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トリプルブイとカルパは早速倉庫に積み上がったゴーレムの残骸を確認するために倉庫に案内された。
案内した兵士がトリプルブイに質問する。
「つかぬことをお聞きしますが、トリプルブイ様はシルベル王国の技術者なのでしょうか?」
「ん~? 俺はフリーの人形師ですけどなにか?」
「そうなのですか……いえ、回収されたゴーレムはオートゴーレムと構造に類似点があるので、彼のハジメ殿が調査を命じたということはそうなのだろうか、と早とちりをしてしまったようです」
この世界には錬金術師が使役するゴーレムと自律兵器のオートゴーレムの二種類がある。そしてオートゴーレムは古代技術であり、大陸北部のシルベル王国でのみ新型が製造されている。トリプルブイはちっちっと指を横に振る。
「自分で言うのもなんだが、オートゴーレムの類ならシルベル王国の人間より詳しい自負があるぜ? なぁカルパ」
「マスターと比べられてはシルベル王国の技師たちが余りにも酷ですよ。彼らは古代遺跡のオートメーション工場で組み上がった基幹部分をくすねてオートゴーレムを製造しているに過ぎません」
オートマンのカルパは広義におけるゴーレムであり、当然それを作り出したトリプルブイのゴーレム知識も人並み外れている。というより、錬金術で製造したゴーレムではなく古代技術であるオートゴーレムを独学かつ自力で製造できる現地人は恐らくトリプルブイしかいない。
兵士は呆気にとられていたが、ハジメが連れてきた人材ということもあってすぐに深く考えるのをやめた。
「あのハジメ殿が任せたのならば、その通りなのでしょう」
「キャバリィ王国じゃハジメは人気者なのか?」
「女王も三将軍も、この国を代表する皆様が口を揃えて実力を評価されるお方です。戦場に身を置く者としても彼の御仁の経歴には畏敬の念を感じずにいられません」
イヤミでも何でも無く、本当に兵士はそう思っているようだ。
確かに、ハジメは戦いで生計を立てる人種の最果てに立つ男と言って過言ではない。
結果が全ての彼らにとって、その結果をこれ以上無いほどに出し続けているハジメは生ける伝説といった所だろうか。国境一つ跨いだだけでシャイナ王国内とはえらい扱いの差である。主に十三円脳みそのせいだろう。
「ほんじゃまーそのハジメ殿のご期待に添えるよう調べちゃいますか」
「はい、お願いします!」
倉庫内に積み上がる大量の破壊されたゴーレムを前に、トリプルブイは軽く首を回して肩をほぐすとすぐに近づいた。既に現時点でのゴーレムに関する報告所には目を通しているが、足を中心に容赦なく破壊された巨大ゴーレムたちをの損傷からキャバリィ王国の奮戦ぶりと容赦のなさが垣間見える。
また、彼らも技術がないなりにゴーレムから多くの情報を収集するために穏便な鹵獲を試みていたようだ。倉庫の端には共食い整備のように無事なパーツを抜き取って完成品を再現しようとする錬金術師がいた。
「カルパ、こいつの腕の外装剥がして」
「イエス、マスター」
言うが早いか、カルパは高速換装でトリプルブイお手製の作業用手袋を装備するとゴーレムの外装を凄まじい膂力で外していく。継ぎ目を考慮して丁寧に外せる部分は丁寧に、ひしゃげて上手く開かないときは力尽くで、どうしても外せない時は手袋の指の先端から高熱の火を噴射して焼き切っていく。
兵士はカルパがオートマンであることなど知らないため、細身の身体から繰り出される膂力に驚きを隠せない。
「あの不可解に軽くて固い金属をいとも容易く……」
「どれ、中身を拝見っと」
トリプルブイは露出したゴーレムの構造をじっくり観察する。
そこには、複雑に噛み合った金属の集合体があった。
まるで鉄で作られた骨と筋のようだ。
「こいつは……オートゴーレムとは根本的に違うな」
「一目見ただけで分かるのですか?」
驚く兵士に返事を返すついでに軽く説明する。
「そりゃそうよ。オートゴーレムは古代技術の中枢石を中心に術式を多重展開してるから内部構造は意外なくらいシンプルなもんだが、こいつは違う。当然だが錬金術で作られるゴーレムとも当然違う。しかもこのシンプルかつ高水準な機構……カルパ、外装どんどん引っぺがしてくれ」
「イエス、マスター。破損部分は如何いたしますか?」
