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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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29-2

 目当ての遺跡はあっさりと見つかった。

 件の遺跡には古代エルフの意匠があるとのことだが、ハジメは古代エルフの遺跡を見る機会に恵まれなかったので新鮮に感じた。メーガスはすぐに自分なりに分析するとブンゴに確認を取る。


「双子兄妹の情報に相違ないように思えますが、少し独自の意匠があるように思えます。ブンゴくんの鑑定ではどうですか?」

「……あり? 年代は確かに紀元前で合ってそうだけど他が殆どわかんねー。なんだこれ?」


 ブンゴは困惑したようにじろじろいろんな角度から遺跡を見るが、やがて諦めたのか「ダメだこりゃ」と首を振る。


「多分これ、神獣の力でも働いてんじゃねーかな。俺が鑑定でちゃんと分からなかったのって神獣関連くらいだし。ここはえーと、『理』ってやつで張られた結界みたいなものがあるんだと思う」

「え、マジか。転生特典でも分析不能とかそういうのあるんだ」


 ショージは親友が鑑定に失敗したところを初めて見たのか目を丸くすると、遺跡の壁を手で撫でる。


「俺にはそんな大層なものには見えねぇけど……あ!?」


 ぼよん、と不思議な音がしてショージの手が遺跡から弾かれた。

 自分の手と遺跡を見比べて困惑するショージに、ブンゴが「どうした?」と尋ねる。


「弾かれた」

「いや、それは見ればなんとなく分かるけど」

「えーと、ビルダー能力で遺跡の一部を引っこ抜いて中の構造見ようとしたんだよ。でも干渉ができなかった。俺もこういうの初めてだ。これが『理』ってやつなのか?」

「てことは……」

「俺たち、出番終了のお知らせ?」


 遺跡調査に最適と思われた二人、まさかの開幕戦力外通告。

 転生特典でどうにも出来ないということは、彼らの言う通り『理』に阻まれているのだろう。

 ブンゴが頭を抱えて唸る。


「マジかよ~~~!! せめて理解の前提になる知識を頭に叩き込めばもうちょっと見えるかもしれないけどなぁ……」

「なにそれ。お前の鑑定情報って単語の意味とかまで理解できるって言ってなかったっけ?」

「それなんだけどよ。レヴィアタンの瞳を見た時鑑定が上手く働かなかったんだけど、レヴィアたん(誤字ではない)の話聞いて色々知ったら完全じゃないけどある程度鑑定出来るようになったんだ。カルマちゃんも実は鑑定殆ど役に立たなかったけど、からくりの勉強したり模擬戦で披露したもの見たりすると、ほんのちょびっとだけ鑑定で情報が読み取れたんだよ」

「……あー、なんか分かるかも」


 ショージもその経験に類似したものを連想したのか頷く。


「ビルダーとして木を引っこ抜いたり木材に加工するの、元々速いんだけどさ。金銀兄弟……ああ、ゴルドバッハじいさんとシルヴァーンじいさんのことね。二人に木の特性に合った加工の仕方とかを聞いた後だとちょっと速くなったんだよな」

「へー、お前にもあるんだ。転生特典って本人の努力次第で成長する余地があんのかもなー」

「それはそれとして今の俺らじゃどうにもできないんだけど」

「「はぁ……」」


 二人して壁に手を当てて落ち込んでいる。

 猿回しの反省のポーズみたいだと思ったのはここだけの秘密だ。

 メーガスは二人に気にしないでくれと励ますと、遺跡の中に入った。

 ハジメが続き、慌てて二人も後を追ってくる。


 ハジメたちは天井の絵を見るために、例の地下工事の際に使われた『陽光石』を利用して作った光源を適当に並べる。遺跡内が照らされると子供達の見た壁画が視界いっぱいに広がった。想像していたより大きく立派なもので、全員が感心したように見上げた。


 メーガスは内容を確認し、成程、と頷く。


「やはりこれは紀元前、神代と呼ばれる時代の壁画でしょう」

「カミヨってなんだっけ?」


 ブンゴの問いにメーガスはメガネをくいっと上げた。


「いわゆる天地開闢の時代……簡単に言えば、神様が地上に降臨し、人の歴史が刻まれはじめた時代のことですね。一般的には教会の崇める神の降臨が神代の始まりと言われています」

「ほへー、つまりこれは神話の絵なわけだ」

「そういうことです。ところでショージさん、壁画の写しを用意できますか?」

「ああ、それなら力になれるかも! ちょっと待ってくれよ~?」


 ショージは暫く遺跡内を駆け回って天井を一通り見た後、懐からカンバスと絵筆などを取り出して凄いスピードで絵を描いていく。ビルダー能力の一部のようだが、流石に緻密な写しとなると少し時間がかかるようですぐには出来上がらない。


