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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-4

 ダークエルフは、遺伝子的にはエルフとそう変わらないものの、倫理観が欠如している。

 これは世間では誰もが持つ認識であり、事実、ダークエルフも自覚がある。

 研究の為に自分たちの脳を弄ったダークエルフには思いやりというものがない。


 医者クリストフの養子としてフェオの村に住む、ヤーニーとクミラ。

 この二人の姉弟は周囲にはダークエルフとは思えないほど善良な存在として認識されているが、彼女たちも当然倫理観はない。にも拘わらず村で問題なく暮らせているのは、二人がクリストフを愛しているからだ。


 家族愛でも父性的愛でも母性的愛でも夢見がちな憧れでもない。

 二人は正しく、クリストフを愛している。

 クリストフの優しいところも甘いところも愚かなところも、全てを愛している。

 それは、ダークエルフという種でさえ抗う事の出来ない強い情愛だ。


 だから、ふたりはクリストフに献身的なまでに尽くす。

 クリストフの為に我慢しているのではない。

 ふたりの好きなクリストフと過ごす、その環境を維持するためにそのように振る舞っているだけだ。


 彼らは彼らが認めた存在にしか感情を抱かない。認めるとは意味のある個体として認識することであり、他は虫か装置程度にしか考えていない。

 愛するクリストフの愛しい有り様を阻害する要素の有無を考慮し、邪魔ならば無駄な枝を剪定するように処理しているだけだ。


 故に、二人はクリストフの関知しないものに対して何の情も持たず、クリストフに気付かれない形で処理する。その行動を阻害できる例外は、認めた相手だけだ。

 ふたりは奇跡的なバランスで村の一員として成り立っている。


 しかし――その日、ふたりのバランスを崩す存在が村に訪れていた。


「では、ヤーニー、クミラ。この方は……」

「うん、間違いなくお父さんだよ」

「……ひさしぶり」

「ああ、ああ! 愛しき我が子達にまた出会えるなんて! 女神に感謝します!」


 大仰に驚くダークエルフの男は、名をリシューナと言った。

 どこかヤーニーに似た笑顔に、クミラと似た顔立ち。

 魔術師然とした格好ではなくスーツにハットの正装で髪型も綺麗に整えたリシューナは、我が子を見て感涙していた。世間一般の常識に則った正装に、我が子を思う言動。親子の情すら存在しないと伝え聞くダークエルフには見えない、とクリストフは内心で少しだけ思った。


(いえ、しかし……ヤーニーとクミラの親なのですから、彼もまた我々に近い感性を持ったダークエルフなのかも知れませんね)


 曰く、リシューナは住処を心ない人間達の襲撃によって追われ、その際にヤーニーとクミラとは離ればなれになっていたらしい。


 しかし、それはおかしい。

 クリストフが二人を保護したとき、この子達は親に研究費欲しさに売り払われた、と奴隷商は言っていた。二人も両親のことをそれとなく聞いても「今の家族はクリストフだけ」としか答えなかったので、てっきりそれが真実だと思っていた。


 ――実は本当に売ったのではないか?


 クリストフの疑念はしかし、他ならぬヤーニーとクミラによって否定される。


「ごめんなさい、先生。先生が大好きだったから別れるのがイヤで……」

「研究費欲しさに売られた……というのは、奴隷商が……奴隷に、希望を捨てさせるための、出鱈目……薄々、気付いてた」

「なんと……」


 クリストフは二人を抱きしめて深く頷いた。


「親に捨てられた二人の子供はいなかったのですね。それは……良かった……!」


 クリストフはずっとそれが気になっていたのだ。親に捨てられた子供がどう育つか、アウトローの世界で闇医者をしていた彼はよく知っている。だから二人には親の愛情を注いだ。

 しかし、二人は親の愛をきちんと知っていた。

 その上で、本物の親が来ても自分を慕ってくれると言う。

 クリストフはそれが嬉しかった。

 自分の判断が間違いで良かったし、自分が注いだ愛が届いていてよかったと。

 二人はリシューナに手を引かれる。


「では帰りましょうヤーニー、クミラ。お母さんも家で待っています」

「……はい、お父さん」

「……」


 二人は私物を纏め、診療所を後にする。

 何度も何度も、名残惜しそうにクリストフの方を振り返りながら。


「先生……先生!! また先生の子供になりにきてもいい!?」

「せんせぇ……」

「ッ! いつでも、いつでも来なさい! だって、私は――貴方たちの先生ですから!」


 涙を流すヤーニー、クミラ、クリストフ。

 町医者と助手の子供二人の別れは、目撃した村人達の涙を誘った。

 二人が見えなくなるまで手を振って別れ、診療所に戻っていくクリストフの背中はいつもより小さく、そして両サイドにつきそう子供達のいない様はとても寂しく見えた。


 そんな中、ヤーニーとクミラの本性を知るハジメとジライヤは木々の上から状況を俯瞰していた。


「ジライヤ、どうなんだ」

「……金目当てに売られたのは調査した限り事実だ。リシューナはそもそも何人もダークエルフの子供を売り捌いている。恐らくは我が子をな。ダークエルフは精子と卵子さえあれば母胎がなくとも子供を作る技術を持っているから、何人売ろうが子孫は残せる」

