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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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30-4

 ドルトスデル廃要塞には古い血痕や戦闘の痕が生々しく残っていた。

 それなりに高級将校もいたのか、調度品や絵画のあるエリアもあるが、例外なく全てが荒れ果てている。そのどこまでが魔物の仕業でどこまでが人の仕業なのかは不明だが、胸部を大量の剣で滅多刺しにされた白骨死体が転がっている辺り、やはり想像を絶する惨状が繰り広げられたのだろう。


「お化け屋敷に来たみたいだぜ! テンション下がるなぁ~!!」


 雰囲気がガチすぎてお化け怖いスイッチでも入ったのかショージのテンションがちょっとおかしい。


「怖い場所には聖水ぶっかければいいだろうに」

「確かに! 喰らえ壺!」


 その辺の壺に聖水を噴射すると、壺の中から『ギャアアアアア!!』と凄い勢いでゴーストが飛び出してきて「ぎゃあああああ!!」とショージも絶叫して飛び上がる。

 致命傷だったのかゴーストはそのまま昇天したが、腰を抜かしたショージは床に蹲って「もうヤダ……」とか細い声で呟いた。


「ショージ、お前そんなにお化けがダメだったのなら断ってくれても良かったんだが」

「動画で見る分には割と平気なんすよぉぉぉ! だからイケると思ったんすよぉぉぉ!!」

「おいおい、足だけは引っ張らないでくれよ~?」

「うぅぅぅ……い、いざとなれば草薙に助けて貰うから大丈夫だとは思うけど、頑張る……」


 彼の腰でカタカタと草薙の剣が震える。

 あれはエペタムと同じく自我を持って動き回る強力な剣なので、なんとかしてくれるだろう。

 というか、無機物が勝手に動き回る時点でそれはお化けの仲間ではと思わないでもない。


 そうあれと作ったものと、そうでないものが予期しない動きをするのは認識の仕方に違いがあるのだろう。ショージは自分でそうあれかしと作った草薙の剣だからこそ平気なのだと思う。

 一方、怖いのは割と平気らしいブンゴは周囲をキョロキョロと見回して「うわぁ」とか「あー」とか独り言を漏らしている。


「鑑定してるのか?」

「ん。ちょっとエグイもの多いけど、鑑定でちょっとずつ地下入り口の場所も絞れてきてる。あんた『オブラディン号の帰還』ってゲーム知ってる?」

「生憎とそういう話題には疎い」

「まー簡単に言えばゴーストシップの乗組員の安否を調べて何故この船がゴーストシップになったのかを推理するって感じのゲームなんだけど、俺がやってんのはそういう作業なんだ。その辺にある色々な物やスケルトンにならず残ってる遺体から情報を読み取っていくと、段々離れた情報が組み上がって形になってくる」


 そう言うとブンゴは足下のぼろきれを指さす。

 もうぼろきれと呼んでいいかも怪しいほど風化しているそれをフォトニックパッケージで吸い取った。


「これ、300年前はぬいぐるみだったみたいなんだ。持ち主は近隣の村から要塞に避難してきた女の子。要塞が包囲された時点でこの子とその家族は地下に案内され、その途中で少女はぬいぐるみを落した。案内した兵士の遺体や遺物がどっかに残ってれば地下室の手がかりか、もしかしたら直接的な場所が分かるかもしれない」

「なるほどな。しかし精神的には大丈夫か?」

「この女の子がどうなっちまったのかを考えるとちょっと暗い気分にはなるよ。ハジメなんか雑談でもしてくれ」


 雑に話を振られたなと思いつつ、ハジメは先ほど活躍した聖槍ロンギヌスを抜いて指さす。


「この槍、聖遺物でロンギヌスって言うんだが」

「某人型決戦兵器の出る作品で有名なアレじゃん! 流石にデザインは違うけど格好いいなおい!」


 ブンゴもショージも意外と食いついてきた。

 ローンギヌスはやや未来感あるお洒落なデザインで、紅白で色分けされた槍だ。

 どこぞの遺跡の奥で拾ったもので、ハジメが所有する光属性武器の中でも最強クラスの性能を誇る。しかし、ハジメはロンギヌスの名前の由来を知らなかったのでホームレス賢者に一通り聞いた。


