27-5
翌日、本格的に迷宮探索を再開したハジメは厄介な敵とトラップを退けつつ、着実に第2階層のマッピングを粗方終えた。そして第3階層へと歩みを進める。
そこで、一人の女性の遺体を発見した。
遺跡内の悪辣なトラップにかかったのか、床下一面に広がる夥しい鋭利な棘に全身を貫かれた凄惨な姿だった。誰かに助けを求めるように差し伸べられ、その表情は絶望しきったように目を見開いている。
冒険者となってから見慣れてきた人の死体だ。
「尖ってはいるが耳の短さからしてハーフエルフ……アウアリアか?」
昨日のドワーフは遺体すら確認出来なかったが、今回は装備品も確認出来たため恐らくはアウアリア本人だろう。体の向きからして、先に進もうとしたのではなく撤退中に落ちたのかもしれない。
これで一人は死亡確定ができた。
探し回ってグルニルが見つからなければ、崖から落ちたドワーフがグルニルである可能性が高い。
これでは最後の一人であるタクトの生存は期待できそうにない。
ハジメは大盾を上手く棘の床に落として足場代わりにし、アウアリアの遺品を回収する。棘に貫かれて中身の零れた道具袋の中から日記が覗いていたので確認したが、やはりアウアリアのものだった。
申し訳ないと思いつつもざっと中身を検める。
(……この内容、彼女は転生者だ。力は短期間の時間停止だが、落下トラップには無力だったようだな)
いくら時間を止められても、落下トラップは一度かかってしまえば何か回避する道具がないとどうにも出来ない。
もしかしたら彼女は罠に嵌まったことに気付いて咄嗟に時間を停止したのかも知れない。そして、停止しても意味が無いことに気付いた時には既に全身を棘に貫かれていた。停止した時間の中で己だけが動けるが故に逆に誰にも絶対に助けられない死に方となったのなら、余りにも迂闊で哀れだ。
小休止がてら日記を軽く読み進めてグルニルとタクトの情報を探る。
三人はそれなりに仲の良いパーティだったようだ。
言葉の節々からはグルニルとタクトも転生者であることを匂わせていた。
この迷宮には『隕石で出来た剣』とやらがあるという情報があり、タクトはこれに執着していたという。迷宮攻略で既に実績のあった彼らは特に迷うことなくここへと挑んだようだった。
「その結果がこれか……」
思わず独り言を漏らす。
三人とも前途有望な若い冒険者だった筈なのに、待ち受けていた結果は余りにも非情だ。迷宮探索は「まさか彼らが」と言われるような実力者をあっさり闇の中に引きずり込んでしまう。現代の冒険の中で最もハイリスク故に、逆に冒険者はその魅力に魅入られてしまう。
ハジメ自身、いつこの迷宮に飲み込まれるかは分からない。
三人がかりなのに犠牲者を出している彼らがいる以上、ハジメはもっと危険である。
(進もう。出来ればタクトを見つけたい)
日記によると、マッピングや罠解除などはタクトの担当であったようだ。
タクトの制作していたマップを見れば彼らのおおよそ辿った道筋が見えてくる筈だ。生きていればパーティに死者が出た原因も見つかるだろう。
ハジメは第4階層へ降りる。
第3階層まではそれほど苦戦しなかったが、第4階層から一気に敵が強くなった。
初遭遇の敵や壁から突然出現するゴーレムなど、不意を突かれる様子も多くなる。ハジメはそれら一つ一つに丁寧かつ冷静に対応し、対策を講じていく。
(とはいえ、少しきついな……)
ゲームであればダンジョンのどこかに中間地点があったりするものだが、残念な事にこの世界にそれはない。使い捨てテントを使おうにも、流石に道の狭い迷宮内では魔物除けの効果が発揮されない。どこか休める場所で休息を取るしかない。
