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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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27-4 AGE15

 死んだのは14歳で、今は15歳。

 合計すれば今の自分は29歳。

 そう考えると、今の自分がとても奇妙に思える。


 冒険者となって以降、ハジメは自分に許されるギリギリの難易度の仕事を常に受け続けた。しかし、ただ自殺の為に挑むことは許される筈もない。考えられうる限りの情報を集め、対策を立て、その上で挑み、逆境の中でも諦めることを許されない――いつか必ず破綻すると思っていた綱渡りは、自らの技量が上がり続けるという計算外によって終結の兆しを見せなかった。


(……生きていれば今頃卒業か)


 別に感慨に耽るようなことではない。

 ハジメのいた中学校はごく普通だった。

 そこにあって殺されるくらいだから、よほど自分が碌でもなかったのだろうとだけ思った。


 実際、間違いではない。

 限られた教師と限られた時間の中でいじめという問題を未然に防いだり対策することは容易ではないし、そもそもいじめとは何かという定義すらまともに理解していない人間が大半を占めるのがあの国だ。

 学校にとって、いじめで死ぬ子供とは存在自体が迷惑なのだ。

 だから、いじめの存在そのものをなかったことにしたがる。

 人の生き死にに関わるのは、責任が大きくて面倒だ。


 ふと自分の考えがおかしくなる。

 正義も道徳もありはしないこの思考そのものが、自分が碌でもない証だ。

 死んで当然の者が排除されることで社会は安寧を得るもの。

 やはり、自分が存在することに価値はない。


 足下に蝉の死骸が転がっていた。

 脱皮に失敗したのだろう、蟻が群がってる。


 これは自分だ。

 今、難しい依頼を多く請ける自分が死ねば、その分だけ代わりに依頼にありつける人が増える。一つの存在の排除が多くの存在の糧を産み出すのだとしたら、この蝉のように死ぬことが正しい。どうせ自分以外の蝉たちは既に殻を破り、街路樹に留まり大合唱を奏でているのだから。


 育ての師に聞いたことには、蝉の鳴き声は世界中の大多数の民族にとって雑音に過ぎないのだという。蝉の合唱を合唱と表現する感性を持つのはごく一部。この異世界でもそれは同じようだ。


 ふと、蝉の鳴き声に耳を傾けると生前の世界にいたものと同じ鳴き声に聞こえる。

 さしずめこれは異世界ミンミンゼミ。

 元の世界のミンミンゼミと何が違うのかも分からない。

 ハジメにはそれさえも自分に符合しているように思えた。

 存在する価値のない人生の複製品、それが今の自分だと。

 ならばせめて、人の役に立つ死に方をした方が命の使い方として合理的だ。


 そのような異質な考え方で危険なクエストを請け負うハジメに関わろうとする人はいない。ギルドに入った時点で無遠慮な視線が向き、誰にも話しかけられない。和を乱している自覚があったハジメは用件だけを手早く済ませる。


「このクエストを」

「……」


 ギルドの受付の男はとうとうハジメに返事すらせずに受注手続きを行う。

 ギルド職員としてはあり得ない態度の悪さだが、ハジメが何も言わないので自然と周囲には許容されていた。


 ――後に知ったことによると、この職員はハジメに支払われる報酬を過小に提示することによってその差額を自分の懐に入れる不正をしていたそうだ。彼はこの後数年に亘ってずっと同じ手口で悪事を続けたがハジメは金銭に無頓着ゆえまったく気付かず、皮肉にも悪名高くなったハジメに対して十三円卓からの粗探しの際に偶然発覚することとなる。

 勿論、このときのハジメはそんなことには気付いていなかった。


 仕事は、古代遺跡に入ったまま戻ってこない冒険者パーティの救出。

 ドワーフのグルニル、ハーフエルフのアウアリア、ヒューマンのタクト。

 純粋なドワーフの冒険者は比較的珍しい。

 彼らは身体能力には優れるが、身長の低さからリーチが短く、種族柄か戦いより物作りに精を出す者が多い。このグルニル率いる三人パーティが遺跡の未探索深部を調査に行ったきり戻ってこないので探しに行って欲しいとのことだ。