 その間にメーガスは子供達の発見したという台座に向かう。


「これが台座……」

「ちなみに俺の鑑定能力によると、この台座は後付け。なのに台座そのものは遺跡より数年前に作られたみたいだ」


 ちょっとでも出番が欲しいブンゴが頼まれてもいないのに鑑定結果を口にする。

 遺跡と同じく年代以上は分からないようだが、メーガスにとっては貴重な情報だ。


「興味深いですね。別の場所にあった台座をここに持ってきたのでしょうか。ふむふむ……」


 メーガスは分析機能つきの虫眼鏡を取り出して台座に掘られた武器の絵などをじっくり見て、自力でスケッチをとっていく。台座に掘られたものは単なるデザインのように見えるが、確かに神代のダンジョンではこういう形の謎解きギミックは見かけたことがある。


 分析を終えたところで虫眼鏡がパァン! と弾け飛んでブンゴが肩をびくっと震わせる。


「オワービックリしたぁ!?」

「知らなかったのかよブンゴ。鑑定虫眼鏡は使い捨てだから一度使い終わると弾け飛ぶんだぞ」

「そうはならんやろ!?」

「なっとるやろがい!!」


 あの虫眼鏡、誰でも鑑定的な効果を得られる代わりに使い捨てテントと同じく一度使うとむやみやたらと弾け飛ぶ。破片でダメージが入ったりはしない仕様なので、あれは単なるエフェクトのようなものだ。


 ちなみに、使い捨て武器よろしくお値段は結構高い。メーガスが使ったのはハジメが買い込んだはいいが使い道がなかったのものである。


「どうです、何か分かりましたか?」

「偶然の一致かもしれませんが、ここに掘られた武器は『神器』と数や種類が同じです」

「てことはさ……神器って神代からあったってこと?」

「そうとも限りません。当時はこれらの武器が何らかのモチーフとして浸透しており、後にそれを模して神器が作られた可能性もあります」


 ブンゴはしかし、絵を見て首を傾げる。


「あれ? 国が所有してるっていう神器はもっと少なかったと思うんだけど。ええと……剣、杖、弓、ナックル、槍、斧、双短剣、あとハンマーの八つだっけ? なのに絵では十個あるよな」

「はい。実は神器は最初は十個あったというのは確かなのですが、長い歴史の中でいくつかが行方不明になっているのです。ここにある残りの二つ……魔本と銃は未だに行方不明です」


 ちなみにハンマーは近年になってアトリーヌが発見したものだが、それは別として確かに神器と台座の武器たちには繋がりを感じる。

 特に魔本がわざわざ武器に混じって描かれているのがそれっぽいとハジメは思う。


 魔本は銃と同じく聖遺物の類で、辛うじて市販のものが出来ている銃と違って今の技術力でまったく再現が出来ない代物の一つだ。杖と違って地面に擦る必要が無く、魔法の威力を杖以上にブースト出来る。ただ、ビジュアルが分厚い本なので持ちにくい上に打撃武器としても使いにくいことこの上なく、ハジメとしては幾つか持ってはいるが今のところ使う機会のない代物だ。


(しかし、いよいよこの遺跡の訳ありっぽさが強まってきたな)


 神代の時代に建てられ、神器との関連性を匂わせ、しかも『理』に守られた遺跡だ。

 厄ネタでなければ良いのだが、と、ハジメはひとりごちた。

 彼の知る限り、神代の時代のダンジョンは数あれど、内部に侵入できなかったものはない。経験則からすると恐らくこの台座のギミックを解けば遺跡の更に奥に繋がっているか、もしくは転送装置になっているのだと思うが、ヒントがなさすぎる。


 と、ショージが画材を仕舞ってキャンバスを抱え、再度合流する。

 キャンバスに描いた写しを自慢げに見せられるが、非常に緻密に映せていた。


「どうどう? バッチリっしょ!」

「ありがとうございます、助かります! さーて、ここからは本当に地味な作業なので皆さんは遺跡の外で待機しててください! やるぞ~~!!」


 メーガスは相当テンションが上がっているらしく、遺跡の細かい所まで調べ始める。恐らくこれでショージとブンゴの出番は終了だろう。二人は顔を見合わせるとため息をつき、言われるがまま遺跡の入り口近くでたむろすることにしたようだ。


 暫く遺跡内からは「うっひょ~~~!!」とか「スゴイスゴイスゴイ!!」とか「ホォホホッホホ⤴!」とかテンションぶち上げな神の分身の奇声が響き渡ったという。


 ブンゴとショージが「メーガスさんってそういう系かぁ~……」「遺跡マニアってやつなのかね?」と話す中、ハジメはあの神も色々と俗人には理解出来ない何かが溜まっているのかもしれないと微かな哀れみを抱いた。


 結局、メーガスは時折ブンゴとショージを呼びんで手伝って貰いつつ、約一時間のあいだ遺跡のことを調べに調べ、取った記録を抱えてウキウキで遺跡を出てきた。


「記録を解析するために村に戻りましょう! 壁画だけでも気になるところ満載ですよ~!」

「……俺がいる必要ありましたか、これ?」

「たまには付き合ってくださいよー。ここ最近家に女の子連れ込みすぎてお話しに行くタイミングがなかったんですから!」

「用があるときは頼まれずとも直接脳内に語りかけるくせに何をとぼけたことを言っているんですか」


 こうして遺跡の一件は終わり――翌日。


「神器を手に入れましょう! 何なら国からパク……借りるんでもいいから!」


 メーガスはとんでもないことを言い出した。


 曰く、あの台座にギミックがあるなら解放条件は三通り考えられるという。

 一つ、あの台座に刻まれた武器に符合するアイテム――神器が鍵になっている。

 二つ、神器ではなく人型フィギュアの絵に符合するものが必要。

 三つ、神器と人型フィギュアが完璧に揃うことで初めて正しく機能する。


 これらの推測を並べるメーガスは興奮の余り普段の口調がやや崩れている。


「三つ目の可能性を考慮するに、実は何かしらの儀式台じゃないかというセンもあるんですけど、とにかく滅茶苦茶内容が知りたいです! ねぇハジメいいでしょ? 義母さんからのお願いよ!」

