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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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29-5

 転移魔法は、人間には扱えない魔法であるとされている。


 転移陣、転移台といった転移装置などの装置が行うことは出来るが、自力で転移するには実際に足で移動する以上の複雑で精緻な術式を組み上げる必要があるという。まるで古代魔法のようで、今のところ現代魔法に落とし込む試みはただの一度も成功していない。


 ハジメは以前にトリプルブイなら何とか出来るのではないかと聞いたことがある。

 彼の答えは、カルパなら将来的には出来る、だ。

 カルマと、もしかしたらウルは既に使えるかもしれないとも言っていた。

 つまり、従来通り人間には無理なようだ。


 一部の特殊なスキルに短距離転移や空間への干渉を可能にするものはあるが――スワップトリックや虚空刹破がそうだ――それも対象はせいぜい自分の身一つが限度。長距離を飛ぶことも出来ない。

 クオンは空間を限定的に操っていたが、彼女は神獣なので判断基準にならない。竜人たちも『試練の結界』を使う際は媒介の道具を用いていた。転生特典によるワープの類は例外中の例外なので考慮対象にもならない。


 故に、時空のゆがみを検知したエリアに四体の巨人が光とともに出現したのを確認したハジメは、半ば予想通りとは言え厄介な事実が判明したことに眉をひそめた。


 敵は転移魔法を利用して、ピンポイントで戦力を送り込むことが出来る。

 それはすなわち、襲撃の妨害と犯人の特定が困難であることを意味する。


「これは長い依頼になりそうだ……ツナデ、術で奴らの足を封じられるか?」

「はいほいにゃ~。新忍術、偏幻自在!」


 瞬間、分身ツナデがぼふっと音を立てる。

 すると、そこには本物のツナデがいた。


「分身の出力じゃちょっと心許ないから本体で行くにゃ!」

(そういえば空蝉の術といい召喚術といい、忍者は空間にアプローチする術が少なからずあるな……)


 今まで一度も見たことのない便利な術だ。

 ライカゲの開発した新忍術なのかもしれない。

 ツナデは指で印を刻むと土遁で彼女の足下が液状化し、その身体がどぼりと地面に沈み込む。


『土遁・手取足取沼蛇盆池てとりあしとりぬまへびぼんち!!』


 瞬間、四体のゴーレムの足下が突如として沼に変化し、一斉に足を取られる。あるゴーレムは転倒して胴体どっぷり沼にはまり、あるゴーレムは仲間に捕まってバランスを取ろうとするも共倒れになって腰より下まで沈む。そんな中、先頭の一体だけが背中から轟音と閃光を噴射して沼から脱出した。

 あれは恐らくブースターやスラスターと呼ばれるような推進機構だろう。 

 他のゴーレムも追従しようとするが、推力で沼を振り払えていないうちに噴射口まで泥で埋まったところを見るに、空を飛ぶことは出来ず一時的な跳躍が可能な程度の出力しかないのだろう。


「先生、ここは私が!」

「ん……武器を無力化して動けなくしろ。ないとは思うが念のため自爆に警戒するんだ」

「承知しました! さあ、愛し合おうかゴーレムくん!」


 やる気満々のシャルアは翼をはためかせて飛んだゴーレム目がけて飛び立つ。

 一瞬自分が前に出ようかとも思ったのだが、あのゴーレムが情報収集を行ってアップデートされていくならハジメがむやみに力を見せつけるのは避けたい。


 シャルアは重戦士らしく大盾とハンマーを装備し、シールドバッシュで空中のゴーレムに強かにぶつかる。かなりの質量差があったものの、ゴーレムは空戦能力がないのが災いして呆気なく巨体のバランスを崩す。

 シャルアはむやみに追わずにその場で魔法を発動させる。


「闇を祓い伏せたる悪を暴け、光の刺槍! シャイニング・ランス!!」


 虚空に展開された二つの魔法陣から光の槍が解き放たれる。

 シャイニングランスは本来一本の強力な貫通効果がある光魔法で、類似した魔法であるホーリージャベリンと比べると威力に勝る代わりにやや命中させるのが難しい。恐らく魔法スキルの『分割』によって半分の威力になるのを代償に手数を増やしたのだろう。


