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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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6-2

 古城の最奥に潜んでいた敵。

 それは、デッド・ロードウィザードという魔物だった。

 

『グファハハハハハハ!! 恐れおののけ、ワシは次期呪毒軍団幹部候補の――』

「聖水噴霧開始」

『アバババババババババ!? や、やめ、ちょ、オボババババババババッ!?』


 魔王軍の名乗りに付き合う気が一切ないハジメ。

 というか敵を目の前に何を余裕ぶっているのか不思議にさえ思っている。前の敵も呪毒軍団幹部候補を名乗っていたが、彼らはみんなそうなのだろうか。


 デッド・ロードウィザードはアンデッドモンスターの頂点の一つで、魔物の中でも最高クラスの魔法能力とアンデッド使役能力を持っており、魔法使い御用達のフル装備をした無駄に厳つい骸骨の姿をしている。

 黒魔術系列の中でも高位の存在が死後に魔物化した存在と言われており、そのせいか頭脳も言語能力も人並み以上に高い。


 対策なしに倒すことは難しいので、何もさせないのが最適解。

 つまり、ハジメの粗雑な対応もある意味正解ではある。

 ハジメは容赦も油断もなくデッド・ロードウィザードの顔面に執拗に聖水を噴射し続ける。しかし、流石は最上位アンデッドというべきか、悶え苦しむばかりでなかなか滅ばないうちに聖水残量が底をついてしまった。


「む……」

『ゼハっ、ゼハっ、肺も喉もないのに絶叫しすぎて疲れた……!! 貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!! その汚らわしい聖水の切れ目が貴様の命の切れ目よッ!! 受けろ必殺のシャドウ――!!』

「ホーリージャベリン」


 デッド・ロードウィザードの魔法が発動して闇が収束するより早く、ハジメは光魔法を発射していた。無数の小さな光の槍に囲まれた巨大な光の槍が虚空に出現し、先に小さな槍が敵の動きを封じるように降り注いだのちにトドメの巨大槍がデッド・ロードウィザードに一直線に迫る。


『ホババベバビバグボベッ!? バッハブゥ!?』


 ちなみに全部執拗に顔を狙っている。

 スケルトンタイプは頭が弱点なのでこれも標準対応だが、それにしても容赦がない。普通のアンデッドならここで顔面が砕け散っているところだが――デッド・ロードウィザードは顔面からシュウシュウと煙を出しながら、これを耐えきった。


『ハ、ハガァ……こ、ここまでコケにされたのは初めてだ……!! 憎悪を力の源にする我に更なる憎悪を注がせたこと、必ず後悔させてくれる!!』

「魔法耐性……なるほど、アンデッドの弱点の代表、光対策の装備品か」


 これがデッド・ロードウィザードの恐ろしいところ。

 並の人間以上の思考能力を持つため、装備品の編成や属性相性といった事柄を正確に把握し、冒険者対策を立ててくる。しかもその内容は生前の思考の影響か個体差が大きく、これが決まった倒し方をさせてくれないという結果に結びつく。

 光対策を固めたおかげで助かったデッド・ロードウィザードは、対策装備の存在に即座に気付いたハジメにほう、と感嘆の声をあげる。


『虫けらの分際で頭は回るようだな!! 左様、ワシは他の連中とは頭の出来が違――!!』

「ヴォーパル・ピアッサー」

『ボグロッ!?』


 講釈を垂れようとしたその瞬間、デッド・ロードウィザードの眼球なき視界の目前ににただただ眩い光が一杯に広がり、そのまま頭蓋骨を貫通した。


 ハジメが背中から無造作に抜き取った槍で無慈悲にもスキルを発動したことで、スケルトン最大の弱点たる頭は粉々だ。

 ハジメが容赦ない鬼畜根暗野郎だと早めに気付いて余裕の態度を捨てればもうすこし勝負らしい勝負になったのかもしれない。


 なお、全然やる気のなさそうな技名の叫び方をするハジメだが、この世界は技名を口にして放つと威力にブーストが乗る仕様になっている。

 理由は神が「必殺技は叫ぶもの!! 異議は認めませんッ!!」とめらめら瞳に火を灯すほどの必殺技叫ぶ派だったからだ。今もたまにハジメの下にやってきて必殺技の叫び方指導を敢行している。

