28-5 fin
ハジメは上機嫌とはいかずとも、そこそこ充足感を覚えていた。
今回、村の認定の為にかかった全費用がハジメ持ちなので、散財になったのだ。
「約2兆Gの散財……久々にここまで来たな」
(またやってるよハジメさん)
領収書を相手に計算しながらそこはかとなく満足そうな雰囲気を醸し出すハジメに、フェオはもう突っ込むことさえしない。ハジメの頭のネジは心の弱さが見せた幻で最初からいなかったのかもしれない。
約2兆Gの内訳だが、その大半が地下通路と村の防衛網にかかったものだ。
最新の対魔物及び犯罪者対策の魔法道具や結界、守護用の高価なオートゴーレムに加え、地下通路を快適にするために通路を支えるフレームから光源から何から何まで拘った上に隣町を含めて万一の際の避難民が全員入れるだけのシェルターや非常用のいくつかの通路、備蓄倉庫、見回りゴーレムの配備などありったけを注ぎ込んだ。
今や村は魔王軍の大部隊相手にも暫く籠城ができる(籠城する前に殲滅出来そうだが)防備に、一ヶ月以上は籠もれるシェルターをも備えた「お前核戦争でも想定してんのか?」というレベルの設備を手に入れたのだ。
ちなみに本当に核シェルター並の機能がある。
ショージが「どうせやるなら」とノリにノって非常用の隔壁を作ったり照明に安価なかがり火ではなく『陽光石』というまるで日光のような光を放つ石をしこたま要求して、その時点で費用5000億G突破が確定したので主な戦犯はショージだ。尤もそれで出資者側が満足しているのだから責められる謂れはない。
「実際、地下とは思えないくらい自然な明るさにはなりましたけどぉ……絶対ここまで大掛かりである必要ないですよね」
「大は小を兼ねる。太陽石は植物も太陽だと勘違いする貴重な石だ。やりようによっては地下で作物を育てるのに使うことも出来るだろう。そうなるといよいよシェルターとしては隙なしだ。地下で生活を完結させるのも不可能ではない」
「ハジメさんは地下帝国でも築くつもりなんですか???」
そんなつもりはないけどお金が使えるなら使いたいんだろうなぁ、とフェオは自分で勝手に答えを作って納得した。確認するまでもなく合っているという謎の確信を携えて。
ところで、それから1ヶ月が経過しても国から査察結果の通知は届かなかった。
ハジメ達は顔を突き合わせる。
実の所、こうなることはある程度予測できていたので衝撃はない。
「やはりこうなったか。恐らく二度と結果は届かない。再度要求するにも一からやり直しだろう」
フェオが不満そうに口をとがらせる。
「うわぁ、アマリリスさんに聞いてはいたけど本当にやってきたよ……おっとなげな~」
「まぁ予想通りというか何と言うか……書類、どこかで握り潰されましたわね」
事もなげなアマリリスは優雅に紅茶を飲んだ。
トップまで書類が届かなければ、やってないのと同じ事――十三円卓の最終手段は、そもそも書類を視界に入れないことだ。
これによってフェオの村が正式に村として認定される計画は頓挫した。
こちらが黙っている間は向こうも黙ってしらを切る腹づもりだ。
確認を取ったとて、恐らく公募結果も選挙結果も全部紛失したから認めて欲しければもう一度やり直せと言い張るだろう。そして言われるがままやり直したらまた書類を握り潰して素知らぬ顔を続ける。
どこまでも卑劣で性根が腐りきっているが、それを平気でやれるのが権力というものである。長期的に安定した権力は、必ず腐敗するのだ。
「ま、だから何? って話ですけど。どっちが後悔するのかなー?」
にやっと笑うフェオに、周囲は確かにとつられて笑った。
十三円卓は根本的な思い違いをしている。
コモレビ村からすれば、ちょっと不便だから村にしてもらうよう頼んでみただけで、別に村だと認められなかったとしても何一つ損はしない。現状通り市場に参入し、現状通り住民を増やし、現状通り発展していくだけだ。