 放たれた光槍はゴーレムの左右の腕に命中するも、破壊には至っていない。

 ただ、衝撃で腕が大きく撥ねのけられたことで銃が使えなくなる。

 貫通すればそれでよし、出来なくとも姿勢を崩せると最初から考えて動いていたであろうシャルアは躊躇いなく再度接近する。


「メガスウィング! そらそらそらぁ!!」


 空中を自在に動き回るシャルアの容赦ないハンマーの猛攻で、ゴーレムは為す術なく武器を弾き飛ばされ、破壊されていく。空中で相手の動きが悪いとはいえレベル40相当の耐久力があるゴーレムを容易に叩きのめすということは、彼も大分実力が上がったようだ。

 ……多分、大魔の忍館に通い詰めなせいだろう。

 あれも経験値になるから奇妙な世界である。


 ちなみにシャルアは最近四天王の一人であるリルリルを攻略したが、リルリルに厄介な好かれ方をされてしまい次の四天王ギャビーとの行為中にランダムで乱入されるようになったという。何の行為かは敢えて聞かなかったがおかげで攻略は難航しているそうだ。

 そんなことを言われてもハジメには何も言えない。


 心配はいらなそうだと思いつつ一応意識を僅かにシャルアの方に傾け、沼に嵌めた敵を見やる。胴体から沼に落ちたゴーレムは完全に沈み切っており、残り二体も人間で言う胸から上が出ているだけで抵抗する力は残っていないように見える。


(索敵、感知には反応あり。中に人は……いるかどうか分からん)


 敵の中に更に敵が入っているというパターンはなくはないが、恐らくはこの世界の仕様で「中身も含めて一つの個体」という処理が行われているものと考えられる。だが、もし中に人がいたならここまでキャバリィ国軍が回収した残骸の中から死体の一つやふたつ見つかっている筈だ。


 もしこのゴーレムが完全遠隔制御や自律タイプなら戦闘不能になるその瞬間まで暴れ、誰かパイロットがいるならどこかの段階で何らかの手段を使って脱出する筈だ。それを見極めたかったからこそハジメは敢えて破壊という選択肢を排除した。


 シャルアがゴーレムの全武装に加えて両手足をへし折り、背中の推進器も粉砕する。

 沼に落ちたゴーレム達も全身に押し寄せる大質量の泥に為す術無し。


(さて、どっちだ?)


 ハジメは沼の泥をアイスエンチャントの武器で凍らせて自分の足場を作ると、ゴーレムを力尽くで引き抜いて投げ飛ばした。泥から解放されて地面に叩き付けられたゴーレムは、ツインアイから漏れる光も失いぴくりとも動かない。沼に落ちた三機は機能を停止しており、再起動する様子もなかった。


 ではシャルアの方はどうかと見ていると、不意にぴくりと動く。


「ん? この反応は空間干渉!? せっかくの出会いなのに顔も見せずに撤退とはツレないじゃないか? ――天使魔法、ソリッドマギ!!」


 シャルアが奇妙な決めポーズで見たことも聞いたこともない名前の魔法を発動すると、彼を中心に巨大ゴーレムすらすっぽり覆う光の立方体がカキリと音を立てて空間に固定される。


「シャルア、それは?」

「天使のみが行使出来る特殊な魔法ですが、ちょっと天使族の掟のようなものがありまして詳しくは……簡単に言えば、中から何かが空間転移を行おうとしたので私の力で封じました」

「そんなことが出来るのか。でかしたぞ」

「ふふん、当然のフォローですとも!」


 シャルアによってボコボコにされた巨大ゴーレムの中には確実に何かいる。

 転移が脱出方法なのに転移を封じられたのなら、中身が拝めるかもしれない。


「ゴーレムの操縦者。もしもいるなら出てきて投降しろ。さもなくば身の安全は保証しない」


 ハジメは大剣を構え――いつも使っていた『星屑の大牙』ではないので少し気分的な違和感がある――ゴーレムの頭をガンガンと叩く。するとゴーレムの首から肩辺りの装甲がぶしゅっと音を立てて展開する。


