30-2
装備を整えて現場に到着したハジメ一行は、その異様さに息を呑む。
「これがドルトスデル廃要塞……なんというか、心霊スポットを通り越してここだけ魔界のようだ」
外から見た限りでは普通の景色だったのだが、どうやら教会秘伝の魔法道具でそう見えるよう結界を張っていたらしく、一度中に入ってしまえば空は赤黒く、廃要塞からは常軌を逸した闇属性のエネルギーが渦巻いている。
恐らく、常時闇属性のフィールドが発生しているような状態で、死霊特攻の光属性は否応なしに威力を減退させられるだろう。効果が無いわけではないが元のダメージが少ない低位の光魔法は役にたたないと思って良い。
フォトニックパッケージを背負って何故かツナギを着たダンがひゅう、と口笛を吹く。
「中に入らなくとも分かるね。こりゃ伏魔殿だ」
「そのようだ。イスラ、まだ教会には気付かれていないか?」
「はい、警戒網を完全に欺いています。流石は大怪盗だ」
「褒めるなよ」
堂々と声を出して移動しているが、実際にはダンが事前に下見して気付かれないよう細工をしているのだ。イスラと彼は過去にオークションの一件で行動を共にした過去があるため素直に頼もしく思っているようだ。
そのダンはというと、うきうきでパックのスイッチの一つを押し込むと咳払いする。
「おほん。あー、あー、マイクテステス。聞こえますかどうぞ?」
パックにはトランシーバー機能もあり、後方のアルエーニャと繋がる。
『こちらアルエーニャ。だんなさまのはぁどぼいるどな声がよく聞こえますわ~!』
「そりゃ結構。パックから映像は?」
『バッチリです! 摩訶不思議な装置ですが、マニュアルがしっかりしていますので!』
パックには様々な観測装置がついているが、装備者がそれらを逐一確認するのは難しい。そこで後方待機のアルエーニャにそれらの観測装置を確認してオペレートして貰っているのだ。当初ダンは映画と設定違うなどと文句を言っていたが、結局はアルエーニャの熱に負けたらしい。
全員が緊張した面持ちだが、不老不死のマルタだけは何の緊張感もなくドルトスデル廃要塞を見上げ、あ、と目を見開いた。
「この要塞ってアレよね。300年くらい前の連合軍壊滅事件の現場でしょ? あたし一回来た事あるわ」
「そうか、貴方600歳でしたね……当事者がいても不思議じゃない」
(亀の甲より年の功、と言ったらぶん殴られるだろうか)
マルタは本名イジりには反応するがババア呼ばわりには抵抗がないようなので殴られないかも知れないが、一応言わないでおく。
なんにせよ、当事者の話が聞ける貴重な機会だ。
この要塞が呪われし場所になった顛末に、全員が耳を傾けることにした。
マルタはけたけた笑いながらブンゴの方を向く。
「あんた、この要塞のものをホイホイ鑑定しない方がいいわよ~? ここはねぇ、魔王軍との戦いで歴史上最大の死者を出した最悪の戦場だったんだから。足下に落ちている石ころまで全て呪われてるかもね~」
「はっはっはっまっさかぁそんな……ひえ!?」
笑いながら足下の拳ほどある石を拾ったブンゴが血相を変える。
異変に気付いたショージがブンゴの脇をつつく。
「なんだ? 血糊でもついてたか?」
「この石、魔物が要塞の兵士の脳天かち割るために投擲されたやつだ。しかもその後別の兵士が魔物に投げ返してを繰り返して人間4人、魔物3体が死んでる。その怨念で呪い属性が付与……」
「ガチ呪物ッ!? パッケージで吸っとけ吸っとけ!」
ショージがパックから様々なレバーやボタンのついたハンディ掃除機のようなものを外して石にむける。掃除機はコードでパックに繋がっており、掃除機が光を放つとホワワワンと変な音を立てて石が吸い込まれていった。謎である。
転生者二人が戦々恐々する中、マトフェイが口を開く。
「マルタの言うとおり、ここは約300年前の魔王軍との決戦の最前線基地でした。その時代の魔王は珍しく、普通は魔王城内に温存する手練れの魔物や配下を城の外での戦闘に惜しみなく投入し、人類側はこれを打ち破って魔王城への道をこじ開ける為に国内外から歴史上類を見ない膨大な戦力をかき集めました」
「そして人間側は籠城戦を強いられたというわけか。確かに余り聞いた事がない話だ」
ハジメも魔王城の外に進軍する魔物達の相手をしたことはあるが、ドルトスデル廃要塞はシャイナ王国内でもそうそうお目にかかれない巨大な要塞だった。人工的な丘に堀、出城、そして破壊された要塞のあちこちの高台から見える破損した大砲たち。
外壁の破壊具合はかなりのもので、ここで凄まじい激戦があったことを物語っている。
