30-5
いつの間に合流してイスラの隣にしれっといたのか、そこにいたのはどこからどう見てもマオマオだった。
普段との違いと言えば、服装と髪型くらいだろうか。
何故か髪をワイルドに後ろで束ねて蛮族装備みたいな姿をしており、右肩の部分に凶悪な狼のような生物の頭部の剥製的なものが肩パット代わりに乗っている。そして鉄の鎧や鎖を身に付けているものの妙に露出が多いのでやや目のやり場に困る。あの下腹部にあるハートっぽい形の紋様はなんなんだろうかとかきっと気にしてはいけない。
それにしてもこの狼の頭は趣味を疑うなと思って凝視すると、なんと目があった。
「わしじゃよ」
「喋ったッ!! 誰ですかッ!! 僕はイスラと言います!!」
イスラに狼の生首の知り合いはいないので本気で誰だか分からないので咄嗟に自己紹介が出てしまった。その反応にくつくつと笑った狼の頭部はぺろっと舌を出す。
「ウル様のペットのぽちだよ。でもそういえばちゃんと話したことなかったな」
「あ……ああ! いや、どこからツッコめばいいのやら!? まず喋るのは初耳なんですけど!?」
「まーこれでも神獣とまでは行かなくとも結構位の高い存在なんでね。時代が時代なら魔王軍幹部張ってる位だよ? こんな姿でなんだけどよろしくね」
「あぁこれはどうもご丁寧に……じゃなくてッ!!」
どうやら他三人はもっと早くマオマオの存在に気付いていたようで、イスラだけ理解が追いついていないようだ。マオマオは自慢げに謎のセクシーポーズをとって露出部分を存分に見せつけてくる。心なしかちょっと身体が成長して出るところが出ている。
「うっふふふふ~! これこそマオマオちゃんの隠されし特殊能力、その名も『フュージョンドレス』! 見た目はコスプレしてるだけに見えるかもしれませんが、今のマオマオちゃんはぽちと融合して戦闘能力も一人と一匹分! なかなか強いですよぉ~~~?」
「いやだからそうじゃなくて! 根本的な疑問ですが何でマオマオさんがここにいるんですか!?」
「そりゃもうイスラさんがガラにもなく真剣そうな顔してたので全力で茶化しに!!」
「そうですか。もう充分目的は達したようなので帰ってください」
この上なくがっくり肩を落して脱力するイスラに、マオマオはちっちっと指を振る。
「このマオマオ、親しき仲にも礼儀ありということで、こう見えてちゃんと筋は通していますよ。具体的にはハジメさんに許諾を得ています! つまり、私たちはなんとハジメさん公認の深い関係!!」
バレリーナの決めポーズのように腕を広げてアピールするマオマオだが、マトフェイがこれに黙っていなかった。
「イスラは今真面目なことをしているんです。間の抜けた発言を連呼して気勢を削ぐのはやめて頂けませんか?」
「いやいやいや~気負いすぎて可愛いマオマオちゃんの存在に気付くのにも遅れるようなガチガチ緊張をほぐしませんと~!」
「イスラ一度作業を中断してハジメと合流し、この犬臭い悪魔の処遇を決めましょう」
「あっ、失礼な! 依頼内容はちゃんと確認してますし、締めるとこは締めますようだ!」
イスラを挟んでバチバチに睨み合う二人だが、マオマオがおふざけの一環で不敵な笑みを浮かべているのに対してマトフェイはかなり本気で睨んでいる。
この二人、マオマオが面白がってマトフェイを煽り、彼女もそれにムキになりがちなので収拾がつかなくなることが多い。何故二人がそんな関係なのか皆目見当もつかないイスラが慌てて仲裁に入る。
「ま、待った! ハジメさんが間違った判断を下すとは思えないし、マオマオの言い分を信じよう! でもマオマオ、この依頼は一応僕が依頼主だからクライアント命令には従って貰うよ! いいかい?」
「はーい。でもぉ、お礼に期待しちゃうかも?」
「ま、前向きに検討します……(ハジメさんが)」
「……仕方ありませんね。今暫くは同道に口出しはしないでおきます」
一先ず収まったと思ってほっと胸をなで下ろすと、様子見に回っていたダンとマルタとぽちの生首がニヤニヤしていて不思議に思う。
「愛されてるなぁ」
「愛されてるわねぇ」
「モテてる上に自覚無し。ある意味完璧だな」
「絵に描いたようなってヤツね」
「?????」
まったく意味は分からなかったイスラだが、先ほどまでの気負いすぎは確かに紛れてしまった。マオマオはいつもふざけてイタズラばかりするが、彼女なりにこちらに寄り添おうとしてくれているのかもしれない。
思えば、神学校にいた頃は悪魔の知り合いが増えるなんて考えたこともなかった。
(悪魔と心を通わせられたんだ。ゼラニウムさんが生きているならば、話し合う余地はある筈だ)
やがて訪れる瞬間に備え、イスラは少しだけ心を落ち着けられた。
――それから一時間ほどが経過し、途中大物魔物との戦闘を難なく乗り切ったイスラチームとハジメチームは合流した。
彼らは情報を交換し合い、遂に地下通路の入り口を特定するに至る。
その合間にハジメはこっそりマオマオを手招きし、小声で確認する。
(……マオマオ、例のものは?)