 天にまします我らが神は割と暇らしい。


 と、考え事をしていると倒したはずの頭がない白骨死体に僅かな力が灯る。恨みを原動力にするアンデッドには時々あることで、最後の恨み言などを放ったり最後っ屁に呪いを放ったりする。

 なお、過去には本当に屁を放たれて臭さで倒されたり、屁が止まらなくなる呪いをかけられて恥ずかしい目に遭った冒険者もいるそうだ。流石のハジメも屁を嗅ぎたくはないので身構える。


『う、うぐぐ……終わるのか、こんなところで……!!』

「ああ」

『くそ、馬鹿にしおって……! 忘れるな人間よ……この世に恨みの感情ある限りぃ! ワシのようなアンデッドは幾度なりとも現れるであろぉぉぉう! はーっはっはっはっ……、……ぐふっ』

(ありきたりというか、無難な辞世の句だったな)


 本来はある意味深い意味なのだが、有名になりすぎて逆に陳腐化してしまった捨て台詞というのも物悲しい気がするハジメ。実際アンデッドは幾らでも湧いてくるので、来年には本当に代わりの骸骨が居座っているのが容易に想像できる。


 ちなみに先に古城に入っていたベテラン冒険者たちは、デッド・ロードウィザードによって生贄の儀式の為に捕らえられていたものの全員生きていた。救出に来たハジメを見た瞬間「ヒィィィィィ! 遂に死神のお迎えがぁぁぁぁぁ!!」と叫んでいたため、無駄なことを考える程度には元気だったようである。


(それにしてもあのアンデッド、死後も黒魔術系の研究をしていたような痕跡があったな。一応資料は目を通したのちに全て処分しておいたが……生前の寿命でやりたいことをやりきれないとは、俺からすれば理解できない感情だ)


 クオンは元気だろうかと無意識にママスイッチが入りながら帰宅しようとしたハジメは、ふと、帰り道の人混みの中に知った背中を見つけた。大きな棺桶を背負ったその青年は、この間こそ出会ったはぐれ聖職者のイスラだ。


 もう日は沈もうとしており、冒険者も引き上げる時間だ。

 なのに彼が一体どこへ向かっているのか。

 万一危険な真似をしていたら止めるべきだろうと思ったハジメは、彼の背を暫く追いかけることにした。無駄に隠匿スキルを最大にして。


 年頃の青年を気配を消して追いかける三〇代男性。

 何故かは分からないが自分がとても不審な人物になってしまった気がするハジメであった。


 イスラが向かった先は、つい最近魔王軍と冒険者、騎士団の連合軍が激突した戦場跡だった。既に脅威は一通り去った場所とはいえ、こうした場所は怨念からアンデッドが発生しやすい。


 彼はどうやらここに用事があるようで足を止める。

 いい加減に黙って追いかけ続けるのもやめようと思ったハジメはその背中に声をかけた。


「こんばんは。こんな時間にこんな場所をうろつくのは、冒険者としてはあまり感心しないな」

「え……ああ、ハジメさん!」

「何をしているんだ? 困りごとか?」

「いえ、そういうわけでは……浄化の儀式をしていたんです」


 浄化――聞き覚えのない言葉に、ハジメは首を傾げた。

 イスラは昨日より明らかに魔力を高める装備をしている。

 それが浄化のためなのだと推測は出来るが、肝心の浄化がなんなのかをハジメは理解していない。


「浄化とはなんだ? 耳慣れない言葉なのだが」

「一定以上の神職になった者が使える特殊な魔法です。効果が強化や治癒、攻撃の類ではないのでご存じない方も多いとは思いますが……ハジメさん、アンデッドモンスターと戦ったことは?」