そもそも、籠城戦は押し込まれた際にやむなく取る戦法だ。300年前にも相応に転生者がいたであろうにも拘らず要塞に押し込まれたという点でも現代の魔王軍との小競り合いとは一線を画すものだったに違いない。
マルタは「それだけじゃないけどね」と言う。
「どういうことだ?」
「苦戦の陰には暗黒軍団の暗躍もあったのよ」
「そういうことか。妙に納得したよ」
一般的な魔王が持つ軍団は、城の配下を除けば五大軍団が存在する。
しかしその陰で『存在しない軍団』として暗黒軍団という隠れた裏工作集団が存在していることを知る者は少ない。理由はなんか知らんけど気付いたら既に勇者に倒されてたとかで目立たないから忘れられがちという酷い理由なのだが、どうやら当時の魔王は相当容赦が無かったようだ。
恐らく終盤まで暗黒軍団を温存し、五大軍団が落された後の総力戦に乗じて放ったのだ。
戦争は巨大な消費活動だ。
消費されるもののどれか一つでも工作で滞ったらば、前線は大変なことになる。
「あいつらこそこそ動いて軍を混乱させて籠城に追い込んだ上で、徹底的な兵糧攻めを始めたの。しかも籠城したその城の中にも既に暗黒軍団が入り込んでたみたいで、まー酷い戦いだったわよね。おまけにこの砦の司令官が無能だったのか督戦隊なんて編制しちゃって、あたし勝手に乱入して殺戮を楽しんでただけなのに4回くらい殺されたわよ」
「それは自業自得では?」
口では簡単に言うが、それは想像を絶する地獄だっただろう。
補給もままならないので満足に前線で戦えず、かといって命令に逆らえば味方に殺される。
その味方がいる後方でも破壊工作が行われ、集まった味方の間で疑心暗鬼が生じ、それは様々なトラブルを生み出し、魔物に包囲されて絶え間ない戦いを強いられた兵士達の精神は加速度的にすり減っていく。
「で、軍団の工作で籠城してるって情報そのものが伝わるのが遅れ、救援に向かおうにも魔王軍の攻めは激しく、漸くバランギアに頭下げて救援に来て貰った頃には籠城した連中も敵と味方の区別がつかなくなってて助けに来た筈の相手にまで襲いかかり……アタシは途中でより獲物の多いところを目指したから最後は見てないけど、なんてゆーか終末感あったわ」
「……そして要塞は負のスポットと化し、余りの怨念の強さに教会はここの封鎖を実行した」
マトフェイに視線を向けると、彼女は頷いた。
「その通りです。封じ込めればこれ以上広がることはないという判断でした。ただ、広がらずとも怨嗟は他の怨嗟を呼び込むので教会も色々と対策を講じてきました。それも……ゼラニウムが何をしているか次第で覆ることとなります」
「つまり、ゼラニウムが教会の封じ込めを破れば呪いが周辺を飲み込む……」
そんなことが起きれば事態の収束に莫大な戦力が必要になる。
しかも漸く魔王軍を城まで追い込んだというのに、このタイミングでそのような混乱が生じれば魔王軍も勢いづいて被害は拡大の一途を辿るかもしれない。
予想以上に大きな事態になったな、とハジメはひとりごちた。
◆ ◇
要塞内部は薄汚れており、予想通り闇属性が濃い。
視界確保のためにハジメはマス・ライトの魔法を発動させるが、属性相反でかき消されて殆ど効果が無かったので更に上位のブライトネスで照らす。それでもやや暗いので相当だ。
当然というか、中はゾンビとゴーストだらけだった。
『う゛ぁあああああ……』
『ヒーッハハハハハハハ!!』
「ゾンビウォーリアにレイスか。いきなりだな」
ゾンビウォーリアは戦場跡に出現する傾向が見られるアンデッドで、素のゾンビに比べて強い。ゾンビ系列では中級といった所で、ミディアムクラス冒険者でも厄介に感じる程度だ。それが入ってそうそう、しかもそれなりの数いるということは、奥のアンデッドが更に強いことの証明でもある。
レイスも同様で、これはゴーストの上位種だ。弱点を突けば紙耐久のゴーストに比べて耐久力は高く、振りまくデバフや状態異常も強力になっている。
レイスに予想外のデバフをかけられ、思ったより強いゾンビウォーリアに殺される――アンデッド慣れしていない冒険者が辿りがちな末路だ。ゴーストとゾンビの頃ならゴリ押しが出来るだけにこのパターンに陥る者は多い。
だが、ハジメたちはそのようなミスはしないし、序盤からいきなり無駄に体力を使うつもりもない。
ダンが腕を組んで不敵に笑う。
「よしショージ! 一発フォトニックパッケージの力をぶちかましてやれ!」
「えっ俺ぇ? やだよ一番ノリノリだったダンが行けよ」
「そうそう。俺たちまだ体力温存しときたいし」
