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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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29-11 fin

 キャバリィ王国と直接調印を結ぶために地上に転移してきたユーギア博士は、以前通信で見た時より少しやつれているように見えた。

 彼にとっても苦悩の決断だったのだろう。

 結局は意地より魔導騎士の命を選んだ辺り、マッドになりきれなかったようだ。


 そこでユーギア博士とトリプルブイは初めて直接対面した。


「予想より強かったよ、あんたのグレゴリオン」

「当たり前だ。限界まで出力を上げれば逆転も可能だったんだ」

「でも自分で止めたんだな」

「乗った奴が死ぬロボットにもロマンはあるよ。あるけど、俺は嫌いだよ。可愛い女の子には生きて幸せになって欲しい。変か?」

「趣味が合うな。俺もだよ」


 もっと激しい言い合いになるかと思ったが、二人のやりとりはそれで終わった。

 終始ユーギアは不機嫌そうで、トリプルブイは気楽そうだった。

 ただ、ユーギアは少なくとも負けを認めているように見えた。

 彼はリベル将軍の方を向く。


「魔導騎士たちは今どこへ?」

「俺の権限でシノノメは軍の医療施設に運び込んだ。残りの三人は客室だ。会いたいってんならいいが先に約束からだぜ。これ以上迷惑こうむるのは御免だし、俺も国家の運営に責任を負う立場なんでね、やるべきことからとっとと済ませようや、オトッツァン?」

「ふん……案内しろ」


 リベルの口調は軽いものだが、普段の彼に比べてテンションは低い。

 可愛がっていたシノノメの容態が内心気がかりなのを表に出さないため、敢えて露悪的な態度を取っているのだろう。ユーギア博士は時間が惜しいとばかりに即断でキャバリィ国軍の案内に応じた。サリーサは仲介人としての役割を全うするためにユーギアについて行く。ハジメも関係者として同席した。


 ユーギア博士も今更悪あがきはしなかった。

 十数分後にはユーギア博士とキャバリィ王国の間で博士の無秩序な地上干渉等を禁じる契約が交わされた。サリーサの仲介により魔界でも有効な契約となったため、博士も今後はナメた態度は取れないだろう。


 世界をロボットアニメ世界観化する博士の野望は、カルパによって阻止されたのだった。


「で、そのカルパはどうしてる?」


 いつの間にか姿が見えなくなったトリプルブイの行方をガブリエルに尋ねる。


「ああ、カルパさんのおーばーほーるするらしいですぜ。戦闘後も平気そうな顔してたとはいえ、やっぱ堪えたみたいっすね」


 シノノメほどではないにせよ、やはり切り札の反動は無視出来ないものだったようだ。

 主にパーツの損耗が中心で、全て予想の範囲内だと彼は言っていたそうだ。

 ちなみにシャルアは早速他の魔導騎士たちと仲良くなりに向かった。


 ともあれ、これで一件落着。

 あとは、報酬の件についてアトリーヌと話し合うだけだ。




 ◇ ◆




 グレゴリオンとの戦いの為にトリプルブイに貸し出された工房の中で、カルパは全身の強制冷却を実行していた。


 カルパは人形だから、御飯を食べて寝たら元通りとはいかない。強大な敵との戦闘で機能をフルに使ったことでボディに熱が籠もり、冷やさなければトリプルブイが触ることも難しい。特に切り札だったアクセラレート・クロックは各駆動部にかなりの摩耗を強いており、フレームもいくつかが金属疲労で要交換の状態だった。


 全身の接合部分を僅かに展開して陽炎が立ち上る程の熱を逃がしていくカルパは、トリプルブイに問いかける。


「マスター。わたしは圧倒的な勝利をマスターに捧げられましたか?」

「ん? ああ、思ったより接戦だったのを気にしてんのか。心配しなくても俺にははっきり分かるよ。あのまま続けてれば差は開いていき、最後にはカルパが圧倒しただろうってこと」


