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キャバリィ王国からの依頼内容は以下の通り。
隣国バスパルハーガ共和国が魔王軍の城外戦力による一斉攻撃を受けており、これを撃退するために軍事協定に基づいてキャバリィ王国が援軍を送っているのだが、今度はキャバリィ王国内で正体不明の敵勢力による攻撃が始まって少々面倒になっているらしい。
別に押し返せないほどの敵ではないが、念のために早めに潰してほしいようだ。
(魔物の襲撃はまぁ分からんでもないが、謎の敵勢力とやらは少し気にかかるな……こんな時期にどこの誰だ? この世界では国家間の戦争はまず起きないし、転生者絡みかもしれん)
ハジメはすぐにメンバーの選定に入った。
昔は常に単独出撃だったが、最近は仲間を連れることにも慣れてきた。
忍者が一人いると情報伝達が断然楽になるので当日手の空いていたツナデ。
カルパの戦闘装備が出来たので試射したいとトリプルブイが言い出したのでその二人。
……あと「お供にどうですか!」とどこからともなく話を嗅ぎつけてやってきたガブリエルとシャルア、そしてノヤマ。鬱陶しいので追い払おうかと思ったが、ここ最近まったく構えてなかったのは事実なので仕方なしに同行を許可した。
何気に面識のない者同士がそれなりにいる面子である。
シャルアは相変わらず愛の天使らしく面々を見渡して興奮している。
「麗しきカルパお嬢さん! このシャルア、よければ愛というものについて一晩語らいたく――」
「マスター一筋なので結構です」
「そうですか……気が変わったらいつでもどうぞ。愛に関する相談ならいつ如何なるときでも乗りましょう――アタッ!」
ガブリエルがシャルアにげんこつを落すと首根っこを掴んで持ち上げる。
「ったく、ハジメの兄貴の周りにまでコナかけんじゃねえよ。ホンット色魔だなお前……」
「じゃあ君が慰めてくれよガブリエルくん……ふふふ、君の野太い腕で組み伏せられたら、きっと私は抵抗できずに全てを受け入れてしまうだろうね……!」
唯でさえ女性っぽい上にしなのある声で惑わそうとするシャルアに、ノヤマが大仰にため息をく。
「はーぁ、いい加減にその見境ないのやめなよ。ボクもガブも今更そんなので引っかからないってば」
「はぁい」
反省の色の一欠片も見えないニコニコ笑いで従うシャルアに、ガブリエルとノヤマは悪戯猫に呆れるように肩をすくめる。こなれたやりとりを見るに、いつの間にか自称弟子同士はかなり仲が良くなったようだ。
ふと気になったハジメはシャルアに尋ねる。
「ツナデには声をかけないのか?」
「如何に愛の天使といえど匂いフェチの壁は越えられません……くっ!」
本気で悔しそうに拳を握りしめて項垂れるシャルア。
ツナデは男の好き嫌いを体臭で決めるらしく、匂い的に気に入られなかったら脈は一切ない。どうやら彼女はシャルアの匂いはお気に召さなかったようだ。というかライカゲ以外に気に入る匂いが見つかるのだろうか。
◇ ◆
キャバリィ王国は極小の国家だ。
ネルヴァーナ列国と色々あって新たに土地を手に入れたりもしたが、それでも実質的な独立国家であるエルヘイム自治区と大差ないほどに小さな国だ。当然ながら小国故に隣国との資源や産業の差は大きく、周辺国家にナメられがちだ。
そんなキャバリィ王国の最大の特徴が、傭兵国家であるということ。
キャバリィ王国は女王アトリーヌを筆頭とした精鋭の軍事力を売りつけ、その見返りに国家間の交渉や外貨の獲得を行っている。
冒険者がいる世界でそれ需要あるの? と思うかも知れないが、ハジメのような一人で敵を殲滅出来る強力な冒険者は先の予定がすぐ埋まってしまうし、自分の都合を優先する冒険者たちは命が危ないとみると現場から逃げ出すこともあるし、タイミング悪く国軍を動員できない等の悪条件が重なると四の五の言っていられなくなることは相応にある。
その点キャバリィ王国はアトリーヌ自身がアデプトクラスで冒険者ギルドに未だに席を置いているので連絡がつけやすく、何よりまとまった人数の戦力を即座に用意出来るという大きな利点がある。
しかも、キャバリィ王国の兵士は一般兵にレベル40越えがゴロゴロ混ざっているなど他の国家では考えられない練度の高さを誇る。この圧倒的な質の高さ故にシャイナ王国はキャバリィ王国からかなりの譲歩を引き出されており、力関係で脅そうにも軍隊が精強すぎて脅しにならない。
しかも、女王アトリーヌの見た目にそぐわぬ外交力がまた恐ろしい。