「無論、数えきれないほどある」

「ですよね、ハジメさんは高名な冒険者ですし……」


 まさに今日それをやってきた、とは言わないハジメ。


「アンデッドモンスターは死者の未練が生み出す存在ですが、その未練を募らせ暴走させる前に霊魂をしがらみから解放して天国ないし地獄に旅立つ背を押す。それが浄化という信仰系魔法です。既にアンデッド化したモンスターには殆ど効果がないので知名度は低いですが」

「冒険者は利便性優先だから無理もないかもな。聖水をかけた方が早いし」

「個人的には聖水を使うのはちょっと……あれ、邪悪を滅する意味合いが強いのか、効果的ではありますが凄まじくアンデッドを苦しめてるんです。もう少し楽な気持ちで天に昇らせてあげたいんですよ」


 確かに、とハジメは唸る。

 今日は敵だからと深く考えずに容赦なく聖水を使いまくったが、アンデッドの苦しみようはなかなかのものだった。好き好んであんな姿になった訳でもないし、もしかしたら生前の感情に囚われて仕方なく彷徨ってるかもしれない相手にまるでナメクジに塩を撒くがごとき所業をするのは、少々可哀そうだ。


「死者の未練を安らかに、か。確かここは相応に死者の出た戦場だ。彷徨える魂はたくさんいそうだな」

「ええ。戦いの中で非業の死を遂げた人物は強力なアンデッドになりやすく、魔王軍はそういった存在を積極的に取り入れています。その中には元魔物も含まれます」

「死者の再雇用とはぞっとしない話だ」

「ええ。こんな言い方は変ですが、静かに死なせてあげて欲しいものです」


 死の終焉を求めるハジメからしたら、本当に冗談ではない。尤も、未練を抱かなければ逝けるのだから縁のない話になるかもしれないが、それでもアンデッドが死ねずに苦しんでいるなら介錯くらいしてやりたいとは思える話だ。

 こう言ってはなんだが、ハジメもある意味死んだのに死にきれない人間なため、少しばかり思考に同情が混ざっている。


「後学の為に見学しても構わないか?」

「傍から見ていて楽しいものではないですよ? 代わりと言ってはなんですが……一緒に死者の冥福を祈ってくださいね」

「了解した」

「では、行きます」


 イスラが身の丈ほどの鎌を取り出す。

 その先端は歪な十字架のような形状になっており、鎌の刃のせいで本来の十字架と比べれば左右非対称だ。しかし、左右非対称を前提にして施した美しい彫りの装飾が十字架としての奇跡的なバランスを保っているように見える。

 ハジメの視線に気づいたのか、イスラが鎌について説明する。


「その昔、とある名工が作ってくれた特別製です。鎌であり十字架の機能もある、私の頼れる仕事道具ですよ。背中の棺桶もそうです」

(本来魔法媒体と武器は両立させるとどちらの性能もある程度低下する。しかもあの教会が怒りそうな異端的デザイン。作った奴は十中八九転生者か、もしくは…()()()か)


 ハジメの想像をよそに、鎌を中心に神聖な光が沸き起こり、周囲を包んでいく。かなりの範囲に影響を及ぼしていることに少し驚くが、それだけ彼の信仰心が強いということだろう。神職のスキルは熟練度以外に信仰心も影響を及ぼすと聞いている。


 やがて戦場跡全てが光に包まれたとき、神聖な祈りの言葉を呟いていたイスラが鎌の石突を強かに大地に打ち付けた。


 途端、神聖な光のヴェールの中からいくつもの光の塊――恐らく彷徨える霊魂たちが、未練が剥がれ落ちるように光の飛沫を零して空に立ち上り――そして消えていった。


 夏草や、兵どもが夢の跡。

 日本人なら誰しも一度は耳にしたことがある、松尾芭蕉の名句だ。

 あの魂の一つ一つが兵士や魔物だったならば、理由は様々あれど生前は何かしらの理想に燃えていたのだろう。未練もあったかもしれない。しかし、その果てがアンデッドでは救いなどありもしない。彼らが一人でも迷いなく死を受け入れられるよう、ハジメは黙祷した。


