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ヒヒは既に五つ目の問題――近隣市町村から新たな村の設立許可を貰わなければならない問題の解決のために動き出していた。
「腕が鳴りますなぁ、イヒーッヒヒヒヒーーーッ!!」
すごく悪い事を企んでいるようにしか見えない。
主に笑い方のせいである。
フェオの村に隣接する町村は、厳密には森のせいで隣接してると言えないが国の基準で勝手に四つほど存在する。一つは最寄りの冒険者ギルドがあるため村の殆どの人間が行き来しているが、他の町村はまったく接点がない。
ヒヒはまず、何も知らないふりをして各町村で行商をしながら最新の情報を得る。
町村は、フェオの村は薄利多売で野菜等の特産品を売り捌くことで自分たちの客層を奪い取るつもりだから村の存在を認めると不利益になる、という感じのホラを吹き込まれているようだった。
今のフェオの村は世間では弁当村である。
弁当の具材が100%フェオの村産なことから警戒感が増しているようだ。
しかし、別にフェオの村はそんな戦略は立てていない。
それを口で伝えたところで彼らは信じないだろう。
ならば、どうするか。
彼らの顔を立ててやればいい。
「業務提携?」
とある村の代表のような地位にある商人に、ヒヒはそんな話を持ちかけた。
「ええ、ええ。そもそもここら一帯の農産物は都心部からすれば安く買い叩かれているのが現状です。ですのでフェオの村は村独自のブランドではなく、周辺の町村と連携して総合的に品質の高い地方ブランドとして売り出すことを考えているんですよ」
「ん~確かにそうかなと感じることは多いが……抜け駆けする気じゃないのか?」
「フェオの村はこれまで商売の経験がまったくない。売り出すにしても周辺の町の協力は必須です。むしろ勝手に商売を始めては他の町村の産業と衝突してしまいます故」
(なるほどなぁ。早い内に提携しておいた方が手の内を読めるから対策も出来るか……)
現状、ここら一帯の農村や町は近隣の町村と『売り』が被らない形で商売をしている。同じ商品同士で争って切磋琢磨するのが社会の有り様かもしれないが、それだと唯でさえ裕福とも人の流れが多いとも言えない村同士で潰し合いになってしまい、全体が疲弊することにもなってしまう。
フェオの村はそんな現状を知った上で、新参として先達の失礼に当たらないように筋を通しているとも受け取れる。ハジメのバックアップがあるフェオの村はやろうと思えば市場に無理矢理上がり込んでもっと滅茶苦茶をすることも出来るのだ。
連携してブランドを立ち上げれば互いに互いの手の内をある程度は明かしつつ足並みを揃えることが出来る。ヒヒの言うように足下を見て安く買い叩く都心の商人への牽制にもなる。ブランドの評価次第では付加価値によってもっと高く商品を売れるだろう。
「でも結局の所、うちの村長がフェオの村を認めてくれんことにはなぁ」
それは申し訳なさを含んでいるようであり、もっとフェオの村に譲歩をねだるようでもあった。
これに対してヒヒは驚くほどあっさりと話を引っ込めた。
「左様ですか、残念ですなぁ。では二つ隣の町とも話し合ってみますかなぁ」
「……なに?」
「元々このブランド立ち上げは参加町村を多く募るつもりでしたので。さてはて、快い返事は果たして聞けますかなぁ……」
さも不安げなヒヒだが、商人は別のことで頭がいっぱいでそんな小芝居に気を取られる余裕もない。
二つ隣の町となると、フェオの村と隣接した地域ではない。
村を認めるかどうかの政治的な争いの外側だ。
近隣の村とは密に連携を取って抜け駆けがないよう口裏を合わせている町村と商人たちだったが、まさかそれを飛び越えて外へ行くとは予想していなかった。
商人の背筋に冷汗が流れる。
考えてみればフェオの村は別にこの村に拘る理由はない。
それにヒヒはここら一帯の村と組むとは言ったが隣接した村と組みたいとは言っていない。もし二つ隣の村が話を快諾してしまえば、その近隣の村も頷いていって逆にフェオの村に隣接する町村だけブランドの流れに取り残される可能性がある。
まずい、と感じた商人はヒヒを呼び止めた。
「待ってくれ!」
「んん? 焦ったご様子ですが、一体如何されましたか?」
「一日……一日、皆に話を通して説得する時間をくれ。明日の同じ時間に返事をする」
「おや、真でございますか? それはそれは……快い返事を期待しております、イヒヒヒ……」
今度こそヒヒが去ったあと、商人は悩んだ。
十三円卓からの圧力を突っぱねてまでこの商売に乗るべきか否か。
しかし、フェオの村のバックにいる冒険者ハジメの財力は桁違いだと聞く。
それに、十三円卓からすれば自分たちは田舎者で付き合う旨味もない。フェオの村拒否の便宜を図ってくれたとて、長期的なリターンは望めない。
(いや、そもそも他の村にもきっとあのじいさんは行く筈。同じ話を聞かされれば、ぬ、抜け駆けが出るかも……そうなればうちは大損になりかねない!)
