27-2
イスラ、マトフェイ両名によるチェックが行われるも、はじめに異常は見つからなかった。
ただし、異能の力はこの世の法則に当てはまらないことも多いので確定ではない。
NINJA旅団の調査も虚しく、はじめの保護者は一向に見つからなかった。
「ぼく、これからどうすればいいんだろう……」
「見つからないものはしゃーないよ。暫くうちの家に居候してきなよ」
「でも……悪いよ」
「遠慮しなくていいから。ね、ユユ!」
「そうだよねシオちゃん!」
(シオもユユもすっかりはじめにメロメロね……確かに弟の次くらいにはかわいいけど)
ずっと宿で彼の世話をするのも限界だと感じた三人は、はじめを一時的に村に連れて行くことに決めた。いつまでもガブリエルとブンゴを組ませているのも可哀想だというユユの意見が発端となったが、その言い方が既にブンゴに対して可哀想だとは敢えて言わないシオだった。
さっそく村長フェオに許可を取りに行ったシオだったが、そこで気になる話を聞く。
「許可は別に構いませんけど……実はハジメさんから一向に連絡が無いんです」
「師匠が? 長期任務の際には頻繁に手紙を送ってくるのに、律儀な師匠らしくないですね」
「旅団の皆さんが忙しいのでヒヒさんに頼んでちょっと探りを入れて貰ってますけど、なんでこんな時にいなくなるんですかね……」
ハジメが死んだかも知れない、とは思えない。
しかし、不測の事態で足止めを食っている可能性はある。
エルフ及びダークエルフたちの不思議な占いでも同じ結果が出ている。
彼らの占いは引くほど当たるのだ。
「気になるけど、師匠ほどのお方が苦戦するとなるとライカゲさんクラスじゃないと助成しても足手纏いじゃないですか?」
「そうなんですよねー……はぁ。クオンちゃんも寂しがってますよ」
今はエルフの村に遊びに行って不安を紛らわしているクオンだが、放っておくとハジメの元へ文字通り飛んでいきそうである。彼女とエルフの兄妹がいない村では、他の村人の子供たちがはじめと共にボールで遊んでいた。
はじめは運動が得意なのか、大人しそうな見た目からは想像も出来ない鋭い動きを見せることがあった。ただ、自分のことを思い出せないせいか、あまり積極的に周囲と関わろうとしていない。シオはそのことが気にかかり、質問する。
「もっと一緒にお話すれば良いのに。お友達になりたくないの?」
「そんなことしたって、ぼくはいつまでここにいられるか分からないもの……」
はじめの顔に陰が差す。
自分が何者なのか定まらない不安――幼いながら、彼は自分の存在意義に迷っているのかもしれない。こんな年端もいかない子供が大人さえ容易に手を出せない命題に苦しめられていると思うと、シオの胸が締め付けられる。どうやら自分で思っている以上にシオは彼に入れ込んでいるらしい。
彼の肩を優しく抱いたシオは、励ますように背中をぽんぽんと軽く叩く。
「記憶が戻ったらまた友達になりに来ればいいわ。大丈夫、きっと戻るから」
「……」
はじめは何も言わず、シオに抱きついた。
シオには彼を慰めて不安を和らげてあげることしか出来なかった。
この小さな迷い子に自分は何をしてやれるのだろうか。
彼の記憶を元に戻す術は、いまだ暗中にあった。
――それから更に数日が経っても、はじめは記憶が戻らず、ハジメも行方不明のまま。
めぼしいニュースと言えば、勇者がとうとう全ての魔王軍幹部を倒した程度だった。
シオ、ユユ、リリアンは暇があればはじめを連れて遊びに行ったり、読書をしてみたりと彼の不安を和らげつつ記憶に刺激を与えて戻らないか試していた。特にユユとシオにとって純真なはじめと過ごす時間は楽しかった。
はじめは三人にかなり心を許すようになり、フェオなどにも可愛がられた。
「ふふ、行く場所に困ったらフェオお姉ちゃんの村にずっといてもいいのよ?」
「……ありがと、やさしいおねえちゃん」
普段それほど笑わないはじめの嬉しそうな表情と子供特有のストレートな感情表現には、フェオもにこにこが止まらなくなっていた。ただ、はじめは記憶を失う前は人に優しくされることに慣れていなかったのではないかともシオは思った。
