30-3
フォトニックパッケージで次々に出てくるアンデッドを処理していったハジメ達一行はホールに到着する。
そこに、厄介な相手が待ち構えていた。
『『『オ゛オ゛オ゛ォォォォ……!!』』』
くぼんだ目と中身のない口がある亡霊の顔が無数に集合した醜悪で悍ましいアストラル体の塊。この世界にあって最も恐ろしいとさえ噂される冒涜的な姿からは、無数の怨嗟とも苦悶とも判別のつかない唸り声が絶えず漏れ続けている。
イスラが静かな緊張感を漂わせ、皆に警戒を促す。
「レギオン……ゴースト系アンデッドの最上位です。最大限の警戒を」
レギオンは同じアンデッド最上位のデッド・ロードウィザードとは大きく異なる厄介さがある。
夥しいデバフと状態異常を撒き散らすのもそうだが、それまでのゴーストと比べて桁違いに耐久力が高いのだ。しかも戦闘中に自分の身体からレイスやゴーストを生み出して手数を増やしてくるし、攻撃範囲も極めて広い。
極めつけは、レギオンは霊の群体であり、一つの塊を維持出来ないほど弱ると最後の抵抗で集合を解除し、夥しいゴーストとなって襲ってくることだ。
故に、レギオンを倒す最適解は一つ。
圧倒的な光属性大火力魔法による殲滅である。
マトフェイとハジメが前に出る。
「まだ気付かれていません。二重魔法陣で行きましょう――敬虔なる羊を守護し邪を払う神の庭――ホーリー・テリトリー!」
マトフェイが展開したのは聖職者のみが使える光属性フィールド魔法。
範囲はそれほど広くないが、光属性のバフ効果はかなり高い。
重ねてハジメも聖属性バフのかかる杖を床につき、自らの魔法陣とマトフェイの魔法陣を重ねる。
「尊き御言葉曰く、不浄なる者は灰に帰すべし。邪悪なる者は祓われるべし。苦難の前に拓け、解かれたる戒めの道よ――ノーブル・ブライト!」
ハジメの杖の先端から眩い光が収束し、白熱した熱閃となって解き放たれる。
光と炎の二重属性である上級魔法は空間に伝播する邪気すら一瞬で消し飛ばしてレギオンに直撃。ハジメの光魔法の中では最大火力な上に、完全詠唱でバフも重ねた一撃が容赦なくレギオンのアストラル体を滅してゆく。
『『『グギャアアアアアアアアア!!?』』』
何重にも重なった苦痛の怨嗟が響く中、ハジメの耳に奇妙な音が響く。
バリン、バリン、バリンと、断続的に何かが弾ける音がしている。
音の正体を確かめるためにスキルを使って周囲を観察したハジメはあることに気付いた。
「あいつ、闇属性のフィールド魔法を何重にも展開してノーブル・ブライトの威力を減退させている……? いかん、仕留めきれないかもしれん! 全員構えろ!」
『『『オ゛オ゛オ゛ォォォォォォッ!!!』』』
ぶくぅ、と膨らんだレギオンが爆ぜた。
内部から溢れる凄まじい呪いはノーブル・ブライトに飲込まれるが、残る部分が無数のゴーストになって四方八方に飛び交う。ハジメの声に即座に反応したイスラとスーが左右に飛び出す。
「フォービドゥンスラストッ!!」
「ジャッジメントセイバー!!」
イスラの鎌から偃月状の刃が無数に出現して彼の周囲を無差別に切り裂き、スーは剣を輝かせると同時に刃の周囲に無数の光の剣を生み出して射出する。
更にダン、ショージ、ブンゴもここぞと聖水を噴霧し、多くのゴーストが撃破、吸収されていく。
そんな中、マトフェイははっと頭上を見上げる。
「ハジメ、上に!」
「分かっている!」
逃れたゴースト達は天井付近に再集結し、また一つの塊になっていく。
その不完全な塊は天井に触れ、建物から大量の呪いを吸い取って肥大化し、また元のサイズのレギオンに戻った。その身の半分以上を削られた筈なのに、普通ならあり得ない再生能力だ。
更に、レギオンの異常性はそれだけに留まらなかった。
レギオンの無数の顔が一斉にバラバラに喋り出す。
出鱈目な筈のそれはしかし、全てを混合すれば意味ある言葉へと変わる。
『リーグ』 『至大ナル』
『ーグラ』 『星ノ』
