断章-1 変人だと思ってる人に変人だと思われている巷
魔法使いアンジュ。
勇者一行に後期に合流した謎の凄腕魔法使い。
感情の起伏が薄いため、逆に精神的に不安定になっていく勇者レンヤにも特に問題なく接し、レンヤ自身も深く信用しはじめている少女。
フェオはこの魔法使いのことを最近知り、気になってハジメの家にたむろする面々に聞いてみる。
「何者なんですかね? 聞いた話だと、凄く強いのに今までどこで何をしてたのか一切不明らしいですけど……」
ベニザクラが丁寧に刀の手入れをしながら視線を向ける。
「うむ。冒険者ランクもまだ最低位のビギナーだそうだ。それが勇者に売り込んで突如として頭角を現したという。ベテランに昇格した彼らに認められるとは尋常の腕ではあるまい」
今現在、ハジメ家のリビングにいるのはフェオ、ベニザクラ、ハジメの課題をやっているシオ、ついでに休暇で休みにきたオルトリンドもいる。ハジメはクオンと遊びに付き合うために席を外していた。
オルトリンドは職業柄既に色々と情報を掴んでいた。
「冒険者登録の際に初めて正式に戸籍が作られる人が世の中にはいますが、彼女もそのタイプです。故にそれ以前の身元は自己申告のみで判然としない。あまりにも勇者にとって都合の良い人物故に議会などでは裏切り者の疑惑がかけられていますが、勇者レンヤはアンジュへの信用を深めるばかりです」
「裏切り者、か」
シオがペンを走らせながら記憶を手繰る。
「勇者と魔王の戦いでは数回に一度はあるって話ですね、魔王軍の裏切り者が勇者パーティに紛れることって。大抵は勇者側に寝返るか死ぬかって話ですけど。一度顔合わせた印象から言わせて貰えば、やってもおかしくないかなってくらい勇者への思い入れはなさそうでしたけど」
「心配だな。レンヤは今は精神的に不安定と聞く。甘い言葉で踊らされていないだろうか……」
ベニザクラからすればハジメも好きだしレンヤも悪い人ではなかったのになんでこんな関係になっているのかがただただ悲しいという感じで、レンヤを嫌ってはいない。他の面々は言わずもがな好感度0%どころかマイナスであるが、敢えて追求するようなことはしない。考えは人それぞれだ。
と、家の玄関が開く。
「アンジュはそういうのじゃない」
ハジメがクオンをおんぶして帰ってきた。
会話の内容が聞こえていたらしいハジメだが、まるでアンジュのことを以前から知っていたような口ぶりにクオンを除く全員に緊張感が走った。
オルトリンドがメガネを光らせ追求する。
「おにぃ……アンジュのこと知ってるの?」
「友達だ。魔王軍との戦いが終わったら村に遊びに来ると言っていたから、そのときにでも紹介しようと思っていた」
「ふーーーん……」
問題ないと断言できるほど知っている女性なのに、その場の全員がアンジュにあったこともなければ話をしたこともない。
クオン以外の全員から疑いの視線を浴びせられてハジメは怪訝な顔をする。
「……なんだ、その目は?」
「ママ、マーマ」
「どうしたクオン?」
「みんなきっとそのアンジュって人がママのこと好きなんじゃないかって思ってるんじゃない?」
クオンの好きは子供の好きなので「一緒に遊ぶ時間を奪われてイヤ」程度の認識だが、概ね合っていなくもない。
ハジメはそれを聞いて尚更怪訝な顔をした。
「あいつが? 俺を? それはなんというか、心外だな。あいつとはそういう繋がりじゃない。生い立ちが似ててシンパシーを感じただけだ」
「生い立ちが似ていて、シンパシー……」
「他人には共有できない感情の繋がり……」
「やがて二人は惹かれ合い……」
「勝手にこじつけるな。ウルとアマリリスのようになっているぞ」
呆れたように諫めるハジメだが、一度疑いを抱いた女性陣はその程度では止まらない。尤もシオだけはやや煽って楽しんでるように見えなくもないが。
「なんか師匠、いつにもまして感情的じゃないですかぁ~?」
「ムキになってます。隠し事がある男の物言いです!」
「ハジメ、正直に言ってくれ。受け入れる準備はあるから……」
「そもそもおにぃが気付いてないだけで向こうがその気ありって可能性もあるよね」