彼は優しくされるたび、いつも一瞬戸惑う。
記憶を取り戻さない方が彼は幸せなのかも知れない。
そんな考えが時々脳裏を過った。
それからまた数日が経過したある日の夕暮れ。
はじめは、初めてわがままを口にした。
「帰りたくない……このまま遊んでいたい」
珍しく二人きりで、フェオの村から孤児院に帰る途中のことだった。
シオは、彼が内に閉じ込めている不安を吐露するいい機会だと思った。
「もっと遊びたいから帰りたくないの?」
「……ちがう」
「帰るのはいや? それとも、本当に帰る場所を思い出した?」
「ちがう」
はじめは両手で頭を抱え、俯いた。
母を求めて震えるように切ない姿で。
「みんなやさしい。シオもユユもリリアンもすきだ……でもこわい。頭のどこかで、何かが……これは違うってずっと言ってるんだ。ぼくが感じる安心もしあわせも、違うんだってずっと……だったら、あしたを楽しみにするのが怖い」
ああ――と。
彼は心のどこかで、自分の内に封じられた過去の記憶と今という時間の乖離に、気付いているのだ。優しくすればするほど、幸せにしてあげればあげるほど、時空の異なる二つの現実には差が開いていく。身を委ねるほどに、手ひどく裏切られることになってしまう。
「あしたのぼくは、この安心もしあわせもいいものだと感じなくなってるかもしれない……ぼくのしあわせは、ぼくの勝手なおもいこみだったのかもしれない……一日が終わるのがいつもこわいんだ!!」
悲痛な叫びが村に響いた。
彼は、自分の幸福を信じることが出来ないでいる。
シオは、静かにはじめの手を取った。
「私の手、あったかい?」
「……うん。あったかくてやわらかい」
「これは『違わない』よ。きっと何もかも思い出しても……」
彼の手を引き、抱きしめる。
子供特有の不思議な匂いが、彼からはした。
「お姉さんははじめと一緒にいて楽しい。この気持ちはいつか変わってしまうかも知れないけれど、この瞬間に感じた楽しさはきっと確かなものだから。だから……変わったからって嘘になる訳じゃないんだよ、はじめ」
「……わかんないよ」
はじめは首を横に振った。
しかし、小さな手はぬくもりを求めるように必死にシオを抱きしめ返してくる。
今このときだけでもはじめを満たせるのなら、と、シオは迷える幼子に身を預け続けた。
不安なら、本当を作れば良い。
もし彼の保護者が見つからなかったら、自分が世話をしよう――シオは覚悟を決めた。
◆ ◇
きっかけは、二つあった。
一つは、勇者レンヤが自慢げに抱えている剣がハジメの愛用の剣だということに気付いたらしいヒヒの調査結果。
「勇者レンヤは強力な敵と戦う武器を探し求め、偶然にも質屋に売られていたあの剣を見つけたそうです。しかしあの剣、このヒヒの記憶が正しければハジメさまが遺跡で発見した一品ものの業物でして、出所を調べたのですよ」
そうして見つかったのがローブを着た謎の女性だった。
女性の身元は割れなかったが、調べると面白いことが判明したという。
「この女性、王国のあちこちの質屋に貴重で強力な武器を売っているのですが……どれもハジメさまくらいしか持ち合わせていない強力で貴重な品ばかりなのですよ。これは怪しい。余りにも怪しいですねぇ、イヒヒヒヒ……」
つまり、何者かがどういう経緯でかハジメの装備を手に入れて売り払っている可能性が高いと言うこと。NINJA旅団はこれを受けて即座に女性の身元割り出しに乗り出した。
そして、もう一つ決定的なことがあった。
「ママだ!!」
エルフの村から帰ってきたクオンが、はじめの事をハジメだと断言したのだ。
「小さくなって匂いがちょっと変わってるけどクオンには分かるもん!! ママだよ、ママ!! クオンのこと忘れちゃったの!?」
「そんなこといわれても……」
