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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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29-7

 トリプルブイはつかつかと通信機の前まで早足で歩くと、腰を曲げて通信機を覗き込む。


「ユーギア博士だったな。あんた一つ勘違いしてるぞ」

『はあ。なんですか?』

「ゼノギアとやらの解析は終わったが、終わった上で言おう。あんなもん実用性のないガラクタだ。粗大ゴミを送りつけてこられても迷惑なんだよ」

『はぁぁぁ? 解析が終わっただぁ?』


 ユーギア博士の態度が小馬鹿にしたようなものに変わった。

 地上の人間があれを完全に解析出来る筈がない、という驕りと自分の才能への絶対的な自信を感じる。今までのらりくらりだった彼から、初めてプライドが垣間見えた。


『じゃあ聞きますが、動力は何か分かったんですか?』

「水晶をベースにトパーズ、アクアマリン、永久磁石、鉄を錬金術で化合したクリスタル製マナ電池だ。配合割合は水晶が70%、トパーズが20%、アクアマリンが5%、永久磁石が3%、鉄が2%。本当は鉄の代わりにミスリルを使ったほうが効率が良いしそもそもクリスタルも代価可能だが、量産を視野に入れて敢えて簡素な構造にしたんだろう」

『……』


 ユーギアのにやけヅラが凍り付いた。

 恐らく、全て的中していたんだろう。


『ど、どうやって機体を駆動させているかまで理解できたとでも?』

「マナをエーテルに、エーテルをマナに、気化と液体化を術式と圧で制御してピストン構造を動作させている。それと電気で回転する機構……一部の奴らがモーターって呼ぶ装置と歯車を複合的に組み合わせた機構を連結させて駆動してる。従来式オートゴーレムの浮遊機構を利用することで重心も安定する。コクピットから機体を操作する原理まで言ってやろうか?」

『……ふ、ふん。地上にもどうやら頭の回る存在がいるようじゃのぉ。だが、お前らが解析したのはお前らの文化レベルでも再現出来るよう簡素化した量産機だぞい。それを指してガラクタと言われても見識が狭いとしか――』

「お前の作品は俺の作品に勝てないって言ってんだよ」


 急に早口になったユーギアの言葉を遮り、トリプルブイは彼のプライドを全力で煽る。リベル将軍も意図に気付いたのかトリプルブイに話を任せている。


「量産機を見ればお前の技術力は想像がつくが、それでも全てに於いて俺の可愛いカルパが負ける要素が存在しない」

『実物を見ずに言われても何の説得力も無いですが? それに貴方の玩具が、なんですって? よくわかんねーけど今の地上の文化レベルで作ったものならたかが知れてるっつーの』

(師匠、あいつなんか口調が安定しなくなってきましたね?)

(多分キャラ付けが薄かったんじゃないか?)


 ひそひそ離しているうちに今度はカルパが通信の前に立つ。


「ご紹介にあずかりました、カルパです。この地上で最も高度で、最も強く、最も美しい『からくり』……ですが訂正せねばなりません。どうやら魔界にも私と、私を作ったマスターを超える存在はいなかったようですね」


 ゴッズスレイヴであるカルマを差し置いて最高を自称する辺りが実にカルパである。

 彼女が人形であることを見抜けないユーギアが困惑の表情を浮かべる。


『ほ、ホムンクルスというやつですかな? そんなジャンル違いのもの出されても……』

「失礼な。私はれっきとした人工物ですよ」


 そう言いながらカルパは自らの腕を触る。

 すると、まったく切れ目の見えなかった皮膚がぱかりと開いて内部のからくり構造――一見して何がどうなっているのか分からないほど緻密で、しかし生物のように有機的にも見える――を露出させて見せた。

 ユーギアは一目見ただけでその高度さを理解したのか目を剥く。


『馬鹿な……地上の技術力でそんな高度な工業製品を作れる筈がない! 元いた人間を改造して作ったんじゃないのか!?』

「ふぅ……自分が出来ないことは他人にも出来る筈がないと勝手に思い込むその判断能力の低さは改善の余地があると進言しておきます。しかし、確かに貴方如きでは私は作れないでしょう」

