28-1 フェオの村 vs 十三円卓(ただし円卓からの一方通行)
フェオの村は、ハジメが詐欺に遭って手に入れたゴミみたいな……ではなく広大な土地を開拓し、そこに住み着いた人間がフェオを中心に勝手に作ったものである。
シャイナ王国の正式な認可など何一つ受けていないし、地図にも当然乗っていない。
つまり、フェオの村は今のところ法律上の村ではない単なる寄せ集めに過ぎない。
しかし、フェオの村の住民はその土地に定住し、自給自足が可能なだけの生産業が行われている。これまで住民達は村には住みつつも戸籍上の所在地に基づいた土地に税金を支払っていた。しかし、人口が増えてフェオの村の成り立ちをよく知らない人も入ってくるようになった中、その問題は必然的に浮上することになった。
フェオの村を正式な住所としたい。
そのために、この村を国の認可がある自治体として登録してほしい。
そうすれば彼らは戸籍の住所と現住所が違うというややこしい問題を解決し、煩雑な行政手続きも村の中で行うことが出来るようになる。
フェオはこれまで自分への自信のなさなどから正式な村認定の話題を敬遠してきたが、もういい加減に尻込みするほど弱気でもなくなってきた。むしろ、これはフェオにとっての始まりだ。
「フェオの村を正式な村にするための活動を開始します!!」
遂に、計画が動き出した。
そして申請を行ったら十三円卓がなんか勝手にハジメの陰謀と勘違いして全力で妨害してきて頓挫した。
「泣いてないもん……泣いてないもん!」
「なんか、その、すまん」
フェオの村の村化計画が何故頓挫したのか、それを話し合うための会議が始まった。
参加者は現在の土地の持ち主であるハジメ、村長のフェオ、村の産業を全体的にマネジメントしてくれている上に領地運営経験のあるアマリリス、そして妹のベアトリス、最後に商人であり人生経験豊富なヒヒ。
有給休暇を取ってはせ参じたハジメの義理の妹、オルトリンドは飛び入り参加だ。
法律に詳しく十三円卓の動向も探れるオルトリンドはさっそく説明を始める。
「まずは解決難易度の低い問題から処理していくことをおすすめしますが、よろしいですか?」
「お願いします!!」
「よろしい。ではお手元の資料をご覧ください」
まず第一に、村の名前を『フェオの村』で提出した所にケチをつけられた。
「村の名前についてですが、いつの間にか通っていた村の認定法改正により住民の過半数以上が参加した投票ないし公募で決定が為されたこと、ないし10年以上その呼称が一般的に使われていることのどちらかが要件になっています。これは住民の同意が得られればすぐにでもクリア可能でしょう」
「確かにそうだが、そもそもフェオは村の名前が『フェオの村』でいいのか?」
「え? だって自分の名前がこれからも村の名前として残るって考えたら良くないですか?」
異世界人センス的にはアリらしいが、ハジメは一応自分の考えを示す。
「ここは一つ、一般公募を募るのはどうだろうか。皆の意見も一度聞いた方が良いと思う」
幸いこれにアマリリスとベアトリスが同意を示した。
「確かに。公募の結果フェオの村がいいと決まったにしても、しっかりとした場で決めた方が皆の納得を得られやすいかも」
「もっと素晴らしい案が出てくる可能性もありますし、やって損はないと思いますわ」
「では第二の問題ですね」
次に挙ったのが、交通の便が悪すぎ問題だ。
「なんかいつの間にか正式に村と認められる要件に交通の便が追加されていました。他にも交通の便が悪い村など幾らでもあるので多分ですがフェオの村狙い撃ちの法律です」
遡及効がない――法律制定時点より前に認められた村は現在の基準にそぐわなくとも問題ない――のでまさにそうなのだろう。とはいえ、言い分はまったく的外れとも言えない。
「ヒヒヒ、そうは言えど交通の便の悪さは確かに些か問題な気もしますなぁ。商人仲間もまったく来ない程度には過酷な道中ですし」
「転移台があるとはいえ、森のど真ん中ですもんね……」
フェオの村は地元の人間も迂闊に入れば危険とされる『霧の森』の割と奥に存在している。そこそこ凶暴な魔物も出る森を突っ切って村に来なければならないのは確かに一般人にとってハードルが高すぎる。
これまで入居者は村人が護衛して辿り着いていたが、観光にも力を入れるとなれば何か別の方法を模索する必要があるだろう。逆を言えば、その方法さえ定まればあとはショージやアマリリスがビルダー技術でなんとかしてくれそうだ。