はじめは凄い圧で迫ってくる美少女にただただ戸惑うばかりだったので埒があかずに一旦二人を引き剥がしたのだが、クオンははじめがハジメであることに一切の疑いを持たない。更には騒ぎを聞きつけたリヴァイアサンの分霊までもがはじめをハジメだと言い始めた。
『神獣の感覚は魂レベルで相手を識別できる。顔を変えようが性別を変えようが、一度覚えた魂の質を間違えるなど神獣にはありえぬ。クオンの言う通り、小さくなってはいるがこの坊は間違いなくハジメなのじゃ。恐らく自力で思い出せぬだけで記憶もあると思うぞ』
ハジメの子でもなく、ハジメの弟でもなく、ハジメそのもの。
神獣が間違えるとは思えず、さりとて過去のハジメの姿と食い違う気もする。
念のために幼少期のハジメを知るホームレス賢者にも確認を取ったが、面影はあるがこんな美少年ではなかったという返事があった。
そんな中、ショージが変なことを言い出した。
「ブリス化、みたいな……」
「は?」
「あ、いや、ええと……ハジメはもしかして、転生特典で相手にとって都合の良い姿に変えられたんじゃないかなって思って」
周囲の多くがそのショージの突拍子のない言葉をいつもの病気だと思った。
しかし、意外にもアマリリスとウルがこれに食いついた。
「相手を可愛いショタに変える能力……なんて恐ろしい力なの! 発動条件厳しそうだけど、やりたい人は無理にでも手に入れそうね!」
「強制的に子供に戻されれば戦闘力は大幅減退、判断力も低下する。そして能力者はショタ好きと。うわぁ、結構エグイことするね」
「でもさ、記憶の混濁に加えて判断力の低下までセットでついてきたら流石にコストオーバーじゃない? どうなのショージ?」
「それなんだけどさ、ハジメは転移じゃなくて転生なんだよ」
「……?」
「だからさ、仮に今のハジメを五歳としてだ。ハジメには五歳の記憶は二つあるんだ。それでごっちゃになって思い出せないんじゃないか? 記憶の混濁はきっと相手側も想定してなかったんだよ」
「あっ、ああ! 想定してなかったからエラー起こしてるんだ!」
異能者側が勝手に盛り上がって話を進めるのでそれ以外の組みは何がなにやらだが、ともかく彼らの見解は『ありうる』ということだった。
話が進む中ではじめもはっとする。
「いつも思い出そうとするとあたまがごちゃごちゃになるのに、名前は迷わなかった。もしかしたら二つの記憶で名前だけはおなじだったから、名前だけはっきりおもいだせた……?」
二つの記憶、というのはシオからすると理解しづらいことだが、もしそうであればと仮定することこそ検証に於いては大事になる。その考えで言えば、はじめの理論は筋が通っているように見えた。
ぱん、とショージが手を叩く。
「決まりだ! このはじめは子供にされたハジメだったんだよ! はじめの着てた服を調べて、ハジメが一度町に戻ったかどうかの確認が取れればハッキリする! ……子供に戻って美少女達に世話されるってなんのゲームぅ!!? 俺も体験したいんだけどぉぉぉぉぉ!!」
「たまにはまともかと思ったけどやっぱりいつもの病気ですねこの人」
そこからは芋づる式だった。
はじめの着ていたぶかぶかの服は全て同居するフェオがハジメのものだと断定。
更にハジメは一度依頼で現地に赴いたものの、厄介な問題が発生して一度ギルドに報告するため町に戻ったことが判明。時間帯的に考えてハジメが子供化を受けていても矛盾がないことがはっきりした。
更に、ヒヒとNINJA旅団によってハジメの武器を奪って質屋に叩き込んでいた不審人物の詳細が上がってきたことで犯人を特定。電撃的な逮捕劇に発展した。
「ハジメさんとお風呂入って可愛がってたんだ、私……」
「師匠にあーんしたり、師匠を抱きしめてたんだ……」
「シオちゃんもショックだよね……いや、ハジメさんが嫌いとかそういうんじゃないけ――」
「記憶も失って絶体絶命の師匠を甲斐甲斐しく支え続けるとか弟子として完璧なムーブだったのでは? よくやったぞ私!!」
「あっ、そうだったシオちゃんってこういう子だった……」
ともあれ問題解決の目処が立ち、はじめがハジメに戻る時は着々と近づくのであった。