(カルパさん滅茶苦茶煽りますね。なんか意外~……)

(挑発したい相手の為に語彙力を強化したと思われる)


 同刻、フェオの村でカルマがくしゃみをして「噂検知システムうっとーしーわね。なんで検知したらくしゃみで知らせんのよ?」とぼやいた。


 場所は戻り、一通り技術をひけらかしたところでトリプルブイがこれみよがしに勝ち誇った顔を浮かべる。


「カルパはゼノギアなんぞという無駄にデカイだけのガラクタを簡単に粉砕する戦闘能力がある。移動速度も俊敏性も継戦能力も判断力も記憶力も何もかもゼノギアを上回っている。俺らは彼女たちをオートマンと分類している。オートマンがいる以上、ゼノギアに地上での存在意義はゼ・ロ・だ」


 実際にはオートマンは現状トリプルブイしか作れず、しかも恐らくまだカルパしか完成していない上に彼は国にオートマンを売る気は皆無と思われるが、それでもユーギアが不快感を募らせるには十分な挑発だったらしい。

 次第に苛立ちを露にしはじめたユーギアに、トリプルブイはとどめの一言を突き刺した。


「なによりもカルパは可愛い。ごついより可愛いほうを人は選ぶ。この世の真理だ」

『き……貴様ァァァァァァァ!!!』


 通信越しにぷっつんと音が聞こえそうな程の、見事な激怒だった。

 ノヤマを始めとした視聴者たちがドン引きする。


(急にキレるじゃないですかユーギア博士……)

(何かオタク的地雷を上手く踏まれたようだ)


 スイッチの入ったユーギアは目を充血させて喚き散らかす。


『お前もか!! 異世界くんだりまできてお前もかぁ!! ロボっ娘だのロボの美少女化だのメカ娘だのぉ!! 美少女にロボ要素中途半端にくっつけただけの中途半端で浪漫の欠片もない萌え豚釣り用の金儲けの道具を、異世界人まで持ち出すのかぁぁぁぁッ!!』

(ノヤマ、なに言ってるか分かるか?)

(あー……なんかロボット界隈に稀にいますね、ああいう人。かっこいいロボットが好きすぎるあまり、ロボット要素を入れた美少女キャラとかロボの擬人化が同じロボ界隈にいるのが許せないみたいな。実際ロボと女の子なら女の子の方が世間の食いつきが良いので、それがまた憎しみを募らせる要因になってるらしいです。ほんとたまにしか見たことないですけど)


 ハジメにはまったく理解も共感も出来ない価値観だが、トリプルブイとカルマの煽りまくりによってユーギアはとうとう自ら動いた。


『ここでハッキリさせとこうじゃないか!! スーパー&リアルロボットが、メカ娘などロボ娘より優れた存在であるということを!! この俺の最高傑作でお前の最高傑作とやらを粉微塵に砕いてやらぁ!!』


 トリプルブイは腕を組んで余裕の表情を浮かべる。

 ここまで来れば誘導は簡単だった。


「ほーん。戦いたいんなら戦ってやっても良いが、条件がねえと燃えねえよなぁ。そんじゃ、こんなのはどうだ? もし俺が負けたら俺がゼノギアの規格を地上に広めてやるよ。お前が見たかったのはどーせ各国で個性的なゼノギアが生まれ、ぶつかり合う光景だろ? だが俺のカルパが勝った場合……俺の許可なしにこっちの世界にちょっかいを出すことを禁じる。どうだ?」

『後でそのカルパとかいう女が壊れても苦情なんか受け付けないからな!! 一週間後の正午に前回転移を行ったのと同じ場所に俺の最高傑作は現れる!! そこで勝負だ!!』

「後出しの戦力はなし。時間内に来なければ来ない方の負け。見届け人はサリーサ。オーケー?」

『臨む所だクソ媚び野郎ッ!!』

(媚び……? どういう意味だ?)

