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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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30-6

 イスラこそこのチームで最弱。

 余りにも端的な言葉にマトフェイが慌てて止めに入る。


「待ってください、レベル的には別に最弱では……我々のレベルは横並びですし、なんならショージの方が戦闘力は低……」

「おれはまだ切り札がある。マトフェイも全てを解放してはいまい?」

「……」


 そこを突かれると痛いとばかりにマトフェイは黙りこくった。

 そういえば以前に自称愛の天使シャルアが見たことのない魔法を行使し、「天使のみ使える特別な魔法があるが、天使の掟により詳しくは言えない」という旨のことを言っていた。ということは幾ら近接特化とはいえ彼女も天使魔法を使える可能性は高い。

 スーは鼻につく薄ら笑いで更なる追撃を仕掛ける。


「悪魔の小娘はよく分からんスキルでパワーアップして既に貴様より強い。ショージはあの宙に浮く剣の加護を加味すればお前より強い。他の連中は言わずもがな、ブンゴは順当に鍛えて実力が高いので元々お前より少し格上だ」


 次々にイスラより上のパーティ実力ランキングが埋まっていき、最後に残ったドベの席への道が姿を現す。イスラはがくがく震えながら最後に縋るようにハジメを見るが、残念な事に異議はないので首を横に振る。

 全てに見放された哀れなイスラは天を仰いで叫ぶ。


「う、嘘だ……嘘だぁぁぁぁぁ!!!」


 慟哭する悲しき聖職者の姿はドラマチックに見えなくもないが、経緯が経緯なのでいたたまれないだけである。


 尤も、これは仕方が無い。

 イスラは個人的な主義から危険な場に赴くことは多いが、本業の冒険者に比べればどうしても頻度が劣る。大鎌という使いづらい武器を器用に操るあたり戦いの才能はあるが、この世界では経験値が一番の正直者だ。

 イスラが弱いのは場数の差と、種族の違いのせいである。


 ずーんと沈むイスラの頼りない姿を見たマトフェイは、はぁ、とため息をついて彼の手を取り、強引に立たせた。


「イスラ。貴方はやるときはやる人です。だからそのときが来たらすべきことをすればいい」

「マトフェイ……でも、僕は最弱で……」

「お黙りなさい、うじうじと貴方らしくもない」


 ぴしゃりと一喝したマトフェイはイスラの肩を掴んだ。


「イスラが甘い、理想ばかりで現実を見ていない、反発心で教会から離れただけの浅い信仰心だとのたまう連中を私は何人も見てきました。誰もがイスラは長続きしないと言いました。実際途中で砂糖水を昼食とか言い出した時はちょっとダメかもと私も思いました」

「ぐはッッ、その節は申し訳なくッッ」


 見えない弾丸に身体を貫かれてイスラが苦しんでいる。

 ハジメがスポンサーになる前のイスラは割とダメダメ人間だったので、誰も庇ってくれないどころかブンゴ達ノリ軽連中は声を押し殺して笑っている。マオマオは完全に初耳なのか彼女にしては珍しく哀れみの表情だ。


「でも、イスラは何を言われようが自分のやりたいことを諦めたり逃げることはありませんでした」


 イスラはここで漸くはっとする。

 彼はそう、いつだって頑ななまでに救済の道を信じていた。

 ハジメも他の皆も、その真摯な姿を見てきた。


「貴方はいつしかハイプリーストになり、今はその先に至ろうとしています。私は何の心配もしていません。貴方は出来る人ではなく、やる人です。それが私の知るイスラという男です」


 マトフェイは一切の躊躇いなく断言した。

 彼女の言葉の一つ一つから、イスラへの絶対の信頼と確信めいた期待が感じられた。

 余りの熱意にイスラが驚くほどの言葉の強さで。


「マトフェイ、僕は……」

「後悔を重ねたくなくて聖職者の道を選んだんでしょう?」

「……」


 無言でこくりと頷くイスラに、マルタは微笑んだ。


「なら、やることは分かっている筈です」

「……そう、だな。うん、俺らしくなかった。ありがとうマトフェイ、目が覚めたよ」


 そこまで茶化さず聞きに徹していたスーが、組んだ手をほどく。


「既に言ったが、お前がやらんならおれが敵を滅する。嫌ならしゃきっとしろ」

「スー、それは励ましのつもりですか? もう少し素直な言葉を使えばいいものを……」

「知らん。なんでおれが気に入らん奴に言葉を選ばなきゃならん。そもそもこいつは昔から石頭でっかちの二重に面倒臭い奴で、すぐ教義の座学じゃ講師たちにやっかいがられてただろ。あの実習の時もそうだ、途中で教えに割り込んで……」

「何だって? 聞き捨てならないなスー。君だって当時は協調性ゼロで何もかも見下して力が正義だみたいな聖職者にあるまじき傲慢不遜さだったじゃないか。他の教会に研修に行ったときなんか……」

