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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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27-1 おじさんにもおじさんじゃない時代があった

 ユユ、シオ、リリアン。

 フェオの村に住む仲良し三人組は相変わらずオークのガブリエルと共に冒険をしていた。

 この日もクエストを終えて報酬を得た三人は、村に住んでいないガブリエルと別れて町からの帰路に就いていた。既に日は暮れ、夜の闇が広がり始めている。


「うっし、今日も絶好調!! 師匠の理論は果てしなく正しくて効率がいいわね~~!」

「ホント、ここ最近のシオちゃんの魔法の回転率凄いよね。私も誰かに師事しようかなぁ」

「いやぁ、お二人とも向上心があっていいねぇ。私は正直この辺で満足というか、弟ともっと過ごしたいというか」


 元々向上心より経済的安定を優先するリリアンらしい言葉だが、特に深い意味はないことは二人も理解している。ユユも無理に強くなる理由はなく、ガブリエルは三人以外とも臨時でチームを組むのでこのパーティに不和はない。


(なんか、今一番幸せな気がするな~)


 充実した日々に、シオはつい頬が緩む。

 今日も村に帰ったら師匠たるハジメに与えられたやりがいのある課題が待っている。

 古くさい教本には載っていない最新の生きた魔法データたちはシオを大いに満足させ、更には実践することで魔法の腕も加速度的に上達している。課題をこなしつつなのでシオの冒険の頻度はやや落ちたが、それを補って余りあるメリットがそこにはある。


 そんな幸せな日常の前に横たわる小さな異変を見つけたのは、ユユだった。

 彼女は暗い裏通りを通りかかった瞬間に立ち止まる。


「どしたの?」

「シオちゃん、あの子絶対なんか訳ありだよ。事件に巻き込まれたとかかも」

「んー? あー……」


 視線の先にいたのは、こんな夜に外を出歩くには幼すぎる子供だった。

 年齢は4、5歳程度に見える少年だ。

 明らかに体に合わないぶかぶかな服を着ているのが如何にも訳ありに思える。

 途方に暮れた顔で周囲をきょろきょろ見回す様もまた、偶然親とはぐれたにしては違和感があった。弟がいるため一番子供慣れしているハルピーのリリアンが「まかせて」と少年に近づく。


「ねえボク、こんなところでどうしたの? もう夜だし、おうちに帰らないと危ないよ?」

「おうち……わからない」

「迷子さんかな? お父さんとお母さんのお名前、わかる?」


 ユユの放った当たり障りのない質問に。少年は何かを思い出そうとするように額に手をあてるが、やがて諦めたように項垂れる。


「頭のなかがもやもやして、なにも思い出せない……」


 どうやら思っていた以上に少年の状況は煩雑そうだ。

 当の本人が経緯を覚えていないのは厄介だった。


(なにか大きなショックを受けて記憶が混濁してるのかしら)

(やっぱり事件だよシオちゃん。NINJAの人達に連絡した方が良いかな?)

(衛兵もでしょ。この町の子供なら親が探してるかも)


 この町は前に子供の大規模誘拐事件があったため、子供の安否には他の町より煩い。

 ただ、夜も遅いので知らせるのは翌日が良いだろう。


 改めて少年の体を見ると、砂埃で汚れてはいるがどこも傷ついていない綺麗なものだ。

 あどけない顔はどこか表情に乏しく、どこかで見た気もする。

 気になるのは、上着だけでなくパンツまでもがぶかぶかなことだろう。

 リリアンがベルトを締めてなんとか固定したが、もし着るものがなくて服を奪ったとしても、そもそもはけないパンツや下着を身につけているのは不自然だ。まるで元は大人だったのに体が縮んでしまったかのようである。