 遺跡の深部は今まで何人もの冒険者が行方をくらました危険な場所故に受け手がずっといなかった。それでも諦めきれない依頼者――冒険者タクトと親しい人物らしい――がしつこく依頼を出し続けた結果、ハジメの目に留まった。


 ハジメはこの依頼はまだ規則的に止められるかもしれないと少し不安に思ったが、チェックがいい加減なギルド職員のおかげですんなりと通った。


 果たして、突入した冒険者達は無事なのか。

 もし生きているなら、生きて地上に行かせてやりたい。

 そして、彼らを助けるために投げ打つ必要のある命が必要ならば――。


(惜しくもなければ惜しまれもしない命だ。上等な最期だろう)


 孤独故に、背負う責任も後に残すものもない。

 この時代、彼の破滅的な思考に気づき、止める者は誰一人としていなかった。




 ◇ ◆




 この世界の迷宮には大別して2種類ある。

 古代文明の遺産と、旧神の遺産だ。

 旧神の遺産たる迷宮はいわゆるゲームの裏ダンジョン的な恐ろしい攻略難易度を誇る代わりに聖遺物級やそれに準ずる破格の性能の装備やアイテムを手に入れられる可能性が高い。


 しかし、そうした装備類が古代文明の遺産に遺されていないとは限らない。過去に旧神の遺産を持ち出して別の場所で命を落としたり、そうした装備を保管する為の建物だったのが迷宮化したりした場合には思わぬ掘り出し物を手に入れることもある。


 ハジメも縁あっていくつかそうした貴重な装備を手に入れている。そして、今回失踪した三人パーティの目当ても古代文明の遺産の一部としてダンジョンの奥底に眠るそれだったらしい。


 ドワーフのグルニル、ハーフエルフのアウアリア、ヒューマンのタクト。

 三人とも異例の速度で実力を上げ、去年にはベテランクラスにまで昇格した冒険者たちだとギルドの説明にはあった。ハジメ自身も名前は聞いたことがあるが、余りにも成長が早すぎることからこのうちの何人か、もしくは全員が転生者なのではないかと疑っていた。


 この世界に来てからハジメは何人かの転生者に出会っていた。

 しかし、残念な事にこの世界における転生者の死亡率は高い。

 ホームレス賢者ことセンゾーによると、転生者の約七割程度が冒険者になるもののその殆どが転生特典という万能感に酔いしれ、成功が慢心を生み、そして各々の理由で死んだり牢屋に送り込まれていくという。

 真に賢い者は安易な道を選ばず、転生特典を信じない、だそうだ。


(当然と言えば当然のことだ。いくら常人離れした才能と異能的な力を得たところで、急にサバイバル生活や殺し合いが上手くなる筈がない)


 転生者はハジメの知る限り、21世紀の平和な世界を生きた一般人に過ぎない。これまでコンビニに行けばいつでも食べ物が買えて、ネット越しに人と安易に繋がり、娯楽施設で友達と遊びほうけていた人間がいきなり過酷な環境に放り込まれれば、必ずどこかで()()()()


 例えば、最初の敵を倒すときに恐怖心に負ける。

 例えば、力の使いすぎでハイになって先のことを考えるのを怠る。

 例えば、漸く慣れてきたと慢心したそのときに予想外のことが起こる。

 例えば――その力を身勝手に振り回した報いを受ける。


 しかし、ハジメはその脱落者には混じることが出来なかった。

 死ぬほどの危機は何度でもあったのに、自死を禁じられたハジメはどんな時もその場を切り抜ける為の思考をやめることが出来なかった。それは呪いのようにハジメの魂を縛り、押しつけがましい未来への道筋を指し示してくる。


(……ここか)


 切り立った断崖を数日かけて進んだ末に辿り着いた巨大な洞窟――その中に、ダンジョンはあった。

 遙か昔に建築されたとは思えない美しく整った入り口は、既に人に発見された場所であることをアピールするようにギルドの設置した看板がある。ベテランクラスパーティ推奨、危険度大なり、原則行方不明者の捜索は行われない、未踏破エリアあり……簡潔な説明を読み取り、ギルドの情報と食い違いがないことを確認する。