今のうちに村だと認めておけばよかったのに、これからも成長していくであろう金の卵を産む鶏を彼らは野に放ったのである。
「村の発展がその程度で阻害されると思ったら大間違いだってことを教えてやりましょう! えい、えい、おー!」
「「「おー!」」」
その場の全員が掛け声に合わせて拳を突き上げる。
フェオの手には、査察員を退職して村への移住を申し込んだ男に頼まれた引っ越し手続きの書類が握られていた。
◇ ◆
十三円卓議会は荒れていた。
コモレビ村の村認定書類を部下に握り潰させたのに、何も状況が変化しないからだ。変化しないとは停滞ではなく、コモレビ村に利益が落ちていく構図が変わっていないことを意味している。
「どういうことだ。村の認定を止めたのに先方から問い合わせの一つすらしてきていないと聞くぞ」
それは当然である。だって認定されずとも村は大して困らないからだ。
「同時に悪評を流布して入居者を減らす計画、まったく効果が無いではないか!」
それも当然である。交通の便が良くなって実際に村の様子を見に来られる人が増えたので、実情を知って住みたくなる人は前より出やすくなっている。円卓が交通の便を要求した結果なので遠回しな自爆である。
「それどころか農業ブランドなど立ち上げて市場で利益を出しているそうではないか! あの田舎者の村共が裏切りおって!!」
市場が活発になり生産者も生活も守られるので今のところいい影響しかなく、各町村はすっかりコモレビ村歓迎ムードである。経済が活発になれば結果的に税収も増えて自分たちは得をする筈なのに、その辺がよく分かっていないのか十三円卓は怒っている。
大体裏切るもなにも、自分たちが分かりやすく各町村に見返りを用意しないケチくささを発揮したから裏切られたのにそれも分かっていないようだ。
「くそ、くそ、くそ!! これでは死神ハジメは増長するばかりではないか!!」
増長も何も、ハジメは散財したいだけなので正直ちょっかい出さずに放っておいた方が弱る。
そもそも、ハジメは今回いいことしかしていない。
被害者ぶって喚いているのは世界中を探しても十三円卓と勇者レンヤだけである。
「こうなれば罪をでっちあげて無理にでも牢獄に叩き込んでやれ!!」
「バカを言うな、ここで下手に手を出して奴に全力で抵抗でもされてみろ! 飼い殺しの方が安全だ!」
「飼えていないではないか!!」
「そもそも、査察の話で既にあの村をバランギアと忌々しい小娘の微少王国、更にはエルヘイム自治区までもが友好関係を結んでいることが判明した現状でそれはまずい。現状既にリスクを背負っていることを忘れるな!」
「それも気に食わん!! 奴め、どんな鼻薬を嗅がせてバランギアとエルヘイムを味方につけたのだ!?」
行ってみたらいい村だったからである。
エルヘイムに至っては向こうから勝手に来ただけで本当にハジメは何もしていない。
なのに円卓は勝手に複雑怪奇な謀略を妄想してああでもないこうでもないと果てしなく無駄に時間を浪費していく。
実の所、既に十三円卓のうちの数名はもうこの件から手を引きたがっている。
しかし他の面々は執拗なまでに、狂気のようにハジメに拘り続ける。
そこには何の根拠もない――訳では、ない。
「死神の奴にだけは、辿り着かせる訳にはいかんのだッ!!」
「辿り付けはしないだろう。奴は気付いてもいないじゃないか」
「気付いていないからこそ左が破壊されたことを忘れるなッ!」
「勇者の溜飲を下げる妥協点を探れ。今更だが、あれは少々焚き付けすぎたかもしれん」
「ここはそういう世界だ! 世界の安定のために、今更揺るがせはせぬぞッ!!」
「『人理絶対守護聖域』には、誰も触れてはならぬのだッ!!」
彼らはまだ気付いていない。
脅威が、懸念が、まるで想定していない場所から迫っていることに。
◆ ◇
コモレビ村の視察が終わった、その後。