迷宮内で最も安全なのは、お宝が安置される奥まった隠し部屋だ。
元々そのような場所には迷宮内のモンスターが近寄らないし、一度安全を確保すれば案外快適に過ごせる。それに、もしもタクトが生きていればそうした場所に身を隠した可能性はある。
ハジメは丁寧に階層を攻略していき、その過程で隠し部屋の幾つかで誰かが休憩した痕跡を発見にした。まだ真新しい痕跡から察するに、休憩したのはおよそ三人。
恐らくはタクトたち三人パーティが残したものだ。
ハジメも彼らに倣って休憩を挟んだ。
数日を要して、ハジメは第5階層に到達する。
ここまで、痕跡こそあれどグルニルとタクトは確認出来ていない。
周囲の様相がこれまでの階層と変わったことに気付いたハジメは思案する。
(……この遺跡、第5階層で打ち止めかもな)
迷宮の最下層は基本的に他の階層に比べて荘厳というか、少々派手に作ってあることが殆どだ。何故なら迷宮の最奥にこそ秘められし財宝や貴重品を保管するからである。もちろん、その分だけ敵も凶悪でトラップも厄介なものになる。
ここまでの階層を完璧に調べきった訳ではないが、残りの捜索対象がいるとしたらここの可能性は極めて高い。死体すら残らないタイプの罠がないことを祈り、ハジメは足を踏み出す。
そして、即座に踵を返して小陰に身を隠した。
息を止めて気配遮断を試みたハジメの真横を、巨大な影が横切る。
重厚な体、僅かに浮遊した移動方法、そして全身のあちこちに存在する砲台やブレードらしき武装。古代の文明が生み出した命なき防人が、うっすらと光を放ちながら音もなく通り過ぎていく。
(エレメントゴーレムか……!)
ゴーレムの中でも上位の古代兵器の名残、エレメントゴーレム。
レベルにして50近くの戦闘力があるとされる難敵だ。
今のハジメなら倒せない相手ではないが、もし同時に別の魔物に襲われれば相手をする余裕がない。古来より戦の趨勢は数が決めてきた。孤独に戦うハジメに常に付きまとう致命的な弱点だ。
暫く通り過ぎたエレメントゴーレム相手にどうしたものかと思案していると、通り過ぎた側とは逆の方向から再びエレメントゴーレムが現れて再度気配を隠す。
(先ほどのゴーレムとは違う個体……? 微かにだが戦闘の痕跡がある)
エレメントゴーレムには自己修復機能があるが、それは長期運用のための修復であり戦闘中の回復として使うほどの効果は無いと本にあった。ハジメの見立てではエレメントゴーレムの傷は真新しく、最近ついたものではないかと思えた。
ハジメはエレメントゴーレムがこの階層を巡回しているという予測を立て、それから数十分ずっと身を潜めてゴーレムを観察した。すると、いまハジメの見ている遺跡の通路には5体のエレメントゴーレムが常にぐるぐる巡回していることが判明した。
これは非情に厄介だ。
もし一体に見つかって戦闘を開始すれば、巡回するエレメントゴーレム達が次々に参戦して最後には5体を同時に相手にする羽目に陥る。最悪、ゴーレム同士で通信をとって挟み打ちにされるかもしれない。そうなればよほどの凄腕冒険者でもないと勝ち目はない。
だが、エレメントゴーレムの探知範囲には隙間があるようだった。
つまり、巡回と巡回の隙間に入り込んでゴーレムと同じ速度で移動すれば暫く掻い潜ることは可能だ。これしかないと思ったハジメは、何度もタイミングを計ると意を決して探知の隙間に飛び込む。
(……おかしいな。構造が単純すぎる)
暫く歩いているうちに、第5階層は部屋や分かれ道が全くないことにハジメは気付いた。5体のゴーレムの移動速度からして巡回の距離は短いと踏んでいたのでここはあくまで大通りで、細かい道や部屋が沢山あるのではないかと想像していたが、その予想に反して何もない。これまで迷宮らしい90度の曲がり角はなく、通路は緩やかに円を描いているようだった。
