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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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30-8

 人が生きることに意味などない。

 遙か昔に隕石が星に落ちて偶然生まれた微細な生命体が環境に適合したことで進化を重ねてたまたま思考するタンパク質の塊になっただけの存在に、意味などあろう筈もない。


 しかし、人は意味も無く生き続ける事は出来ない。

 己を定義し、意味を見出し、糧を求めて存在する。

 そのためには神話や宗教と言ったストーリーに縋ることもある。


 つまり、人は納得したいのだ。

 自分はこれでよいのだと。

 シズコもまたそうだった。

 意味も無く生まれ、意味も無く死ぬという無神論的で感情を伴わない考えを嫌った。

 そして、肉体という軛から解き放たれてまで意思を世界に留めた。


 思っていたより素晴らしいものではなかった。

 そこには食べる喜びも寝る喜びも、生きる喜びもない。

 人に憑依して擬似的に得ることは出来ても、必ず宿主やシズコより先に老いて死ぬ。

 それを悲しいと思う心さえシズコは薄れていった。


 五百年前にマルタ――チヨコと再会した頃には、シズコは既に己の存在の仕方を決めていた。


 なんでもいい。

 むやみやたらな存在意義を貪り続けることで、存在し続けたい。


 古の扉を拓く力を使い、長いようで短い時空の旅をし、膝を抱えた姿勢のシズコは大地に落ちた。痛みはない。ただ、大地の重力は感じられる。数百メートルという巨大な肢体を動かし、シズコは二本の脚で立ち上がる。


『……魔界の空、結構綺麗じゃん。おんなじ蒼がどこまでも広がって……』


 そこにはシズコが見たことのない地平が広がっていた。

 人間の過ごす世界とはどこか異なるが、空の美しさと大地の偉大さに変わりは無い。

 それでも、シズコは自分が存在するためにこの美しい世界で暴力を振るい続ける。

 今度は宿主に依存せずに行動し続けられるから、ずっと理由に縋っていられる。


 こうした言い方をすれば、言葉が正しくないと言われるだろう。

 しかし、シズコにはこうとしか言い表せない。


『わたし、存在し続けるために存在しているんだ』


 人が生きることに意味なんて無い。

 ないものを欲するなら、己で定義しなければならない。

 彼女が選んだのは、むやみやたらな存在意義だった。


 さあ、胸を張って、足を前に。

 魔物への恨みで集った力を鎧に、剣に、盾にして。

 現世の霊魂を救い悪に報いを受けさせるだけの簡単なお仕事を始めよう。


『いっくぞ~~~~! これぞ正義だぁっ!』


 ヒーローごっこのような無邪気さで、シズコは魔界の破壊を開始した。




 ◇ ◆




 最初に動いたのは、マトフェイだった。

 もう言葉を交わす必要は無いとばかりに瞬時に踏み込んだマトフェイは、猛然と後ろ回し蹴りを放つ。ゼラニウムは微笑みを崩さず、即座に人骨の壁を作り出して蹴りを防いだ。イスラが叫ぶ。


「マトフェイ!」

「もういいでしょうイスラ。今までのおべんちゃらは単なる時間稼ぎです! 遅かれ早かれこうなる未来なのは貴方自身が分かっていた筈!」

「……分かってるよ。くそっ!!」


 骨の壁が形を変えてマトフェイに迫るが、彼女は即座にバク宙して回避する。

 その瞬間にホーリーエンチャントを施したイスラの聖銀十字鎌がゼラニウムに迫った。振りかざすイスラの表情は、悲壮な覚悟で固められている。


「ゼラニウムさん、貴方の暴挙を止めます!! フルムーンザッパー!!」

「キレがいいですね。でも甘いですよ。ディザイアハンド」


 ゼラニウムの足下から巨大な闇の手が出現し、彼女自身を押し上げて鎌を回避させる。

 闇属性のそれは本来敵を拘束する術の一種だが、移動に使う辺りに彼女のセンスを感じた。

 しかし、イスラとマトフェイの動きに合わせて構えていたスーがゼラニウムを狙い澄ました。


「シャインストライク!!」


 魔を貫く光属性の大砲が剣先から解き放たれる。

 照準も軌道も完璧な一撃が迫る中、ゼラニウムは冷静だった。


「シズ、お願い!」

『あいよ一丁!!』


 傍観していたシズコが腕を伸ばしてゼラニウムをシャインストライクから庇う。

 光属性のエネルギー弾が炸裂するも、ゼラニウムの蓄える闇属性が深すぎたのか、傷らしいものは全く負っていなかった。シズコはそのままゼラニウムを抱えると、自分の胸に押し込む。