それに、この提携は悪い話ではない。
フェオの村が周辺町村を尊重するというなら、交渉次第で先達である自分たちが主導権を握ることも不可能ではない。そもそも話し合いのテーブルに着かないのでは何の手の出しようもないのだし、弁当村の評判と勢いも聞き及んでいるので放置は愚策だ。本当に市場で居場所を奪われては笑い話にもならない。
(こうしてはおれん! 急いで村長に直訴しなければ! 商人の起こすムーブメントは時に政治を上回る利益を生む。波を見過ごすのだけはまずい!)
商人の予想通り、ヒヒは隣接する全ての村に同じ話をした。
どこも一度は突っぱねたり曖昧に返したが、同時に自分たちだけ蚊帳の外に置かれる可能性にも気づいた。
そして、ヒヒが実際に政治的な争いの外にいる町村の商人にも声をかけていたという情報を得た彼らは苦悩の末に一つの結論を出した。
村長、町長を説得してこの話に乗って貰おう、と。
それはすなわち、フェオの村を正式な村として認める判断を下すことを意味する。
こうして、十三円卓の根回しも虚しくたった一日で全町村がフェオの村を正式に認める許可を出した。
フェオはちょっと引いた。
「ヒヒさんこっわ……実質一日で十三円卓の根回し打ち崩すとか本当に怖いんですけど」
「いえいえ、この程度は孫の悪戯より可愛いものですよ。イヒヒヒヒヒ……」
何でもないかのように笑うヒヒだが、もし彼が商売敵に回ったらフェオはまったく勝てる気がしなかった。
ちなみにブランド構想は前々からアマリリスとヒヒの間で考えられていたもので、説明会に訪れた各町村の代表や商人たちが思わず唸る程にはよく出来たものであったという。
ヒヒ――自称ウェルカン・ヒッヒッヒ。
正体不明のこの老商人のことをフェオは殆ど知らない。
ただ、彼と最初に出会ったときにハジメが耳元で囁いた言葉をフェオは思い出した。
『これは冒険者としてのアドバイスだが、あいつとは仲良くした方がいいぞ』
結果的にその通りになったものの、今更になってその言葉の本当の意味を実感したフェオは「このおじいさん実はとんでもない人なんじゃ」と疑るのであった。
◆ ◇
土地問題、それはいつ如何なる時代も人と人の間で争いが絶えない問題。
野生生物にナワバリがあるように、土地も人にとってはナワバリのようなものだ。
人が全てを支配するには余りにも大きな大地の上で、限られた空間を巡って時には殺し合いまでもが起きる。いつしか人は宇宙の支配権までをも巡って争いを始めることだろう。
というわけでさっそく土地の分割を開始しようとしたハジメたちだったが、住民説明会の反応が思っていた以上に芳しくなかった。
「土地代かからないって聞いたからこの村に来たのに……」
「買うようなお金がないですよ。ちょっと待ってください!」
「管理、維持にも手間がかかるのに急にそんなこと言われてもなぁ」
やはり、自分の財布に直結する事柄となると皆も軽々しくは頷かなかった。
特に村に入った人間の中でも後期の組の表情が硬い。
一応土地を買うことのメリットを様々用意していたが、住民の約半数ほどから判断を保留されてしまった。
「結構いい条件だったと思うんですけどね……」
「これまで負担がゼロだったものが急に目に見えるようになって不安なのかも知れない」
土地の購入代金は殆どタダ同然。
村の経済が一定の成長水準を満たすまで毎月生活保障付き。
村のゴタゴタに巻き込んでしまった迷惑料も上乗せしている。
他にも、村人は公共設備の利用が割引されるなどたっぷり色をつけて好待遇を維持している。
それでも住民が頷かないのは、愛着の差かもしれない。
彼らは人生に於いては苦労していただろうが、この村の家を手に入れることに対しては苦労していない。開墾前の姿と、開墾の苦労も知らない。積み重ねの薄さは心に占める割合の希薄さにも繋がる。
自分の土地を持ちたい、という感覚が無いのだ。
