断章-3
ウルとアマリリスは前々から意気投合し、勝手にハジメハーレム計画なるよく分からないものを進めている。内容は、ハジメと彼に好意を抱く女を片っ端からくっつけてしまい、全員がその関係に同意したハーレム状態を作ろうという計画である。
何故そんな計画で盛り上がっているのかは、もう当人達にしか分からないし癖としか言い様がない。少なくとも二人は主にハジメを慕う女たちが幸せそうにしている所を見る事で謎の養分を得ている模様である。
現在、ハジメはフェオ、ベニザクラ、サンドラの三人と実質結ばれた状態にある。
三人とも合意の上でハジメを共有しており、特に三人の間でギスギスしたり喧嘩が起こる様子もない。そうなるよう二人がフォローしている面もあるが、ハジメ自身が死ぬ死ぬ言わなくなってきたのも大きいだろう。
ちなみに二人は自分たちがハーレムに加わる気は欠片もない。
観ているのが好きなだけである。
そんな二人は定期会議を開いていた。
アマリリスがホワイトボードにマジックペン――作ったらしい――できゅっきゅっと文字を書き込んでいく。
「現在の所、経過は順調です。義妹オルトリンドちゃんは忙しさからあまりここに参加出来ていませんが、まぁ妹枠なので問題ないでしょう」
特に意味も無く敏腕秘書みたいな格好とポーズで説明していくアマリリスだが、二人とも毎日お喋りしているのでかしこまる必要性は全くない。単なる茶番を楽しんでいるだけである。
ウルも特になんの意味も無く無駄に深刻そうな顔で資料に視線を落とす。
「今のところ、課題は……ルシュリア姫とハジメさんの関係についてまったく触れることが出来ないこと。弟子のシオちゃんの感情がラブよりライク寄りと思われるので扱いをどうするかということ。そしてハーレムの拡大を行うかどうかですね」
「後者に関しては我々が干渉する事柄でもないような気もしますし、やはりルシュリア姫問題ですね」
「ね。あそこまでガチ嫌いだとは……」
実はバランギアでの一件の後、ウルはルシュリアとハジメのやりとりを特殊な魔法で盗み見していた。その結果判明したのが、ハジメは本当に本気でルシュリア姫のことが大嫌いだという事実だ。
「嫌いは裏返せば好きになるとか都合の良い言葉はあるけど、あのハジメさんが腹パンかますって。正直怖すぎてちょっと漏れちゃった……」
「漏れ癖よくないわよ。でもまぁ、ねぇ。キス騒動まであったのに、まさか実情がそこまでと思わないじゃんね」
痛みを想像してしまったのかお腹をさするウル。
アマリリスもその一件を聞いた時は少なからず動揺した。
自分たちが想定していた以上に、ルシュリアとハジメの関係は拗れている。ルシュリアは一方的にハジメを好いており、自分が好かれていないことを正しく理解した上でそれさえも楽しんでいるらしい。対してハジメはルシュリアに敵視に近いレベルの感情を抱いている。
あの感情を滅多に表さないハジメが本気で嫌うほどの相手をどうやってくっつけるのか、二人はいくら考えても答えが出ない。そもそもくっつけない方が良いのではとさえ思えてくるが、二人の関係性や抱いている感情が見えてこない以上はなんとも言えず、今はルシュリアお付きの召使いをさせられているサリーサからの情報提供待ちである。
というわけで会議の結果は現状維持と既にくっついた三人の経過観察で決定した。
会議が終われば雑談が始まる。
内容は自然とコイバナだ。
「ウルちゃんのとこのマオマオちゃん、どうなの?」
「どうって言うほど何か進展があったわけじゃないけど、イスラくんとはすっかり距離感ゼロって感じ。仲の良い友達同士みたい」
デュラハンの因子が入った人造悪魔のマオマオは、毎日のようにイスラに斬首してもらう為の悪戯を仕掛けつつ、彼の仕事にしれっと付き合っていたりする。イスラもすっかりこの関係に慣れたのか、彼女を適当に遇いながら隣り合って歩いている。
アマリリス的になかなかいい感じに見えるが、これが面白くないのがイスラに好意を寄せるマトフェイだ。
イスラはまったく気付いていないがマトフェイは明らかにマオマオに嫉妬しており、最近は結構積極的にイスラにボディタッチしたりマオマオとの間に割って入ってイスラと腕を組んだり対抗心を燃やしており、なんとも面白おかしいことになっている。
「イスラくんて本当に鈍いよねぇ。あんなに分かりやすくてかわいい嫉妬見せつけられてるのに、まだ気付いてないんでしょ?」
「で、ウル的にはどっちを応援とかあるの? それともこっちも両方?」
「んー……マオマオはきっと嫉妬して割り込んでくるマトフェイのことも割と好きなんだと思うの。あの子精神年齢低いし、まだ本当に友達同士のじゃれつきくらいにしか思ってないんじゃないかな」
「なーんだ」
確かにイスラとマオマオはまだ異性を意識しない子供のような距離感だと感じるし、少なくともマオマオはマトフェイを邪魔者扱いはしていない。残念なような、今後に期待したいような、である。
それでもウルは嬉しそうだった。
「あの子ずっと私にべったりで将来が心配だったんだけど、なーんか娘が学校で上手くやれてて嬉しい親みたいな気分」