「剥がせる範囲でいい」
べりべりと音を立てて装甲が剥ぎ取られていく様に近くで作業していた兵士や技術者達も呆気にとられるが、カルパもトリプルブイも気にせず作業を進めていく。一通り見て回ったトリプルブイは、「多分このへんか」と大きな工具を取り出して金属部品を解体し始める。
カルパも手伝って幾つか部品やパイプ、線のようなものを外していくと、一際分厚い鉄板を外した中からうっすらと輝く大きな石が出てきた。トリプルブイはこんこんと叩いて感触を確かめながら唸る。
「こいつが動力源だ。恐らく水晶をベースにいくつかの素材を錬金術で混ぜた合成鉱石だな。使われているのは電気を司るトパーズは確定として、あとは水属性の宝石と他がいくつか。オートゴーレムの動力源と比べるとちゃちなものだが、このサイズなら魔力を最大充填すれば三日は動き続けられるかもな」
「は、はぁ……あの、つまりどういうことでしょう?」
「どういうことかは、もう一つ確認してからだ」
トリプルブイは水晶の周りの筋のようなものやパイプだけを元の状態に戻すと、ゴーレムの頭らしき場所を弄る。
ゴーレムを外から見て、構造的に制作者がどういう設計思想でこれをデザインして組み立てたのかをトリプルブイはおおよそ察していた。だから、このあたりにあると思った。
しかして、彼の予想通りに『それ』はあった。
ハジメに報告する内容はてんこ盛りになりそうだ、と、トリプルブイは一人ごちた。
◇ ◆
ハジメとシャルアは、分身ツナデと共にキャバリィ王国領土内を移動していた。
海岸に面した極小の国家であるキャバリィ王国は観光資源獲得のために首都と海岸線、国境辺りはしっかりしているが、他は手つかずの未開拓地が多いようだ。土壌もさほど豊かそうではないが、農場は意外としっかりしていて環境に適した野菜等を育てているようだ。
(恐らくは変態共の入れ知恵だろうな)
アトリーヌ自身は頭脳派でも多才でもないが、エクスリカバーとラムレイズンは常に念話でアトリーヌと繋がっているし二人は変態だが頭はそれなりにいい。天然アトリーヌの大雑把な行動指針を元に二人が具体策を考えることで彼女は実質的に三人分の思考能力があるので、統治能力は高い。
王国建立を許可したシャイナ王国もまさかキャバリィ王国が自力でここまで発展するとは思っていなかっただろう。大方暫くしたら領地運営が上手くいかず泣きついてくるからそのとき属国かシャイナ王国の自治区にでもすれば良いとでも考えていたのではないだろうか。
(アトリーヌには神器の話も聞きたかったんだが、事が落ち着いたらユーリにでも聞いてみるか?)
恐らくタダでは情報を売ってくれないので見返りに何を要求されるか楽しみである。
きっと金か資源だ。いや、よしんばそうでなかったとしても交渉でそっちに持って行こう。
さしあたってはフェオにナイショで大分前に注文していた追加の懐かし散財アイテム『セントエルモの篝火台』などどうだろう。今回は正規の注文で三つ頼んだので三兆Gの出費だ。これは一応ちゃんとした理由があって買ったが、一つくらいなら譲るのも吝かではない。
と、そんなことはさておきキャバリィ王国は極小とはいえ国であるため結構広い。
ロボットの襲撃地点を一つひとつ調査して回るうちにそれなりの時間が経過した。
既にゴーレムの残骸が回収された跡地なため、ゴーレムの使用した巨大な銃で抉れた大地以外にめぼしいものはない。
シャルアは少し飽きが来ているようだ。
「先生、何か分かりましたか? 私はさっぱりなんですが。あ、今は依頼中なので先達としての敬意を込めて先生と呼んでいるということで」
「……まぁいいか。ガブリエルたちの聞き取り次第だが、多少は分かったこともある」
「と、言いますと?」
「戦闘を重ねるにつれてゴーレム達の動きが段々とよくなっている。襲撃者が戦い方を学習しているものと思われる」
ハジメは転生者としての感覚で、多分ゴーレムには人が乗っていた、ないし戦闘データをどこかに送信していた、ないし誰かが戦場を監視して情報を収集していた、のどれかではないかと考えている。その可能性を裏付けるように現場の戦闘痕が一度目の襲撃から少しずつ変わっている。
「ツナデは薄々気付いてたんじゃないか?」
「まーにゃー。最初の一カ所は砲撃が全然纏まってなかったけど、段々纏まりだしてるにゃ」
つまりは集弾率、ないし命中精度の向上だ。
