるわけにも、ねぇ?」
転生者であり教会の雇われ生臭男性聖職者ビクティスは、同僚の困惑する声に同意しつつもその先を言い渋りながら追加のゴーレムを錬金術で作り出した。
廃要塞外は結界が張ってあるとはいえ、ここらは中の濃密な呪いに引き寄せられてアンデッドの出現率が高い。そうしたアンデッドを結界に干渉させないため、この付近には常に駐留部隊が存在する。
とはいえ、結界の周りにも更に浄化のための設備を並べているため、実際には防衛拠点近くまでアンデッドが接近することは稀だ。
ところが、内部突入前日のこの日に限って、その稀が何度も起きる。
ゴーレムの錬成に長けたチートを持つビクティスは質より数を優先したゴーレムを次々に作り出して味方の援護をしつつ戦況をコントロールするが、倒しても倒しても数が減らない。
今までにこのような事態は一度たりとて起きていない。
本来なら本部に報告するのが筋だろう。
しかし、もしこれで援軍が到達した頃には片付けきれましたなどとあっては翌日の突入作戦の気勢を挫いたとかなんとか、難癖をつけられる可能性は高い。だからビクティスは渋り、しかし埒があかないため空を飛べる小型ゴーレムを錬成して周辺の偵察に向かわせていた。
と、偵察に出たゴーレムから送信されたデータを見たビクティスは青ざめる。
「嘘だろ……やばい、これはやばいぞ」
「何が、どうやばいんだビクティス!」
「結界を中心としたこの区域全体がアンデッドに包囲されてる! 数にして三〇〇以上、尚も増加中!!」
「さん、びゃくぅ!?」
「これ無理だ、俺たち寡兵でどうこうできる物量じゃねえ!! てかアストラル濃度上がってきてねえか!?」
アストラル濃度とは簡単に言えば、霊が集まったり発生しやすい霊的スポットを観測する際にビクティスが勝手に用いている値である。今までこの場所は結界と防衛のための装備によって普通の町より少し高い程度だったが、それがいつの間にか心霊スポット相当まで上昇している。
それはつまり、結界近くでいつアンデッドが新たに出現してもおかしくない状態になっていることを意味する。こうなるとビクティスが温存した特別製ゴーレム軍でも結界を守りきれない。
同僚が緊急回線を焦る手で掴む。
「ほ、本部に緊急連絡!! 異常事態発生! 至急応援求められたし!!」
「総員にいつでも離脱出来るように言っておけ! 最悪ゴーレムに全部任せてずらかるぞ!!」
「待て、待て待て待て!! 見ろ、あそこを!!」
仲間の一人が大声で暗がりを指さす。
そこには幾つもの妖しい光が、濃密な死と呪いの気配を纏い近づいていた。
やがて光属性フィールドに照らされたそれは、大量のスケルトン、ゾンビ、ゴースト――更にそれを統べるように中級のアンデッドが今まさに出現する。
百鬼夜行、悪霊の行軍。
彼らにとっての、長い長い夜が始まろうとしていた。
◇ ◆
巨大化ゼラニウムの戦い方は本人曰く「ねちっこく泥臭い」とのことだったが、その厄介さが身に染みる。
そもそもネクロマンサーは死霊を使役する術であるため、技は絡め手のオンパレードだ。
魔手で手を引き足を引き、邪魔な場所にアンデッドを召喚し、自らはアンデッドの護衛を引き連れながらアンデッド自身に攻撃も行なわせ、更にその合間を縫って己も攻撃魔法を仕掛けてくる。
『『安穏に眠る者よ、驕れる者よ、百世不磨の無念に耳を傾けよ! 響け怨嗟の慟哭――コキュートス!!』』
ゼラニウムの周囲に無数の巨大な頭蓋骨が出現し、黒い涙を流しながら怨嗟の咆哮を上げる。
本来の効果は強烈なスタンと付随するデバフだが、イスラから聞いたものとは骸骨の数も大きさも全く違う。
ハジメは咄嗟に風魔法『バキュリティシェード』をギリギリまで巨大に展開。これは空気の壁を作り出すことで空気を伝播する魔法の威力を減退させる高位防御魔法だが、巨大ゼラニウムの規格外の大音量を前には威力を軽減させるので精一杯だ。