アマリリスがフェオを励ます。
「こういうのはスムーズに進まなくて当たり前のことだから、落ち着いて少しずつ皆からヒアリングを進めよう。必ずどこかに妥協点がある筈だよ」
「……そうですね。そうですよね! まだ諦めるには早いですよね!」
フェオはへこたれずにヒアリングを開始した。
その結果判明したのが、反対者の殆どがそもそも土地を持ったことがないという事実だった。
それはそうだ。
この世界は領主が土地を治める封建的な社会がベースになっている。
今でこそ資産を持つ冒険者や商人などが個人の土地を所有することは一般的になってきたが、世間一般の人は実質的に地主の領地に住まわせて貰っている立場といえる。少なくともこの世界の人々はそういう感覚で生きている。
村に来るまで定住できる住所さえなかったというタイプの人は、土地を持てと言われてもちんぷんかんぷんなのだ。
じゃあもうフェオを地主とした形でよくないかとも思うのだが、十三円卓が「領主を増やす気はない」とか「地主が村長になったら支配的な体制になるので民の保護のために認められない」とか、なんか色々ケチをつけて認める気がないらしい。
領主が増えたら税収も増えて国は得をするのではないかとも思えるのだが、円卓的にはハジメに味方する権力者が増えるのが気に入らないらしい。なんとも七面倒くさい連中である。
「……まぁいいか。フェオ、大部分の土地の持ち主が特定の人間だから円卓は文句を言っているんだろう?」
「そうですけど、何か解決方法があるんですか?」
「個人で所有したい所には従来の予定通り土地を売りつけ、その他自分で土地を持つのに抵抗がある人達は借家の扱いにして、村の誰かがその土地の権利を持つ代わりに管理を請け負うようにしたらどうだろう?」
「なるほど、それなら土地を持つのを面倒がっている人がそのまま住み続けられますね。地主の負担が気になるところですが、そこは借家に住む人達にも管理に協力して貰うことでバランスが取れるかもしれません」
地主は手間の分だけ収入が増えるし、借家に住む人は煩雑な土地管理の問題を他人に委ねられる。将来的に問題が発生する可能性はあるが、それは社会が歴史を刻む上で当然に発生する問題なので、その都度対応していけばいい。
少なくとも、ハジメの財産があるうちはこの村の大抵の問題は解決可能だ。
その間に村を軌道に乗せ、後は後世に託せばいい。
こうして話し合った結果、村の中から複数の地主が誕生し、村長であるフェオも出資者のハジメも突出した面積の土地を持っているとは言えないラインに達した。
これでもまだ文句を言うというのなら、国はもう新たな村というものを認める気がないということになる。流石にそこまでゴネる気は円卓にもないと思いたい。
こうして諸々の問題が解決に向かい始めた頃――突如として村に三つの土地からの来訪者があった。うち二つはハジメが声をかけた相手だが、最後の一つは誰も予想していなかった。
一つはキャバリィ王国より女王アトリーヌと最側近のユーリ。
ユーリはウェアウォルフの重戦士の男で、アトリーヌの最初の人間の臣下でもある。
実はバランギアでのドンパチにも参加しており、レベル70近くはある実力者だ。
「村の視察に女王がきたぞぉ~!!」
「気の抜けたことを言うな。実質暇つぶしに遊びに来たようなものだろうに」
「と言いつつ付き合ってくれるじゃん、ユーリ」
「女王を一人でぶらぶらさせる臣下がどこにいる。ほら、行くぞ」
「はーい」
仮にも女王相手にため口どころか雑に先を促すユーリだが、二人の会話の気安さが信頼関係の深さを感じさせる。
そんな二人と一緒にやってきたのはエゼキエル――バランギアの皇の隠された本名であり、地位を隠しているときの名前――と部下のセルシエルだ。
「余が……じゃなくて、皇の命によりフェオの村の視察に参った」
(エゼキエル様! 敬語、敬語をお忘れです!)