ギューフ王子は森の奥、断層グランマグナを『正規の方法で』越え、エルフの隠れ里に訪れ、その最奥にある『守りの猪神』グリンの神殿に足を運んだ。
そこに、グリンがいた。
何の飾り気もない、座り心地の良さそうな敷物とフルーツなどの貢ぎ物以外になにもない場所だが、そこがグリンがよく寝る場所だった。グリンはそこに、普段双子とともにいる時と変わらぬ姿と態度でいた。
普段はフレイとフレイヤと一緒にいるのだが、その日は二人は隠れ里の長に連れられて席を外していた。長はグリンとギューフの面語の邪魔をしないよう敢えてそうしたのは明白であった。
「我らエルフの守りの猪神、グリン様。私は古の血族の末席、第一王子ギューフと申します。即位前の拝顔をお許し頂き、誠に恐悦至極……」
「ブヒ」
「ははっ」
世辞はよいから用件を言え、とばかりの素っ気ない鳴き声に、ギューフは恭しく恭順した。
グリンの正体を未だ知らないフェオがこの光景を見たら腰を抜かしただろう。
自分が普段から当然のように見慣れているあの黄金の毛並みの豚が、実はエルフの古の血族も頭を垂れるほどの、正しくエルフにとっての神に等しい存在だったのだから。
はぐれエルフであるフェオは『守りの猪神』の伝承を人づて程度でしか知らないし、彼女の両親も実在するとは思っていない。というか、フェオの村にグリンが姿を見せていると聞いてギューフが内心驚愕したくらいだ。
ギューフは覚悟を湛えたまなざしで、グリンに胸の内を告げる。
「何事もなければ私は数ヶ月後には新たなエルヘイムの指導者に即位することになるでしょう……遙か昔、グリン様は旧神と神獣の争いで荒れ果てて絶滅を待つばかりだった我らエルフに居場所を与えてくださいました。そのおかげで我ら古き血族は今を生き延びています」
グリンは、エルフたちにとって今も続く救世の神話だ。
グランマグナの存在を含め、古の血族の間ではそれが真実であるという歴史的証拠を含めた伝承が残さている。
しかし、グリンはエルフを繁栄に導くつもりはなく、エルフのことはエルフで決めさせている。古き血族がグリンにお伺いを立てるのも形式上のことで、結局の政治的決定権は古き血に委ねられている。
その政治の次代を担う男の顔は、憂いに満ちていた。
「嘆かわしきかな、今ではエルフはグリン様のご慈悲の意味を忘れて血統に拘り、土地に引きこもり、停滞を招くばかりです……はぐれエルフなどと、とんでもない。フェオさんのように新たな生き方を模索する新世代が外の世界では育っているというのに、今のままではエルフは血も価値観も濃くなりすぎてしまう。我々も外に出なければならないのです。無理矢理にでも!」
これは決意表明だ、と、ギューフは思う。
他の何人の臣下と家族が反対するとしても、神獣グリンはただ聞くだけだ。決断は今を生きる人に委ねきりだ。だからこそ、誓いを立てる意味でもギューフは決意を言葉にして伝えたかった。
「劇的な変化が必要なのです。婚約者の話程度では済まない、世界を変える変化が……今、それを実行できるのが私だけなのならば、それが私の宿命と信じます」
「ブゥ」
「はい」
エルフの古の血の盟約により、古き血族はグリンの意思が感覚的に分かる。
グリンは今、よいのだな、と、それだけギューフに告げた。
神はギューフの言わんとすることを既に理解していた。
「世界を停滞の螺旋に導く『人理絶対守護聖域』の存在を公表し、エルヘイムに封印された『聖者の胴』を破壊します。勇者と魔王の無意味な争いを終わらせる。たとえそれが波乱に満ちた未知の時代の幕開けだったとしても、です」
幸か不幸か、既にそれと知らずにある男が『聖者の左腕』を破壊している。
これは先触れだ、そのときが来たのだ。
だから、あのときギューフはハジメにも深く感謝した。
彼は歴史上初めて、それとは知らず『人理絶対守護聖域』が普遍ではないことを証明してギューフに決断する勇気をくれた男なのだから。
実は知らないところで超やらかしていた男、ハジメ。