一応は全員に状態異常防止装備を固めさせているが、デバフと物理的ダメージは免れない。
音が空気を伝播して味方に到達する、その刹那。
「ディスカードぉっ!!」
味方全員の胸元にトランプが配られた。
直後、衝撃。
だが思ったほどの衝撃ではないと思っていると、配られたカードが弾けて消える。ダメージとデバフを肩代わりしてくれたようだ。
このスキルを使ったであろう男に礼を言いながらハジメは斬撃を飛ばす。
「ナイスフォロー、ダン!」
「お前こそ! ディスカードはそんなに強力な壁じゃねえんだ、過信してくれんなよ!!」
真空の刃であるソニックブレードとトランプの投擲技カットディールが同時にゼラニウムに叩き込まれるが、骨の壁であるボーンウォールが発動して威力が減退される。ゼラニウムはその骨を手で触れ、壁を弾けさせた。骨が散弾となって降り注ぐのを、負けじと氷魔法『アイスリアクティブ』で防ぎ、ギリギリで相殺する。
と、前衛でアポカリプスナイトと戦っていたイスラ達が一気に増加したアンデッドたちに押されて後退してきた。ショージが必死にフォトニックパッケージで応戦し、ブンゴは銃とパッケージの二刀流で敵の足を止める。
全員に疲労の色が見えるが、ハジメも結構な無茶をしている。
なにせゼラニウムが平気で広域攻撃を乱発してくるため、必然的に後手で相殺しなければならないハジメは結構無茶な強化の仕方で詠唱破棄の大魔法、しかも得意分野ではないものも含めて使わされている。
幸いエリクシールなど魔力回復道具は豊富だが、ここ数年でこれほど魔力を消耗したのは覚えがない。集まった皆にギガエリクシールを振りまき、自分にもかける。緊急時は飲むよりかけたほうが隙が生まれないで済む。
肩で息をするイスラは、ぎり、と歯ぎしりをする。
「強い……使う技や魔法自体は元々のそれと同じだけど、パワーアップした力を順当にモノにしているせいで隙が無い!」
「そもそも攻撃が効いているのかすら謎です。これは……仮に天使の力を全開にしても……」
「弱音を、吐くな、マトフェイ……教会の戦士たるもの、信仰の為にこそ命を捧げるべし、だ……!」
スーが強がるが、その彼自身誰よりも激しく前線で戦っていたためか胸を押さえて苦しそうにぜいぜいと息をしており、とても大丈夫に思えない。彼の鎧は聖銀で出来た世界最高クラスの光装備なのだが、如何に装備が強くとも中身がついてこなければ意味が無い。
『『うふ、お仲間がバテてますよ、ええと……マルタ・チヨコさん?』』
「マルタの名前で呼んでよね! そうら、ティタノマキアッ!!」
巨人特攻の覇拳が巨大ゼラニウム目がけて乱れ飛ぶが、障壁や重力魔法を唱えるデッド・ロードウィザードが次々に二人の間に割って入る。
『聖ゼラニウムを守護せよ!!』
『『『おおおおおお!!』』』
「しっつこいわね、このぉぉぉぉぉぉッ!!」
最高位アンデッドのバーゲンセルとばかりに次々に盾となっては砕け散っていくデッド・ロードウィザードたち。この場合、それを湯水の如く使い捨てるゼラニウムと一撃で砕くマルタのどちらを称賛すべきか迷ってしまう。
マルタは相も変わらず思いっきりダメージを無視して未だに暴れ散らかしているが、そのおかげで辛うじて前線を維持出来ているというほどに巨大ゼラニウムは強い。以前にシルベル王国で戦った氷の巨人すら彼女の前には霞んでしまう。
元来戦略を立てなければ上手く扱えないジョブのためか転生者や魔族のような慢心はなく、防げる攻撃は防いだ上で反撃し、足止めし、場を掻き乱し、ずるずる消耗戦に持ち込む――確かに本人の言う通り「ねちっこく泥臭い」。
「これがネクロマンサーの戦い方か。本当に厄介だ」
しかも、今のゼラニウムは力を何十倍にも増幅している。
ただ力が強いだけの転生者ならともあれ、これでは手がつけられない。
(どうする。俺、ダン、マルタならまだやれるしマオマオは空を飛んでいるから比較的消耗が少ないが、他の面々が……アレを使って撤退するか?)