「ちぇー。ノリの悪い奴らだなぁ。まぁいいか」
大して気にした様子もなく軽い足取りでゾンビとレイスたちの前に立ちはだかったダンは、不敵に笑う。
「アンデッド共! 笑っていられるのもそこまでだ!」
「笑ってんのレイスだけだけどな」
「茶化してやるなよ」
「喰らえーーー!!」
緊張感ゼロな空気の中、ダンがパッケージから取り外したハンディ装置をオンにすると、その先端から圧縮聖水と聖なる光が同時に噴霧、照射された。
『う゛ぉあああああああああ!?』
『ヒィィィィィィィッ!?』
「おー効く効く! すっごい効いてるぞ~!」
アンデッド達は自身にとっての猛毒を容赦なく浴びせられ、殺虫剤で虐められる虫のように蹴散らされていく。この効果はダンの力量と一切関係ないので、アンデッドとの戦いで死んでいった者達が色々な意味で浮かばれない光景である。
この濃縮聖水はただ濃縮しただけのものではない。
ハジメの私物の聖水にエリクシールや聖なる植物の抽出液などを混ぜ、じっくりたっぷり教会の床下で熟成(?)させ、無駄な水分を飛ばした超強力聖水だ。前にハジメがアンデッド退治に使った噴霧器の聖水の10倍以上の効果がある。しかも同時に聖なる光を照射されることでアンデッドは動きが鈍り、鈍ったところを更に聖水が襲いかかるという地獄のコンボだ。
対アンデッド拷問兵器として殺意の高すぎる逸品だが、途中でイスラが「ちょっと、徒に虐めないでください!」と抗議の声を上げたため、ダンはハンディ装置の別のスイッチを押す。
すると、弱ったアンデッド達から順に装置の先端に渦巻き型に吸い込まれていく。
相応に数がいたレイスとゾンビウォーリアたちは綺麗さっぱりいなくなり、聖水がかかった床がちょっと綺麗になっている。
「よし、退治成功だ!」
「成功だ、じゃないですよ。彼らだって好きでアンデッドになった訳じゃないのになに面白がってるんですか!」
「俺犯罪者だもーん」
悪びれる様子のないダンにイスラは不満げだが、小言程度のつもりだったのかすぐに追求をやめた。
このフォトニックパッケージを作る時、ダンが「ゴーストは捕まえたい」と言いだし、イスラが「ちゃんと浄化してあげたい」と追加で要望を出したことでこのアンデッド吸い取り装置が考案された。今頃吸い取られたアンデッドは中の巻物カートリッジ内に形成された慰霊の空間でゆっくり成仏させられている所だろう。
なお、その後ろでは暇を持て余したブンゴとショージが壁に聖水を噴霧して遊んでいる。
「すげー! 壁の汚れがみるみる取れていく! これアレじゃん! 高圧洗浄機で壁綺麗にするやつじゃん!」
「逆に汚れすぎて噴霧器で絵ぇ描けちゃうわ。ほれほれ~!」
ブンゴは無駄に壁を端から綺麗にしていき、ショージは噴霧ノズルを絞って精巧なロザリオの絵を壁に描き始める。ぱっと見が高架橋とかシャッターにスプレーで落書きする自称芸術家のヤカラであるが、壁の汚れまで綺麗に呪われていたせいで噴霧時に垂れて床に広がった聖水まで呪いを排除している。
逆を言えば、それだけ桁違いの呪いが染みついているということなのだが。
しかし、二人が一通り満足して噴霧を止めると、じわりと染み出すようにまた壁が汚れていく。ここまで行くともう汚れというより可視化された呪いのようだ。せっかく綺麗にしたり絵を描いたのにすぐに無駄になって二人はがっくり肩を落す。
イスラたち聖職者組は壁の有様に眉を潜める。
「壁にまで呪詛が染みこんでいる……呪いの元凶を取り除いても生半可な方法では浄化しきれそうにないな」
「そのようですね。下手をすると元凶を取り除いても建物そのものが新たな元凶を生み出しそうな呪いの濃さ。要塞そのものが一つの敵と言えるかもしれません」
スーが胡乱げな表情を隠そうともせずじろりとハジメを見る。
「つまり、こいつの提唱した滅茶苦茶なプランを実行する必要があると?」
「そんなに無茶ではない。ちょっとした伝手があればな」
「あんなもの考えつく時点でお前は頭が少しおかしい。フォトニックなんたらも然りだが、お前達転生者だか異能者だかは何故そうも平然と正気と狂気の垣根を反復横跳び感覚で跨いで回っているんだ? フェオ村長の言う頭のネジとやらの規格が合ってないんじゃないだろうな?」
「非常識も皆が知れば常識になる」
「我々を巻き込むな!」
しっしっと邪険に扱われたハジメであった。
ちなみに誠に残念だが、スーはウルに溺愛されている時点でもう非常識の輪から逃げ出せないと思われる。そもそもスーが常識人なのかが割と怪しい。