(さぁ……こういうのブンゴさんとかのが詳しいし)


 こうして技術者特有の拘りを探り当てたトリプルブイの挑発が功を奏し、決着は三日後に決定したのであった。




 ◇ ◆




 急遽決まったユーギアとトリプルブイの最高傑作同士の激突。

 最高傑作とやらが何なのかは不明だが、あのロボ娘への異常な敵愾心を見るに、高性能なゼノギアを持ち出してくるのは想像に難くない。


「恐らく試作機かハイエンド機を出してくるだろう」


 人ごとのように呟きながら、トリプルブイはコモレビ村から持ってきた鎧にも似たからくりを調整していた。ドックがないからという理由で『攻性魂殻』によって彼が作業しやすいようパーツを空間に固定するハジメは、オウム返しする。


「試作は分かるが、ハイエンド機とは?」

「その時点で作れる最高性能の機体だと思えば良い。つまり、最高傑作だ」

「試作機の方は? 試作とはつまり完成品じゃないということでは?」

「確かにそうだが、試作機は完成しないので好きなもんをいくらでも詰め込める。個人で作ってるであろうユーギアにとってはその二つには大差がないだろうな」

「それでトリプルブイ、お前はそれにカルパで対抗すると」

「そのための装備だよ」


 トリプルブイが調整しているのは、どこかカルパのメイド姿に似合うアンティーク調の鎧だ。鎧と言うよりはパワードスーツの方が原理は近いのかも知れないが、着込むタイプではなくロボットの追加装備という言葉がしっくりくる。ノヤマ曰く「フルアーマーガンダムみたいな」だそうだが、ハジメには分からなかった。


「カルパは内蔵装備だけで勝てると俺は信じてる。だが、この戦いは『圧倒的な勝利』をしなきゃならん」

「そこまで叩きのめす必要があるのか?」

「なぁ、ハジメよぉ。芸術家の仕事ってのは極論を言えば自己満足が全てだ。他人にゴミみたいに作品を捨てられたり価値を見いだされなかったとしても、自分が渇望する作品を作ることが重要なんだ。そんな芸術家が自分の芸術を自ら引っ込める瞬間ってのはな……そいつが心の底から負けを認めたときだけなんだ」


 ハジメは意外に思った。

 今回の彼はやけに積極的に問題に関わってくる。

 助かることではあるが、いつもの飄々とした彼らしくはない。


「何故、そんなに入れ込んでるんだ?」

「……まぁ、ムカつくからだな」

「そんな理由か?」

「ムカつくにも種類があんだよ。芸術家ってのはな……どんなに世捨て人気取ろうが、結局は世界に価値を認めて貰わねえと死後作品が残ることはねぇ。本当に自己満足だけで芸術やってる奴の作品はその多くが世界から消えていく。価値が認められるから値段がつき、値段がつくから希少価値によって他のガラクタより後世に残る。それが歴史と芸術の関係だ。だがユーギアはちげぇ」


 装備の装甲を開いて中を調整しながら、トリプルブイは額の汗を拭った。


「あいつは自分の芸術が認められる世界を作るために、現実の価値観を歪めようとしてる。しかも、魔界じゃなくてこっちの世界でだぞ?」

「まぁ、こちらからすると大迷惑な話ではある」

「多分だがな、奴は魔界で上手くいかなかったからこっちに逃げて、それでも上手く行かないから芸術を技術だと誤魔化して強硬手段に出たんだ。駄々っ子のやることなんだよ。力と技術を持つ駄々っ子だ。その行為がどんな歪みをもたらすかを何も考えもしない」


 安全圏から一方的に世界を変えようとし、その責任を一切取る必要の無い世界にいる。

 ゲームのシミュレーターにデタラメな設定を入力して遊ぶようなものだ。

 ハジメは漸くトリプルブイが何をしようとしているのかが分かった気がした。


「現実ってやつを教えなければならないんだな。ユーギア博士に」

「ああ。奴を納得させるには、奴の価値観を圧倒しねぇとな」


 人は自分の作り出した都合の良い現実に入り込む能力がある。

 ひとたび入り込めば二度と引きずり出せないこともある能力だ。

 その能力を破壊する為に、トリプルブイは調整を続けた。

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