三番目、正式に村長選をやってないのにフェオに村長名乗られても困る問題。
「名前の公募と同じで村長選をやれば解決だな」
「ところが脳みそ十三円は村長選は公平を期すために公的身分のある第三者の公正な監視の下に行われないと認めないと言っています」
とうとう円という通貨を知らない筈のオルトリンドまで脳みそ十三円と言い出したのはさておき、そんなに難しいだろうかとハジメは首を傾げる。
アマリリスがはいはいと手を挙げて問いただす。
「呼べばいいんじゃないの、役人をさ?」
「村長選に必要な第三者を務めるという業務が王国役人の業務に存在しません。存在しないので役人が来ません。しかし十三円は村が自分たちで解決しろと言っています。そして役人抜きで行われた村長選は公平性を欠くので認めないそうです。つまり、村長を正式に認める気そのものがまったくありません」
「立法権を濫用しすぎじゃない? いい年したジジイ共がみっともない……」
アマリリスは思いっきり舌打ちした。その努力を少しは民の生活を良くすることに使ったら良いとその場の全員が思った。
だが、そう来るなら個人的な伝手を頼ればいいとハジメは考えを切り替える。
「リン、役人仲間の知り合いを何人か引っ張ってこれるか。ボランティアという扱いならいいだろ?」
「いいけどおにぃ、前に十三円のうち一円を裁判で豚箱に叩き込んだせいで私は関われないから気をつけてね。あと呼ばれる面子たぶんルシュリア様の部下ばっかになるよ」
「本人が来なければいい。あとあんなのに様をつけなくていい」
なんならルシュリア王女に頼めば全部解決してくれる気もするが、ハジメのルシュリア嫌いは全員の知る所だし、自力で解決することに意義があるので誰もそのことは口にしなかった。ついでに土地の所有者の在り方もきちんと話し合った方が良さそうである。
四番目、正式に村だと認められるための国の視察、測量、村役場設置など諸々の費用を全部払え。国の基準を満たしてたら補助金を払わないでもない。ただし村の道が完成するまで行く気はない。
「補助金の項目に、村の中で一定以上、具体的には兆を超える個人資産を持った人物がいる場合は一切対象にならないとあります。完全に個人攻撃の為の法律です。しかも村役場の設置に際して役場の基準が無駄に事細かに法律で定められているのに役場建築を役人は一切手伝わないことになっています。つまり自力で作って貰うが基準に満たないなら建て直しだそうです」
「だいぶ意味のわかんない基準じゃないですかねぇ」
「今の社会を鑑みるに王国内で新しい自治体が設立される可能性はかなり低いので社会に実害がないと言えばないが……」
フェオが苛々を募らせ始めている程度には確かに意味が分からない。
なぜ村の補助金と個人資産が結びつくのだろう。
個人資産が多い人間がいたとしても、だからその人が村にお金を出すかどうかはあくまで個人の判断でしかない筈である。もちろんハジメは出す必要があるなら過剰なくらいに出すが。
納得感は別として、これは道の問題が解決すればクリアは可能だろう。
村の中は名建築家揃いだし、なんならここがダメだと言われた瞬間にショージがその場で壊して修正して対応出来そうな気がする。
五番目、周辺市町村から村の設立許可が必要。
「いらないでしょそんなの! なんで森のど真ん中の村にある村のために周囲の町村に許可取る必要があるのよ!?」
とうとうフェオがキレたが、オルトリンドが冷静に諭す。
「いることにされました。建前上は市場の混乱を防ぐためだそうで、法律にも明記されています。そして恐らくその市町村に円卓が圧力をかけて許可しないように唆していると思われます。村が新設されれば何か不思議なことが起きて売り上げや税収が減るからやめておけみたいな」
「そして言うことを聞けば目に見えない見返りがあるんですねわかります、わかってたまるかぁ!!」
荒ぶるフェオは書類をスパーン! とテーブルに叩き付けた。
まさに汚い政治家の手の回し方である。
人は他人が得をしているとなんとなく自分は損をしているように感じてしまう心理が働くことがあるらしい。円卓はそういうなんとなくを擽る手に長けているようだ。金でぶん殴ろうにもその金が賄賂だと言われればあまり言い返せないのでどうしたものかと思っていると、ヒヒが手を挙げる。
「ここはこの老骨にお任せいただけませんか? 商人の戦い方というものを披露しますよ、イヒヒヒ……」
ヒヒは商人としては海千山千のベテランだ。