「そこまで疑うか?」
「クオン知ってるよ。こーゆーときカツ丼出せばクチをワルってマルタせんせーが!」
流石は本名クマダ・チヨコ、現代っ子には通じない古代のネタである。
しかし、ハジメも流石に少し不快だったのか語気を強める。
「アンジュには意中の相手がいるし、俺はそれが誰かも聞いている。これ以上妙な妄想をしても無駄だ」
「女の子は時に本命がバレないようわざと違う名前を言うんですー!」
「ハジメが何か勘違いして解釈を間違えた可能性もある」
「初恋に敗れて傷心のアンジュは親友の師匠を頼る。傷つき弱ったアンジュの姿に師匠は今まで抱いたことのない感情を抱き、アンジュもまた師匠の優しさに……」
「おにぃの違うは信用出来ないのよ! 特大の前科があるじゃない!?」
「お前達なぁ……」
これ以上は何を言っても信じてもらえなさそうだと感じたハジメは、思考を放棄して今晩はカツ丼を作ろうと決めた。
――その日の夜、ハジメは夕食を終えると一つ余分に作ったカツ丼を箸と一緒に盆にのせ、家の外に出た。そして何の変哲も無い物陰に差し出した。
「奢るよ」
すると、陰からぬるりとライカゲが這い出してきて盆を受け取る。
「かたじけない」
「そんなに好きなら自分でも作ったらどうだ? 揚げ物くらい」
「これがどうにも、不思議と自分で作ると味に納得できんものだ。弟子が独り立ちしたらハマオに師事でも乞うかな」
ライカゲはジャパニーズフードが大好物だ。
甘辛いダシが染みこんだ作りたてのカツを、まだ堅さの残る衣をシャクッと鳴らして食べる彼は忍者らしさが鳴りを潜めていた。やや早食いながら米粒一つ残さずぺろりと丼を平らげたライカゲは「それで」と本題に入る。
「アンジュについて、いくら旅団が調べてもまったく情報が上がらなかった。おぬしは何故知っている? あれとおぬしの接点もどこにも見つからなかったぞ」
ハジメは、内容を口外しないことを条件に彼女の正体といきさつ、そして目的を話した。
ライカゲはやや驚いていたが、そういうことかと納得した。
そして、懸念される問題に即座に気付いた。
「決意は固いのか?」
「恐らく揺るがないだろう。真実が知れれば社会は荒れるが、止めようとは思わない。上手くやるだろうというのもあるが、一側面から見れば悪行でも俺にはそうは思えなくてな」
「甘いな。おぬしらしくもない」
「まったくその通りだが、厄介なことにそれも悪くないと思っている自分がいるよ」
ライカゲは暫くハジメの顔をじっと見たが、やがて静かに頷いた。
「そこまで言うならばこの一件は追求しない。ただ、巻き込まれる覚悟だけはしておけよ」
「ああ。分かっている。事が起こるとすれば恐らく勇者の魔王城攻略の後だ」
以前のハジメであれば、アンジュを絶対に止めただろう。
しかし今のハジメはアンジュを止める気にはなれない。
それが、ハジメなりの人間らしさだ。
――後にアンジュの正体と目的を知ったフェオの村には激震が走ることになるのだが、それは遠からぬ未来の話である。
◇ ◆
これまで様々なことが起きたが、その間にも特に関係なくフェオの村は発展し続けていた。
移住者の増加はゆるやかながら続いており、そろそろ制限をかけないと土地が足りなくなるのではという懸念まで出るほどだ。
施設や店舗も充実してきた。
町内図書館、美術館、呉服店、雑貨屋、学校、etc……建設当初は中身が伴っていなかったような施設も、地道に改修や新規入村者の助力等を経て機能が向上していき、今やそこらの町にあってもおかしくない程のサービスを提供できるようになった。
また、今まで使っていなかった土地を利用して農業だけでなく畜産、養殖などにも手を出し始め、村の食料自給率は向上。既に食糧自給率は100%を超えていた。
そうすると何が起きるか?
当然、食べ物が余る。
多少余った程度なら保存食にしたりささやかな宴会で浪費するのもいいだろうが、食料の生産とは長いスパンで行われるものなので予想外の豊作になったりすると気付いた時にはもう使い切れない量の食料を抱えることになる。
では、余った食べ物はどうすればいいか?
