29-1 遺跡と神器と知り合いのピンチ
勇者一行が遂に魔王城に突入した、という一報が国中に駆け巡った。
歴代勇者の中でも最速だという。
何故最速なのかと言えば勇者レンヤの効率主義と要所要所でハジメが魔王城を試射場扱いしたり幹部をこっそり始末したりしたせいなのだが、勇者と魔王の戦いはここからが長い。
魔王城は時空が歪んでいるらしく、魔王場内は現実世界以上速度で時間が流れている。過去の勇者の証言に基づくと、外の人が一日を送る間に城中は三、四日経過しているそうだ。その間、勇者一行は複雑怪奇な構造や罠、ギミック、そして魔王軍最高練度の敵がひしめく魔王城を攻略していかなければならない。
これまでの記録からすると、魔王城突入から攻略までには外の世界でおよそ一ヶ月――勇者たちはその三倍以上の間に激しい戦いで己を更に鍛え上げ、魔王を倒す。レンヤ達も勝てばそれくらいで戻ってくるだろう。
こうして魔王は討たれ、魔王軍は瓦解し、魔王城や幹部の城は次元の歪みに飲み込まれて消える。そうすると魔王軍がそこら中に放っていた魔物も増加を止め、暫く人間の世界に平穏が訪れる。
尤も、必ずしもそうなるとは限らない。
例えば、滅多にないが勇者が返り討ちに遭ったり逃亡すれば魔王の時代は長引くことになる。逆に魔王が勇者と和解したり戦意喪失して逃げ出した場合、魔王城が消えなくとも世は平穏になる。
実際にそうすることで最も長く平和を持続させた時代もあったという。
歴史上は『神の休息』と呼ばれる、数度あった百年から数百年単位の平和だ。
だが、魔王とて生き物なので必ずいつかは死ぬ。
そのときに魔王の力は魔界に戻り、新たな魔王の担い手が現れる結果となった。
歴史は何度でも繰り返される。
連鎖を断ち切ろうとした者もいたが、最後まで方法は見つからなかった。
やがて、ここは『そういう世界』なのだから無理なんだろうと皆諦め、或いは諦めずに最後まで足掻くだけ足掻いて志半ばで他界していった。
なので、フェオの村改めコモレビ村の住民も、あと一週間くらいで魔王軍との戦いが終わるとしか思わなかった。
というか、村内では「ハジメから剣盗んでおいて失敗しましたじゃ済まさねーぞ」という空気だった。
そんな中、『霧の森』に冒険ごっこと称して果敢に挑む子供達の姿があった。
クオン、フレイ、フレイヤ、ルクス、そしてグリンである。
ごっことは言ってもそれぞれ割ときちんとした冒険者装備を調えてる。
先頭を歩くのはハジメからプレゼントされた鎧と剣を装備したクオンだ。
「勇者クオンは道なき道を切り開き、ナゾの遺跡の調査に乗り出したのであーる!」
「方角はこちらで合ってますわね、お兄さま!」
「うむ。クオンとルクスを伴った初めての冒険、わくわくするな!」
「へへへ、大発見してねーちゃんを驚かすぞー!」
この中では最も戦闘能力に劣る――というか他三人が強すぎるだけ――ルクスも、ここ最近NINJAの修行を見よう見まねで真似ることで忍者ジョブに目覚め、初歩中の初歩スキルくらいはいくつか習得していた。
それでも魔物と戦うには不十分だが、今回は頼もしい仲間達がいるため少し気が大きくなって浮かれている。
実際問題、そもそも魔物達が神獣二柱に近づこうとしない。
こうして子供達は大人に内緒かつ安全な冒険ごっこをしていた。
四人がこんなことを始めたのは、フェオの家で遊んでいたクオンが偶然見つけた森の地図がきっかけだ。昔からこの森で案内人をやっていたフェオは『霧の森』についてよく知っているのだが、そんな彼女が昔に使っていた地図に意味ありげな×印があることに気付いたクオンはそれをこっそり持ち帰っていた。
これは宝の地図に違いない――なんとも子供らしい発想だが、地図には期待を持たせるようなことがフェオによって走り書きされていた。
曰く、そこに何かありそうな気がしたが、準備不足で引き返したと地図にはあった。恐らくその後、地図なしに森の地形を全て把握したために地図自体を使わなくなり、そのまま場所のことを忘却してしまったのだろう。
何故引き返したのかは分からないが、もしかしたら本当に期待するようなお宝があるかも知れない――純真な子供達の冒険心を擽るのには十分すぎる情報だった。