良心的な提案はするが穴があれば絶対に見逃さず、相手に弱みや盲点があれば容赦なくつけ込み、友好的な相手には優しく寄り添うのに裏切りあらば先手を打って被害を最小限に抑えた後に情け容赦の無い反撃をかますなど、総じて『何を考えているのか分からないが敵にだけは回したくない』という評価を受けている。
そんなキャバリィ王国はつい最近世界一のならずもの国家であるバランギアと対等の友好条約を結び、いよいよ他国が下手に逆らえない国になってきた。
「というわけでヨ~~コソならずもの国家へ!! リベル・トラット将軍様だ!」
「自分で名乗るな」
「ハハハハ! ツッコミ方昔と変わんねぇ~~!」
キャバリィ王国の唯一の都市、首都キャバリエールの入り口にてハイテンションで出迎えてくれたのはリベル将軍。
将軍どころか軍人にさえ見えない軽薄そうな青年だが、レベルの高さから来る強者の雰囲気があり、黒い皮を基調としたスーツに貴金属のアクセサリをつけているせいでマフィアの若頭に見えなくもない。
ハジメより十歳は年下なのだが、これでもアトリーヌの最初期の仲間の一人で実力もレベル60台後半と高い。しかもリベルは天性のバトルセンスがあるため10レベル差程度なら逆転勝利に持ち込める才能の持ち主だ。
シャルアがリベルを見て「アリだ……」と意味深に呟く中、ノヤマがこそっとガブリエルに質問する。
「あの……ぼく軍のことよくわかんないんですけど、将軍ってどんぐらい偉いんですか?」
「お前マジか。あー……大陸の常識では軍で上から二番目かな。一番上は元帥だからキャバリィ王国の軍事では上から二番目、と言っても将軍は普通何人かいるモンだが、とにかく滅茶苦茶偉いのは確かだ」
事前に情報を仕入れていたカルパが横から補足する。
「キャバリィ王国は一般市民を纏める長が行政執行長、軍の長が三名の将軍、そしてその両方の最高意思決定をキャバリィ女王が務めていらっしゃいます。ただし女王親衛隊は軍の命令系統に含まれておらず、親衛隊長ユーリに至っては限定条件下のみとはいえ女王の代理を務めることもできるとか」
「親衛隊長が女王代理ってなんか不思議な気がしますね」
「信頼の証ということでしょう」
そうして後ろが会話している間にもハジメとリベルの会話は続いている。
「バスパルハーガ共和国の戦況は?」
「普通に我が方優勢だが、戦線が広くて早期決着は難しいところだな。うちのじゃじゃ馬女王は前線に出ちまって、ユーリが何で親衛隊長が国においてけぼりなんだとかこの意思決定システム絶対欠陥だろとかぶつくさ文句言いながら女王代理として書類とバトッてるよ」
「さては書類仕事を押しつけられたな……あのわんぱく女王のやりそうなことだ」
「それはそうと問題は国内な。ま、ここじゃ落ち着かねえから城の来賓室に案内するよ」
言われて案内されるがままに首都の大通りを通る。
建物も城もわりかし立派だが、人気は少ない。
リベルがため息をついた。
「寂しいもんだねぇ。キャバリィ王国は軍の派遣で稼いでるから国民の半分以上が軍人ないし軍の従事者で、軍を大規模展開してる間はどうしても人が少ねぇ。これでもシュベルの辺りのドンパチの際に纏まった人数入ってきて結構ちゃんとした町として回るようになってんだがな?」
「シュベル……地鉄軍団の侵攻か」
シュベルはシャイナ王国の南で、キャバリィ王国も南の国境沿いにある。
魔王軍の侵攻があったとき、恐らくキャバリィ王国は国境付近で地鉄軍団を引きつけて勇者を援護するようシャイナ王国に頼まれていたのだろう。
シャルアが納得したように手を叩く。
「ああ、あのご立派な勇者クンが民間人を完全に見捨てて突き進んだせいで、国に捨てられたと感じた人々がキャバリィ王国にいくらか移民として入ったのかな? 彼の愛の足りなさが故に」
「そーゆーこと。シュベルの方は初期では避難所がひでぇ有様だったし、信頼ってのは積み重ねるのは大変なくせに一回のケチで簡単に崩れちまうもんだよなぁ」
リベルはけらけら笑っているが、勇者レンヤもとことん株の上がらない男である。
キャバリィ王国は海にも面しており、美しいビーチを観光資源にしていたりもするが、それは騒動が終結するまでお預けだろう。キャバリィ王国の領土内に侵入したという正体不明の敵勢力を倒すまでは安心できない。
来賓室に入ると同時、ハジメは率直な質問をする。
「正体不明の敵とやらの現時点で判明している詳細を聞きたい」
「実にストレートでいい質問だ。簡単に言えば未確認のゴーレムだな。ほれ、これ資料ね」
テーブルに載せられたのは写真がクリップされた報告書。