(バッチリ指定通りです。ね、ぽち?)
(ああ、ダブルチェック済みだ。どうだ、仕事出来るだろ?)
(でも、ハジメさんは本当に身も蓋もない方法思いつきますねぇ。奥様方が呆れる気持ちが分かりますよ)
(保険だ、保険)
イスラはいい顔をしないわスーにも常識を疑われるわで非常に前評判がよろしくない奥の手だが、使わないで済むに越したことはないのはハジメの本音だ。
これはあくまで緊急手段。
それも、どちらかと言うと脱出のためのものだから。
◇ ◆
深く、深く
冥く、冥く。
大地を穿つように。
理を穿つように。
底なしの筈の闇を更に突き破り、反転の地平へ。
「あと少し……もう少し……」
女の声が漆黒の中に木霊する。
女は、このために何年もかけて準備をした。
教会には遂に悟られてしまったが、一日遅かった。
既に計画は最終段階だ。
今夜、世界が変わる。
満願成就の奇妙な夜が明けたとき、そこに新たな世界がある。
女は天運に恵まれた。
奇蹟の巡り合わせは更なる相乗効果を呼び、とうとう彼女はこの巨大な廃要塞に存在する全ての霊魂を掌中に収めることに成功した。教会がこの廃要塞を封じ込めていたことが逆に幸いした。もはやあとは時を待つのみだった。
と――デッド・ロードウィザードが女に音もなく歩み寄る。
『主よ、侵入者の報告の続きです』
知能の高いデッド・ロードウィザードは全て女の直属の僕だ。
その僕からの報告に女は首を傾げる。
「僅か九名の教会の寡兵と思われる、だったわね。それで?」
『教会の者も見受けられますが、混成部隊のようです。先ほど地下出入り口の扉を発見された可能性が高いとの知らせが。また城内のレギオン二体、アポカリプスナイト一体が撃破されました』
「え? そんなに?」
女はその報告に少なからず驚いた。
注目すべきは数よりも速さである。
彼女の予想ではたとえ優秀でも三倍は時間がかかると考えていた。
「それで九人全員がまだ生きているの?」
『は。レギオン二体とも魔法で跡形もなく撃破され、アポカリプスナイトは得意の接近戦で胴体を粉砕されました。主の特別製アンデッドを退けたことから鑑みて、精鋭の冒険者集団やもしれませぬ』
「誰だか知らないけど教会の人間にカンのいいのがいたのね……多少惜しいが仕方ない。新月まで時間を稼ぎなさい。量より質を重視して頂戴」
『ははぁっ!!』
深く傅き礼をしたデッド・ロードウィザードは即座に踵を返して闇に消えた。
女は一つため息をつくと、愛用の杖を指でなぞる。
「……そうね。侵入者がいれば教会が先に気付くし彼らの動きはバレバレだから、要塞そのものの監視に力を入れていなかったところを突かれたわね。頭の回ること……転生者かしら」
女はしばし沈黙し、笑う。
「分かってるって。転生者はみな規格外な存在で常識が通じない、でしょ? そんなに怒らなくてもいいじゃない。今更城を粉砕されたってもう十分すぎるほど力は蓄えてる。負けようがないわ」
女はまた沈黙し、また喋り出してを繰り返す。
まるで何も見えない暗闇の中で、誰かと会話しているかのように。
「でもそうね……もしイスラが私を止めに来たならちょっと嬉しいかな。あの子驚くぞ~。納得できる方法より先に世界をひっくり返す方を見つけちゃったんだもの!」
その表情はただ純粋に嘗ての後輩にサプライズを計画しているかのように邪気がない。
事実、彼女にとってはそれで間違っていない。
「迷える霊魂はこれで世界から激減する。もしかすれば本当に世界中のアンデッドを苦しみから解放させられるかもしれない。神よ、どうか我らの一世一代の変革をお見届けください……」
女は闇のなか、死霊の夥しい気配の中で祈りを捧げる。
敬虔な信者のように無垢なる祈りを。
◇ ◆
ドルトスデル廃要塞地下は、案の定とんでもない密度のアンデッドの巣窟だった。
『アア』 『シネ』 『ストーンショット』
『グラビトンテリトリー』 『オカァサ』
『ドコ』 『ストーンショット』 『バニッシュ』
『ライトニング』 『グラビトンテリトリー』
肉壁として前面に出ながら魔法を乱発する複数のレギオン。
『シィィィィィィッ!!!』
『チェヤァァァアッ!!!』
レギオンの攻撃と合わせて騎士風の甲冑で身を固めて吶喊してくる無数のゾンビ系最上位のアポカリプスナイト。
『弾幕を張れ、数で押すぞ!!』
『蹂躙せよぉぉぉ!!』
レギオンとアポカリプスナイトを援護しながら魔法を次々に叩き込み、更に雑魚アンデッドを召喚・使役してより接近を困難にしつつ撃破を狙ってくるデッド・ロードウィザードたち。
心霊スポットの最奥に鎮座するレベルの凶悪なアンデッドのバーゲンセールだ。