『グラビ』 『引力ト』
『ラビト』 『クルシイ』
『廻ル』『ビトン』 『ナン デ?』
『トンテ』 『定メハ』
『空ノ』 『ンテリ』 『摂理』
『汝』 『テリト』 『大地ヨリ』
『タスケテ』 『リトリ』 『離ルルコト』
『能ワジ』 『トリー』 『キエ ロ』
己もその魔法を使ったことのあるハジメが叫ぶ。
「ッ!! 全員堪えろ! 重力魔法が来るッ!!」
直上から、闇属性魔法グラビトンテリトリーの加重が押し寄せた。
最もステータスが貧弱なショージが悲鳴を上げる。
「うおおおおお!? フォトニックパッケージが重くて肩千切れるぅぅぅぅ!?」
「耐えろショージ、転んだらもう起き上がれねえぞ! てか、やば、俺も重……」
相応に強い筈のブンゴさえ歯を食いしばって耐えるほどの加重から全員の肉体と武器の重量が増し、バランスを崩しそうになる。
レギオンはそこから更に魔法を詠唱し、追い打ちをかける。
『ストーンシュート』 『ストーンシュート』 『ストーンシュート』
『ストーンシュート』 『ストーンシュート』
『ストーンシュート』 『ストーンシュート』 『ストーンシュート』
『ストーンシュート』 『ストーンシュート』
地属性の初歩、ちょっとした岩を発射するストーンシュート。
しかし、その数は尋常ではなく、もはや中級魔法の『デブリアバランチ』を上回っている。
真上から使えば当然落下速度が加算され、更に幾重にも渡って発動するグラビトンテリトリーで更に威力と速度が伸びる。並の冒険者程度ではこのまま押し潰されて全滅だろう。
(後手に回っていい相手じゃない。強引に主導権を取る!)
ハジメは即座に杖を地面に突く。
「ウィンドフィールド! ブラストハリケーン!」
風属性魔法を展開し、突き上げるような嵐を放つ。
荒れ狂う竜巻は降り注ぐ無数の岩を薙ぎ払ってホールの壁に吹き飛ばしていく。
風属性は地属性に対して優位だったが故の判断だが、それでも数が多すぎて2割ほどは防ぎきれず、各々回避と防御を取る。ハジメはブラストハリケーンを維持してレギオンの動きを封じ込める。
『アア』 『ホットスポット』 『ナンデ』
『ホットスポット』 『チクショウ』
『ニクイ』 『ストーンブラスト』
『ホットスポット』 『ホットスポット』
「今度は炎属性のフィールド魔法で風魔法の威力を減退させようとしている……か。怨霊の集合体であるレギオンは自我も知能も薄くなる筈なのに、これはどういうことだ?」
レギオンは厄介な分、スケルトン類に比べると知性らしいものがなく、同じ行動を繰り返す特徴がある。魔法は使えるが、あれほど的確に状況に合わせて全ての顔が一斉に詠唱するなど聞いた事もない。
ともあれ、また全てを倒しきれずに散られると面倒だ。
ハジメは『攻性魂殻』で腰の装備の一つ――聖槍ロンギヌスを抜き放ちながらダンに叫ぶ。
「噴霧だ、ダン!」
「おうよ! ブンゴ、ショージ、噴霧全開だ!」
「わ、分かった」
ダンがフォトニックパッケージから濃縮聖水を最大噴霧すると、噴霧した聖水がハジメのブラストハリケーンに巻き上げられて竜巻の中心に閉じ込められたレギオンに全て吸い込まれていく。後れてブンゴとショージも噴霧を開始したのを確認する。
『『『ギャアアアアアアア!!』』』
流石に最上位クラスのアンデッドでは苦しめることは出来ても致命傷にはならない聖水だが、それはレギオンというガワがあればこそ。ならばその仮初めの群体を破壊する。
「デモリッション・スティンガー!」
ロンギヌスが一筋の光となって竜巻の中心を飛翔し、一撃でレギオンの中心部を破砕した。衝撃と聖属性の波動に耐えかねたレギオンは塊を維持出来なくなり、またしても大量のゴーストになる。だが、先ほどとは違ってそこは竜巻の中。逃れようにも風に巻き上げられてどこにもいけないゴースト達の全身に聖水が浴びせられる。
『『『ギヒイイイイイィィィィィ!!?』』』
「一網打尽だ」