何かある、と、壁際をよく観察しながら進むと、丁度円を半周したあたりで違和感のある壁を発見した。円形の通路には壁画があるのだが、その通路だけは妙に壁画が立体的で、太陽や天秤といった象徴的なマークがボタンのように浮いている。
これは恐らく、壁画をヒントに正しい順序でボタンを押せというものだろう。ハジメは慌てずそのまま一周し、もう一周しながら壁画をつぶさに観察してメモをとっていく。そして順序を割り出したハジメは、次の周回で壁画に近寄って手早くマークを押し込んだ。
予想は当たり、壁画が上にせり上がって道が出現する。
エレメントゴーレムに見つかる寸前になんとか入り込むことが出来た。
そこは、広場のようなだだっ広い空間だった。
幾つか続く部屋があるのを見るに、まだ続きがあるようだ。
空間を見渡したハジメは、その隅に一人の男が暢気に寝息を立てていることに気付く。ヒューマンの若い男だ。ハジメは遠目に彼の特徴を確認すると、慎重に近寄り、剣の鞘で彼の肩をとんとんと叩く。
「おい、起きろ」
「んあ……はっ!? 迎えに来てくれたんだなアウアリア~~~!! あれ、アウアリアなんかゴツくなった? 胸もしぼんでるし」
「よく聞け、声も顔も種族も違う」
「え? ……おれのアウアリアが無愛想な男にッ!!」
寝ぼけているのか訳の分からないことを言っている男の顔面にハジメは無言で聖水をぶっかける。いきなりの暴挙に暫く経ったまま呆然とする男に、ハジメはため息をついた。
「正気に戻ったなら確認するぞ。お前は冒険者のタクトで間違いないな?」
「……ええと、はい。えぇ……背丈的にアウアリアだと思ったのになぁ」
こうしてハジメは冒険者タクトと出会った。
数々の冒険者の中でも、忘れられないその顔に。
――ハジメは、タクトたちを捜索に来たことを端的に伝えた。
彼はすぐにそれが誰の依頼か察したのか、「心配かけちまったな~」と少し照れ笑いしていた。その態度から危機感が感じられないのが気になり、ハジメは確認する。
「お前は何故ここにいたんだ?」
「ん。アウアリアとグルニル待ってんだけど」
「もう少し詳しく話してくれ。どういう経緯でここで寝ていたんだ?」
「お目当てのお宝を求めて最深部まで行ったんだけど、最後の最後でうっかり悪魔のトラップに引っかかっちまったんだよ」
「悪魔のトラップ?」
聞き慣れない名前に首を傾げると、タクトは「悪魔由来の嫌なトラップさ」と、うんざりしたように首を横に振る。
「魔界の強力で厄介な魔法が籠った珍しい代物でさぁ。ダンジョンギミックと違って滅茶苦茶見つけづらいから引っかかるまで存在に気付けないのが殆どなんだよ」
――後に知ったことには、悪魔のトラップは魔王軍幹部の拠点や魔王城内部にも使われる珍しい設置トラップらしい。初見殺しだが使い捨てで、即死トラップでこそないものの総じて厄介な効果が籠められている。
「俺らが踏んだのは多分ランダム転移トラップ。壁の中に埋められることはないけど分業パーティにはきついぜ。役割分担が出来なくなるからな」
「なるほど、おおよその状況は理解した」
「で、あんた上から登ってきたんだよな。俺はアウアリアとグルニルがここに戻ってきてるかもしれないと思って第5階層まで降り直して待ってたんだけど、二人に会わなかった?」
「アウアリアは死亡を確認した。グルニルも恐らく死んだ」
ハジメは、抑揚も躊躇いも気遣いもなく言い切った。
――大人になったハジメであれば、相手の気持ちを慮ってここまで直接的な物言いはしなかっただろうが、この頃のハジメはまだ他人の感情の機微というものに理解が及んでいなかった。