国境警備隊も魔法の早期警戒網にも引っかからずいつの間にか領土内に出現するそのゴーレムは極めて大型で、4体で陣形を組んでやってくる。戦闘能力はレベル40前後だが、魔法が通りづらい上に長射程の武器を持つため手を焼いている。
倒して暫く経つと同じようにいつの間にか4体が領土内で確認され、いくら破壊してもキリがないという。オートゴーレムの類と思われるが、それにしても異質に過ぎる。
ハジメも色々とゴーレムを見てきたが、このような規格のゴーレムは見たことがない。サイズは見上げるほど大きく、剣や銃器、その他不思議な武装を搭載していたという。
というか見た目が……。
「ガンダム?」
「ガンダム……っぽいな」
ノヤマとハジメは異世界人には全然通じないワードを思わず口にした。
二足歩行、妙にデザインが凝っている、ツインアイの三点セット。
実際には人型機動兵器っぽいこと以外全然ガンダムには似ていないが、残念な事に二人ともロボットものに対する知識が乏しいのでガンダム呼ばわりである。余りにもファンタジー異世界に不釣り合いなリアル系ロボットに二人は困惑しきりだった。
……ちなみに、ここにブンゴがいたら「巨大人型ロボットのこと何でもかんでもガンダムだと思うなよ!! お前ら鉄腕アトムもマジンガーZもトランスフォーマーもガンダムだって言い出す気かア゛ァん!?」とキレ始めている所である。
閑話休題。
ゴーレムが巨大二足歩行人型機動兵器みたいになっている――これは異例のことである。
古代技術由来のゴーレムはどれも効率の問題なのか二足歩行のものはまずないし、あってもまともな人型はしていない。現代魔法の錬金術で作られるゴーレムにしても、術式で支えられる重量に限界があるためこのようなものは作れない。魔法道具を併用して色々小細工すれば何とか形になるかも知れないが、一機作るのに莫大なコストがかかることを考えると現実的ではない。
ところが、このリアルなロボットゴーレムは既に国内に20機は確認されている。
全て撃墜されてはいるが、大きな労力がかかった上に負傷者も多数。
おまけに、国境沿いは全て見張っている筈なのにいつの間にか国内に突然現れて散発的に王宮を狙うため鬱陶しくて仕方ないらしい。ハジメは端的に気になったことをリベルに訊ねる。
「このゴーレムは完全自律なのか? それとも人が?」
「人が乗るゴーレム? そんなの聞いたことねーし、ゴーレム専門家がいないから構造がわからなすぎて正直お手上げだ。中から誰が出てきたって報告は少なくともひとつもねーけど?」
「ふむ……」
ゴーレムが趣味的なのを含め、どうにも転生者の気配がしてならない。
あらゆる可能性を探るべきだろうとハジメは指示を飛ばす。
「トリプルブイとカルパは保管されてるゴーレムの残骸を解析して少しでも情報を引き出して欲しい。情報は雇い主のキャバリィ王国とも共有すること」
「頼まれなくても調べちゃうよ~ん!」
「マスターが暴走しないようフォローします」
「ツナデは分身を出来るだけ広域に展開して警戒網を張りつつゴーレムがどこからどうやって国境警備を抜いて侵入しているのかを調べてくれ」
「了解だにゃん。絡繰幽霊の正体見たりにゃんとやら! 意味は特ににゃい!」
「ノヤマ、ガブリエルは首都に留まって防衛を手伝いつつ実際にゴーレムと戦った人から情報収集。戦い方の癖、気付いたこと、弱点、なんでもいいから情報が欲しい」
「うす、兄貴!」
「兄貴ではない」
「り、了解です師匠!」
「師匠ではない。シャルア、お前は俺と一緒にこれまでゴーレムが出現した地点を調査しつつ、新たにゴーレムが出現したら遊撃だ」
「お任せあれ、先生!」
「先生ではない。リベル、構わないな?」
「別にいいけど……ハジメ、お前変わってないけど変わったな。正直後輩いっぱい連れてきた時点ですげー意外だったのに、指示まで飛ばせるようになってるたぁな」
嘗ての命知らずなハジメを知るリベルは心底意外そうだった。
そして、彼らしからぬ忠告を受けた。
「大切なものが出来ると今までみたいな命知らずな戦いは出来なくなんぞ。お前、弱くなってねえだろうな」
「大切なものがあるから頑張れる時もあるんじゃないか? アトリーヌを王にしたがってたお前みたいにな」
「……ホンット、人間っぽくなったよお前」
リベルは呆れとも安心とも取れる微かな笑みを浮かべた。
しかし、最近始まった対銃訓練で鬼のようにスキルや蹴りで人を吹っ飛ばしまくる様を想起した弟子と村人たちはそうではない。
「「「「いやぁ、この人本当に人間かなぁ……」」」」
「なんで良い感じに終わらせようとしたのお前らが否定するんだよッ!!」
リベル将軍のツッコミが城内に虚しく響き渡った。