分裂して弱体化したゴーストやレイスに聖水の嵐を防ぐ術はなく、やがて全ての霊が聖水で強制浄化されたことでレギオンは完全に消滅した。嵐が止んで巻き上げられた聖水が部屋中に飛び散り、呪いをジュウジュウと音を立てて洗い流した。
レギオンの完全撃破を確認したハジメは周囲を見回す。
「全員無事か?」
幸い上手く凌いだか誰も負傷者はいなかった。
イスラが深刻な表情を浮かべる。
「ハジメさん。貴方はこんな行動を取るレギオンを見たことは?」
「ない。そもそもレギオンに一斉詠唱が可能であること自体思いも及ばなかった」
「僕もです。でも……もしかしたら、ネクロマンサージョブを利用すればそれは可能なのかもしれない」
霊魂に暴れる動機を与えるネクロマンサーにレギオンを操る力があるとは聞いた事がないが、転生者は常識の垣根を越えた反則技や裏技を手にしていてもおかしくはない。
口が多いから詠唱も多くできるなんて屁理屈みたいなことを実現しているのが、尚更に疑念を確信へと傾ける。
「さしずめ人造レギオン……或いはレギオンの完全統制か。あの動きをするレギオンが野放しになれば、一体でもアデプトクラス案件だぞ」
いくらハジメが光属性魔法をそれほど得意としていない上に強力な闇属性フィールドで威力が減退したとはいえ、ノーブル・ブライトで致命傷を負わないレベルにまで減退させたレギオンの行動は極めてイレギュラーだ。
「光魔法の減退率も予想以上だった……フィールド魔法と二重魔法陣と完全詠唱を組み合わせてもこれとはな。もう光属性に拘らず別属性魔法を活用した方が良いかもしれん。今のでパッケージの噴霧と風魔法は相性が良いことも分かったしな」
(無駄にならなくてよかったぁぁぁ~~~~!!)
ショージが服が摩擦で発火するのではというレベルで胸をなで下ろし散らかしているのはさておき、通常レギオンのレベルは50~60と言われている。しかし、この要塞の特性を加味すれば今のレギオンは実質レベル80かそれ以上の厄介さがあったように思う。
イスラが「見てください」と聖水がかかった床を指で指し示す。
「聖水がかかった床が少しずつですが再び呪いに覆われつつあります。これだけ大きな悪霊の塊が消えたのに、周囲の呪力はまったく収まっていないようです」
「肝心のゼラニウムも見当たらない。それに、今感知したが呪いは下から湧き上がっている。地下に元凶がいるのは間違いなく、そこにゼラニウムがいる可能性は高い」
ドルトスデル廃要塞には広大な地下貯蔵庫があり、有事には立てこもれるようトラップも配備されていたという。しかし何者かの手によって要塞の資料が一部遺失しており、詳細が分からないでいた。
最初の計画では手分けして要塞をくまなく捜し、ゼラニウムが見つからなければダンとブンゴを頼りに地下を捜す手順だった。だが、ハジメが一撃で倒しきれないような敵まで出るとなると悠長なことは言っていられない。
「二手に分かれて地下の入り口を捜そう。悪いが倒し方にも拘っていられなくなった。時間をかけていては翌日の教会戦力突入に間に合わなくなるかも知れない」
イスラは強引な除霊に思うところがあるのか俯いたが、自分の拘りで周囲に負担をかけていられる状況でもないと判断したか、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「……そう、ですね。隠し通路を発見するためダンさんとブンゴさんを分けて護衛しながら出入口を探し、見つかったらパッケージの通信で連絡を取り合って再度ここで合流でいいですか?」
「ああ。教会組はダンとマルタを連れていけ。俺はブンゴとショージを連れて探索する」
レギオンがあれ一体で終わりとは思えないので、本来戦力の分散は好ましくない。
しかし、ダンとマルタが揃えば多少相性が悪くともレベルでゴリ押せる。
人数比が偏りすぎということで教会組からスーがハジメ側につき、いよいよ本格的なドルトスデル廃要塞の探索が始まった。




