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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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29-6

 謎の少女シノノメから有用な情報を得られそうにない一方で、珍しく不機嫌なトリプルブイから『ゼノギア』についての情報が得られた。


「これは戦争をするための道具だ」

「断言出来る根拠は?」

「対魔物や作業用を想定してるにしちゃでかすぎるからだ。そもそも対魔物なら二足歩行型にする必要が無いのはオートゴーレム類を見れば分かること。となればゼノギア同士の戦闘の為の道具と判断した」


 確かに、オートゴーレムはその多くが人型とはほど遠いシンプルな形状をしている。サイズ的にもゼノギアほど巨大なものは稀だ。

 あれほどの機体サイズが要求される敵は大型ドラゴンやベヒーモス、ヨートゥンのような一部の例外くらいのもの。戦争のためというのはやや飛躍した考えにも思えるが、他にあれを何に使うのかと問われれば確かに他にしっくりくるものは思い浮かばない。


 普段の遊び心を一切見せないトリプルブイは早く終わらせたいとばかりに口早に説明を続ける。


「動力源はクリスタル・コンデンサと俺が勝手に名付けた。要は混ぜ物入りのクリスタルに魔力を溜めて動力源にしてる。魔力に自信があるやつは自分で魔力を注入すれば良いし、そうでないならエーテルでもぶっかけりゃ即座に充填される。完全な有人仕様で、訓練すれば人でも乗れるくらいの操作性だ。あと、こいつを作った奴はクソ野郎だ。彫刻刀が大動脈貫いてくたばればいい」

「平時は絶対に聞けない毒を吐いたな……」


 トリプルブイは他人を嫌悪したり傷つけるような物言いはしない。

 そんなトリプルブイが何故ここまで不機嫌なのか、ハジメの経験にもないことだった。


「どうしたんだ、らしくもない」

「……このゼノギアの制作者は才能がある。拘りもある。一定の条件の中でギリギリまで趣味に近づけたという意味では大したもんだ」

「一定の条件?」

「現行の人類に量産可能であること」

「それは……本当か?」

「そっくりそのままとはいかないまでもな。一度形になればブラッシュアップを目指す過程で加工技術も自然と高度化していく」


 産業革命も起こっていないこの世界であの機械の塊を作れるとはにわかに信じられなかったが、トリプルブイは確信があるようだった。


「洗練された内部構造。ギリギリまでシンプルさを追求した設計。あれを作る技術力があるならもっと高性能に出来た筈なのに、内部構造の理解のしやすさと整備性を考えてギリギリまでコストを削り、複雑な機構を避けてる。言ってしまえばこれはゼノギアという規格の兵器のお手本なんだよ。あとは各国がゼノギアを作る必要に迫られる事態があれば、そうだな……予算と人員を継ぎ込んで三年もすれば自国製ゼノギアが作れるだろう。必要ねーのに」

「じゃあ国内に次々に送り込まれてくるゼノギアは、最初から解析されることを前提に送り込まれてる?」

「そうだよ、作らせたいんだよ。クソみたいなマッチポンプだよ」


 勿論ここまでは全てトリプルブイの推測で、それって貴方の感想ですよねと言われたら終わりだ。しかし、ハジメの知るなかで最も神の領域に近い指を持つ男の感想ともなると、それはただの感想たりえない。


「最後に自作の高性能ゼノギアをお披露目して大暴れでもして、「対抗しなければ」って各国にゼノギアの生産が必要だと思わせる演出でも考えてるんじゃね? で、作った玩具は使いたくなるよなぁ人間ってよぉ。はームカつく。ゼノギアが世界に普及して暴れる姿が見たいなら競技用にすりゃあまだマシなのに、時間を惜しんで責任から逃げやがったんだよ。俺にはそれが分かる。だから腹立つんだよ。自分で作ったモンなら自分で責任持ちやがれっての!!」


 トリプルブイは一気にまくし立てるとソファに寝転がってこちらに背を向けた。

 端で話を聞いていたノヤマが首を傾げ、唸る。


「ううーん……つまり要約すると。ロボットな世界が好きなのにこの世界に碌なロボ要素がないから、自分で作って技術ばら撒いた上に自分が悪役になることでロボを作る必要性を生み出したいってこと?」