 どぶり、と、余りにも濃密すぎる闇と呪いが音を立て、ゼラニウムはシズコの中に取り込まれた。直後、シズコの姿がゼラニウムのものに変化する。


『『さあ、ここからが本番です。ネクロマンサーの戦いはねちっこく、泥臭いですよ? ――エンヴィー・マゴッツ!!』』


 瞬間――地下空間全ての床に闇が凝縮して蠢く。

 咄嗟に気付いたハジメが叫ぶ。


「闇属性広域拘束魔法だ!! 各自、対応!!」


 聖職者三人が咄嗟に床に光魔法を叩き付け、ブンゴとショージは緊急防御の光シールドをフォトニックパッケージで使用し、ダンとハジメは飛び、マオマオは翼で飛行し、マルタはまるで気にせずスキル『ドリルライナー』を発動させる。


 発動した闇魔法は、ハジメも息を呑むほど凶悪なものだった。

 直径百メートルはある地下の地面全てを覆い尽くす闇の魔手たち。

 以前にダークエルフのクミラが使用したものと比較しても腕の太さや範囲が桁違いに大きい。しかもサイズに比例して掴む力も強くなっているのか、そこらに転がっていたゼラニウムが使用していたと思われる家具が掴まれ、一瞬で握り潰されている。レベル30程度の存在ならあれで即死だろう。もはや拘束という枠を超過している。


 マルタだけは自らをドリルのように回転させて突き進むドリルライナーを使用して強引に腕を食い破っているが、イスラ、スー、マトフェイ、ブンゴ、ショージはいつまでも耐えられるものではない。出来れば広域光魔法で一掃したいが、生憎この範囲をカバーできて効果がありそうなのが、天井のある場所では使えない『スターライトジャッジメント』しかない。


「ダン!!」

「あいよ!! ランダムディール!!」


 ダンが空中から――どうやって浮いているのか分からない――大量の樽を地面に向けてばら撒く。投擲物を大量にばら撒くマジシャンスキルで、何を投げるかによって様々な使い道がある。だが、今回ダンが投げたのはハジメが予め用意していた大量の聖水入りの樽たちだ。


 高高度から投げられた樽の一つをエンヴィーマゴッツの魔手が掴んで握り潰すが、潰れた樽から漏れ出た大量の聖水を浴びて藻掻き苦しみながら消えていく。魔手が取りこぼした樽も壊れて聖水が漏れ出し、更に聖水が床に染みついた邪気も一時的に払うことでエンヴィーマゴッツは防がれた。


 これはイスラから聞いていた事前情報が役に立った。

 というのも、普通ただ闇属性の魔法というだけなら本来聖水は効かない。

 だが、ネクロマンサーは怨念を使役しているという特徴が齎す欠点として、怨念を含む全ての魔法に聖水による浄化が通じるらしい。そのことを知ったハジメはダンと二人で聖水入りの樽をしこたま準備していたのだ。


「樽の質に拘りたかったが、さっさと壊れてくれないと困るから安価な錬成樽になったのは残念だったな」

「おめーよぉ……気にするとこそこじゃねーから」


 呆れたダンの目の前に、誰よりも早くシズコとゼラニウムに突っ込んで凄まじい膂力で弾き飛ばされた。マルタが飛来する。ダンは無造作にマルタの背中に蹴りを入れて受け止める。吹っ飛んだ先に蹴りを入れられたことでマルタの背骨がビキビキと危険な音を立てるが、即座に再生したマルタは仰け反ったままダンの顔をさかさまに見る。


