断章-5 fin
ハジメはこの世界のありとあらゆる武器を使いこなす。
水晶玉が武装になってる世界で水晶玉の熟練度を上げるくらいには使いこなす。
しかし、そんなハジメが実際には使えるのに普段まったく使わない武器がある。
「何故お前は銃を使わない?」
アマリリスに仕える狙撃手、リカントのマイルから率直にそう聞かれた。
マイルはアマリリスの移住以降、村の警邏や村と森の境界の監視などを行っている。
いわば自警団で、マイルを中心に数名と手伝いに時折NINJA旅団が手伝いに加わるといった感じだ。自警団と言ってもマイルは主であるアマリリスと村長であるフェオの指針に忠実で、彼が嘗て命令系統の徹底した組織に席を置いていたことを思わせる部分がある。
そんな彼は普段自分から誰かに話しかけることは少ないので、珍しいと内心思う。
「お前ほどの冒険者なら聖遺物級の銃も、一般に出回る銃も手に入れた事があるはずだ」
「確かに、持ってはいる」
ハジメは自分の道具袋から拳銃を取り出す。
これはとある転生者が持っていたもので、色々とあってハジメに譲渡された。リアルな世界の銃とそっくりな外見のそれは結構な性能だが、こうして手に握るのでさえハジメにはかなり久しぶりだ。
この世界に於いて銃は新興の武器で、扱っている店はとても少ない。現実の銃と違って相手に当てても体内に弾丸が残らず、ダメージの出方もリアルよりややソフトになっているが、強力であることに変わりは無い。
欠点として、弾丸は弓矢と同じく無限だが、一定回数発射すると強制的にリロードが始まる点でリアルの銃より利便性が悪い。また、鎧や固い外殻を持つ相手にはダメージの通りが悪いなど、効く相手と効かない相手の差が他武器より大きめだ。神なりのバランス調整なのだろう。
マイルは心底不思議だといった顔だった。
「お前ほど合理的で、しかも複数の武器を取り扱う技能を持っているのに何故銃を使わない? 複数展開すればリロードの問題も起きず、長距離から一方的に相手を嬲ることが出来る筈なのに」
「これは俺の個人的な価値観に基づく話なので、あまり真面目に考えないで欲しいが」
前置きをして、ハジメは持論を語る。
「銃には加減がない。引き金を強く引こうが、軽く引こうが、同じ結果が生まれる」
「それが銃の利点でもある。それに威力が過剰なら峰打ちスキルと併用すれば加減も出来る」
「それはそうだが、どうしても信用できなくてな」
確かにハジメの『攻性魂殻』を使えば相手をあらゆる角度から銃撃出来る。
ブンゴとショージに頼まれて『リアルファンネル』なるものを披露した程度には使いこなしもしている。
それでも信用出来ないのは、肉と肉のぶつかり合う戦場にいすぎたせいかもしれない。
「剣であれば切れ味は使う者次第。両断するも手加減するも俺の力加減一つだ。弓矢は直接的でないにせよ、飛距離と貫通力を決めるのは力加減や指の感覚で分かる。この力が敵の命を奪い、相手の心を砕くのだという見えない重みが実感できる。だが銃にはそれが殆ど無い」
「当然だ。使用者の負担を減らし、効率的に相手を仕留めるのが銃だ」
「それが……上手く言葉にできないが、避けてしまう理由だ」
「殺す実感でも欲しいのか? そういうタイプには見えないが」
「ううん……」
戦闘狂のように実感が欲しいわけではないが、あった方が良いともハジメは思っている。
しかし、その理由を上手く言語に出来ず、彼にしては珍しく口ごもった。
と、意外なところから答えを持つ者が現れる。
「敵を殺すことは、居場所を奪うことだ」
冒険から戻ってきたラシュヴァイナだ。
「戦いとは得る物のために失う物を賭す。力を示し、敵を屠ってその居場所を奪い取ることで小生は生き残ってきた。それが戦いだ。得るものあってこその戦いだ」