「……滅茶苦茶迷惑なやつだな、ユーギア博士」


 近代兵器を一方的に押しつけ、実弾を使用した戦闘まで仕掛けてくる上に、自分は安全圏に籠っているのでノーダメージなのが非常にタチが悪い。

 これまで様々な人と巡り会ってきたハジメだが 過去に何人か、現実世界の二次元巨大ロボットを再現したゴーレムを持ち込んで暴れた痛い転生者はいた。が、ロボットの性能の完全再現までは無理だった為にハジメとライカゲに粉々に粉砕されて全員号泣、鎮圧されていたりする。


 しかし、今回は話がまったく違う。

 ざっくり言えば、相手は魔界から一方的にこちらの世界にゴーレムの技術革新を促している。

 世界のジャンルを無理矢理ねじ曲げてロボットファンタジーにしようとしてくる相手は初めだ。


 別に技術革新は悪い事ではないが、残念な事に急激な技術革新はいつも犠牲を伴ってきた――とはホームレス賢者の受け売りだ。


 変化を受け入れられない者。

 変化したことによってしわ寄せをモロに受けた者。

 そして変化によって生まれた凶悪な兵器によって起きた戦いの犠牲になった者。


 他国から軽んじられているキャバリィ王国からすれば先んじて新技術を手に入れられるのは有りがたいだろうが、もし指導者がアトリーヌではなくもっと野心的な人物であれば、魔王軍討伐と同時に国土を拡大しようといらぬ欲を抱く可能性は充分ある。


 単純に考えて、ゼノギアほど巨大な機動兵器が各国で実戦投入されれば、これまでの人間同士の戦いとは比べものにならない被害が出るだろう。今はゼノギアのみで攻めてきているが、例えばゼノギアに随伴の兵がいたり中型規模のゴーレムを組み合わせて運用を始めれば戦闘効率は大きく変わる。


 魔王軍の撃退が容易になるなら嬉しいことだが、撃退が容易になれば人類には余裕が生まれ、余裕が増えれば余計な利権に意識が向く。

 ハジメは世界の変容を否定はしないが、それがたった一人の意思によって操作されたものであるとすればそれは危ういものであると考える。


「それでもユーギア博士は見たいんだろうか。ゼノギア同士が激突する戦場を」


 つい口を突いて出た言葉に、ノヤマが反応する。


「アニメや漫画の世界なら僕だって見たいですけど、でもロボットアニメってドッカンバッコン町ぶち壊したり隕石落して人殺したりと全然一般市民には優しくないイメージあります」

「相手がそれを慮ってくれるならいいが、魔界から一方的に送り込んでくるだけの相手に期待するのはな……」


 せめて何かしらのやむを得ない理由があって欲しいところだが、期待しないでおくべきだろう。


 トリプルブイとカルマからは一通りゼノギアの情報が上がり、ガブリエル、ノヤマからの報告とハジメ達の得た情報を捕虜となったシノノメの情報と照らし合わせると、大方彼女の言うことと符合している。

 だからと言って、何が出来るかと言われれば出てくる相手を最速で捕捉して叩くくらいしか現状は出来ることがない。


 もしもこれ以上出来ることがあるとすれば、直接魔界に行ってユーギア研究所を叩くことくらいしかハジメは思いつかない。

 しかし、リベル将軍は別の選択肢を見出していた。


「博士は魔導騎士マギカナイトシノノメに情報漏洩対策で死ねと言うほど無体な存在じゃないらしい。なら、人質交渉は可能じゃないか?」

「可能だが、魔界に行けないだろ。あちらにパイプもな……いや、なくはないか」


 魔王軍の故郷である異界、魔界のことは詳しく分かってはいないが、ハジメは魔王軍に関係なく魔界からこちらにやってきた人物たちを知っている。キャロラインを初めとした魔族たちだ。


「でもあいつら人質交渉って言われたら話自体断りそうだな」

「あー……じゃあ、捕虜の引き渡し交渉したいけど渡し先が分かんないって体で」

「構わんが、彼らの機嫌を損ねたらその時点で話が終わるから余り強硬な態度に出ないことをおすすめする」


 と、言うわけで。


「交渉の仲立ち人をさせていただくサリーサだよぉ」

「誰だお前」


 知らん魔族出てきた。




 ◆ ◇




 まず、キャロラインは仕事があるので魔界と地上の行き来なんてする暇はないと断られ、ウルは訳ありで地上に逃げてるのに魔界に戻るのはまずいのか泣きながら拒否。マオマオとぽちは単独で地上に出てこられないから交渉役として不適格。


