断章-2
サンドラの目からビームは、あの強制結婚式騒動以来ずっと暴発していない。
あの時でさえ数年ぶりの暴発だったのだから当然と言えば当然なのだが、ハジメは一応暴発対策を考えていつものようにトリプルブイを札束ではたいていた。
「5000万G出すからなんかいい感じの装備作れ」
「段々扱い雑になってきたッ! でもやります!」
趣味に人生を捧げているせいで基本懐に余裕のないトリプルブイであった。
とはいえ、実はこの装備品作成はトリプルブイにしては思いのほか難航した。
まず、単純に暴発を抑えるだけなら精神を鎮静させる装備を作るのが手っ取り早い。
しかし、モノアイマンの目からビームは彼らが追い詰められたときの切り札でもあるので、それを抑制してしまうと能動的に使う際にむしろ枷となる。
光の威力を減退させるメガネやゴーグルも考えたが、モノアイマンの一つ目は大きいのでどうしても視界を遮ったり装備することが煩わしいサイズになってしまう。
「もっと別基軸の発想が必要だなぁ」
ベニザクラの義手作りでは彼女自身のオーラを応用することでいくつかの機関を省いたままでも成立する義手を作った。このときの経験を応用出来ないだろうか。愛しのカルパの強化改修プランの設計図を引きながら、トリプルブイはついでに思案した。
まったく別の作業を淀みなくしているのに他の設計にも頭が回るのは、偏に彼の物作りの才能故だろう。
「ベニザクラちゃんの時との違い……あの義手は日常使い出来るよう常に動かせるものである必要があったけど、サンドラちゃんの場合はビームの時だけ動けばいいんだよな。セーフティ装置だと考えれば……」
こういうとき、設計思想が一番大事だ。
思想がぶれると完成系もぶれてくる。
シンプルに、目的を達成するのに最適な形を。
「うっし、やるか!!」
トリプルブイの中で、完成のヴィジョンが見えた。
「そうと決まれば……サンドラちゅわ~~~ん!! 装備作る為に全身くまなく観察させてくれぇぇぇ~~~~!!」
「ヒィィィィィィ!! 変質者が白昼堂々迫ってきて性的に襲われるぅぅぅぅ~~~~!!」
全力ダッシュで迫ってくるトリプルブイから全力ダッシュでサンドラは逃げた。
後に事情を察したハジメに抱っこされて病院に連行される犬みたいに怯えるサンドラからなんとか装備に必要なデータを得られたが、代わりにハジメから「俺に断りなくサンドラに近寄らないでくれ」と彼氏みたいなムーブをかまされて流石にちょっと反省するトリプルブイであった。実際彼氏みたいなものと言えなくもないが。
「必要だった頭のデータは取れたし、これでヘッドギアを作れる!!」
帽子でもゴーグルでもメガネでもヘルメットでもない、モノアイマン専用頭装備だ。
気持ちが高ぶってモノアイに魔力が収束すると、自動的にそれをスターターにして内部の術式が発動し、魔力で生成された疑似レンズが展開される。
普段は単なる防具だが、発動時だけ目からビームを制御する疑似レンズを展開するため普段は邪魔にならない。意識的だろうが無意識だろうが自動で展開はされるので、本人のうっかり起動し忘れの心配は無い。
「とはいえ、発動速度の確保は必須。普段使い出来るデザインじゃないといけないし、なにより魔法の術式はそこまで得意じゃないんだよなぁ」
物作りに必要な最低限だけその都度学んできたトリプルブイは、この手の技術では天才とは言い難い。人並み以上には出来るが、本格的に学ぶのに必要な時間を物作りに注いでいるせいで専門とは言い難い。
と大きな独り言を言っているといきなり工房の扉がバーンと開いた。
「話は聞かせて貰いました!! 術式に関しては不肖このウルが請け負います!!」
「うわーびっくりしたぁ!! びっくりしすぎてひっくり返ってローアングルからウルちゃんを観察!!」
即座にひっくり返って床を滑りながらウルをローアングルで眺めるトリプルブイだが、ベストポジションに到達する寸前にウルの魔力障壁に強かに頭を打ち付けて悶絶した。
「ゴバァ!? 首がァ!?」
「そんなことばっかりしてるとカルパちゃんが嫉妬して『ご主人様は私が責任を持って飼います』って首輪つけられちゃうよ?」
「なにおう、芸術家にとって作品は子供であり恋人!! どれほど束縛されようが苦にも思わんわ!!」
「いやそこで開き直られましても……ともかく、サンドラちゃんとは一緒にいる時間もそれなりにあるから手伝わせてよ。魔法に関しては自信あるよ!」
「例のハジメハーレム計画とやらの一環?」