「ナイスキャーッチ」

どういたしまして(ユアウェルカム)。あんたわざとふっとばされたろ?」

「自分で移動するのめんどいしこっちの方が速いじゃん?」


 へらりと笑ったマルタの足下にハジメが『攻性魂殻』で大剣の足場を寄越すと、彼女はするりとそこに着地した。


 ゼラニウムはというと、聖職者三人とイスラ、ショージ、マオマオによる中・長距離攻撃に対してアンデッドを無数に召喚して対応している。一つ異常なのは、召喚するアンデッドが全て最上位級なことだ。ダンが「こりゃやばい」と呟いて空中を走りながら援護に回る中、マルタがハジメの方を向く。


「シズコの能力もっと知りたいでしょ」

「是非にも」

「シズコは霊体だから他人に取り憑けるんだけど、条件があるの。それは肉体の所有者の完全な同意。でもハードルが高い分、見返りも大きい。具体的にはシズコの力が、取り憑いた対象のステータスやスキルに注がれて、全方面に盛大に強化されるの」

「マオマオのフュージョンドレスと似たようなものか」

「倍率は桁違いだけどね。なんせシズコは同年代だし」


 つまり、単純に考えればあのシズコもまた600年分の経験値を蓄えた怪物ということになる。

 これだけ危険な転生者がいながら神が何も言ってこないということは倒しても構わないのかもしれないが、今のハジメたちで倒せるのかが問題だ。


「魂の分割による弱体化は?」

「それが厄介。分割されるステータスはHPとMPだけで、攻撃能力は一切揺らがない。しかもあいつ今、怨念纏ってるでしょ? 多分HPとMPの総量が馬鹿みたいな数値になってる筈よ。それこそ全員で総攻撃しても倒すまでに何日かかるか分からないくらい」

「……参ったな。この戦力でそれは想定していなかった」

「しかも、見たところゼラニウムが主導権を握ってる。これ、意味分かる?」

「お前と違ってステータス任せのゴリ押し以外もやってくる」

「大正解。花丸あげる」


 聞けば聞くほど欠点がないように思える。闇属性満載というデメリットも余りにも闇が濃すぎて光を呑んでしまう鎧と化している節があり、必ずしも欠点と言い切れない。


「どうしたものかな……この状況」

『『どうにか出来るほど甘い状況だとでもお思いですか?』』


 巨大ゼラニウムからは喜びも驕りも感じられない。

 転生者にありがちが慢心も、現地の人間であるゼラニウムが主導権を握ることで発生しない。それでいて、会話で時間を稼いでいた強かさ、凶悪なモンスターを次々に生み出せる能力、600年分の経験値が上乗せされたスキルの数々――。


 認めざるを得ない。

 この女は、ハジメがこれまで敵対した相手の中で最強だ。


 だが、絶望的な戦力差の中にあっても、ハジメは諦める訳にはいかない。

 皆がまだ堪えきれている間に何か突破口を見つけなければならない。


「マルタ、率直に聞くがシズコを直接倒す方法は?」

「未練がなくなれば成仏は出来るらしいけど、まー無理じゃない?」

「お前がなんとか説得できれば話が早いんだが……同じ時を生きた者同士、共感があるんじゃないか?」

「違う違う、根本が違う。アタシは時に耐えられない心に対して狂気で蓋をしたけど、シズコはそうじゃない。あの子はね、何でも良いのよ」

『『お喋りとは余裕ですね。ではこれは如何ですか? 穿て、ゼーロス!!』』


 巨大ゼラニウムがネクロマンサースキル『ゼーロス』を発動。

 凝縮された闇の怨念が広域ビームとなって発射される。

 ハジメが直前に気付いてスキルでロンギヌスを投擲したことでエネルギーは四方に分断されたが、エネルギーの多さからゼーロスを貫ききれなかったロンギヌスが弾かれた。聖遺物の全力投擲をこのように相殺された記憶はハジメにはない。