「ロンギヌスというのはローマの目が見えない兵士のおっさんらしい」

「おっさんなの!?」


 ハジメとしては目の見えない兵士が現実的に戦えるのか甚だ疑問だ。

 しかもこのロンギヌスおじさんは百人隊ケントゥリアという結構大事な部隊の長だったらしく、盲目なのに指揮官任されるの何者だよという疑問しか湧かない。

 盲目の百人隊長ケントゥリオ、なんとなく謎の強キャラ感はある。


「いわゆる聖人の生死確認を命令されて、そのおっさんが死体をつついた」

「つついたの!?」


 これもハジメとしては大分謎だ。

 なんでわざわざ目の見えない隊長を引っ張り出して死体をつつかせてるのか抜擢理由が分からない。長に重要な役を担わせたという可能性はなくはないが、太古のパワハラかもしれない。


「そしたらどっこい死んでいなくて、刺したときに血がブシャアして目が見えるようになり聖人になったそうだ」

「超展開ぃぃぃーーー!!」


 槍で生死確認したのに目に返り血がかかるって、おじさんどんだけハッスルして突いたんだろうか。教えてきたホームレス賢者が面白おかしく脚色した可能性はあるが、話を聞いたハジメの頭はホワイの嵐だった。


「というわけで、ロンギヌスの槍はおっさんの槍だ。聖人の血がついて聖遺物という扱いになったが、それなら効果はむしろ回復になる筈で攻撃力高いのおかしくないか? と個人的には思った」

「へぇ~、考えたこともなかったなぁ。言われて見れば別にロンギヌスの槍が悪魔を倒したとか竜を貫いたみたいな逸話聞いたことねえし」

「謎だ……」

「謎だな……」


 急速に緊張感が薄れているが、この間にもちょこちょこアンデッドの襲撃が起きては即座に排除されている。転生者三人の意味の分からない会話についていけないスーがため息をつく。


「正直殆どついていけないが……話に突っ込みどころがあるというよりは、その聖人とやらが人知を超えた特別な存在であるということを分かりやすく市井に伝えるため、聖人を中心に話が組み上げられたのだろう。神話も宗教も伝承というのは当時の事情や語り部の意図がどこかしらに反映されているものだ」

「教会もそうなのか?」

「少なからずな。教えを広めるためには、分かりやすくインパクトがある話にした方が伝わりやすい。子供に理解出来ない説法をこねくり回したり崇めよと叫ぶだけでは信仰心は生まれないものだ」


 ハジメの中ではイスラに比べて教会に妄信的なイメージがあったスーだが、存外ちゃんと現実的な思考の持ち主らしい。

 思えば彼とは私的な会話をあまりしたことがない。

 ハジメは彼にイスラのことを訊ねた。


「スー、お前から見て今回のイスラはどうだ?」

「どう、とは? 曖昧な言い方は好かない」

「普段の仕事と違うと感じるところはあるか、という意味だ。俺はイスラと一緒に仕事をする機会はあまりないからな」


 スーは視線だけハジメに向け、数秒黙考した後に口を開く。


「普段の冷静なイスラであれば、こんな無茶に他人を何人も巻き込まずに途中で諦めるだろう。あれもそこまで馬鹿じゃない。つまり今回はいやに感情的だ」

「やはり、啀み合っていても付き合いの長さは物を言うな。俺はそこに確信が持てなかった」

「ふん、おれは啀み合ってなどいない。あいつの頭の固さに懇切丁寧に付き合ってやってるだけだ」


 ぷいっと顔を逸らすスーの態度が子供っぽくてやや微笑ましささえある。

 ウルみたいによしよしと頭を撫でる気にはならないが、気持ちはほんの少し分かった。

 それはさておき、やはりイスラはいつも通りではなかったようだ。

 スーの言う通り、彼のように良心に満ち満ちた人が非正規の方法に人を巻き込んでまで突入の決断を下したのがハジメの中で少し引っかかっていたのだ。


「理由は分かるか?」

「……考えても見ろ。ネクロマンサーは霊との共感性が必要で、未練を晴らして霊魂を成仏させるのが在り方だ。誰かさんが大好きそうなジョブじゃないか」

「では、イスラはネクロマンサーの力を……?」

「イスラはゼラニウムにネクロマンサーの訓練を受けていた時期がある。彼女の後継者になると目されたほどの才能があったそうだ」


 その表情には、過去に想いを馳せる憂いがあった。


 過去語りを始めようとしているスーをよそにショージは振りまいた聖水がたまたま壁に飾ってあった絵画にかかって絵画内からゴーストが『ギャアアアアア!!』と凄い勢いで飛び出してきて「ぎゃあああああ!!」と悲鳴をあげて転倒した。。