「サンドラちゃんとハジメにはナイショでね」
確かに彼女は村内でもかなりサンドラが気を許しているし、バランギアで幹部格を無傷で叩きのめした桁外れの天才だ。トリプルブイは最低限の注文だけつけて彼女に委託することにした。
合作すればそれだけ相手の技術に触れる機会が増えて、いい経験になる。
そうして二人で試行錯誤していると、主人と女が二人きりなのが気になってカルパが見学に来るようになり、そうすると彼女をからかいにカルマがやってきて、更に装備品を作る金音に釣られて何故かフェオの建築技術の師匠である隠居老人兄弟ゴルドバッハとシルヴァーンまでやってきた。
「昔は細工職人もやってたもんでよ。金槌の音を聞くとウズウズしていけねぇ」
「引退しても懐かしい音には惹かれちまうよなぁ」
ゴルドバッハとシルヴァーンは長く職人をやっているだけあって、かなり有能だった。
(それにしても不思議すぎる兄弟だよなぁ、このドワーフじいさんたち)
トリプルブイは二人の摩訶不思議な技術を珍しく思った。
具体的に何が摩訶不思議かというと、二人の作業工程である。
例えば、シルヴァーンがヘッドギアの細かい仕様を図面で書き上げるとする。
ところが、その図面には外見でイメージを伝えるパワーあるデザインなのに、寸法、原材料、加工方法の類が碌に書かれていない。するとゴルドバッハが横から図面を取り上げて「この図形を仕上げるにはこうだな」とサラサラ足りない部分を勝手に書き込んでしまう。
するとあら不思議、完全な図面のできあがりだ。
逆にゴルドバッハが物作りを始めると、また違うことが起きる。
彼は細工の工程について誰かの手を借りなければならないとき、非常に注文が細かくて合わせるのが大変だ。しかしシルヴァーンはそれを流し聞きくらいしかしていない筈なのに「こんな感じだろ?」と即席で完璧に合わせてしまう。
一見いい加減なのに、出来上がってみればゴルドバッハの要求を完璧に満たしている。
二人の才能は非常にアンバランスだが、組み合わされば歯車のように綺麗に噛み合う。互いに「感覚的すぎる」「細かすぎる」と愚痴を言い合いながらも、二人はトリプルブイとウルという才能の塊相手にも尖ったセンスでたびたび為になるアドバイスを寄越してくれた。
おかげで、物と術式のかみ合わせは格段によくなった。
二人は「久々に面白かった」と勝手に満足して去って行ったが、ああいうのを根っからの職人と言うのだろうなと残された面々は思った。
カルパは特に二人の技術や言葉によく耳を傾けており、去り際の二人に恭しく礼をしていた。
なんとはなしにトリプルブイはカルパに聞いてみる。
「そんなに興味深かった?」
「はい。作り手の在り方について、深く学習させていただきました」
カルパは言うなりぐるりと首を回してカルマの方を見ると、馬鹿にした顔をする。
「多分この技術をカルマは一切身に付けていないと思うので。ナルシシズムに浸って自己完結した知識と技術しかないあの中古ポンコツにはこのアップデートの価値は一生分からないでしょうね」
「私がやったら全部一人で解決しちゃうから周囲の為に敢えて一線引いた外から見てたこの私の謙虚な心遣いを察することが出来ないなんて現代ガラクタアートは言うことが違うなぁぁぁ~~~???」
「貴方がやったのは横からケチをつけて正解を知っているのは自分だけだという悦に浸る行為に見えましたが。見ていて恥ずかしくなるほど何度もドヤ顔してましたけど、あれは謙虚ではなく見下しと言いますよ。言語の意味が誤登録されているのでは?」
「有り余る有能さを遺憾なく発揮せず周囲を尊重することについてのワードチョイスが何故謙虚となるのかも分からないなら教えてあげまちゅよ~~~???」
「話になりませんね。マスター、私の愛しのマスター。私を創造したマスターならば私の主張の正当性を余すことなく全て理解した上で当然肯定しますよね?」
「いーやいやいや、このカルマ様ほど技術的にも知的にも完成された美の謙虚さを感じ取れないほど鈍くないわよねぇ、トリプルブイ?」
「また挟まれるのか俺は! あっふ!? 尻尾をこちょこちょするのはやめてぇ!!」
過去と現在、対極のオートマンたちは今日も元気にトリプルブイを挟んで火花をバチバチに散らしてる。仲がいいのか悪いのか分からないが、間に挟まれるトリプルブイを含めてこれが彼女たちなりのコミュニケーションのようだ。
こうして形になったのが、モノアイマン専用装備『メジエドグラス』である。
残るは、実用試験のみだ。