 トリプルブイにはわかっていた。完全に機械であるカルパは機能が限界を迎えるまでフル稼働出来るが、パイロットを乗せたグレゴリオンはパイロット以上の力を引き出すことが出来ないことを。これだけの熱が籠もっていても、カルパはその気になればまだ戦えたのだ。


 だが、カルパは心のどこかでこの戦いに納得していなかった。

 風の魔法でゆっくりカルパを冷やすトリプルブイにむけ、彼女はこの上手く処理出来ないノイズを言語化しようと試みた。


「シノノメさんは凄まじい執念でした。正直、もっと上手く倒せると思っていました」

「そこはユーギアとシノノメを褒めよう。奴がグレゴリオンと魔導騎士に注いだ情熱は本物だったよ。だが、その情熱の中に妥協があった。俺たちはその妥協を引きずり出して奴に突きつけて勝ったんだ。上等な勝利だよ」

「妥協……?」

「勝負にはな、失う覚悟と失わない覚悟、矛盾した二つの覚悟が必要なんだ」


 勝てる戦いだけをするという人が、時折存在する。

 しかし、そんな人は失わない覚悟だけを決めている訳ではない。

 自分の考えが正しければ絶対に勝てるが、考え方そのものに間違いがあったら負けるかもしれない。そもそも戦わないことが正解かも知れない。この世に絶対はない。人は決断を迫られる。


「失わない覚悟があれば勝利に執着出来る。失う覚悟を決めた奴は割り切った判断が出来る。どっちかの覚悟が偽物だと、どっかで負けちまう。ユーギアはパイロットが死ぬかも知れない可能性は知ってたのに、失う覚悟を決めずにグレゴリオンの性能だけを見て勝てると妥協したんだ」

「たったそれだけの差……」

「でも奴にとっては致命的な差だ」


 魔法の手を止めてカルパの熱量を手を翳して確かめるトリプルブイは、にかっと笑った。


「俺は両方の覚悟を決めた。カルパも意識してないだけで決まってた。シノノメちゃんもな。あの瞬間、覚悟が決まってないまま自分を誤魔化してたユーギアは、自分の価値観を超えた圧倒的な現実に呑まれ、負けを認めたんだ」


 ユーギアだけが、あの場で命を賭けていなかった。

 自分の判断一つで大切な者を死なせるかも知れないという現実を見ていなかった。

 彼にその現実を見せつけ、自分が手をかけているものに命の重みが宿っていることを自覚させる――これはそのための戦いだった。 


「これは圧倒的な勝利なのさ、カルパ」

「……やはり分かりません。もし博士が最後まで自覚がないままなら、限界を超過したシノノメさんにそのまま運用を続けさせたら、彼女は死んでいたのでは?」

「そこは勝算があった。漢のロマンがどうこう言ってる割に、グレゴリオンのパイロットは女の子ばっかだったろ? デクタデバイスがどうこう言うのは口実で、本当は拾った子供に愛情を注いでるうちに、愛した子供にロボットに乗って欲しくなったんだよ」

「愛……ですか。いろんな愛の形があるのですね」


 カルパは思考する。

 カルパはトリプルブイを愛し、トリプルブイはカルパを愛している。

 トリプルブイはこの戦いでカルパを失う覚悟をし、カルパは勝利の為なら己が砕け散る覚悟をし、シノノメを失う覚悟をしなかったユーギアに勝った。しかしユーギアはシノノメを愛しているという。論理的に考えて大きな差がありながらも、愛はそれに矛盾しないらしい。


 わたしはマスターを捨てる覚悟をしなくとも、マスターを愛することが許される。

 この結論は口にはしなかったが、カルパのノイズ除去には有用なものだった。




 ◇ ◆




 アトリーヌ・キャバリィが勝利の凱旋を行ったのは、決闘の終焉から三日後のことだった。


 変態馬に跨がって変態剣を携えたアトリーヌだが、流石に公の場でははっちゃけていないのか威風堂々だった。お付きの騎士たちも一糸乱れぬ隊列で、規模こそ他国に劣るが質では負けていない。国民も女王の勇ましい姿に見惚れていた。