「はいはい、こんな時に啀み合わない」

「「いだだだだだだ!!」」


 二人同時にマトフェイに耳を抓りあげられ、二人は大人しくなる。

 だが、奇しくもスーとの対立でイスラは自分の中の靄が晴れた気がした。

 人生は選択の連続で、やるべきときにやらなければその瞬間は二度と帰ってこない。


「……やるさ、今度こそ」


 聖職者三人組がいつものペースに戻ったところで、そろそろ進もうと進言しようとしたハジメは、ふとマオマオの方に視線が移る。

 彼女はイスラの顔をどこか遠く、しかしどこまでも近い、見守るような顔をしていた。

 いつも彼に首を切られたくてふざけている彼女とは思えない、情念の籠もった目。

 淫魔が発情しているものとは全く違う、慈しみの瞳。

 彼女は普段と全く違う声色で、誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。


『その優しさがあれば、きっと出来るよ。私も手伝うから――』


 辛うじてその声を耳が拾ったハジメがマオマオに声をかける。


「マオマオ、お前――」

「……はい? なんですか?」

「今、何か言っていなかったか?」

「??? いえ、ウルちゃん様を讃える歌は今は歌ってなかったですけど」

(普段歌っているのか……そういえばたまに変な歌歌いながら作業してるな)


 彼女は今しがたの自分の発言をまるで覚えていないかのようにきょとんとしていた。

 ハジメは「いや、気のせいだった」と断り、ちらりとぽちの頭を見る。

 ぽちは間近にいたにも関わらず何も気付いていないのか、ハジメの視線の意図がわからず首を傾げていた。


 はて、彼女が二重人格などという話は聞かないし、操られている風でもない。

 考えても分からないが、悪影響はなさそうなので気には留めつつ黙っておく。


(なんだったんだ今の……そういえば、マオマオはイスラの死んだ幼なじみによく顔が似ているという話だったが、偶然か?)


 彼女の過去は主であるウルすら正確には把握していない。

 これ以上は考えても無駄だろうと気持ちを切り替える。


 その後、イスラたちは次第に熾烈になるアンデッドの待ち伏せをマルタ式突破フォーメーションで次々に打ち破り、体力を充分に温存したまま進軍を続けた。




 ◆ ◇




 奈落のように深く、冥い道を延々と進み続け――遂にハジメたちは最下層に到達した。

 それは魔法で照らしても尚暗いほどの闇に満ちた広い空間だった。


 空間の中央に、闇の塊がある。

 闇の塊としか形容の出来ない、かなり大きな何かだ。

 鎖で幾重にも繋がれ、吊り下げられているように見えた。

 そして、闇の下に佇む一人の女。


「ようこそ、皆さん。そして――お久しぶりですね、イスラ。嬉しい予感が当たりま――」

「聖水噴霧開始」


 ハジメ、ガンスルーでフォトニックパッケージによる噴霧を指示。

 パッケージを持った連中も何も考えず最大出力で濃縮聖水をものすごい勢いで発射し、女性は三方向から顔面目がけて執拗に聖水を浴びせられて悲鳴を上げた。


「ゴボボバババババババババッ!! ガバッ、グボベッ!?」


 慌てて逃れようとする女性だが、ノリノリでステップを踏むダンが顔を逸らした先に回り込んで聖水を噴霧するものだから、もう殆ど水責めの拷問である。先制攻撃による対象の無力化は戦闘の効率化の基本だ。


「って、なにやってんですかぁ!?」


 キレたイスラが鎌の柄でブンゴとショージをシバいたあたりで二人の聖水が逸れ、ダンも素直に聖水を止めると戻ってくる。イスラは両手でブンゴとショージの胸ぐらを掴んでぐらぐら揺らしながらダンを睨み付ける。


「まだ相手がゼラニウムさんかどうかも判明していない段階で本当に何してんですか!? あのままやったら窒息してもおかしくないんですよ!?」


 指示したハジメが割って入る。


「いや、アンデッドに操られていたり偽物の可能性を加味すると隙のあるうちに一度かましておかなければ」

「そーそー。まぁ今のでとりあえずあの子は普通に人間っぽいことが分かったな」

「ゼーハーゼーハー……こっ、個性的な仲間を連れてきたのねイスラ……センセイちょっと複雑な気分だわ。お化粧全部落ちたし」


 割と本気で苦しかったのか膝を突いて肩で息をしながら尚も微笑むその女は、事前に知らされたゼラニウムの顔そのままだった。いや、微笑んではいるがハジメと聖水噴射組に対してはちくちくした敵意を感じる。すごくシンプルに怒らせてしまったらしい。


(とりあえず呼吸できず苦しんだだけで生身のようだな)