 そこで名前が挙がったのがサリーサという淫魔だったらしい。

 見事なピエロメイクと付け物の赤鼻で扮装した愉快な変人である。


 誰かと思ったら前に町で子供の集団拉致を計画してハジメにボコされた下級淫魔リサーリの兄らしい。それにしては戦闘能力に大きな開きがあるが、どうやらサリーサは優秀でリサーリが落ちこぼれだったようだ。


「改めて、サリーサ・ブエルだよぉ。仕事はぁ、子供が出来なくて困ってる夫婦が子供を授かれるように色々と。あと性のお悩み相談も!」

「それってお前の子供を植え付け……」

「それは絶対にノゥ! ちゃんと両親に似た可愛いベイビーが生まれます! ノーモア風評被害!」

 

 大仰に両手でバツを作って首を横に振るサリーサ。

 とりあえず余り仕事については突っ込まない方が良さそうだ。


「ちなみになんでピエロ姿なんだ?」

「これくらい変な格好してないと通りすがりの女性をみんな魅了してしまうからだよぉ。ホントはお面もしたいんだけどねぇ」


 ……キャロライン曰く、サリーサの魅了効果は対女性限定な代わりに恐ろしいほどの効果があるそうなので、嘘ではなさそうだ。


 サリーサはゼノギアの緊急脱出術式からユーギア研究所の場所を割り出した。

 そんなに簡単にできるものなのか聞くと、レベル70代でそれなりに魔法を勉強していれば難しいことではないそうだ。もののついでに知的好奇心で質問する。


「魔界はなぜ人間の世界に攻め込んでくるんだ? ウルやキャロラインを見ていると、のっぴきならない事情はなさそうに思えるが」

「価値観がやや能力に偏重してはいるけど、確かに魔界は平和だし特段の問題はないよぉ。それでも魔族が魔王軍を結成するのはぁ、魔界の自浄作用さ」

「?」

「戦争が続くと人は平和を願うけど、平和が続くと人は戦争を求める。言うならば魔王軍は魔界の社会不適合者の寄せ集めさ。そんな彼らにせめて望みを叶える場を提供する……それが魔王軍というシステムだ」


 間延びした喋り方の抜けたサリーサは、どこか寂しそうだった。


「魔王はそんな彼らが縋りたくなる力と魅力を兼ね備えた存在が選定される。魔王に選出されるのは他の暴れたい連中と違って優れていると認められた証なんだ。だから魔王を輩出した家系は栄誉ある血筋として認められ、祭り上げられる……選出された本人が戦死したとしても、それは高貴な務めを果たしたとして讃えられるものだ。どう思う?」


 ハジメは誤解を恐れず率直な感想を述べた。


「それは栄誉じゃなくて生け贄だ。魔王になった者も信じた者も魔王軍に殺された者も、誰も報われない」


 そう返すと、サリーサはほっとしたように微笑んだ。


「僕もそー思う。それに暴れたい連中だって、我が愛しのリサーリみたいに家族に問題があって魔界に居場所がなく、仕方なしに参加した人もいるんだ。僕はね、ハジメくん。弟が魔王軍に参加したと聞いた時、本気で魔王軍システムを解体できないか考えたことがあるんだ」

「……その結果は、芳しくなかったようだな」

「うん。自力ではどうしても《《根っこ》》に辿り着けなかった。でもまぁ結果的とはいえ君のおかげでリサーリが魔王軍に殉じることはなくなった。感謝してるよ。だからこの話を請けたんだ」

「そうか……うん、そうか」

「?」


 実際にはリサーリの意識を確実に断つためにボッコボコにした挙げ句娘の道徳の授業のダシにしただけなので、そうストレートに感謝されてもやや気まずいハジメであった。


 ともあれこうしてサリーサは研究所を発見し、彼の尽力によって遂にキャバリィ王国とユーギア研究所のホットラインが繋がることになる。


 ――投影装置に映ったユーギア博士は、なんというか、博士だった。

 白衣に身を包み、瓶底みたいなメガネをかけ、ひげを生やした……なんというか、児童書に載っているような博士だった。顔立ちからしてまだ若そうだが、敢えて自分から古くさいイメージに寄っている気がする。