使用している武器の改良か、システムの改良か、操縦者がいるのなら慣れか。
最初は遠距離から出鱈目に砲撃していた為にあっさり掻い潜られているが、段々と命中精度は上がっていき、ある一点から更に違う動きが見られ始めた。
「さっきの現場からは、ゴーレムが後ろ歩きしながら射撃をしたと思しき痕もあった」
「なるほど、引き撃ちですか」
「分かるのかシャルア?」
「天使族は地に足をついてなくとも問題なく魔法が撃てる種族ですから、魔法運用における引き撃ちの有用性は理解しています」
残念な言動で忘れがちだが、天使族は竜人にも並ぶハイスペック種族の一つだ。
実際、シャルアはツナデとハジメに移動速度で劣るにも拘わらず自前の翼と魔法の掛け合わせでかなりの速度を出している。それでいて魔力の息切れを起こす様子もない。そんな彼は言われてやっと得心したのかゴーレムの大きな足跡をしげしげと見つめる。
銃を撃つにしても遠すぎたり近すぎると当たりづらい以上、一定の間合いを保った方がより効率的に相手に攻撃を当てられる。ゴーレム達はあるラインを割られると不利になることを学び、ラインを割られないために自分自身が後方に下がることで間合いを少しでも保つ術を学習したようだった。
「だが、それだけじゃない。このゴーレム達は武器の使い分けも学習している」
「射程に応じて手持ちの武器を……?」
シャルアは翼をはためかせて少し飛び上がると戦闘痕へと目を凝らす。
地面を抉る破壊の痕跡に規則性を見出した彼は顎に指を当てて頷く。
「なるほど、接敵と同時に長射程大火力の銃で攻撃。その後中距離用の銃を用いて引き撃ち。ラインを割られたら近接装備に切り替えていると。言われて見れば最初に見た戦闘痕とだいぶ趣が違いますね」
「まるでゴーレムの運用試験を行っているかのようだ」
「確かに、勝とうと思って戦ってにゃい感じはあるにゃん。だからこそ殺人武器振り回してるのがタチ悪いけどにゃ」
殺すつもりはなかったとのたまいながら人目がけてフルスイングで斧を振り回すようなものである。
キャバリィ王国の兵士が強かったから死人がでなかったものを、これがシャイナ王国なら下手すると百人規模の死人が出てもおかしくない。
シャルアは何やら得心したのか地上に降りると目を細めた。
「運用試験……ありそうですね。そもそも敵の目的がキャバリィ王国の壊滅や陽動、弱体化であるならば、あのゴーレムの代わりに同質量の爆弾をあちこちに設置した方が効果的です。誰にも気付かれずに設置する方法を敵は持っているようですし、方法によっては気付いたら城の上に爆弾が降り注いでいたなんてことも出来るのでは?」
(意外とリアリストかつ発想がテロリストだな、愛の天使)
愛が絡まないと急に理知的になるのがちょっとサイコパスみを感じて怖いなと思ったハジメであった。
閑話休題。
キャバリィ国軍が撃破したゴーレムは20機。
必ず一度に4機ずつ来ているため襲撃は5回であり、ハジメたちが全ての現場を回るまでにそう時間はかからなかった。見て回った結果は、おおよそ予想通り、段々とゴーレムの行動は精細さを増していた。
「次はどう変わると思うにゃ?」
「目的が分からん以上はなんとも言えんが、単純に砲を増やすのは有効だろう。現状の巨大ゴーレムは懐に入られたら一転して不利だ。脚部にも武装を追加するとか……巨大ゴーレムの他に接近を防ぐ随伴のゴーレムを用意するとか。ゴーレム自体の性能を強化して近接戦闘に対応する可能性もなくはないが……」
身も蓋もないことを言えば、二足歩行の大型機動兵器というもの自体が非効率だ。
この世界が経験値に基づいて人間の性能を果てしなく底上げしていくシステムではなかったとしたら一定の有用性はあったかもしれない。または一斉に何十機も投入すれば話は変わってくるだろう。よしんばそうであっても、それができるなら戦闘兵器として他にもっと効率の良い方法はあった筈なのだ。
それを無視しても人型に拘る様に、偏執的な何かがあるように思う。
と、分身ツナデの耳がピンと動く。
「時空の歪みを検知! これは転移だにゃ!」
忍者の特殊なスキルによって通常は感じられない歪みを検知したツナデは「あっちにゃ!」と指さしながら疾走を始める。ハジメとシャルアはすぐさまそれを追った。恐らくはその先で待っているであろう敵との対峙を予感しながら。