「おっほん! 改めまして、元教会所属のネクロマンサー、ゼラニウムです。今は多分失踪扱いで席はなくなっていると思いますけど、以降お見知りおきを」


 マインドセットしなおしたゼラニウムは敵意を収め、淑女然とした態度で優雅にお辞儀した。

 一見して問題なさそうな態度だが、そこかしこに呪いが染みこんだこの廃要塞の地下で平然としている時点である種の異常だ。

 イスラが前に出て、彼女の全身を確かめるように見つめる。


「……本当にゼラニウムさんなんですね。今までずっとここにいたんですか?」

「ずっとって訳じゃないんですけどね。ここの地下に破壊された転移台があって頑張って修復したので、実は失踪してる間も変装してちょこちょこ外に出てましたよ?」


 さらっと明かされた事実にブンゴとショージがここぞとばかりに突っ込む。


「教会の監視ガバガバじゃねえか」

「悲報:ザル教会さん全くの役立たずだった」


 確かに間抜けな話だが、転移陣は常に多くの人が利用している移動手段なのでその出入りを完全に監視することは難しい。まして、そもそもゼラニウムの生存さえ疑われていた中でまさか生きていたのに教会に連絡も寄越さず隠れているとは予測しきれなかったのだろう。

 そして、問題はそこだ。

 何故彼女は教会に無事を伝えなかったのか?


「ゼラニウムさん。貴方は何故教会に戻らなかったのか……とは聞きません」

「あら、聞いてくれても良いのに。ねえ、マトフェイちゃん?」


 話を振られたマトフェイも、どこか張り詰めた気配を放って彼女を仮面越しに睨む。


「イスラが聞かない理由は理解出来ます。生存を知られると都合が悪い事情があった以外に合理的理由が考えられませんから」


 スーも剣呑な気配と共にイスラの横まで前進する。


「知られれば止められるからか、説明しても理解されないと考えたか、それとも根本的に教会の教えに反するからなのか……なんせイスラのような変わり者を可愛がっていたあんただ。何の理由もなくただ戻ってこなかったとか、忘れてたとか、そんな理由じゃないことくらい想像がつく」

「貴方たちも可愛がっていたつもりなのだけれど。三人とも神学校では世話の焼ける可愛い子たちだったわ」


 懐かしむようにゼラニウムは笑みを浮かべる。


「異端的救済を模索するイスラ、ツンツン鉄拳天使のマトフェイ、そして『奇蹟の子』スー。今も仲良しみたいでちょっとジンと来ちゃった。本当に立派になりましたね」

「……どうも」


 三人とも素直に喜べる顔はしていないが、ゼラニウムの言葉に嘘はなさそうだ。

 事実、彼女から三人に対して敵意は感じられない。

 とても戦いという空気を纏っていないゼラニウムだが、生憎とハジメはこのまま終わると思っていない。イスラの大鎌を握る手に籠もる力が一切緩まない。彼女の弟子たる彼は事情を聞く前から臨戦態勢だった。

 恐らく弟子であるからこそ感じ取れる何らかの確信があるのだろう。


「単刀直入に聞きます。ここで何をしてきて、これから何をするおつもりですか」

「この世界の常識を覆す、新たな死者の浄化方法。その準備と実践です。説明してもいいですが、その前に――」


 直後、ゼラニウムの瞳がすっと細まる。


「あそこの三人どうにかなりませんか?」


 彼女の視線の先には、話を聞くのに飽きて暗闇の中いろいろ空間を物色するブンゴ、ショージ、ダンの姿があった。


「うわお、脱ぎ捨てたパンツあるぞ。い、意外と大胆なデザイン……ごくり」

「マジで? おお、これ頭に被ると聖なる加護あるタイプだぞ! ゼラニウムちゃんしっかりめに聖職者じゃ~ん!」

「ん~金目のものはないな。お、この本値打ちものの古文書と見た。中の情報だけ撮影で抜いとこっと」


 聖職者たちの真面目なやりとりを完全スルーして各々勝手に動いており、やってることが唯の空き巣である。というかダンのやっていることが普通にタチが悪い。ハジメが手をパンパン鳴らして三人を呼ぶ。


「おい、そういうのはゼラニウムを倒してからやれ」

「「「はーい」」」

「まだ倒すって決まった訳じゃないんですけど……?」

「というか倒した後はやっていいというのは些か暴論では?」

「そもそもそこら辺にパンツを脱ぎ捨てているゼラニウムの品性を疑う」

「はうっ!」


 スーの唐突な口撃にゼラニウムが被弾した。

 考えれてみば彼女はここで独身の一人暮らしなのだから、気が緩むのも当然だろう。

 さっきから思っていたが、ゼラニウムはあんまり感性が俗世から離れていないようだ。

 むしろ教会の目がなくなって私生活ダメダメな本性が出たのかも知れないが。

美人で強くて私生活がダメダメなお姉さんは好きですか?

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