ここはヒヒを信じて良いだろう。
最後に残ったのが、土地の権利についてだ。
「村の中でルールは決めているが権利上は全部俺の所有物扱いだからな。土地を住民別にきちんと分割して権利の所在をはっきりさせた方が良い。これは少し時間がかかりそうだから地道に進めていくか……」
「わたくしたちローゼシア姉妹が手伝いますわ」
ベアトリスはそう言うと、フェオに向けてちょっと苦笑いした。
「これに関しては確認してないフェオちゃんがちょっと迂闊かなぁ……なんて」
「ううっ!! 返す言葉がない……」
ベアトリスの一言がよほど刺さったのか、痛恨とばかりにフェオは項垂れる。
ちょっと考えれば自治体の筈なのにハジメが全部の土地を所有しているのはヘンだと思いそうだが、彼女は村づくりは得意でも土地の権利にまで気が回らなかったようだ。とりあえず背中を撫でて慰めてあげるハジメだった。
「問題は山積みだが、一つ一つ片付けていけばいずれ必ず条件は満たせる。文句なしの環境を国に叩き付けてやろう」
ハジメの総論に、全員が頷いた。
◆ ◇
手始めに村の正式な名前の一般公募が始まった。
村人全員参加で、上がってきた候補を委員会で精査する形で、会議の参加者プラス数名が委員会として機能している。
公募で集まった名前がオルトリンドの手でボードに列挙されていく。
「まず、ハジフェオ村とフェオハジ村」
「ハジフェオ派だけど却下で」
アマリリスが容赦なく切り捨てる。
言葉の響きは非常によいが村の名前としては不適切である。
「次に、ウルちゃん様と愉快な下僕村」
「村長差し置くな。却下」
首を落されるのが趣味な愉快悪魔の仕業に違いない。
まぁ確かに出すのは自由だが、もう少しマシな案はないのか。
「森村というのも」
「名字じゃあるまいし。却下」
全国の森村さんには申し訳ないが村の名前として相応しくない。
「あつまれ!みんなの村」
「パチモンか。却下」
「おいでよ!みんなの村」
「同レベルの発想。却下」
「はまおのごはんおいしいよ村」
「食欲しかないんかい。却下」
「NINJA村」
「忍べよ。却下」
「最先端魔法研究村」
「研究してない。却下」
「シュバルツバルト村」
「ドイツ語使えばいいってもんじゃない。却下」
「樹海村」
「ホラーのタイトルか。却下」
「カリココ村」
「一文字違いだとしてもアウトなのよ。却下」
キレのいいツッコミで没が量産されていく。
ちょこちょこ誰が出したのか特定出来そうな案があるが、一応匿名である。
ちなみにアマリリスの判断を皆も基本的に支持しているので却下に反対する者はいない。
こんな感じでダメそうなものを切り捨てていくと、多く出たのは「フェオ村」と「フェオの村」だった。
しかし、それ以外にもちょこちょこよさげなものがアマリリスの目に留まる。
「フォレス村」
「シンプルだけど意外とありかも? 保留!」
「コモレビ村」
「これまたシンプルだけど村のイメージには結構合うわね。保留!」
「カンナビ村」
「神獣を祀ってあるという点ではアリかなぁ。保留!」
こうして様々に話し合われたが、フェオはなかなか自分の名前入りの村案を諦めない。そこまで言うならと全体が折れかけた頃、ハジメが「村の名前以外にもフェオの名を残す方法はある」と名前に拘りがちだったフェオに主張した。
「そもそも、後世ならともかく今の段階で見知らぬ人までフェオの名前を呼び捨てにする形になるのはどうなんだ?」
「どうなんだって、私は気にしませんけど……あっ」
何かに気付いたようにはっとしたフェオは、途端にニヤニヤする。
「もしかしてぇ、嫉妬してくれてます?」
「してない」
「してますよ。素直じゃないとこがなんかカワイイ」
「嬉しくない」
「仕方ないなぁ。嫉妬深いハジメさんのために名前を使うのは涙を呑んで諦めますか!」
「……そうか」
やけに上機嫌になったフェオが自分の名前に拘るのを辞めたことで候補が絞られ、最終的に「森と融合した町というコンセプトから考えると木漏れ日というワードは森と町が不可分であることを指し示すのによいのでは」という意見から『コモレビ村』が採用された。
「良かったですね、ハジメさん。好きな人が赤の他人に呼び捨てにされない案が通って! ねぇねぇ、なんか言ってくださいよぅ!」
「……」
言葉なく顔を逸らすハジメの様子が気恥ずかしげな様に見えて、妙に弄りたくなるフェオだった。
ハジメは無表情だが、その感情は見る人から見れば意外と分かりやすい。