タクトは顔を真っ青にしたと思うと今度は真っ赤にし、ハジメの襟首に掴みかかった。先ほどまでと打って変わった激憤が空間を伝播する。
「んな訳あるかよ!! アウアリアは時間停止が使えるし、グルニルは強ぇ上に『座標』があるんだぞ!! 死ぬ筈がない!!」
「グルニルについては本人確認が出来ていないが、少なくとも俺が遺跡に来たその日に狂乱したドワーフが一人、外の崖から転落死した。あれがグルニルの可能性は高い。アウアリアはここに降りてくるまでに落下トラップにかかって死亡しているのを確認した。彼女の杖と日記を遺品として回収してある」
「信じないぞ……俺は信じない!! この目で確認するまではッ!!」
先ほどまでのお気楽そうな態度は鳴りを潜め、烈火の如く怒るタクトに、ハジメは逆に都合が良いと思った。
「なら確認しにいこう。パーティメンバーの確認であれば依頼者も嘘だと突っぱねはしないだろう」
「おう見せて貰おうじゃねえか! 俺ら友情パーティが壊滅なんぞする筈もないからな!!」
肩を怒らすタクトの後を、ハジメは淡々と追った。
タクトは流石ベテランクラスなだけあり、ダンジョンの厄介なポイントを実に器用に躱していった。戦闘においても敵の気を逸らして戦闘を回避する術や逆に奇襲を仕掛けるのに優れ、初めて誰かと行動するというのにハジメは仕事のやりやすさを感じた。
二人はあっという間に第三階層まで上がり、そして、アウアリアの遺体に辿り着く。
遺体は一部が魔物に食い散らかされて無惨な姿だったが、装備品や髪の長さなどの特徴から真実を感じ取ったタクトはその場に蹲って胃の中身をひっくり返した。つんとした酸の臭いがダンジョンに広がる。
「おえぇッ、げぇぇぇぇッ……アウアリア。はぁ、はぁ……アウアリアぁぁッ!!」
何を思ったか、彼は彼女の遺体がある棘の山に飛び込もうとする。ハジメは寸でのところで彼を組み伏せた。
「行ってどうする。遺体を持ち帰る余裕はないし、備えもなく降りればお前も死ぬぞ」
「煩い!! お前ぇぇッ!! なんでそんな淡々としてられんだぁッ!!」
「人間を失格してるからだ」
「……ッ!! ああそうかい!! じゃあ何言っても無駄だろうな、クソッ!!」
タクトは乱雑に壁を何度も蹴った後、アウアリアの遺体を見て涙をこぼすと鼻を啜って踵を返した。ハジメはその背中に声をかける。
「俺を恨んでいいぞ」
「あ……?」
「俺はこのダンジョンを慎重に降りたが、リスクを承知でスピードを重視すれば彼女が罠にかかる前に合流出来たかもしれない。仮定の話に意味は無いが、それでも納得出来ないものなんだろう? 普通の人は」
「……ッ!!」
振り向きざまにタクトは憤怒の形相でハジメを殴り飛ばした。
ハジメは僅かに仰け反るが、無表情のまま堪えた。
口の中を切ったのか、血の味がした。
タクトは拳を振り抜いた姿のまま鼻息荒く睨んでいたが、「もう喋んな!」とだけ言ってそれ以上何もしなかった。ハジメは言われるがままに黙った。
こういうとき、ハジメは何をやっても相手を苛立たせる。
理由は分からないが、神経を逆なでしてしまったのだろう。
その機微が分からないから、自分は人間を失格しているのだと思う。
二人を沈黙が支配したままダンジョンを脱出した後、久々の陽光に目を細めたタクトが口を開く。
「グルニルはどこにいる」
ハジメは黙って崖の下を指さした。
タクトはそのまま無言で崖を降りるルートを探った。
その途中、彼は不意に口を開いた。
「お前、アスペか?」
「あすぺ?」
「……」
「意味は分からんが、悪口なら慣れっこだ。言ったろ、人間失格だって」