 で、城に戻るとハジメの見慣れたの冒険者アトリーヌになる。


「あー疲れたー。正直戦いより移動が疲れたー。敵も戦力小出しにして時間稼ぎ全開だし、もう何度本国の面白事件のために戻ろうとしたことか! ま、帰ったらユーリに仕事丸投げ出来なくなるってエクスリカバーとラムレイズンに言われて諦めたんだけどねー」

「いつものアトリーヌだな」


 流石は最古の臣下たち、アトリーヌの性格をよく理解している。

 中身がどうしようもなく気持ち悪い変態だとは思えない有能さだ。

 とはいえ、若くして女王をしている彼女は親しき者なりの礼儀を弁えていた。


「改めまして。急なお願いだったのにしっかりバッチリ応えてくれてありがとね。ハジメじゃなかったらここまで綺麗には収まらなかったかもしれないし」

「今回は特別な伝手が色々役に立ったからな。正直俺は指示ばかりであまりやることがなかった」

「大事なことだよ。私も女王になってから人を使うことの大切さを学んだもん」


 確かに彼女は女王に即位する前は攻撃と突撃以外の行動コマンドがないような人間だったが、今は曲がりなりにもきちんと国を統治している。ハジメは別に何か団体の長を務めている訳ではないが、コモレビ村では重要なポストと言えなくもない。


「先達の助言として素直に受け取っておく。それで、報酬の件だが」

「うん、いつも通りお金で良い?」

「いや、今回は情報が欲しい。ところで……この部屋は防音か?」

「NINJA旅団監修のセキュリティだけど?」

「そうか。なら、この話は他言無用に頼む」


 多分NINJAならセキュリティの抜け穴を知っていそうだが、外にツナデを張らせているので抜け穴も塞がっているだろう。今、ここにはアトリーヌとハジメだけだ。正確にはエクスリカバーもいるが、野郎に話しかける気はねぇとばかりに無言を貫いている。


「隠し事って訳じゃないが、十三円卓の耳に入るとまた面倒になるんでな。単刀直入に言うと、アトリーヌが神器を見つけた経緯が知りたい」

「神器? 欲しいの?」

「調べ物にな。別に独占したり取引に使いたい訳じゃない。今の所は」

「ふ~ん……」


 アトリーヌはすっと目を細めたが、やがて「まぁいいか」と肩をすくめた。


「私が見つけた神器はハンマーな訳だけど、手に入れたのは偶然なの。たまたま冒険者としての仕事で山をウロウロしてた時にエクスリカバーが変な反応があるって言い出して、面白そうだから捜すことにしたわけ。ハジメは知ってるよね、エクスリカバーのヒールレーダー」

「ああ、微弱な癒やしの魔法を広域に展開し、その魔法に反応した相手を検知するというものだな」

「でも全然反応がある場所に行く道が見つかんなくて、結局障害物全部壊せば行けるんじゃないかって話になって、山に穴空けたの」


 しれっと言うアトリーヌだが彼女たちならさぞ巨大な穴を開けられたことだろう。

 熾四聖天の一角を実力でぶちのめした三人なので想像に難くない。


「不思議な遺跡だったな。迷宮ですらなくて、ただそこにあるだけの空間って感じ。山に埋まってたけど、多分元々はちゃんと地上に立ってた建物なんだと思う。なんかナナメってたし」

「地殻変動か何かで地中に沈んだのか?」

「多分ね。で、その中に神器のハンマーがあったの。最初は売ったらお金になるかなって思ったんだけど、エクスリカバーとラムレイズンがこの武器は絶対凄い武器だから安売りしちゃいけないって言い張ってね。で、鑑定してみたらナントビックリ! という訳なの」


 総合するに、エクスリカバーの感知範囲にたまたま入ったから存在を知れたが、そうでなければ何の手がかりもないほど地中深くに神器は埋まっていたようだ。何か噂や伝承をアテにした訳ではないということは、残りの神器捜索の手がかりは得られそうにない。

