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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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28-2

 新たな村名は割と皆に受け入れられたので問題はクリアし、次は道の話になった。

 アマリリスを中心に色々と案が出る。


「ワイバーンを利用したドラゴン便みたいに空を経由するのはどう? 或いはゴンドラみたいなのとか。どっちも観光の目を引くと思うんだけど」

「うーん。ワイバーンの管理が手間だし。ゴンドラは高低差のあんまりないこの村には適さないんじゃない?」


 そもそもそれだとやってくる人がどうしてもお金を払わないといけない仕組みになる。

 それはフェオの願う所ではなかった。


「じゃあ単純に森に道を作る?」

「魔物除けのメンテとかの維持が大変じゃない? それにそれって一種の森の破壊に繋がるよね」

「確かに。すると残りは……地下道しかないわね!」


 空と地上に比べ、地下道は作るのに手間はかかるが森を傷つけないことと魔物の襲撃を受けない点で優れている。そこそこ深い穴を掘らなければならないが、ショージが昇降機を作れるのである程度は移動の便もよい。


 ただ、現代的な地下通路をイメージする転生者組に対して現地組は薄暗い洞穴をイメージしたのか、そこで一悶着があった。最終的にダンジョンを例えに出して説明することでなんとか理解を得られたが、今度は道を作るために森の土地の権利をハジメが買う必要が出てきて、工事の着工まで少々かかる結果になった。


 「それもこれも全て十三円卓って奴らのせいなんだ!」とショージが叫んでいたが、大体合っているので誰も突っ込まなかった。


 ハジメが頑張って最寄りの町までの直線ルートの土地をちょっと広めに手に入れたことで準備が整い、異世界でも珍しい地下道の工事が始まった。村のビルダー総動員である。


「プロジェクトエーックス……エーックス……」

「地上の星でも探すの?」


 現場監督ショージと副監督アマリリスがよく分からないことを言っているが、資金も物資も潤沢な割に工事は難航した。

 地下に張り巡らされる木の根、未知の岩盤、地下水……次々に予想外の事態が掘削作業を襲ったらしい。途中でショージがノリにノって不要な拡張工事の提案をしてきたのも原因の一つな気がする。


 ハジメは忙しくて現場は全然見に行っていないが、筋肉ムキムキの大工たちや村のビルダー達が入れ替わり立ち替わりで工事に参加していたのは知っている。なんならハジメが食事宿泊給金その他諸々の全ての代金を持った。

 選挙には金がかかると聞いてちょっと期待していたが、町内選挙とリアル選挙では色々違いすぎて大した費用がかからなかったため、ハジメは地下工事に期待していた。期待の仕方が完成ではなく費用に向いているのが実にハジメである。


「せっかくだから百年以上使える最高のトンネルにしたいよな。決して散財のためじゃないぞ?」


 嘘が下手な男、ハジメ。

 もしかしたら娘のクオンの嘘が下手なのもハジメのせいかもしれない。




 ◆ ◇




 ある日の工事中の昼休み、汗臭いガテン系の作業員達とともに地下から脱出して太陽光のありがたみを感じる。


「あ~自分が汗と土臭すぎてもう周りの臭いとか気になんねぇ」

「分かりやす、親方! でもだからこそ休憩前の水浴びがたまんねぇっすよね!!」

「水浴び終わったら飯だ飯!!」


 豪快に水浴びして土や埃を落したショージたちはお待ちかねの昼飯にありついた。

 塩気が多くタンパク質豊富な食事メニューはザ・現場飯といった感じで、特にこの時間に食べる塩むすびがショージの楽しみだった。食事は村の住民たちがハジメに雇われる形で用意してくれているので、遠慮無くいただく。


「くぅー、塩分が身体に染みるぜ! 漬物うめぇ、おひたしもうめぇ、鶏肉の唐揚げがうめぇ!! 体力仕事の後の飯ってたまんねぇなぁ!!」


 転生したての頃なら絶対に言わなかった台詞を素で口にするショージ。

 異世界に来てから少しずつ自分を改めてきたショージは、段々と本気で今のビルダー生活が気に入り始めていた。家に帰ればプラネアと草薙の剣もいるし――草薙の剣は喋らないが、一方的に話しかけている――ブンゴ以外にも友達が出来るようになった。彼女はまだだが、もうそれをやたら嘆くこともなくなってきた。


 そんな充実した生活を送るショージはそろそろ水が欲しくなる。

 すると、狙い澄ましたように水が差し出される。


「お、サンキュー!」


 既に1杯目の水を全て飲み干していたが、2杯目の水もまた全身に染み渡る。

 そして飲み終わったあと、ショージはそういえば誰が水をくれたんだろうと視線をやる。

 すると、そこに見覚えのない少女がいた。


 紺青色の髪を短めに纏めた、色白な少女だった。

 額に一本角があるが、独特の形状から鬼人のものではなく竜人のものに見える。

 ショージより数歳は年下に見える少女は、着物を現代風にアレンジしたような和を感じさせる装いをしていた。派手な飾り気はないが、それが逆に少女の色白さと紺青の髪の美しさを際立たせているような気がした。