「ああそうかい。そうか……別にお前が悪い訳じゃねえもんな。冒険者が冒険で死ぬのは自業自得だ。そんなこと分かってるんだよ。お前を殴ったのは、俺の八つ当たりめいた身勝手な感情を指摘された気持ちになって腹がたったからだ。悪いのは俺なんだよ」
「そうかもしれないが、それだけじゃない。俺の恩師が言っていた。伝えることも大事だが伝え方を考えろと。実行できてない俺は出来の悪い男だ」
「そーゆーとこが腹立つんだよなぁ!」
そこでタクトは振り返ったが、そこにはアウアリアの時の苛立ちとは違うもっとフランクな感情がこもっていた。
「俺は自分も悪いなぁって自覚があるのにさぁ! お前はひとっことも指摘しないでこっちが悪かったって言うばっかりだ! 意見が自己完結しすぎて会話になってねえんだよ!」
「そ、そうなのか?」
思いもよらない指摘にどもると、タクトはびっとハジメを指さした。
「今初めて会話が成立した。分かるか? さっきまでのお前は一方的に話をぶつけてただけ! お前の伝え方ってのは確かにちょっとイラっとしたさ。でもお前だって他人の言うことにイラっとすることくらいあんだろ?」
「ない」
「うそつけ!」
そう言われてもないものはない。
今まさに伝え方が問われていると思ったハジメは一生懸命に知恵を絞った。
「俺にはそういうのはよく分からない。感情が足りていないらしい」
「……もういいや。とにかく癇癪起こして悪かったよ。普通に喋ろう」
「わかった」
――この当時、ハジメはまだルシュリアに出会っていないので苛立ちを知らなかった。
「気になることがあるんだが、いいか」
「あんだよ」
「グルニルと思しきドワーフは全身傷だらけで恐慌状態だった。聖水をかけても冷静さは戻らず、制止を振り切って一直線に崖の下に落ちていった。彼がトラップに引っかかった後に一体何が起きたのかが気にかかる」
彼がワープで第一階層に飛んだとして、あの階層に彼をパニックに陥らせるほどの要素はなかったように思う。ハジメの疑問にタクトを顎をさする。
「……多分、恐慌状態のまま『座標』を使ったんだ」
「転生特典か」
タクトは頷くと指を三つ立てて見せた。
「空間に『ピン』を刺すって言ってた。『ピン』は三本まで刺せて、刺した場所を座標としてそこに自由に自分を転移できる。あいつは仕事前に必ず安全圏、今回の場合は入り口だな。そこに『ピン』を刺す」
「安全ならば何故パニックに?」
「わかんねえけど、多分パニックだからこそじゃねえかな。冷静な判断能力を失って、殆ど無意識に座標を使っちまったんだ。聖水かけても直らなかったんだろ? かなり重篤な恐慌状態なんだから、まともに思考が働いてなかったんだ」
或いはそのピンとやらを一つは自宅にでも設定していればそのようなことにはならなかったかもしれないが、現実には彼は三本のピンを全てダンジョン攻略に利用する形で使ったのだろう。自分の落下死など想像もしていなかったのだ。
「グルニルを狂わせるようなもん、迷宮内では見なかった。もしいるとすれば――最奥の門番とか」
「つまり、ランダム転送で彼は最奥の敵と一人で相対し、そこで恐慌状態になって入り口に転移したものの、冷静さを取り戻せず……」
「憶測だ。それに、俺は完全にグルニルのこと諦めた訳じゃない」
二人は、実に半日をかけて登山道具を利用しながら崖下まで降りた。
崖下には、原形が不明なほど損壊した遺体のようなものがあった。
タクトは今度は嘔吐しなかったが、遺体の装備品を見て「グルニル」と信じられないように呟いた。
依頼はタクトのみ生存という形で終了した。
帰り道、タクトは一言も喋らなかった。
それで終わる、筈だった。
数ヶ月後、タクトがダンジョンに再挑戦すると言い出すまでは。