 フォトニックパッケージの重量も相まって勝手にダメージを蓄積して蹲るショージから細い声が漏れる。


「もうヤダァ、帰りたぁぃ……」

「はぁ……そいつのネクロマンサーの才能は確認するまでもなくゼロだ」

「あの調子ではな。自分で倒したゴーストにビビるなんて下手するとマイナスじゃないか?」


 一応ショージには沈静効果のあるものを色々渡しているが、恐怖心が強すぎて効果を貫通しているようだ。その精神力を別の方向に活かせれば良かったのだが、残念な男である。




 ◆ ◇




 それは、今となっては遠い過去のイスラの記憶――。


 霊魂の正しき浄化を目指すイスラと今を生きる人の救済を願うスーの対立は神学校でも有名だった。そんな彼がゼラニウムの目に留まったのも、イスラが彼女の誘いに乗ったのも、ある種の必然であったのだろう。


 当時既に目覚ましい活躍を見せていたゼラニウムは時間を取ってはイスラの相談に乗ったりネクロマンサーの知識や技術を与えていた。イスラはあくまで後学にと学んでいたが、その才能をゼラニウムはいつも褒めてくれた。


 淡い桜色の髪を揺らす年上の女性。

 初恋だと言うつもりはないが、イスラの思い出には彼女の姿が色濃く残っている。

 そして、自分がその問いかけをしたことも、よく。


「結局は、強要しているだけなんじゃないでしょうか」


 イスラの呟きに、ゼラニウム――親しい者からはゼラと呼ばれていた――は首を傾げた。


「どうしたの?」

「ネクロマンサーは霊魂を浄化する手段だと言います。しかし、霊魂を集めて思うように指示を送り暴れさせることは、結局は霊魂の自由意志を奪って支配を強要しているだけなのではないでしょうか」


 ネクロマンサーとしての技量が上がるほどに、イスラはそれが心に引っかかっていた。

 霊魂に指示すれば、霊魂はその通りに動く。

 足止めしろと言えば躊躇いなく足止めし、囮になれと言えば囮になる。

 それは支配者と使役者の構図で、道の押しつけなのではないか。

 ゼラニウムは微笑みながらイスラの頬を撫でた。


「優しいんだね、イスラは」

「私は……優しくなどありません」

「そういう露悪的なの、よくないよ。盲信もいけないけど、自分に自信が無い人が浄化をすればその迷いは霊魂にも伝わるから。堂々と胸を張りなさい。そして、考え続けなさい」

「……」

「納得はしきれない、か。よろしい! ゼラニウム先生が魂の授業をしてあげましょう」


 どこからともなく取り出した伊達眼鏡をすちゃっと装備したゼラニウムが、地面に杖でがりがりと文字や絵を描き始める。


「人が成仏できない理由はなぁに?」

「この世への未練……」

「どんな?」

「どんなって、まだ生きていたいとか苦しみから解放されたい……じゃないですか?」

「大まかにはそうね。でも、それだけが未練を生み出す訳じゃないのよ?」


 生きるとは何か、苦しみとは何か。

 神学的な区分けや説明を交えてゼラニウムは独自の考察を披露する。


「生きていたいというのは、まだこの世界に存在していたいということ。存在することを実感する行為とは、何かを為すこと。何も為せずに死んでいく人々にとって、誰かの記憶に残ったり何かをこの世界に残すことはとっても重要なことなの」

「それが足止めや攻撃なんですか?」

「命令者にとっては一つの事象を実現させるための手段かもしれない。でも、霊魂にとっては自分が誰かの願いを叶えてあげる正の気持ちが生じる。そこに意味を見出すことが大切なの。人にもよるけど、こんな魔物だらけの世界だもの。誰かを守ったり役に立つことに生きがいを感じる人は意外と多いのよ」