 リリアンは少年の手を優しく取る。


「ボク、こんな場所にその格好でいたら寒くて風邪を引いちゃうわ。今晩は宿に泊まって、明日ボクの家に帰りましょう? 明日になったら何か思い出してるかもしれないわ」

「わかんない……ぼく、どうすればいいの?」


 少年は何も思い出せないが故に判断も上手く下せないようだった。

 そうでなくとも親元から離れて一人きりでは混乱もするだろう。

 とはいえ、彼の身の安全を考えればリリアンの提案が現実的だ。


 フェオの村に少年を連れて行くには一度森を突破しなければならず、リリアンなら飛行して行けるにしても移動中は少年が無防備な格好で夜風を浴び続けることになる。それぐらいなら宿を取って一晩過ごし、明日本格的にこの子供の身元と家族を調べるのが現実的だ。


「大丈夫、お姉ちゃんが責任持ってボウヤの家族をみつけてあげるから、ね?」

「……わかった。お姉ちゃんをしんじる」


 リリアンが笑顔で差し出した手を、少年は戸惑いがちに取る。

 リリアンはそこで初めて自己紹介をした。


「わたしリリアン。そっちの犬人リカントのコがユユで、耳の尖ったお姉さんがシオね。ボク、お名前は思い出せる?」


 すると少年は、はっと気付いたように目を見開く。


「名前……覚えてる。ぼくの名前は――はじめ……です」

(え?)

(それって……)

(師匠と同じ名前、だよね……?)


 シオはそこでやっと少年の顔に感じた面影の正体に気付く。

 はじめと名乗った少年は、自らが師と仰ぐハジメ・ナナジマにどこか似ているのだ。


(いや……似てはいるけど多分こっちのが断然美少年ね)


 ハジメの幼少期は何度も拾われては捨てられてを繰り返したと聞いている。

 しかし、いま目の前にいるあどけない少年はなかなかの美少年だ。

 これだけ可愛げがあれば多少人格に欠点があっても貰い手がつくだろう。


(となると……隠し子? いやいやまさか。師匠に限ってそんな、ねぇ?)


 流石に他人のそら似だろうとシオは自分の考えすぎに呆れた。




 ◆ ◇




 汚れた体を洗うために風呂に入れようとした際、はじめは抵抗した。


「お風呂くらいひとりではいれるもん……」

(あ、意地張ってる)

(でも記憶障害のある子を一人にするの、なんか不安だしなぁ)


 ぷいっと顔を逸らして一人で風呂に入ろうとするはじめだったが、やはり少し心配だった。


 考えた末、シオは自分も一緒に入ることにした。


「一緒に入ろっか」

「……一人ではいれるもん!」


 男とはいえ相手はまだ5歳前後の子供だし、そもそもシオはそこそこの年齢になるまでおじいちゃんと一緒に風呂に入っていたので抵抗はない。


「ほら、頭洗ったげるからこっち来なさい」

「頭くらいじぶんで洗えるもん……」

「やってもらえるんだからラッキーくらいに思いなさいな」

「うぅ……おねぇちゃんのいじわる!」


 最初は文句の多かったはじめだが、シャンプーで髪を泡立てて丁寧に洗ってあげると次第に心地よさそうな顔に変わっていく。普段は面倒嫌いのシオだが、はじめの体を丁寧に洗っていくのは奇妙な充足感があった。

 やがてはじめはシオに従順になり、共に浴槽に浸かった頃にはすっか身を任せてくれていた。


「気持ちいい?」

「うん……」


 こくんと頷くはじめの小さな体を膝に乗せ、シオも共にお湯の心地よさに身を委ねる。

 この頃になると、シオは単なる親切心ではなくこの無垢な子供の面倒を見てあげたいという庇護欲のようなものさえ感じ始めていた。元々奉仕したい相手にはとことん奉仕したい性格が、美少年を世話するという新鮮な体験と相まってまったく悪い気がしない。

 温まったことでほんのり赤らんだはじめの顔がまた愛嬌を感じる。

 華奢な体躯はちょっとした拍子に壊れてしまいそうで、故にこそ優しくしてあげたいという思いがこみ上げる。


 風呂から上がった頃には、先にフェオの村への連絡と彼の衣服の用意をしてくれたリリアンが戻ってきていた。ユユにタオルで体を丁寧に拭いて貰って恥ずかしがっていたはじめに、リリアンは服を着せる。弟の面倒を長く見ているだけあって、慣れた手つきだった。