「では、二人は……」

「最初からリシューナに逆らえないよう、生まれつきなんらかの術で脳を縛られている可能性がある」


 なんとも悍ましい話だ、とハジメは小さく唸る。

 ダークエルフは自らの住処を秘匿しているため、ハジメはこれまで時々出くわす程度でしか接点がなかった。しかし今の話を聞くと、ヤーニーとクミラのこれまでやってきたことはまだ可愛い方だったのだなと思い知らされる。


 この情報を元にリシューナと親権争いをしたところで証拠を掴めなければ水掛け論にしかならないし、肝心のヤーニーとクミラがリシューナに従うのではどうにもならないため、二人は事態を静観した。しかし、これからのことで二人の意見は割れた。


「リシューナを捕縛してヤーニーとクミラを取り返すべきではないか? どんな悪性の存在であれ、無理矢理に自由を奪われているのを見過ごすのは正しいことではない」

「拙者はこのままにするべきだと判断する。ヤーニーとクミラは村にとっても危険因子だということを忘れたか? 寿命的にクリストフは二人より先に死ぬ。そうなるとあの倫理の欠落した双子が野放しになるのだぞ?」

「それを言うなら今のまま見逃しても二人はより悪質化するかもしれない。二人のクリストフへの想いは本物だと俺は思う。どんな形の愛であれだ。最悪、外からクリストフを奪いに来る敵になる可能性もある」

「お前の判断は端的すぎる。もっと状況を広く客観的に見るべきだ。二人が最初からリシューナとグルである可能性も否定はできないのだぞ?」


 ヤーニーとクミラの危険性は二人とも認識しているが、正しさに拘るハジメとリスクマネジメントの視点に徹するジライヤで意見は割れた。かといってわざわざ周囲にあのダークエルフ姉弟の本性を周囲に知らせて話し合うのは躊躇われる。二人が大人しくしている限りは干渉しないというのは二人の共通の約束だった。


 ちなみに、リシューナが普通にいい人でヤーニーとクミラも肉親を想っているという想定は二人の頭の中には欠片もない。それは長く修羅場を潜ってきた二人だからこそ分かるリシューナの全身に染みついた悪の臭いが確信させていた。


 しかし、議論が行き詰まった頃になって第三者の声がかかる。


「放っておけば良いと思うぞ」

「お兄様の言う通りですわ」

「……フレイ? それにフレイヤも」


 いつの間にか木の上まで登ってきていたフレイとフレイヤは、ヤーニーとクミラの二人とは仲が良い。ただ、仲が良いと言ってもクオンとの仲良しとは性質が違い、ヤーニーとクミラ相手には意見の違いからちょっとした喧嘩をすることもままあるような間柄だ。気に入らない部分はあるが、一方で相手の知能を認めているし気が合う瞬間もある。そういう関係に見えた。


 ある意味ハジメたちよりヤーニーとクミラのことをよく知る二人は、ちょっとイヤそうな顔で鼻を鳴らす。


「あの二人が親元に戻された程度でクリストフを諦める筈がない。必ず自力で村に戻ってくる」

「そうですわ。そのうち何食わぬ顔で診療所に居座っている姿が目に浮かびます」


 それはそれで、確かにありそうな話だった。

 双子の意見を一つとカウントしてもこれで2対1。

 多数決で、このまま静観することが決まった。


 ――それから数日後、フレイとフレイヤの予想の通りに二人は戻ってきた。


「お父さんから許可を得て、ここで暮らしていいことになったよ!!」

「……ただいま、先生」

「この子達は本当にクリストフ先生が好きなのですね。私も根負けしました。それにある意味、ここに預けている方がこの子達の安全のためにもなります。もちろんタダでとは言いません! 何か必要な道具や薬などありましたら、都合出来るものもあるかもしれませんので是非ご連絡を!」