 少女はショージが水を飲み終わったのを見計らうと、恥じらうようにすっと顔を隠してどこかに行ってしまう。あんな綺麗な子なのに村の中で見た覚えがないな、と思ったショージだったが、不意に弟子であるガテン系に話しかけられる。


「親方ァ!! トンジルってスープがあるそうですが、どうしやすか!?」

「え? 貰う貰う! 肉多めのゴボウ少なめ!」

「アッシャイ!!」


 多分肯定を意味しているのだろうがよく分からないかけ声を叫ぶガテン系。

 彼に気を取られている間に少女の姿はすっかり見えなくなった。

 気になったショージはアマリリスに声をかける。


「なぁ、今の子誰だか分かる?」

「へ? 誰かいたっけ?」

「深い青っぽい髪で和装の女の子だよ。色白で、多分竜人かなぁ。中学生くらいの年齢に見えたけど……」

「そんな子いないよ? とうとう妄想が強すぎて架空の彼女でも作り始めたの?」

「いない? そんな筈は……だってこれ、水くれたし」


 結露がうっすら張り付いた水入りのコップはちゃんと二つある。

 一つは元々ショージが持っていたもので、もう一つは少女に貰ったものである。

 アマリリスは「そんなこと言われても」と首を傾げる。


「この村に定住してる竜人なんてクオンちゃんだけじゃん。他にいたら絶対噂になるし、そもそも私、住民全員顔覚えてるのに間違える筈ないよ。今は外部の人間もいないし、そんな人は村には実在しませんよー」

「え、じゃあ……あのカワイコちゃん誰なの???」

「だから幻では???」


 実はショージにしか見えない幽霊だったのではないだろうか。

 そういえば、古い作品だと実は幽霊に好かれていたパターンはある。

 ショージは急に自分が飲んだ水が大丈夫なやつなのか不安になるのであった。


 ――ちなみにその少女はトリプルブイの工房の裏口に入り、そして抜き身の剣となってふわふわ浮きながらショージの家に戻ってくのをNINJA旅団が確認しているが、トリプルブイたちに「あの子のことはショージにはナイショにしてあげて。シャイな子だから」と言われたために彼らはショージの捜索依頼に「そんな子はいない」とだけ答えた。


 その日の夜、幽霊に怯えて護身のためにショージに鞘越しに抱きしめられた草薙の剣はどこか嬉しそうだった、と後にプラネアは語った。




 ◇ ◆




 第三の問題解決のため、遂に村長選が始まった。


 ボランティアにコトハやブリットなどルシュリアの部下たちがやってきたのは、まぁ予想通りとして。


「今回は来ないと思った? 残念、ルシュリアちゃんですわ!」

「失せろ」


 結局ルシュリアもやってきてハジメの機嫌は急降下して地中に突き刺さった。

 とはいえ唯の村長選でルシュリアが悪事を働くことは出来ないので、せめてコキ使ってやろうと雑用に回すハジメであった。


 なお、村長選は複数名の立候補者が参加した。


 立候補者一番、ブンゴの演説。


「冒険者ブンゴ、冒険者ブンゴに清き一票をお願いします! ご声援ありがとございます、ご声援ありがとうございます!!」

「誰も声援あげてにゃいにゃ」

「そもそもまだ公約すら出ていませぬが。あれも異能者の病気なのでしょうか」

「全体的に謎でゴザル。ブンゴ殿は村長になったら何を為す予定なので?」

「いや、こうして壇上に上がって目立ちたかっただけだけど?」

「「「帰れ」」」


 清々しいまでの記念参加である。

 もうこの時点で察した者も多いだろうが、候補者はフェオ以外碌なやつがいない。


 立候補者二番、マオマオの演説。


「このマオマオ、書類仕事からお手伝いまでその他諸々なんでもござれです! マオマオの夢はお飾りの村長にウルちゃん様を添えて全ての雑務の面倒を見ると称して甘やかし倒すことです!」