 中から這いだしてきたのは、若い少女だった。

 年齢は十二、三歳くらいだろう。

 片側だけ垂れた黒い前髪が顔半分を隠している。

 皮膚は微かに青みがかった白で、頭部に控えめな双角と尻の上の尻尾が魔族を思わせるその少女は、両頬に細長いシールのようなものが張り付いていた。

 端正な顔には焦りも恐怖もないが、微かな不安を彼女は隠せていなかった。


「……取引を提案します。当方は情報を提供します。代わりに当方の命の保証と拷問の禁止を要求します」

「即断は出来ないが、取引の可否が決定するまでは俺が安全を確保する。代わりに同行を願おう」

「当方はその譲歩に感謝し、承諾します」


 罠なのではないかと疑いたくなるほどあっさりと、彼女はハジメに従った。


「魔族か……」


 ハジメは様々な思案を巡らせたが、結局はキャバリィ王国側と彼女の交渉で明らかになるため敢えて彼女に問いかけるつもりはなかった。一方のシャルアはまったく気にせず彼女に話しかけていたが。


「先ほどは乱暴な扱いをしてすまなかったね、麗しの君!」

「……」

「私の名はシャルア! 愛の天使シャルアだ!」

「……」

「君のことを知りたいな。君の名前は? どこから来た何者なんだい? ちなみに私はシャイナ王国の冒険者ギルドに席を置いている。出身地は言わずもがな天使の隠れ里さ。しかし私が出会う魔族は何故か悉く女性だね。男性悪魔もいるとは聞いているんだけど、残念ながら出会うタイミングがないんだ。さしあたって気になっている男性悪魔はリサーリとその双子の兄サリーサかな! 知ってるかい、サリーサ? インキュバスの力を不妊治療に使う奇特な方だそうだが、なんとも愛の悪魔の素質を感じるよ! きっと私と話が合う!」

「……当方は、この馴れ馴れしい悪魔と当方の距離を一定距離離して接近を禁じ、会話を抑制することを望みます」

「やっと喋ってくれたね。あとは名前を聞かせてくれたら尚嬉しいな!!」

「……」


 悪魔の少女は表情に出さないまでも明らかにシャルアに苦手意識を抱いているようだった。苛立ちや嫌悪感ではなく純粋にちょっと怖そうだったのでそれとなく間に入って距離を離してあげた。


 確かに悪魔と対を為す天使がこんなにグイグイ笑顔で来たら得体が知れなくて怖いかもしれない。当のシャルアは「これが先生の……流石です」と何かしらの深読みをしていたが、高確率で唯の勘違いである。




 ◆ ◇




 キャバリィ国軍の取調室の中で拘束された魔族の少女は、取調官とリベル将軍に身の安全を保証する契約書を交わし、素直に質問に答え始めた。


「まず名前と所属を」

「シノノメ・ユーギアデクタデバイス。ユーギア研究所所属」

「そのユーギア研究所と魔王軍はどのような関係が?」

「ユーギア研究所は魔界に存在するが、魔王軍とは無関係に活動している」


 シノノメの言い分を信じるならば、魔王軍と彼らは連携を取っている訳ではないようだ。

 魔王軍でもないのにこの世界に戦力を送り込む勢力がいる時点で既に頭の痛い話だ。

 なお、このやりとりは隣の部屋でマジックアイテム越しにハジメとノヤマも聞いている。


「お前は何故その研究所からここに来ることになったのか、経緯を教えろ」

「ユーギア研究所所長、ユーギア博士によって開発された新世代搭乗式ゴーレム『ゼノギア』の実戦稼働テストの魔導騎士マギカナイトに任命され、実地試験を行っていた」

「ゼノギア? マギカナイト?」

「ゼノギアの名前の由来は、異質な歯車だとユーギア博士は語っていた。魔導騎士マギカナイトは博士が操縦士をそう呼ぶと決定したものだ」

「はぁ……ややこしいな。実地試験と言っていたが、これは立派な侵略行為だぞ?」

「魔界の法律は地上には適応されない。逆もまた然りだと博士は言っていた」

「お前自身はどう思っていたんだ?」

「博士の命令を実行することが役割。それだけ」


 曰く、ユーギア研究所は前々からゼノギアという規格のゴーレムを開発していたが、ユーギア博士は魔界での実地訓練もそこそこに何故か地上での実戦を視野に入れた訓練を開始したという。理由は不明と言っているが、彼女が本心を言っているかは謎だ。一応ライアーファインドを設置してはいるが、何らかの対抗手段を持っていて反応をすり抜けているかもしれない。


 話を戻し、ユーギアはキャバリィ王国を意図的にターゲットに選んでいたが、実際には別の国にもゼノギアを送り込んで実地試験を行っているようだ。恐らく安直に他国に助けを求めたくないのでどこも表向きはだんまりを決め込んでいるのだろう。なお、その国の中に強国は含まれていなかった。