 確かに、聖職者の多くがまさにそれだ。

 英雄と呼ばれ、戦いに散っていった戦士たちもそうだろう。

 もし自分が死んだら、死後も何か世界の役に立てるのならば望んで力を差し出すかもしれない。

 ゼラニウムは地面に図を書き続ける。

 そこには、死者の霊魂が辿る変容の在り方がもう一つ描かれていた。


「さっきのは正の話だけど、霊魂には正悪の他にその中間も存在している。自分の欲望の形が分からずにどちらにも傾くこともできず、しかし未練も断ち切れない迷える霊魂。自分は何がしたかったのか、どうすれば自らの感情を断ち切れるのか……誰かがきっかけを与えないと、どこにもゆけない人達よ」

「それは今を生きる人も同じです。僕だって、まだ納得できる答えは出せていない」


 嘗ての辛く切ない記憶を思い出し、拳を静かに握ったイスラは、次のゼラニウムの言葉ではっとした。


「答えはなくても指標はある。その一つが女神教――宗教よ」

「……!」

「宗教は人に共通の道徳と規範を指し示す。霊魂の中にもそれは残っていることが多い。ネクロマンサーはね、神に代わって彼らにあるべき運命を指し示す存在なのよ」


 無意味に意味を見出させ、存在を認めさせるのは確かに宗教の人を導く部分だ。

 天国にも地獄にもゆけずにただ存在するだけの存在にとって、それはどれほどの光なのだろうか。

 されど、光があれば必然的に影が生まれる。


「悪意や生者への妬み、或いはアンデッドであることに意義を見出した存在にも、寄り添う道があるのでしょうか……」


 代表的アンデッドの三種――ゾンビ、ゴースト、スケルトンの三種はそれぞれ生前の欲望が反映されることで悪霊という曖昧な状態から分岐すると言われている。

 ゾンビは肉体を失うことへの恐怖、ゴーストは生者への妬みやそねみ、スケルトンは生前の強烈な欲求……彼らに共通するのが、生きとし生ける存在に手をかけることを一切厭わない点だ。


 神の道徳を捨て去った存在に物わかりの良い霊をぶつけて滅することが本当に救済なのか。

 結局、それは突き詰めれば強要でしかないのではないか。

 ゼラニウムは困ったように頬を掻いた。


「難しいなぁ……一人の人間の精神力で同調出来る魂の数は限られている。怨念にまで堕ちた魂を正に引き戻すほどの精神力は、人の器に余って暴走しちゃうだろうね。今の人間にはどうしようもないのか、或いは神様は今の在り方こそがあるべき形だと考えているのかも知れない」

「難しい、ってことは、なにか道があるかも知れないってことですか?」

「世界の仕組みをひっくり返すことは出来なくとも、きっと世界のどこかに自分が納得出来る道がある。イスラ君が探してるのもきっとそれなんじゃない? 神様はきっと、それを止めずにずっと見守ってくれるよ」


 この人は自分と同じだ、と、はにかむゼラニウムを見てイスラは思った。

 教会の在り方を認めつつ、教えにはない答えを探している。

 誰もがスーのように全てを割り切っているのではないと思い、イスラは嬉しくなった。


 ――だから、彼女がその後に小さな声で「もしも善悪を超越した器があれば……」と何かを呟いたことは、最近になるまで思い出せないほど些細なことだった。


 それから暫く経ち、イスラの神学校卒業を目前にして彼女は行方不明になった。


 ゼラニウムは自分と同程度かそれ以上には救済の道を模索した存在だ。

 そんな彼女がもし今も生き続けて誰も想像しない自分だけの答えを見つけたとすれば?


 イスラの中で浮かび上がるキーワードは二つ。

 人の器に余る精神力、そして、善悪を超越した器。

 気のせいならば、それに越したことはない。


「イスラさん?」


 聞き慣れた声に、はっとする。

 思案に耽っている場合ではないのに、どうしても考えてしまっていた。


「ああ、なんでもないんだ」

「そうですか? ならいいですけど……なーんか気負っちゃってる感ありますねぇ」

「ないない」

「いいえ確実に気が抜けています!」

「そんなこと――」


 強がって言い返そうとして、ふと疑問が一つ。

 今、イスラの同行者はマトフェイ、ダン、マルタの三人であった筈だ。

 ところが今聞こえた声はその三人と一致しない。

 ん??? と思い、ばっと声の方向を向くと――。


「ばぁ! マオマオちゃんなのだ!」

「何でェェェェェエエエッ!!?」


 そこには村のウル専属使用人にしてデュラハンの人造悪魔、マオマオの姿があった。

明けまして悪魔ちゃん。

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