『ユーギア研究所所長、ユーギアじゃ。よろすく~』

「な、なんだこいつ……」


 リベル将軍がイロモノを見る目をしている。

 具体的には女王になる前のアトリーヌと愉快な仲間達のうち剣と馬を見るときのやつだ。

 もしかしたら今もそういう目をしているかもしれないが。


 音声と映像はビデオ通話のようにリアルタイムで繋がっている。

 自己紹介もそこそこに交渉が始まったのだが――すぐに問題が起きる。


『ほむふむひれほむ。つまりうちの目に入れても痛くないから試しに入れてみたくなるコンタクトレンズみたいな魔導騎士マギカナイトシノノメちゃんを返すから、代わりに領地でゼノギアの運用試験するのやめろって?』

「そうだ。あんただって自分の研究所に知らないやつが土足で入り込んで暴れてたら嫌だろ?」

『うんにゃ別に。運用試験の失敗でドッカンバッコン吹き飛ぶし、フェートちゃんとテスラちゃんがケンカしたりノーヴァがおねしょとか誤魔化すために試作兵器ブッパするから今更侵入者入ったくらいじゃ気にせんよ』

「えぇ……」


 それでいいのだろうかと思うが、かなり真顔なので本気っぽい気がする。

 どんなに自分の部屋が汚らしくなろうが気にしない性格なのかもしれない。きれい好きと一生わかり合えないタイプである。


『とゆーわけでシノノメちゃんは返してんちょ。代わりにゼノギアの残骸は勝手に調べて使ってええから。むしろ今まで残骸回収しに行かなかったわし有情じゃない? ふつー最先端科学技術を鹵獲同然で渡すことないぞえ? 君らが強いおかげでいーい感じにデータ取れてるしさぁ。あと一ヶ月もしたら最終試験だし。の? の? あ、シノノメちゃんの転移を阻害したアレは勘弁してちょ』


 リベル将軍の眉間にビキビキと青筋が走る。

 ユーギア博士の意見を要約すると、譲歩は一切しないからパイロットだけ返し、これからも自分の邪魔はするなと言っている。これが地上の国家相手ならキャバリィ王国は絶対に報復措置を執るが、相手が魔界にいるのではどうにもならないのがタチが悪い。

 立ち会い人のサリーサもちょっと呆れているようだ。

 リベル将軍が辛うじて理性を保ちながら怒りに震える手でマイクを取る。


「……お前のやってることは、立派な領土侵犯なんだよ。国際上白眼視される大問題なんだ」

『ほーん。でもわしら魔界にいるから地上の法律なんて適用されなくね?』

「いつ起きるか分からない襲撃に兵士も精神的に疲弊している」

『だーかーらー。戦った報酬にゼノギアのパーツとか素材手に入るんだからいいじゃん』

「こちらの……『お願い』を受け入れる気はないと?」

『だって実際君ら誰よりも早くゼノギアを得て戦闘力も体感出来るんだから得してない? 死人も出てないし、特別破壊工作もしてないし。それでいいじゃん』


 ユーギア博士の価値観は彼の中で完結しているようだ。

 価値観が自己の中で完結した人間は、他人の価値観に理解も共感も譲歩も示さない究極の自己中である。

 しかも自己中すぎて煽りや脅しも全スルーで、物理的にも手の届かない距離にいるのでまさに無敵だ。舐められたら終わりのキャバリィ王国は一ヶ月もの間、一方的にユーギアの試験相手としてただ働きさせられる。


 なによりタチが悪いのが、仮にゼノギア鹵獲という利益があったとしても、それすらユーギア博士の思惑通りでしかないということだ。キャバリィ王国の面目は丸つぶれな上に、次にユーギア博士が国内で実験を勝手に始めても何も対抗措置が取れない。


 ノヤマがひそひそハジメに判断を仰ぐ。


(師匠、どーしますよコレ。一ヶ月持久戦は流石にみんな都合がつきませんよ? なんとかしてあの博士を交渉のテーブルに引き出せませんかね?)

(そうは言っても、俺は元々この手の交渉はあまり得意ではないぞ……)

(なら俺がやるわ)

(トリプルブイ?)


 それまで沈黙を保っていたトリプルブイが割って入った。

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