『『まだまだ行きますよ!!』』


 ゼラニウムが翳した両手に先ほどの二倍のエネルギーが収束する。

 分割魔法で一度に二回発射するつもりだ。


「ちいっ! 散れよ、刃!」


 ハジメはロンギヌス以外の光属性聖遺物を総展開して『攻性魂殻』でそれを切り裂くが、ゼラニウムは攻撃と並行して最上位アンデッドを更に呼び出したり広域魔法を展開してダンたちを苦戦させている。ゼラニウムとシズコが別々に魔法を発動させているのだ。

 ダンの足の裏から突然声が聞こえた。


『ハハハハハ! 楽しくなってきたなぁ、兄弟!』

『ああサイコー。気の抜けたコーラみたい。ダン、腹の具合悪くなってきたから帰らない?』

「お前の腹がどこにあるってんだレジー! 今だけはロニーを見習え! 今日の俺らはゴーストバスターズなのっ!!」


 そこで初めて気付いたのだが、どうやらダンは空中を自在に動き回る二本のダガーナイフを足場にして空中を跳ね回っていたらしい。彼の切り札の一端を垣間見たが、それぞれ独立した意思を持って飛んでいるはずなのにダンの複雑な動きに完璧に合わせている辺り、相当な場数を踏んでいるのが分かる。

 マルタがおー、と暢気に拍手するが、ダンが相手の目を惹きつけている間に話を進めたいハジメは彼女を急かす。


「マルタ、話の続きを!」

「はいはい。あのさ、目的の為に手段を選ばないってのあるじゃん。シズコはその逆でさ、何かしてる間は何も考えないでいいってタイプなの。つまり、手段でどれだけ時間が潰せるかが重要で、目的はどーでもいい。骨の髄まで信念てもんがないのよ。だから説得は無理」


 ああ、それは無理だな、とハジメは思った。

 ハジメ自身が少し前まで割と似たような精神構造だったからだ。

 根本的な一つの目的に向かっていれば、他には何も拘りがない。

 煽られても焦れることはなく、魅力を魅力と感じず、形式に収まるのを徹底するのに拘りがない――そういう人種だ。


「あるとすればあの馬鹿みたいな力を削りきって蓄えをゼロにすれば流石にゼラニウムに取り憑いていられなくなると思うけど。あいつは取り憑いてない状態だと一気に弱体化するから」

「無茶を言う! さっきから隙あらば攻撃を叩き込んでるが、全く消耗しているように見えん!」


 巨大ゼラニウムが骸骨で構成された巨大な骨柱を肋骨のような形で展開し、飛ばしてくる。

 ボーンスタブというネクロマンサースキルと思われるが、サイズと威力を考えると元のものとは別次元の危険度だ。これもダンとハジメが二人で捌き、合間にマルタも手伝っていく。


 虚空を飛び交うダンのトランプとハジメの武器。

 それらは一瞬でも隙があれば容赦なく巨大ゼラニウムに浴びせられているが、傷ついても即座に再生してしまい、一点集中攻撃でも削りきれない。そしてそちらに意識をやり過ぎれば本体がやられる。


 このスケールの敵を相手に体力を削りきるなど、それこそマルタでなければ無理だ。

 しかも、こうして戦っている間にも分身は既に魔界の破壊を始めている。

 それが正しい行いだとは、ハジメにはどうしても思えなかった。

 通信機越しにユーギアに声をかける。


「ユーギア、そっちはどうだ!」

『どうもこうも、グレゴリオンを緊急発進させたけど足止めで精一杯だ!!』

「なら何でも良いからシズコのデータが欲しい!」

『堪えろ!! 時間を稼いでくれないと分析もできやしない!!』

「その言葉、信じるぞ!」


 ハジメは後方支援を中断し、両手に大剣を構える。ユーギアはトリプルブイも認める技術者だ。時間があれば何かに気づくかもしれない。


「マルタ、合わせろ! 俺が直接援護する!」

「熱くなってんじゃん。ま、嫌いじゃないかもね!」


 マルタを攻撃に専念させ、ハジメが援護を、ダンが味方のフォローをする。

 今はこれしか適切な方法が思い浮かばなかった。

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