しかも、ある程度は戦略を考えた動きで迫ってくるのでこれまでとは訳が違う。
そのため、地下に入ってからハジメたちは即座にフォーメーションを変更した。
「マルタ、ホーリーエンチャントをかける」
「はいほい。アンデッドって抉り甲斐があんまないのよね~……ま、久々に暴れられるからいっか!!」
ハジメの光魔法エンチャントを受け、マルタの両手に装備された鉤爪『封印者の双爪』が輝く。
装備者の魔力を問答無用で全て吸い取り、それを物理破壊力に全て変換するというカースドアイテム屈指のピーキー装備だが、不死身のマルタは魔力も尽きないため余すことなくメリットを享受できる。
一見するとシスター服の女性が聖なる魔法で輝いているので神々しい雰囲気を醸し出しそうなものだが、クローの形状が余りにも凶悪すぎて暴力シスターがアップを始めたという印象しか浮かばない。
「刻みな、ハンドレッドシザァァァーーース!!」
気怠げな表情が一転、アンデッドも面食らう程の狂喜とともに両腕の鉤爪を赤いオーラで染めたマルタの腕から無数の斬撃が走りながら繰り出され、彼女の周囲全てが容赦なくズタズタに引き裂かれていく。
しかも、彼女の場合はアンデッド達にどんなに攻撃されようが再生するのでお構いなしな上に、ステータスだけならハジメどころか世界最強クラスを誇る。そんな彼女が周囲を無差別攻撃しながら真っ直ぐ敵陣に迫れば、削岩機が猛然と突っ込んで来たようなものだ。
敵陣真っ只中まで食い込んだマルタは、更に激しく身をよじって甲高く笑う。
「バイオレントバウンドッ!! アーハハハハハハハハァァァーーーッ!!」
獣のようなばねから跳躍した彼女の身体が壁に叩き付けられたゴムボールのように出鱈目な軌道で三次元的に跳ね回り、触れる相手全てに衝撃と抉るような裂傷を与えていく。軌道が読めない上にガードしようとすれば爪がそれを潜り抜け、カウンターの場合は自らのダメージを無視して叩き込み、そもそも速度が速すぎてそのどれも間に合わないまま殆どの敵が食い散らかされる。
不死身の肉体と六百年分の経験値が練り上げた身体能力による力押し。
本当に死なないという余りにも理不尽な存在にはアンデッドも為す術がない。
結局、ものの一分もかからずに大半がマルタに食い散らかされ、その他のアンデッドたちも皆の援護攻撃の前に沈んでいった。敵の全滅を確認したハジメは頷く。
「よし、フォーメーションは機能しているな」
「よしってこれ、九割九分マルタさん頼みじゃないですかッ!! フォーメーションも何もないでしょ!?」
イスラから突っ込みを入れるが全く以てその通りである。
「全員の体力を温存し、個々の能力のばらつきを加味すれば無尽の肉体を持つマルタが戦うのが最も効率的だからな」
「死なないから優先的に戦わせようって倫理的にどうなんですか!?」
「んあ~~~ひっさしぶりに殺したぁ~~~! やっぱたまには自分の肉体を虐めてあげないと鈍るわねー。これで交戦三回目だけどやっと鈍ったカンが戻ってきた感あるわー」
「貴方も貴方でそういう不用意に自分を軽視すること言わないっ!!」
イスラの倫理観的にアウトだったようだ。
正直に言えばハジメもちょっとそれはどうかなと思ったが、本人が乗り気だったので受け入れてみたらこれである。他の面々もそんなにいい顔はしていないが、スーとマトフェイは別にいいだろという顔だ。仮にも教会関係者側から異論が出ないのがなんともいたたまれない。
ぽんぽんと彼の肩を叩いて慰めるのは何故かマルタである。
「そんなに気にしなくても大丈夫だってぇ。どーせ私もうすぐこの不死を神に返納してポックリ逝くんだもーん」
「それは、まぁ、そうなのかもしれませんがっ」
「だぁったら死ぬ前にこの身体を活かして善行ってモンを詰んだ方が過去のアレコレの償いにもなるしぃ」
「そう言われるとそうかもしれませんがっ」
村の皆は知らないか忘れがちなのだが、マルタは割と最近まで凶悪指名手配犯ガルダとして世のあちこちで人を殺して回った快楽殺人者だ。会話は成立しているが、本質的には長く生きすぎて倫理観ガバガバの大罪人なのでこういう話になると永遠に噛み合わない。
理屈は分かっても納得が出来ないのか複雑な表情を浮かべるイスラをスーが鼻で笑う。
「ふ……色々文句を垂れているようだが、このフォーメーションはお前が原因の一端である自覚がないのか?」
「どういう意味だよ」
「お前がこのパーティで一番弱いからこうなってるんだぞ?」
ずがんっ!! と、目に見えない金ダライがイスラの脳天に落ちてきた。