「村長ですらないッ!?」


 イスラのツッコミに待ってましたと尻尾をふりふりするマオマオ。


「さあイスラさん、この村長選で村長すら目指さない堕落した不遜な悪魔の首を刈り取りに来るのです! さもなくばマオマオ斬首法案を通して一日一回斬首して貰いますよ!」

「どっちを選んでもマオマオさんに得しかないじゃないですか!?」

「イスラ、いつまでもあんなのに付き合ってないで慰霊の石碑運びますよ」

「え、あ、ちょ、マトフェイなんか力強くない……?」


 結局今回はマトフェイがイスラを奪い取ってマオマオは白けたのか途中で抜けてしまった。

 代わりにやってきたのが絶対に政治のことなど分からぬラシュヴァイナだった。

 まさかの飛び入り参加の三人目である。


「小生がソンチョーとやらになった暁には、毎食肉が食べたいぞ。毎日肉を献上せよ。美味しい肉なら尚のことよい」


 肉汁に脳が支配された哀れな独裁食欲モンスターである。

 キリッとしたクールそうな顔で言うものだから高濃度の残念感が漂っている。

 ハマオが挙手して彼女を説得する。


「ラシュヴァイナさん、村長にならずともお肉なら私が毎日食べさせてあげますよ。というか実際既に毎日食べてません? 連日連夜ウチの食堂に来てステーキからハンバーグからお肉料理を何でも食べてるじゃないですか」

「む!? そういえばそうだったなハマオ。じゃあソンチョーは辞めよう」

「帰っちゃったよッ!」


 たまに思うが嘗て『千練の猛将』とまで謳われた伝説の奴隷剣士であるラシュヴァイナはハマオに実質餌付けされていることについて何も思う事はないのだろうか。ハマオもラシュヴァイナをかなり甘やかしている感はあるが。


 ちなみに立候補者四人目はクオンであった。参加要件を満たしていないが可愛くおねだりして出させてもらったらしい。


「クオン、村長やってみたい! でもクオン村長の仕事分かんないから仕事はみんなにまかせるね! クオン知ってるよ、こーゆーのセッカン政治って言うんでしょ、ママ!」

「厳密には摂政も関白もこの村の制度には存在しないから、まぁ妥当な呼び名としては名誉村長辺りだろうな。あと、もしかしてクオンが当選したら俺が村長の仕事するのか?」


 流石にそれは本業に支障が出て困るなと思っていると、メーガスがやんわりクオンをたしなめる。


「クオンちゃん。村長やりたいなら一日村長みたいな手もあるし、あんまりママさんを困らせないようにしましょうね?」

「はーい、メーガスせんせー」

「うふふ、クオンちゃんは物わかりが良くて賢いわね」

「えへへー」


 クオンの桜色の髪を優しく撫でるメーガス。

 村の学び舎で教師と生徒の関係にあるだけあって、結構仲良しである。

 この村で一番正体がエグイ二人だったりもするが。


 他数名の真面目な参加者もいたにはいたがパッとせず。

 一部村長選というものが何かも分かっていなさそうな面子も混じっていたが、そこそこ盛り上がった末に当選したのはやはりフェオだった。というかフェオ以外の誰が当選したら困るくらい中心人物なので当然である。

 それでも正式に皆に選ばれたフェオは感極まっていた。


「皆さん、ありがとうございます! これからは暫定村長じゃなくて皆の村長として、より一層村の発展に努めてまいります!!」

「無理しなくていいよ、フェオちゃーん!」

「そうそう。みんなの問題はみんなで解決していきましょ!!」


 この村に完璧で強力なリーダーシップは必要ない。

 必要なのは連帯感と団結力を生む、活力の源泉となる存在だ。

 未来への展望に溢れ、人々の話に耳を傾け、村の発展に誰よりも真摯に取り組んできたフェオだからこそ、皆に全幅の信頼を寄せられる。


(これで村長の問題は解決だな。村人全体が参加したことであの子の立ち位置は主観的にも客観的にも明確になった。もうフェオ中心の村の体制は十三円卓議会のちょっかい程度では揺るがないだろう)


 そもそも今回の結果は女王が立ち会ってのものなので十三円卓は何も言えないだろう。弱い相手には威張るが強い相手にはおもねる、それが十三円クオリティである。

 帰り際、ルシュリアが振り返る。


「ハジメ、十三円には奥の手と呼ぶのも憚られる恥知らずな方法がありますけど、対策は考えていますか?」

「分かっているが、問題はない。最後には十三円卓はフェオに屈することになる」

「……むぅ」

「なんだ?」


 非常に珍しくふくれっ面をしたルシュリアが半目でハジメを睨む。


「あなたちょっと真人間になってきましたわよね。やり方がとかじゃなく、感情がです。普通の人間に近づいてて、なんか気に入りませんわ」

「心配するな。今も昔も変わらずお前のことは気に入らないままだ」

「……」


 ルシュリアは一瞬ぽかんとし、そして頬を朱に染めて破顔した。


「貴方の中の私は揺るがない……やだ、これまでと趣の異なる興奮を覚えてしまいました♪」

「気色悪いからさっさと失せろ」

「うふふ、うふふふふ。またお遊びに付き合ってね、ハジメ!」

「内容によってはまた殴るぞ」


 何がそんなに嬉しかったのか、ルシュリアは部下とともにスキップしながら帰っていった。

 特に何の科学的根拠もなく塩を撒きたくなったハジメであった。

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