地図を持つフレイヤの近くを大きなタンポポの綿毛のようなものがくるくる回り、子供達の目的地へと先導するようにふわふわ動いている。これはフレイヤの道案内魔法だ。これに限らずフレイとフレイヤの使う魔法はハジメのような高度な魔法使いが存在さえ知らないようなものが多い。
綿毛はそのまま子供達を先導し続け、ある一点で力を失ったように地面に落ちるとそこにタンポポが芽吹く。そこに、子供達の探し求めていたものがあった。
「遺跡だ……とぉ~っても古そう」
クオンが素直な感想を漏らす。
半ば植物に侵食されて全容が分かりづらいほどに、その遺跡は自然に飲み込まれかけていた。崩壊はしていないようで、フレイは遺跡の入り口から中を覗き込む。
「うーむ、魔物の気配はひとまずないな。それにしてもフレイヤ、この遺跡の様式はもしや古代のエルフのものではないか? 紀元前からあったグリンの寝床と似ているぞ」
「確かに、僅かに見て取れる意匠はグリンの神殿に通ずるものがありますわね。しかし村長や大人達はこんな所に遺跡があるなどと一言も仰ってはおられませんでしたが……」
もしかしたらグランマグナによって隠れ里が保護されるより更に以前のものかもしれないが、考察もそこそこに、クオンを筆頭に早速遺跡に突入する。
しかし、すぐに壁にぶち当たった。
「何もないよ……?」
クオンがきょろきょろ遺跡内を見渡すが、だだっ広い割には何もない。
入り口から入り込んだ土や枯れ葉が多少堆積しているだけだ。
ルクスが「なんかある筈だよ!」と主張する。
「フェオおねえさんが準備不足で引き返したって書いてたんだろ? きっと隠し通路でもあるんだよ!」
「確かに! こういう不自然に何もない場所にはあると定番の隠し通路だな!」
「ヒントになるものはないでしょうか……あら?」
フレイヤが周囲を光で照らすマスライトの魔法を発動させると、天井の壁画が目に映った。
如何にも古代の壁画であり、巨大な獣たちと相対するように、天使とも人とも神とも判別のつかない奇妙な者たちの集団が武器を構えている。
「これは世界の創世神話? にしては何か変ですが……」
首を傾げるフレイヤに、ルクスが疑問を抱く。
「ヘンって?」
「神話によると元々この世界は神獣が支配する過酷な世界だったそうです。それを哀れんで降臨し、神獣に秩序を、人々に祝福を齎したのが神だと……とどのつまり、教会で皆様が祈りを捧げる神様のことですわ。しかし、この壁画では神らしいものがありません。神獣と人ならざる何かが相争っているように見えます」
「ん~? 神獣と誰かが大昔にケンカしたってことだろ? それがそんなにヘンかな? 昔の魔王軍とかじゃないの?」
フレイも天井を見上げ、唸っている。
「うーむ、そう考えるべきかも知れないが……しかし魔王が初めて誕生したのは神の降臨から長い年月を経た後だと聞く。そもそも魔王軍ならどこかに魔王っぽい存在が目立つように描かれている筈。つまりだな……この壁画はよくわからん!!」
「わかんないのかよ!!」
歴史学者がいれば考察が捗る所だが、残念なことにこの場にいるのは子供だけだ。
そんな中、クオンがぴょんぴょん飛び跳ねて「ここ見て!」と叫ぶ。
彼女が指さす天井には、扉のようなものをくぐってどこかに逃げる人らしき者たちの絵があった。
クオンは壁画の内容をスルーして扉に着目する。
「これって隠し扉のヒントじゃないかな!?」
「むむ、確かに壁画にはこれ以外に門や扉のようなものは出ていない。となると……」
ルクスが扉の絵のちょうど真下あたりに駆け寄り、堆積している土をどかす為に指で印を結ぶ。
「ニンニン! 土遁・畳返し!!」
土遁の初歩的スキル、地面を引っぺがして前方に飛ばすことで目眩ましとする畳返しの発動で、一気に土が取り除かれる。ルクスの技量では薄い土の層を剥がす程度の力しかないが、それで充分だった。
土の下から出てきたものにルクスは興奮した様子で叫ぶ。
「なんかある! 台座だ!」
「どれどれ!?」
皆で駆け寄ると、そこにはずらりと円形に並んだ小さな武器の絵と、その中央にある人っぽいシルエットがあった。人っぽいというのは、何故かその絵では人体が右手、左手、右足、左足、胴、胸部、そして頭という七つのパーツで区切られていたからだ。