「急に恩着せがましく新しい設定を作らないで頂きたい」


 メーガスは書類上はハジメより十五歳年上で、ハジメの後見人でもある。

 義理の母と言われればまったく違うとまでは言えない。

 四十代の年齢でその二十代にしか見えない外見はちょっと神やらかしたなって感じがなくもないが、この世界にはたまにそういうのもいるのでそこまで怪しまれてはいない。


「まぁ、一応聞きますが遺跡の調査結果はどうだったので?」

「あれは神代の記録を残した壁画で間違いないわ。神獣と旧神の争いね。で、それ自体はいいんだけど……問題はコレよコレ」


 彼女が取り出したのは壁画の写しをさらに写真にしたものだったが、彼女はその一点を指さす。


「神代の時代の人々が逃げてる様子に見えるけど、明確な逃亡先があるように見えるの。この門よ。七つの入り口のうちの六つに人々が集中してるわ。門の詳細はちょっと分からないけど、ほらこの一番大きな門の上」

「これは……円形に並んだ十の武器と中心の人型フィギュア。台座に刻まれたものと同じに見える」

「実際、武器の配置も含めて同じだったわ。そして武器は神器と符合するものがある……つまり! 情報不足の人型フィギュアはひとまず置いて、神器を実際に台座に近づけて反応があったならそれはもう神器で封印、ないし神器を作った何者かによって施された仕掛けということよ!」


 そう上手く行くかなとも思うが、この世界はどこかゲーム的なのでありえそうだ。

 特に特定のものを設置するギミックは分かりやすく光りがちではある。

 これはゲームに例えれば、さしずめクリア後の隠し要素といった所だろう。


「興奮しているところを見るに、考古学上の大発見ということですね」

「当たり前じゃない! 神器やそれに関する情報はシャイナ王国含む一部の王家と教会に伝わるものしかないのよ!? もしあれが神器関連施設なら神器誕生の謎をひもとく重要な情報があるに違いないのよ!!」

(ということは……神も知らんのか、神器の詳細)


 わりかしこの世界の根幹を為すシステムの筈だが、神として全てを解明できていないシステムを利用し続けるのは如何なものだろう。とはいえカルマの前例を考えれば旧神系列の技術だからどうにも出来なかったと言われればそれまでだし、どう扱うかは現地人次第と言われれば反論はできない。


 この神は古の戦争の末期頃にひょっこり異なる世界から現れた新参者だ。

 旧神を素手でシバき倒して神獣を己の豪腕で従えたとはいえ、世界の創造主ではない。


「ハジメ、なんか失礼なこと考えました?」

「……実際問題、神器の持ち出しは無茶じゃないですか?」

「ガンスルーしてますけど絶対失礼なこと考えてましたよね!?」


 追求しようとしたメーガスだったがぐっと堪えたようなので話を戻す。


神器あれは国宝というか、実質世界の宝です。魔王軍の確認後に定期開催される神器適合の儀のとき以外は見る事すら叶わないし肝心の勇者も魔王城に突入しているのでは……」

「遺失した残り二つの神器があるじゃないですか!」

「……探してこいと?」

「お願い、ハジメく~ん!」


 ぶりっこのようなおねだりポーズまでかましてくるノリノリの神の分身。

 この若作りババア、どうしてくれようか。


「……新しい散財になるかもしれないし! ね? ね?」

「検討しましょう」


 そんな見え見えの餌に釣られるハジメであった。


 とはいえ、だ。

 後になって冷静に考えたハジメは、問題点がいろいろあることに気付く。


「今の俺が馬鹿正直に『未発見の神器を探してます』はまずいな。王家や議会に致命的な誤解を招いてしまう」


 考えられる線としては、死神ハジメは村の認定やこれまでの嫌がらせに業を煮やし、国が譲歩せざるを得ない未発見神器を確保して交渉材料にするつもりだと思われることだろう。ここまで全面的な対決姿勢を見せてはあちらも躍起になり、ハジメとしても村としても動きにくくなるのは明白だ。


 どうしたものかと思案を巡らせていた折、伝書鳩の鳴き声が聞こえて止まり木に向かう。

 伝書鳩が運んできた手紙には、キャバリィ王国からの応援要請が示されていた。


「……分からないことは経験者に聞くのが一番、か」


 遺失した神器を発見した、恐らくこの世界で唯一の存在からの依頼。

 不謹慎だが、余りにも都合の良いタイミングだった。

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