◆ ◇
メジエドグラスの引き渡しはハジメが手ずから行うようにとウル&アマリリスがごり押しして台本まで用意して行われた。ハジメは最初こそ面倒くさがったが未だに自分の演技の才能の可能性を捨てきれないのか台本を暗記して受け渡しに臨んだ。
「俺に会えずに寂しかったり辛いと思ったときは、これを俺だと思って大切にしてくれ」
逆にハジメが言わなそうすぎてフェオ辺りなら訝かしがるような台詞だが、単純な性格のサンドラには効果抜群であった。
「ひゃい……え、えへ。えへへ。ハジメさんからのプレゼント……仕事のアイテムじゃなくて、わたし専用のプレゼント……!」
サンドラはうっとりとした顔で受け取ったヘッドギアに頬ずりすると、それを躊躇いなく自分の頭に装着した。頭部を守る装備として最低限の構造なのでガチガチのフルフェイスメットなどに比べれば防御力には劣るが、相当気合いを入れて作られたので軽装備とは思えない防御機能を持っている。
ヘッドギアは少しメカニカルなカチューシャのようで、細かなディティールへの拘りが光るお洒落なデザインだった。鏡を見て自分の姿を見たサンドラがはしゃぐ。
「ふわぁ、すごい……まるでつけてないみたいに自然に頭にフィットします! に、に、似合ってますか!? 似合ってますよねハジメさん!!」
「うん。よく似合ってるよ。これで機能的にも間違いなければいいんだが、早速試しに行こうか」
なにせまだ一度も試運転していない機能だ。
ウルが様々なテストを行って理論上問題なしとはしたが、本人が使ってみないことには意味が無い。サンドラはハジメたちに連れられて早速魔王城の手前のいつもの荒れ地に向かった。何故かウルだけ断ったが。
魔王城は度重なるハジメの嫌がらせに警戒したのか凄い量のゴーレムを城の周辺に配備しており、ゴーレムの力自体は大したことはないが物量が凄まじい。どういうことかというと、試射のマトが幾らでもあるということである。
「さあ、サンドラ。難しく考えることはない。ちょっとハメを外してビームをぶっ放してしまえ」
「は、はいぃ! でも、でも普段意識的に使わないからそう言われるとどうすればいいのか……」
失礼の一族カドラ家に調子に乗らないよう徹底的な調教を受けてしまったサンドラは戸惑うが、次の瞬間、頭部装備のヘッドギアが勝手に起動してサンドラの目の前に魔力レンズを形成した。
魔力レンズに映像が映り、頭に直接音が響いてくる。
「こ、これは……!!」
その映像は、全てサンドラが過去に経験したもの。
ハジメに甘えて甘えて甘えまくったり、ハジメと強制結婚式をやらされたときに見た逞しい胸板だったり、帰り道でキスしたときの記憶だったり……ウルの魔法によってサンドラの記憶から抽出されたハジメとの甘い思い出が音を含めて鮮明に再現される。
これぞウルの考えた切り札。
どうしようもなくハジメが大好きですぐ調子に乗る単純な性格のサンドラがすぐにビームを撃ちたくなるように、彼女はこのような仕掛けを用意していたのだ。
サンドラは即座に頬を紅潮させて「うぇへへへ」とだらしない笑い声を上げる。幸せな記憶のリフレインで口から涎を垂らしそうなほど緩みきった顔に比例して、瞳に収束する魔力が爆発的に増大していく。
――ちなみに端から見たら魔力のゴーグルをつけているような状態なので、なにやらいやらしいVRゲームをして興奮している人を端から見ているような非常にシュールな光景になっている。
そしてキスと告白の記憶や、その後の甘えの記憶に至った辺りでとうとう魔力が臨界点を突破した。直後、術式が発動してレンズに仕込まれた様々な機能が一気に発動する。
『使用者保護機能、オン』
『敵味方識別機能、オン』
『余剰魔力循環機構、オン』
『敵性体マルチロック機能、オン。マルチロック完了』
『擬似魔力バレル、敵性体の位置とリンクさせ多重展開』
『魔力指向性設定、ロックオン付与』
『ファイナルセーフティ解除』
一秒にも満たない間に複数多重連鎖的に発動していく術式はは、あらゆる敵を滅する破滅の光を緻密に紡ぎ、そして、解き放った。
『ファイア』
「はにゃぁ~?」
瞬間、サンドラの瞳から発射された極大の光がレンズを通して一斉に拡散し、夥しく分裂した破壊の雨となって魔王城周辺の敵に降り注いだ。拡散されながらも一つ一つの収束率を上げたビームは、凄まじい破壊力と貫通力を以てして情け容赦なく敵を追い、貫き、砕き、そして大地に命中した瞬間に爆ぜる。