 ちなみに、これが古代文明ではなく旧神の遺した迷宮であった場合、ギルドは看板にこう書き記す。


 ――汝等この門をくぐる者、一切の希望を捨てよ。


(文言を考えたのは転生者なのか、それとも異世界にもダンテと同じ感性の者がいたのか……)


 尤も、地獄の門という捉え方も理解は出来るが実際には宝という希望は存在する場合が多いと聞く。ハジメもそのうち地獄に入ることが出来るようになるだろう。そのときこそ、自分の真の終焉となるのかもしれない。

 もう、繰り返すことのない永遠の終焉に。


 迷宮内をマッピングしながら淡々と進む。

 嘗ての生還者がギルドに提出したマッピング記録は、リスクを感じて早々に撤退した者の作った地図ばかりで僅かな範囲しか分からない。しかもマッピングする側も決まったルールもなく自己流で書き込んでいるため、どうしても確実性に欠ける。


 こうした迷宮の探索でセオリーとされているのは壁伝いの探索だ。いざ迷ったときに通った道を逆戻りすればいいだけだし、端から確実に埋めていった方が構造を理解しやすい。捜索する三名も同じであれば有り難いが、と思いながら、床の痕跡も探っていく。


 こうした遺跡の中には誰が何の為に燃やしているのかさっぱり分からない無限に燃えるかがり火が等間隔で設置されていることが多く、ここもご多分に漏れない。これを知ったとき薪を失敬すれば永遠に薪が得られるのではないかとハジメは思ったが、この世界の人間は誰もそれを思いつかないし気にしない。

 弓矢の矢が矢筒ある限り無限に生成されることに誰も疑問を持たないのと同じことだ。故に、ハジメも気にしないようにしている。


(広い迷宮は昼夜の感覚がなくなるな……)


 定期的に時計を確認しながら捜索を続け、道中で遭遇する魔物を切り刻んでいく。この頃のハジメはまだ初歩的な魔法しか覚えておらず、物理攻撃に偏重しているため群れで襲い来るコウモリの魔物などの対処には苦戦していた。

 だが同時に、状況や敵に合わせて素早く装備を換装し、相手に有効なスキルを使うというスタイルも身につきつつあった。


「邪魔だ!!」


 普段は滅多に使うことのない拾いものの聖遺物、二丁拳銃を抜いたハジメはコウモリの群れに連続発砲する。機先を制して動きの鈍ったコウモリの群れに、ハジメは風属性を纏ったハンマーを取り出して体ごと回転させる。


「セントリフィカル!」


 ハンマー投げのように全身を振り回して遠心力で相手を殴るのが本来のセントリフィカルだが、風属性ないし風のエンチャントが乗ると己を中心に小さな竜巻を引き起こせる。突然の風に羽を捕えられたコウモリたちがきりもみになりながらハジメに吸い寄せられていく。

 タイミングを見計らって足でブレーキをかけたハジメは、ハンマーを大地に振り下ろした。


「インパクトフォース!!」


 ドウッ!! と、ハンマーが叩き付けられた地面を中心に半円状に衝撃波が発生し、竜巻に引き込まれたコウモリが一斉に弾き飛ばされた。ハジメはハンマーから手を離すと、まだ息のあるコウモリを槍で淡々と処理していく。


(中級魔法があればもう少し効率的に倒せる気がするな……)


 敵を処理するために試行錯誤する中でスキルを組み合わせるコンボを開発したりもしてきたが、こう数が多いと魔法による広域攻撃が欲しくなる。今回は相手がコウモリの魔物のみであったからあっさり制したが、ここはまだ迷宮の入り口からそう遠くない。奥に進むほどに魔物は凶悪さと狡猾さを増していくだろう。


 捜索対象の一人、ハーフエルフのアウアリアが生きていれば帰りは多少楽かも知れない。そんなことを考えながら黙々とダンジョン探索を進めたハジメは、ダンジョン一層の構造をほぼ調べ終えた。