元奴隷剣士としての、余りにも純粋すぎる戦いへの意識。
純粋であるが故に、彼女にとって戦いとは様々な形に見える。
「銃を持つ者も確かに戦ってはいる。しかし、肉と肉がぶつかり合わない場所から銃を撃つのは戦いとは呼べぬ。それは自分が身を切らずに相手から欲しいものだけを奪い取る行為――虐殺や略奪だ。自分は手を汚さず誰かに戦いを押しつける腰抜け共と似ている」
ラシュヴァイナは「故に」と続ける。
「そうした手合いは、ひとたび戦場に引きずり出されると余りにも脆い。武器に飲み込まれているからだ。逆に銃を手段の一つとしか捉えていない者は戦場でも強かったが……ハジメはきっと銃を使うことで己が脆くなることを恐れているのだろう」
彼女の独特な世界観はしかし、不思議と的を射ている気がした。
銃を積極的に使うことで、戦いが苦しく残酷なことであるという事実を自分が忘れてしまうかもしれない。それを自罰的と捉えるか、それとも際限ない力の肯定を抑制していると捉えるかは別として、ハジメはそれを自分が自分であるために必要だと本能的に思っているからそうしてきたのだろう。
「まさかラシュヴァイナに教えられるとはな……人生分からないものだ」
「これでもコロッセオではお前より遙かに先達だぞ」
ふふんと胸を張るラシュヴァイナはやや子供っぽかったが、ハジメの悩みは晴れた。
強力なライフルを持つ狙撃手であるマイルはいまいち納得していなかったが、それは彼がラシュヴァイナの言う後者――銃をあくまで手段の一つとしか思っていない人間だからだろう。ハジメは自分の考えを纏めるのも兼ねて、解釈を述べる。
「目的のために銃を用いるのと、銃ありきで目的を設定するのとでは大きく意味が違う。ラシュヴァイナが言いたいのはそういうことだろう。俺はなまじ銃と相性が良いから、その相性の良さに味を占めるのを心のどこかで恐れていたんだと思う」
「そうか。そういうことなら理解できなくもない。武器に酔いしれれば己の力を過信するからな」
しかし、それはそれとしてハジメが必要以上に銃を避けていたのは事実だ。
次のフェオたちへの指導では銃使い対策として久々に銃を使おうとハジメは決めた。
結果。
「くっ、クソゲー!! クソゲーです!! これは異能者の人達が言うクソゲーに違いありません!! 遮蔽物に隠れたら貫通、バウンドスキルで前からも後ろからも当ててくるし、残弾を数えて反撃に出ようとしたら複数の銃を次々持ち替えてリロード時間を消し、なんとかごり押しで接近したら銃を打撃武器代わりに殴られるなんてクソゲーすぎます!! しかもよく考えたら『攻性魂殻』使えば射角ほぼ無限ですよね!? こんなの訓練じゃなくて殺戮ですよ!!」
「前に同じようなこと言ってたな、フェオ。銃は相性が極端だから、最後には弾道を全部見切って距離を詰めるか飛び道具で手数を封じるといった戦法をとるしかなくなる」
「ハジメさんは矢も魔法も避けながら撃ってきたじゃないですか!!」
「移動しながらの銃は威力も精度も落ちる」
「それを補うためにスキルでばら撒き弾散らして動き封じてきた人が何言ってんですか!?」
フェオは涙目で半ギレしている。
これでも数年前にハジメが会った自称伝説のガンマンはもっと酷かったし、彼女でも攻略できるよう色々と自分で行動を制限しているのだが、銃に不慣れなフェオには少々難しすぎたようだ。
ちなみにサンドラは即落ち、ベニザクラは義手を用いて善戦したが押し負けるなど殆どの訓練参加者が勝てなかった。唯一突破したオロチはリザードマン故に皮膚が硬く銃との相性がよかったから突破出来たようなもので、翌日以降銃の所持を二丁までにしろと猛抗議を受けることになるのであった。
「運営が何故かゲームに一強のキャラ実装してユーザーが猛抗議してるみたいな光景」とはブンゴの談である。