一見当たりそうにないような空に飛び立ったビームも湾曲して地上の敵に降り注ぎ、爆風に次ぐ爆風で空に飛ばされたゴーレムさえ執拗に貫いていく。サンドラの正面にいないゴーレムも同じ運命を辿り、見渡す限りのゴーレム達は僅か数秒で砕き散らされた。
それでも尚止まることのないビームはとうとう射程内に存在した数百のゴーレム全てを砕き尽くし、城の周囲にだけ少数存在したヘヴィーガーディアンゴーレムという防御特化のレアゴーレムに直撃。
一瞬、ヘヴィーガーディアンゴーレムの展開した多重障壁とビームは拮抗したが、ターゲットを失って残った魔力が全て真正面に集中したこと多重障壁が薄氷の様に次々に割られ、とうとう物理シールドさえ融解させてゴーレムを貫き、結局魔王城に直撃した。
流石に障壁を揺るがすほどの威力とはならなかったが、障壁に当たって弾けた魔力が最後の足掻きとばかりに射程外のゴーレムにまで飛び散り、更にゴーレムが爆散。
結果、サンドラのビーム一発で魔王城周辺に配置されたゴーレムの実に三割ほどが破壊し尽くされた。そんな現実を知らないサンドラは暫くすると正気に戻り、目の前の惨状には目もくれずにハジメに駆け寄る。
「は、ハジメさんハジメさんハジメさん! どうでした、出来てました!?」
「ああ、メジエドグラスは完全に機能している。俺たちには傷一つなく敵だけを倒していた。サンドラの力のコントロールは成功だ」
「言われたとおりに出来て偉いですよね私!? いっぱい褒められて然るべきですよね!?」
頭を撫でやがれとばかりにぐいぐいハジメにすり寄るサンドラ。
偉いのはサンドラではなくメジエドグラスを作った皆なのだが、そこで自分が偉いと言い出すのが実にサンドラという感じである。ハジメは敢えて否定せず、頭を撫でて優しい声をかける。
「偉いぞサンドラ。これは大きな一歩だ。サンドラの恋人として俺も誇らしい。今以上にサンドラを甘やかしてしまいそうだ」
「じ、じゃあ……えへ、あっ、甘やかしてくれてもいいんですよ? 特別に!」
サンドラはもじもじしながら上目遣いでハジメに期待するような視線を送る。
完全に調子に乗っているが、それもまたサンドラのかわいさだと最近は思うようになった。
とは言っても、褒めるのも撫でるのも抱きしめるのも彼女が泣いてるときには割といつもやっているので、これ以上となると限られてくる。こんなものでサンドラは満足するだろうかと思いつつ、ハジメはサンドラに顔を近づけ、そっと頬に口づけした。
「今はこれで。続きは二人きりの時にでも、な」
「~~~~~~!!」
口づけされた頬を指でなぞったサンドラは、高ぶる感情を抑えられないとばかりに声にならない喜色の声を漏らすと、はしゃいで両腕を広げながら走り出す。
「私はハジメさんの特別だ! ハジメさんだけのサンドラなんだ! ああ、ああ! 見ててくださいハジメさん、わたしもっとこの力を使いこなしますからぁぁぁ!!」
もはやレンズに映る記憶の幻影すら無視して瞳に魔力を溜めたサンドラは、見せつけるように魔王城の周囲を走りながらビームをぶっ放し始める。今までは固定砲台だったが、今は命中精度そのままに移動する砲台なので面白いくらいにゴーレムが粉砕されていく。
結局サンドラは魔王城周辺のゴーレムが一体も残らなくなるまで破壊の限りを尽くし、最後にハジメに抱き留められた辺りで「ちかれたぁ……」と言い残して彼の腕の中で眠ってしまった。
恐らく魔力を使い果たして眠くなってしまったのだろう。
無防備にもハジメに抱かれて心地よい眠りにつく華奢なサンドラは、この上なく満足そうだった。
そして翌日、凄まじい数のゴーレムを破壊したことで一気にレベルアップしたサンドラが怯えて泣きついてくるかと思いきや、期待した顔で「レベル上がった分もっともっと褒めてください!」と両手を突き出してハジメに堂々と要求してきたという。
「もっとも~っと甘やかしてください。そしたら私、もっとも~っとビームをコントロールできちゃいますよ? できる子なんで!」
(これが本来のサンドラの性格なんだろうか……厚かましいところは変わってないが、死ぬ死ぬ騒いでた頃より、なんというか、女の子っぽくなったな)
彼女の中で、何かが吹っ切れたのはいいのだが、彼女の甘え度の上昇に伴ってなぜかフェオとベニザクラとオルトリンドが「サンドラちゃんにあれだけやってるんだから!」と主張して甘え度が上昇し、戸惑うハジメだった。
ちなみに魔王軍の動きはその後数週間に亘って鈍化した。
勇者レンヤは謎の解釈でハジメに更に怒り狂った。