一瞬、撤退が頭を過る。ただ、依頼主を死なせる訳にはいかないが、ここで逃げたら恐らく態勢を立て直している間に死者が出る。イスラは絶対に撤退を認めないだろう。アテにしたいのは魔界側で始まった戦いを観測している筈のユーギアだが――。
『ハジメ、今いいか!』
「待っていたところだ!」
まさにというタイミングで端末から声が響く。
彼の分析結果が出たようだ。
『予想外の援軍のおかげで分かったが、巨大シズコの中に時空の歪みが存在し、そこから絶えずアストラルエネルギー……つまり死者の霊魂が流れ込み続けている! 歪みの先を逆探知した結果、お前達が対峙している巨大ゼラニウムの内部に歪みは通じている! ついでにその巨大ゼラニウムだが、廃要塞に蓄積された莫大なアズトラルエネルギーを吸い上げているようだ!』
「要塞にたまったエネルギーがゼラニウムに吸い取られ、更にそのエネルギーが魔界への門を通じてそちらのシズコに流れ込んでいるということだな」
『そうだ! 要塞かゼラニウム、或いは転移を可能とする何かを破壊すれば魔界侵攻は頓挫する!』
四百年間ずっと呪いの坩堝と化し、更にゼラニウムによって手を加えられたドルトスデル廃要塞は、彼女にとっておあつらえ向きの巨大な霊力の蓄電池だったようだ。どうりで壁を浄化してもしきれない筈だ。
要塞が霊的スポットである限り、ゼラニウムは不滅。
ゼラニウムがいる限り、シズコは不滅。
この途方もない霊力を全て浄化しきることが出来れば、撃破は可能なようだ。
『ただし気をつけろ! 一つの巨大な怨霊と化したシズコ及びゼラニウムは、今現在既に世界中の怨霊を引き寄せている! 教会の結界とやらを以てしても常に一定量の呪いが流れ込んでいる状態だ! というか、結界の外にわんさかアンデッドが沸いて教会も大変そうだ!! 彼らが撤退したら結界もアンデッドに破壊されるんじゃなかろうか!?』
その言葉にマトフェイが焦る。
「まずいですよ。総攻撃のための戦力はあくまで短期決戦のためのものです。元々防衛戦は想定していない。長期戦になれば教会も撤退せざるをえず、そうなればゼラニウムに流れ込むエネルギーは更に増大し、最後には……!」
「全戦力を注いで攻撃しても削りきれない総エネルギーを得たゼラニウムさんは魔界に莫大な力を送り、魔界側が耐えられなくなる!」
「そんな、ことは……させてたまるか!!」
スーがいよいよ膝を突きながら、尚も叫ぶ。
ここに至って、ハジメはスーの様子がただの疲労ではないと気付く。
彼の身体の中で、何が得体の知れないものが渦巻いている。
「スー、お前――」
「戦う分には問題ない!! 事ここに至っては総攻撃しかない、違うか!?」
ハジメもそれには賛成だが、決定打が無い。
これはゲームで言えばレイドボスで、タイムリミットまでに倒しきるダメージソースが足りない状態だ。
一度撤退してクオンに無理矢理吹き飛ばして貰うべきかと考えたが、理を越えた力を振るうクオンの攻撃ではゼラニウムとシズコを間違いなく殺してしまうだろう。自分の娘にそのような真似はさせられない。
どうする――今なら仕込んでおいた策で、撤退までならなんとかなる。
だが、その後戦力をかき集めて再度戦うだけの猶予があるのか。
そもそも霊魂を際限なく蓄えられるゼラニウムとシズコは今以上に強くなる可能性がある。
世界の理を歪めかねない怪物を止める方法などあるのか?
誰もの心に迷いが陰りだしたそのとき、一人の声が響いた。
「ハジメさん。策があります」
それは、静かに覚悟を決めたイスラのものだった。
彼の瞳には、確信に満ちた揺るぎない覚悟が宿っていた。
マオマオが、また彼を慈しむように視界の外で優しく微笑んでいた。
???「私にいい考えがある」