 ゼノギアには危機に陥った際にマギナイトと実戦データディスクを研究所に強制空間転送する一回限りの緊急脱出機構が備わっており、キャバリィ王国の兵士に倒されたゼノギアのマギカナイトたちは今回のシノノメという例外を除けば全員脱出しては再度試験に臨んでを繰り返していたようだ。


 ただ、色々と話は出てくるが肝心の目的が分からない。

 シノノメは、博士が命じたからやったが博士の思惑は知らないというスタンスを崩さない。

 ここまで知らないと言うなら本当に知らないのかもしれないと思えるほどだ。


 逆に、普通なら秘密にしたい筈の新型ゴーレムの原理や操縦方法、コンセプトはびっくりするほどぺらぺら喋る。真偽の程は後でトリプルブイに聞けば分かるだろうが、ハジメの持つオートゴーレムや機械の知識と照らし合わせて特に矛盾点はない。


 リベル将軍がため息をついて彼女の顔を覗き込む。


「随分ゴーレムの仕組みについてお喋りじゃないか。俺たちがゴーレムを解析して使っても問題はないってか?」

「ユーギア博士は、マギカナイトの生存を第一、研究所への帰還を第二の優先事項に指定した。ゼノギアは生存の為の取引手段として用いてもよいとも発言していた」


 人材を大事にする良い人なのか、思惑があるのかは微妙なところだ。

 別の部屋からリアルタイムでやりとりを見るハジメとノヤマは顔を見合わせる。


「どう思う? 俺はこういうの詳しくないんだが、ジャパニーズサブカルチャーの気配を感じる気はする」

「雰囲気それっぽいというか、ちらほらどっかで聞いたような固有名詞があるような……」

「ただ、魔界特有の名詞や表現である可能性はある。ちょっと魔界に詳しい人に聞いてみるか」


 ハジメはしれっとスマホを取り出す。

 このスマホは最近になってカルマからこれから面倒事があった際の連絡手段、兼、所有者として一定の信頼を置いた証として手渡された便利道具だ。カルマにしか繋がらないとはいえ電話としても使えるので、遠距離通信手段が基本伝書鳩なこの世界ではアホほど便利な代物である。


 電話で事情を説明して、そのとき偶然暇していたウルのペットのぽち(本当はオルトロスという巨大な魔物らしい)に確認が取れた。


『ペットの身とはいえ魔界の事は色々知っているが、研究所もゼノギアもマギカナイトも聞いたことがないな。魔族は結構暇人が多いから物珍しいものはすぐ話題になるが、魔界の動向を把握しているご主人からもそんな話は聞かない。ごく最近出来たか、元々アングラなのだろう』

「そうか。参考になった」

『ああ待った! それと、シノノメ・ユーギアデクタデバイスという娘だが……』


 普段全然喋るタイミングがないせいか、それとも役立たずで終わるのが嫌なのか、ぽちの説明は無駄に必死だ。


『デクタデバイスは魔界では『専属のしもべ』という意味を持つ。つまり、マオマオであればマオマオ・ウルルデクタデバイスとなる。上級魔族が身分の不確かな魔族を僕に加えた際に周囲に『私はこの人物に忠誠を誓う者です』と所有及び責任の所在を明らかにする意味がある』

「成程、魔界から来たという証言には一定の信憑性がありそうだな」

『いいか、主の名前を姓の一部につけるということは、そのしもべが何かすれば主が責任を取るということだ。つまり、デクタデバイスは主から高度な信頼関係を築いてないと名乗らせて貰えないものだ。忠誠心を逆撫でするようなことを言えば余計に協力を得られなくなるぞ』

「肝に銘じておく」

『また何か魔界について知りたい話があったら通信をくれ! 村の警邏とか番犬とかやってるけど正直毎日が退屈で退屈で! かといって主のはーれむ計画とやらはまったく興が乗らない話だし! 俺コレでも強くてレヴィアタンより利口だからさ! 誰かなんか役割をくれよぉぉぉーーーー!!』


 彼の悲痛な叫びはカルマによる「うっさ」の一言とともに強制切断され、スマホは沈黙した。


「……」

「なんか、いたたまれない方なんですね。ぽちさんって」

「今度冒険に連れて行ってやってくれ」


 ――結局、シノノメの尋問めいた情報提供はそれ以上は魔界の様子を多少知れた程度の成果しか挙がらなかった。

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