 ダンジョンのお約束だが、ここも例に漏れず下へ下へと階層が続いているようだ。二層目も軽く調べたところで夜になったため、ハジメは一度ダンジョンの外に出た。今日はほんの触りだ。明日から本格的に未踏破区域を捜索することになり、そうなると休憩時間はあまり取れなくなるだろう。


 食事を用意して休憩しつつ、ギルドに定期報告を送るために一階のマッピングデータの写しと報告書を書く。これは冒険者の義務ではないが、建前上は推奨されていることだ。

 マッピングデータをギルドに提出すればギルドからの覚えはよくなるが、敢えて提出せずに独占すれば未踏破区域でお宝を発見したい際には他の冒険者より有利になれる。報告書にしても、さっさと終わらせて帰ればそれで問題はない。

 ハジメがわざわざそのようなことをするのは、世界に対して正しくあるため。

 そして、独占する欲求が致命的に欠けているからだ。


 と――ハジメの探知に微かに反応があった。

 迷宮の中からだ。

 念のために武器を構えて入り口を警戒すると、ドタドタというやかましい足音と共にずんぐりむっくりな男が飛び出してきた。やや頭身の低めなそれは、ドワーフの戦士だった。鋭い裂傷が体のあちこちに刻まれた男は、体から血が零れ落ちていることを気にもとめずに走りながら絶叫する。


「ひっ、ひっ、あ゛ぁぁぁぁぁぁッ!!」

「おい、あんたもしかしてグルニルじゃ――」

「どけぇぇぇッ!!」

「うっ!?」


 ドワーフのは一切の躊躇いなくハジメを豪腕で振り払う。

 ハジメは咄嗟に剣でガードするも弾き飛ばされて尻餅をついた。

 男はそのままダンジョンを走り去っていくが、ハジメは追跡した。

 彼がグルニルであるかどうか確認しなければならない。


「おい、待て!!」

「うわぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ドワーフの男は何かに怯えるように全力で走っているが、彼を追いかける魔物の類は感じられない。なんとか追いついて並走できたハジメは、彼の瞳孔が開き充血した瞳を見て察する。


(恐慌状態か!!)


 恐慌状態は精神が極限まで追い詰められた際に起きる状態異常で、見ての通り冷静な判断力を消失してしまう。聖水などの道具やカームの魔法で平常心を取り戻させることも出来る。やむなく聖水を振りかけようとするが、接近を許してくれないので投げつける。

 だが――彼の足は止まらない。

 重度の恐慌状態であるために聖水一本程度では効果が出なかったのだろう。

 なんとか更なる聖水を投げつけるが、先ほどの聖水を攻撃と誤認した彼はあろうことか聖水を回避したり払いのける。


「来るなぁ、来るなぁ!! 俺は悪くないんだぁぁぁッ!!」

「……おい、落ち着け!! そっちは崖だ!! 落ちるぞ!!」


 迷宮は断崖の奥にあるのだから、このままでは彼は――。

 ハジメは必死に手を伸ばしたが、自死を禁じられた肉体は足でブレーキをかけた。

 もう手遅れだと、悟ってしまったから。


「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!! 嫌だぁぁぁぁぁ……――」


 ドワーフの男が絶叫しながら崖を飛び出し、奈落のような闇がぽっかりと広がる断崖の底へ落ちてゆく。悲鳴はあっという間に遠のいていき、断崖の側面に複数回ぶつかった彼の四肢は次第にあらぬ方へと曲がり、やがてその姿は闇に消えた。やや間を置いて、何かが落ちた音が微かに反響してきた。


 この高度から落下しては、レベル100クラスの実力者か高位の風魔法の使い手でもない限り助かることはないだろう。もしかしたら滑空用の装備でもあればなんとかできたかもしれないが、彼がそれを使う様子は一切見られなかった。


「……なんで」


 また、生きたいと願った筈の人間が死んでいく。

 眼前の死を前に涙すら出ない、人のなり損ないの自分より先に。


 言葉にならない遣る瀬なさに苛まれ、ハジメはその日、普段はまったくやらない剣の鍛錬を眠くなるまで続けた。翌日に備えて寝た方が合理的だと分かっていながらも、自分の心の靄を必死に振り払うように。

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