 やがて、イスラがもう一度鎌の石突で大地を叩くことで、神聖なフィールドは解除された。ふう、と疲労交じりのため息が漏れる。


「――お疲れ様です、これで儀式は終わりです。暫くここにアンデッドたちが生まれることはないでしょう」

「そのようだな」


 周囲の空気がどこか清々しいものに変わった気がしたハジメは頷く。

 と、同時に疑問を持つ。


「しかし、浄化の依頼なんてものがあるのか? 俺は今まで聞いたこともないぞ」


 この魔法を使えばあの断崖の古城も今より断然アンデッドの発生率を抑えられそうだ。だというのに、ギルドでそんな話は今も昔もまったく聞いたことがない。それなりに長く冒険者をやっているハジメが一度も聞いたことがないというのは気がかりだった。

 しかし、ハジメの質問にイスラはきょとんとした顔をした。


「え? ははは、やだなぁ。そんなものありません。私が勝手にやってるだけですよ」

「そうなのか……?」


 そうであれば、確かに納得できる。

 それにしても、頼まれてもないのにこんな場所に出向いて浄化をしているとは、彼はなかなかに奇特な人物のようだ。思わず感心するが、当人は困ったように頭を掻く。


「みんなには何をバカなと笑われるんですけど……アンデッドたちってなりたくてなってる訳じゃないので、ずっと苦しんでると思うんです。なのに誰に助けられることもなく、神の救いも届かず、最後には苦しみに耐えられず生者を襲う。それは死者たちにとってまさに地獄の責め苦です。私はそうした者こそを救ってあげたい」


 その言葉には何の裏も誇張もない、本気が感じられる。

 彼はハジメと違って純粋に善行を行っているようだ。


「……立派なことだ。何ら恥ずべき言葉ではない」

「嬉しいな。そう言ってもらえることは稀なんです。特に教会にいた頃は、お前はバカかとよく言われました。信仰は不安を抱く生者のもの……死者の安寧は大事だが、そちらを優先して今を生きる人を疎かにするなと」

「……それもまた間違ってはいない。なるほど、それで話が合わずに独立したのか」


 何故これほど高潔な精神の持ち主がフリーなのか、これで謎が解けた。


 どちらの言い分も間違ってはいないが、多数派の幸福が今を生きる人間に向けられるのは道理だ。本来は両方を救うべきなのだろうが、世の中には優先順位というものがある。

 イスラは、その優先順位のせいで爪弾きにされた死者を放っておけないから教会を去ったのだろう。


(彼の話を信じるなら、これは実に有意義な活動だ。それが無償で行われているなど、そんなことがあっていいのだろうか……彼の力を知れば、金を出して助力を求める人も出るだろうに)


 ハジメの心には、その点で引っかかるものがあった。

 彼とはその後少し話をした。


 曰く、浄化も完全ではないし、浄化後に土地に流れ着く霊魂もあること。

 それらを鎮めるには、聖なる祝福を施した碑などが設置されているといいこと。

 しかし、碑を作るのには非常にお金がかかり、イスラは儲けの殆どをこの浄化の碑を作ることに費やしていて生活がギリギリであること。


 苦しい日は砂糖水で凌いでいることを知った時は、流石のハジメもそこはちゃんと食事にお金を残そうよと思った。彼の献身は少々身を削り過ぎである。


(いや、待てよ……)


 そのとき、ハジメの脳裏に電流が迸る。


(これは、上手くいけば散財の予感……!!)


 「道中お気を付けて」と礼儀正しく去って行くイスラを見送るハジメの頭の中は、自らの革命的アイデアが実現出来るかどうかの精査のことで一杯だった。無論、その前に娘の世話が待っているのだが……。

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