「し、視察に参りました……」
全然皇じゃないフリが身についていない。ついでに相変わらずピンクのものを視界に入れないように頑張っているエゼキエルである。
ちなみに母親の解呪は順調のようだ。
キャバリィ王国とバランギア竜皇国の代表を呼んだ理由は、十三円卓が妙な理由で難癖をつけてきた時のための対策だ。二つの国家がフェオの村の視察に来たというのは、それらの国家がフェオの村の存在を正式に認めたと解釈出来る。箔としてはこの上ないものだ。
予想外だったのは、そこにエルヘイム自治区を治めるエルフの『古の血族』まで現れたことだ。
十数名の見目麗しい男女のエルフの騎士に護衛されて現れた長身の美丈夫は、気品のある出で立ちで恭しく挨拶をする。
「事前に通達もなしの突然の来訪をお詫び申し上げると共に、非礼な我々を迎え入れてくれたことに深い感謝を。我が名はギューフ。エルヘイム自治区を束ねる古の血族に連なる者です。後ろの者たちは我が配下です」
ギューフ王子と言えば、フェオを婚約者候補にしていたあのギューフである。
フェオは結局婚約を断る形になったが、まさか向こうから来るとは思わなかったのか彼女の顔色が若干悪くなる。ハジメはすかさず彼女を庇うように前に出た。
「して、今日は何用で?」
(ハジメさん……)
「視察というのも烏滸がましい、単純な興味本位ですよ。ご存じかも知れませんがフェオさんはエルヘイム自治区ではちょっとした有名人でして、遠い地で活躍するエルフと彼女の住む村を一度は目にしたかったのです」
「他にも目的がおありか?」
ハジメの視線は十数名のエルフにちらりと向く。
全員がレベル50を超えた手練れで、護衛にしては仰々しい。
ギューフはハジメの意図を色々と察したのか、にこやかに頷いた。
「ご心配なく。彼らは純粋に護衛です。古の血族が外に出ること自体が稀ですから私自身より周りが過剰に心配してしまうのです。それと、もし婚約者捜しの件をお気になさられているのならそれは杞憂です。私には貴方方を責めたり疎ましく思う理由がないのですから」
ハジメは自分なりの勘で彼の本音を探ったが、邪気は感じられない。
元々ギューフ王子はエルフの未来を憂う真面目な王子という話だったが、どっかの皇と違って本当に人格者のようだ。まぁ、王子と皇では地位も在り方も大分違うので差異が大きいのは不思議ではないが。
ちなみにエゼキエルはというと、ギューフとは面識がないためか顔を見られても堂々としている。
一先ず争いの気配がないことにほっとしたフェオだが、狼狽は隠せない。
「本当ならVIP待遇で迎えないといけないのに……き、緊張で手が……!」
彼女はエゼキエルが皇であることは知らないしアトリーヌとは一緒に食事をしたこともあるので、緊張の割合はエルフの古の血の方が大半だろう。
無礼があれば親に波及するかもしれないと恐れているのかもしれない。
しかしこれはチャンスだし、一人でやり遂げなければいけない話でもない。
ハジメは、これで少しでも彼女の後押しになればと不安を和らげる為にフェオの手を取る。
「いつも通りやればいい。俺はずっと隣にいる」
二人の手には、ハジメが渡したあのエメラルドの指輪とは違うシンプルな婚約指輪が嵌められている。もし何かがあっても必ず守る、そんな思いが伝わったのか、フェオはぎゅっとハジメの手を握って深呼吸をすると、覚悟を決めた顔に変わる。
「――では、フェオの村改めコモレビ村に皆様をご案内します!」
フェオならきっと大丈夫だ、と、ハジメは信じてついて行った。