「なんでバラバラなんだろ? デュラハンってやつみたいに身体をバラバラにできるのかなぁ?」
「可能性はありますわね。カルマ先生のような古代のゴーレムだからこのように描かれているというのもありえそうです」
「問題はこの台座をどうすればいいのかということだな。とりあえず絵をヒントに色々と試してみるか?」
四人は絵に描かれた武器を台座に置いてみたり、自分たちが寝そべってみたりと色々試したが、台座はうんともすんとも言わない。ルクスとフレイがなにか見落としがあるかもと遺跡内の土砂を一掃して苔を魔法や術で剥がしたり、フレイヤとクオンが遺跡をじっくり確認し直したりしたが、これといって進展がないまま日が傾いてきた。
「もー! 昔の人ももっと簡単な謎解きを作ってよね! こっちは子供だぞ~!!」
「あーあ、どうする? まだ試してないこともあるし、準備し直してもう一回来る?」
「……考えたのだが、やはりここは遺跡に詳しいだれかに相談するのが筋ではないだろうか。正直本格的すぎてごっこ遊びのノリで解けない気がしてきたぞ」
「まぁ、お兄さまったら子供だけの冒険にそんな無粋なことを! とはいえこれだけ試して分からないならそれもまぁ仕方なしなのでメーガス先生あたりに相談するのは如何でしょう?」
「「「さんせー!」」」
村に住まうゆるふわ考古学者のメーガスは、子供達からするとまさにうってつけに思えた。
子供達の決定をグリンは何も言わず見つめていた。
◆ ◇
森の中で発見された謎の遺跡。
子供たちの相談を受けたメーガスは、即座にハジメ、ブンゴ、ショージを呼び出して遺跡に異常がないか調査することにした。ハジメとしては自分まで呼び出す必要はあるのかと疑問だったが、メーガスは遺跡調査に本気らしく万全を期したいとのことだった。
彼女はブンゴとショージに丁寧にお辞儀する。
「お忙しい中で私の我が儘に付き合っていただき、ありがとうございます」
「イエイエ! 先生の頼みとあらば!」
「子供達だけで森をうろつかせるのも問題ですからね! ハッハッハッ!」
笑顔で笑う二人だが、その視線がメーガスの着るセーターの中で存在感を強調する豊満な胸に向いているのはバレバレである。とはいえメーガスの胸は村の女性陣の中でも大きい方なので無理もないのかもしれない。
ちなみに村での胸の大きさはツナデ、マルタ、カルマ辺りが同じく上位であり、まさかの教師陣に巨乳が集中しているという男子生徒諸君の将来が余計に心配になる結果となっているがそれはさておく。
……実は変身を解除したウルが一番大きいのも余談である。
閑話休題。
遺跡ギミックを無理なく解体したり道そのものを作れるショージと超鑑定能力のブンゴの二人は遺跡攻略としてはかなりガチな編制である。二人ともまさかメーガスが自分を転生させた張本人の分身とは知らず、自分たちも能力を認められてきたと暢気に話している。
「それで。貴方の見解はどうなんです?」
「見てみないことには分かりませんが、フレイくんの考察の通り紀元前の遺跡である可能性はあります」
「貴方なら世界の全ての遺跡を知っているのでは?」
「あはは、そんな存在がいたとしたら神のみですよ~」
笑って誤魔化すと同時に天啓で神と頭の中の回線が繋がる。
『私の降臨以降であれば知ってますけどね。降臨以前については人が発見したものは知っている程度で、それほど知りません。別に知らなくとも問題はないんですけどね。あったとしても何もしないので』
『つまり降臨以前、つまり旧神とやらが神獣と戦っていた時代のものだと?』
『はい。把握していないこと自体は特に問題ないんですが、フツーに個神的に気になるから調べたくはあります』
つまるところ、メーガスというアバターが考古学者なのは本体の知的好奇心からくるものらしい。
無駄話はそこそこに、メーガスを護衛する陣形で四人は遺跡に向かう。
急遽決まったことだったのでフェオの予定が取れなかったが、フレイヤが道しるべの植物を植えていたため霧に惑わされることは少なく、一時間ほどで遺跡に到着した。