 だが、その遺跡とやらを確認出来れば何かしらの手がかりは得られるかもしれない。


「遺跡の場所は分かるか?」

「ん。でも神器を見つけた場所は国にも教えちゃったから今は国に管理されてんじゃないかな? ハジメとしてはまずいんじゃない?」

「こっそり見れば問題ないだろう。こっちには忍者がいるし、天におわします神も悪用しないなら見逃してくれるだろう」

「あははは! 何それおもしろ~い!」


 こうしてハジメは情報を得たが、国家代表として危急の事態を助けてくれた恩人にそれだけではメンツに関わると言って結局はお金を渡されてしまった。大事なものは手に入ったが、交渉失敗である。


 こうして一つの問題が幕を閉じた。

 終わってみれば呆気のない結末だったが、アトリーヌとの交渉が終わって町を出ると魔導騎士の四人が仲良く並んでアイスクリームを舐めているのを発見した。


「あまい! うまい! つめたい! い゛っ、頭がキーンと……!」

「ノーヴァったら勢いよく舐め舐めしすぎ~。ほらぁ、口元汚れちゃってるわよ~?」

「まったくガキなんだから。ね、シノ……シノ?」

「申し訳ありませんフェート、五段アイスのバランスを取る為に思考リソースを割いているので会話出来そうにありません。融解速度から鑑みてアイスクリーム頭痛を覚悟で食べ進める必要性、大」

「よくばりさんかッ!!」


 四人それぞれの反応だが、見るからに仲睦まじくて楽しそうだ。服装もぴっちりしたパイロットスーツではなく私服になっており、肌の色や角が気にならないくらい年相応の子供らしい。


 シノノメは今日の朝まではずっと食べるとすぐ眠りについてを繰り返して漸く日常を送れる段階まで回復したそうだが、その間にアイスクリームへの欲求が増大してしまったようだ。


 魔導騎士たちは、無断入国を辞めてゼノギアのアドバイザーとしてゼノギア研究所がキャバリィ王国と契約を結んだことで、条件付きながら町への滞在が許されることになった。最初はユーギアも渋ったが、戦いを強制的に止めさせられた恨みからかシノノメがずっとジト目で見てくるのが耐えられなくなったそうだ。

 そんなユーギアは、地上での四人の監視役になったリベルと共に保護者の温かな視線を四人に向けている。何だかんだ、彼も親だったということだろう。ハジメにはその気持ちがよく分かる気がする。


(そういえば……考えてみればこれは地上と魔界の初の友好条約か。この接点が世界にとって善きものになるように願うばかりだな)


 無邪気な四人の魔族の子供は、その後満足するまでアイスクリームに舌鼓を打ったという。

 ある意味、この事件で唯一自分の願いを叶えたのはシノノメなのかもしれない。


 ユーギアと魔導騎士たちは、ウルの是非会いたいという要望から翌日コモレビ村に招かれることになっている。あのシノノメの発言の真意はそこで確かめることにしよう、と、ハジメは今はユーギアたちの邪魔はせずにその場を立ち去った。


(……ところで、コモレビ村産のゼノギアを作って配備したら維持費に良い感じに金が飛ぶのでは? 制作はショージなら出来るだろうし。いや、いかんいかん、自ら戦いの技術を助長するような真似を……いやしかし、あの巨体なら相応に維持費がかかる筈だし、キャバリィ王国は結局独自のゼノギアを作るらしいし……いやしかし……いや……うーん……)


 ハジメの頭のネジは取れるか取れないかのスレスレのスリルを楽しんでいた。

 スレスレな時点でほぼ取れているようなものだが。

実はこっそり第4回HJ小説大賞の一次選考に入っていたこの小説。

流石に二次は無理でしたけど、まぁ見向きもされないよりはいいかなと思いました。

どちらにせよ、これからも好きにやらせて貰います。

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