 クリストフは大層驚いていたが、やはり家族同然の愛を注いだ二人の子が己を慕って戻ってきてくれたことには感激しているようだ。涙を流して再会を喜ぶ三人を、村人達は温かい目で見守った。


「……双子の言う通りになったな」

「リシューナに二心があるものとは思うが、どうも情報不足で読めんな。元々ダークエルフの居場所はスパイ以上に秘匿されておる故、思ったほど足取りが掴めぬのだ」

「念のため後で教会連中に二人に異常が無いか見て貰おう。イスラたちなら洗脳の有無まで調べられるだろう」


 リシューナはその後、村の中を観光して褒めちぎりながら帰っていった。

 しかし、彼が帰路に就くその後ろでなにやらきゃあきゃあ騒ぐ人物が約二名。

 件の聖職者イスラと、その通行を妨害する人造悪魔マオマオである。


「ここを通りたくば、このマオマオの首をそのめっちゃ聖なる力の籠った鎌で切り落としてから行くのだな!! はーっはっはっはっは!!」

「だから斬りませんって!! なんでいつもこうなんですか、マオマオさんは!?」

「だってだってぇ、なかなか斬ってくれないんだもん! イスラさんのケチ! いけず! 焦らしプレイ大好き玄人ドS!!」

「意味はよく分からないけど激しく誤解です!! ああ、リシューナさん行っちゃった……」

「目的を果たせず残念でしたね~! ざぁこざぁこ、マオマオちゃん如きの首も落とせない可哀想な聖職者さぁん! ほらマオマオちゃんに腹が立って首を落としたくなってきましたよね? ね?」

「落としませんってば。もう、子供なんですから……貴方みたいな人畜無害で可愛いイタズラ悪魔に振るう鎌はありません!」

「……う、うん。し、仕方ないなぁイスラさんは! このマオマオの魅力にやられちゃったのなら今日は勘弁してあげましょう!」


 一瞬かぁっと頬を赤らめたマオマオはどことなく嬉しそうに首落とし中断を宣言すると、そのままイスラの背後に回って背中に抱きついた。イスラは悪戯好きの妹でも世話するようにそのまま彼女をおんぶする。で、大体数分後にものすごい嫉妬のプレッシャーを放ったマトフェイが近寄ってきてマオマオが撤退するのがいつもの流れだ。


 それはそれとして、ハジメは気になることを尋ねる。


「リシューナに何か用があったのか?」

「あ、はい。ダークエルフ特有のまじないなのかもしれませんが、彼の首の後ろ辺りにものすごく邪悪な印が刻んであったのが見えた気がして。あれは洗脳系の術だと思うんで心当たりがないか聞くつもりだったんですけど……」


 困ったようにイスラが横を向くと、彼の肩に顎をもたれるマオマオの顔がそこにあった。


「これはイスラさんが放っておかないであろう気配を感じ取ったマオマオちゃんの可愛いの首落としアピールに邪魔された訳です!」

「邪魔してる自覚あるならやめてくれませんかねぇ。あと首落としアピールってワードチョイスが全然可愛くないです」

「……そうか」


 ハジメは頷いて二人を見送り、ヤーニーとクミラを見やる。

 二人はフレイとフレイヤに思いっきり胡乱げな顔をされつつも再会自体は喜んでいた。


 子でなく親に刻まれた洗脳の印。

 そして、ヤーニーとクミラ、そしてクリストフに非常に都合の良い展開。

 ハジメは額に手を当ててため息を漏らす。


「……やったな、あの二人め」


 リシューナは恐らく二人を利用する意味で必要になったために回収に訪れ、そして子の逆襲を受けて自らが利用される立場になってしまったのだろう。あの男はヤーニーとクミラがクリストフと愛しい日々を過ごすために利用されるパーツに成り下がったのだ。


 自業自得と言うべきか、因果応報と言うべきか。

 ある意味、運命を弄び続けた者に相応しい末路なのかもしれない。

 後で一応二人に事実確認したが、概ねハジメの予想通りの答えが返ってきた。


「売られた理由とか回収する理由とか、どうでもいいの。クリストフ先生と出会って、愛してる。これが大事! いいでしょ別に? リシューナなんて人間社会にとっては寄生虫みたいなものだし、無力化されて世界は平和に一歩近づくよ」

「あれに付き合ってやる如何なる理由も、ぼくたちには、存在しない。あるのは先生との、甘い、日々……ふふ、せんせぇ……これからも、ずっと一緒……うふふ」


 何も知らないクリストフは、ある意味幸せなのかも知れない。

 彼は何の疑いもなく、今の日々が幸せで暖かいものだと心底思っているのだから。

 事実、彼らにとってはそうなのだが。

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