「え? そんなレベルのべったりだったの?」
「半分はいない家族への甘えで、もう半分は信奉心って感じかなぁ。あの子、過去の記憶がないの。記憶喪失とかじゃなくて、多分人造悪魔だからそもそもないんだと思う」
思わぬ過去話にアマリリスは驚く。
あの悪戯悪魔にそんなヘビーな過去があるとは思わなかったのだ。
ウルは過去を懐かしむように語る。
「服とも呼べないぼろきれを纏って、なんにも見てないような目でふらふら歩いてた。どこいくの? って聞いたら、分かんないって。分かんないなら一緒においで、って手を出したらね、おっかなびっくり触った後に驚いた顔して、あったかいって言ったの。その日からマオマオは私の家族になった」
「じゃあ、人造悪魔どうこうっていうのは……」
「マオマオがどこから来たのか調べて、そこで知ったの。研究してた人はとっくに死んじゃってたみたい。無責任な人よね」
マオマオがウルのことを大好きなのは知っていたが、今の話が事実なら彼女にとってウルの存在は大きいなんてものじゃない。定かならぬ朧気な自分という存在に意味と居場所、そして愛を与えたウルに抱いた感情は、神に祈る信徒のそれに等しかったのかも知れない。
そう考えると、彼女がイスラに夢中になっているのは途轍もなく大きな一歩だ。
「ずっと私を通して世界を見ていたマオマオが、自分で選んで一緒にいたいと思った子たちだから。余計なことは言わず見守ってあげたいの」
「……良い話ね。久々にちょっとジンと来ちゃった」
「ふふ、ちゃん様呼びはそろそろ卒業して欲しいんだけどね」
いつも彼女のことを「ウルちゃん様」と呼ぶ人なつっこい悪魔は、今日もイスラに付きまとっている。
「で、それはいいとしてさ。ぶっちゃけアマリリスって恋愛とかしないの?」
「脈絡もなくブッ込んで来たわね!?」
「ちなみに私はスーたんが好きです! なんかもう全部が好みにブッ刺さってて超好き!」
「見てりゃ分かるわよッ!!」
あれが恋愛感情なのかどうかは謎だが、ウルはイスラとマトフェイの同期である合法ショタことスーのことをバカみたいに可愛がっている。スーがどう思っているかは謎だが、抵抗しつつもあまりウルに強く出られていない所を見るに嫌っているという訳ではなさそうだ。
対して、アマリリスは今のところ夢中になれるような男はいない。
まさか妹のベアトリスにも聞かれたことをウルにも聞かれるとは思わなかった。
「気になってる男はいません! いーまーせーんー!」
「従者のロドリコ君とかマイル君ともまったくそういうのないの?」
「あのねー、私は真性の貴方と違って口賢しいワンマン女社長タイプなわけ! 仕事力を買って従者にしただけであって男の趣味で側に置いてる訳じゃないから!」
「じゃあ好みのタイプとかさー。アマリリスくらいだったら引く手数多でしょ?」
否定はしないが、そういう気分になったことはない。
「転生してるせいか、それとも元々の性格かは分かんないけど、なんかビビっと来ないのよ。勿論顔がいい人も性格がいい人もいるけどね」
「探してないからじゃない?」
「てゆーか探す気からしてあんましないんだけどね。見てるだけで満足だし……あ、そんなの勿体ないとか言い出さないでよ! ベアトリスに散々言われてもう耳にたこができたわ!」
「そのベアトリスちゃんの恋路を応援したのもちょっと意外だったけど」
「あー、まぁ、姉らしいことなーんにもしてこなかったし。正直罪滅ぼしよね……」
今でこそ普通に話している二人だが、事情があるとは言え少し前まで姉妹の関係性はかなり酷いものだった。ベアトリスはもう現状を受け入れているが、アマリリスはまだしこりがあった。ウルは何を思ったか「ふーん」と机に伏せたまま顔だけこちらに向けていたが、ふと身体を起こす。
「分かんないけどさ。私たち転生者ってどっかで現地生まれと線引いちゃうところあると思うの」
「ああ、それは確かにあるな。でもだからって転生者でいい人探すってのもなぁ」
「そうじゃなくてさ」
ウルは柔らかく、優しく、暖かく微笑んだ。
「負い目感じたり、自分とあの人は違うんだって思って身を引く必要はないんじゃない? アマリリスちゃんはアマリリスちゃんのまんま、地位も生まれも気にせず人を好きになればいいと思うよ」
垣間見せたその言葉はアマリリスの奥底にある潜在的な意識を擽り、全てを見通したような穏やかな笑顔は視線を惹きつける。
一瞬魅了されかけたアマリリスはわざとらしく自分の身体を抱いて身を仰け反らせる。
「ちょっと、私を堕とそうとしてるでしょ! あんた男も女もイケるクチなの!?」
「えっ、ちがっ、そういうんじゃないしー! 私はスーたん一筋ですぅー!」
「じゃあその思わせぶりな笑顔やめなさいよ! 私をそっちの道に引き込むつもりなんでしょ! 薄い本みたいに! スーがあんたのこと魔王って呼ぶ理由が一瞬わかりかけたわ! あんたお漏らしヘタレキャラの皮を被った人タラシでしょ!!」
「お漏らしキャラ言うなっ! 好きで漏らしてるのと違うし!」
実は魔王で正解だが、答え合わせがないので気付かないアマリリスであった。