村の転生特典持ちの中には腐らせず保存する能力者もいるが、それでは解決にならない。ならばやることは一つだ。
余ったものは、欲しがる相手に売ってお金にすれば良い。
「村産の食料を売りましょう! 上手く行けば村の評判アップです!」
フェオがそこに至るのは当然の帰結であった。
ただ、実績の無い村の作物をいきなり売りに出すのは買い手がつきづらい。ここは定石通り商売上手のヒヒを頼るべきかと考えたところで、どこからともなく話を聞きつけたハジメが一つの提案をしてきた。
「町に土地を買って店を建てよう。直売だ」
曰く、店に買って貰う形式ではなく村と直接契約した店を自前で用意してしまえばいいというものだ。店を村側で管理しなければならない手間はあるものの、買い手を探し回る必要はなくなり店舗業務が村の人の仕事になるので経済的だ。
「なに、赤字になっても出資者の俺が困らないのでどうということはない」
「言っときますけど閑古鳥鳴いてたら村の評判に障るのでちゃんと売り上げが出るようにしてくださいよ?」
「……………そうだな」
「不満そうなお顔ですこと」
分かりやすすぎるがっかり感を漂わせるハジメのいつもの反応がおかしくてによによするフェオであった。
というわけで出来上がったフェオの村の生産物直売所での商売が始まった。
結果は、やや予定外のものだった。
「特産品より弁当が売れるだなんてこれっぽっちも思いませんでしたよ……」
特産品満載の特製弁当が、なんとぶっちぎりで売り上げ一位。
理由は味も当然だが、物珍しさによるブームが大きい。
フェオ自身、独特のアイデアに最初は戸惑った。
「ハマオさんを中心に作られたこのお弁当、お弁当なのにこんなに凝ってるのは確かに驚きましたけどね。異能者の人って面白いことばっかり考えつくなぁ」
フェオ自身も仕事前に購入した『森の弁当』は、彼女や現地人にとって斬新の塊だった。
クエストに同行しているベニザクラとサンドラも自分たちが購入したランチタイムの弁当を前に同意する。
「我々の感覚では、弁当というものは昼に食事を用意したり購入する時間がどうしても取れないときのためのやむを得ない措置だからな。それを売りにするという発想が出なかったよ」
「前日の食事の余りものやサンドイッチなんかを紙に包んでバスケットに入れておく程度のものが普通ですよね……私、大体詰めるのへたでゴミの塊みたいになっちゃうんですけど」
「意外と詰めるの難しいよねー。水気の多いものは入れられないから中身に拘るって発想にも行き着かないし」
「ところがハマオは木で器を作ることで密閉性を高め、水気の問題を解消した。天晴な男だ、あいつは。木材を加工したショージの腕も光るな」
『森の弁当』に使われる折箱という器は松を加工して作られた密閉性の高い容器なので、多少水気があっても問題なく入れることが出来る。しかも中には仕切りが入れてあり、別のおかず同士が混ざってしまう問題にも対策が立てられていた。
松は殺菌作用もあるらしく、独特の木の香りも新鮮でよい。
木製の箱は森の中の村であるフェオの村の特色にも合致している。
フェオは改めて箱を見るが、薄く丁寧に加工されたこの弁当箱はなんと使い捨てらしい。別に使用する松はショージが自分で育てたものなのでこれが原因で村の木が消えていくことはないが、ちょっと勿体なくないかとは思ってしまう。
「中身にも驚きました。村の農産物などをふんだんに使っているのはいいとして、あっさりから濃い味まで三種も弁当の種類を用意してるんですよ?」
「まさか弁当に選ぶ楽しみがあるだなんて思いもしなかったです……お母さんのお弁当クソまずかったなぁ」
「この弁当は冷めていても美味いからな」
「いえそういう問題ではなく適当に詰めすぎてシンプルにまずかったんです」
「そ、そうか……まぁ、その、なんだ。あんまり家族を悪く言うものじゃ……いや、なんでもない」
ベニザクラが一度さらっと流したのに自分で話を戻してくるあたりが実にサンドラである。
彼女の家族への毒は別として、基本的に人は温かい食べ物を美味しく感じることが多い。元々冷たさを楽しむものであれば分かるが、温かくとも冷たくとも美味しく感じるよう計算するという発想には脱帽した。
具材も色とりどりで、客の好みに合わせてパンかライスか選べるようにもなっている。
そして一番驚いたのが……。
「食品さんぷる……あれの効果は恐ろしかったですね」
異次元の販売促進効果、食品サンプルである。
「未だにどうやって作っているのかわからんが、まるで本物を見せられているようだったな。あんなものを見せられては食欲も湧くというものだ」
「本当に本物じゃないんですかね、あれ?」
「本当に違いましたよ。村長責任でサンプルを確認したんで間違いありません」
弁当というのは口を閉じていなければ中身が乾燥したり痛みやすくなってしまうので、普通は口を閉じている。しかし閉じていると中身が見えず、どんな弁当なのか判断がつかず手を出しにくい。その問題について「蓋を透明にする」という案と最後まで争って勝ち抜いたのが「食品サンプル」だ。
まるで本物のように極めて精巧に作られた、食べられない代わりに腐ることもない弁当。
食べられない弁当という時点で想像の埒外であるのに、これがまた実に美味しそうに出来ているのだ。当初はこんなもの用意せずとも絵でよいのではないかとも思ったフェオだが、出来上がったサンプルの立体感と質感を見て「食べたい」と思った瞬間に全てを悟った。
これは、人類には早すぎる販促技術だと。
直売所は大繁盛し、連日弁当は完売。
口コミが評判を呼び、気付けば直売所は弁当に手一杯の弁当屋と化した。
そして……。
「フェオの村? ああ、弁当村でしょ!」
「お弁当の聖地って呼ばれてる場所だろ?」
「弁当で村を興すなんて若い人は発想が違うわねぇ」
「いつか冒険者として強くなったら弁当村で本場弁当食べるんだ!」
フェオの村は外の人々に弁当村と認識された。
(何か予想だにしない誤解が広まっているッ!!!)
悪名は無名に勝るとまでは言わないが、不本意極まるフェオだった。