「ルクスのお古、まだ古着屋に出してなくてよかったぁ。ハルピー用だからちょっとぶかっとしてる所があるけど、今日はこれで勘弁してね?」

「……うん」


 リリアンにされるがままに服を着たはじめは自分の装いを物珍しげに見ている。

 シオだけでなくユユも段々子供の魅力に取り憑かれ始めたのか、少しうとうとしだしたはじめに「お姉ちゃんと一緒に寝る?」などと肩を抱いてベッドに誘っている。はじめはすこし抗うそぶりを見せたが、やがて眠気で判断力が低下したのかこてりとユユの腕の中で眠ってしまった。


「すー……すー……」

「安心したら眠くなっちゃったのかしら。かわいいわね」

「ふふ、思ったより人なつっこい子ですね」


 ユユの手でベッドに寝かされるはじめの寝顔は無防備で、つい触り心地の良い頬をぷにっと触ってしまう。んん、と僅かに反応したはじめだったが、睡魔には勝てずに眠り続ける姿にシオの頬が綻ぶ。


「ふふ、子供かぁ……こんな子供なら面倒見たくなっちゃうな」


 ようやく落ち着いたとばかりにホテルの高級なイスに腰掛けて伸びをしたリリアンが、はじめの寝顔を横目に見て安心したようにほっとため息をついた。


「記憶が混乱してるせいかもしれないけど、大人しくて良かった。不安で夜泣きくらいは覚悟してたけど、きっと将来大物になるよ」

「うん。でもなんで師匠と同じ名前なんだろ。顔もなんだか似てるし、年の離れた弟とか? 師匠ならなんか知ってるかな?」

「そのことなんだけど、ハジメさん仕事が長引いてるのか村にいなかったんだよね。まぁ、元々自分の両親のことあんまり覚えてないって言ってたけど……」

「んー、まぁ明日になればなんか分かるっしょ。せっかく師匠へのつけで最高級の部屋取ったんだし、今は寝ようよ!」

「シオちゃんのたかれる時は容赦なくたかるとこ好きよ」


 人助けならハジメも否と言うまいと全力で敬愛する師匠にツケたシオであった。




 ◇ ◆




 ――翌日、ルームサービスで朝食を取る四人。

 その中で自然と注目が集まるのははじめだった。


 高級宿だけあって高価な料理が並んでおり、はじめは最初は「ほんとうに食べていいの?」などと気後れしていたが、一口食べればすぐに虜になったのか夢中になっている。村のコックのハマオがラシュヴァイナの大食いをにこにこしながら見ている理由が少し分かる。子供が幸せそうだと自分も満たされるようで、食事の手が止まりそうになる。


「おいひぃ……こんなにおいひぃごはん、はじめて食べる」

「良かったね。でもよく噛んで食べなきゃだめよ? ごはんは逃げないから、ね?」


 ユユに言われるとはじめは思い出したようにもくもく咀嚼を始める。

 素直でよろしい、と彼の頭を撫でるユユも耳が嬉しそうに揺れる。

 段々と自分も積極的にお世話に参加したくなったシオは、彼がまだ手をつけていないスクランブルエッグをスプーンで掬って差し出した。


「はじめくん、これも美味しいよ。はい、あーん」

「あむ」


 シオから与えられた食べ物を何の疑いもなく口にするはじめ。

 純真で可愛らしい姿を見ると、余計に甘やかしたくなる。

 彼の親が見つかるまでこの感覚を味わい放題だと思うと、親は暫く見つからなくて良いかなとさえ思ってしまう。もちろんずっと世話をしている訳にはいかないので本気ではないが、そんな考えが脳裏を過る程度に三人ははじめを可愛がった。


 最初こそはじめは戸惑っていたが、結局は三人に身を任せる。


「お姉ちゃんたちはなんでこんなにぼくに優しいの……?」

「だってはじめくんを放っておけないもーん。ね、シオちゃん?」

「帰る場所が分かるまでは甘えてくれて良いのよ?」

「そうそう!」


 なお、ブラコンのリリアンだけははじめにデレデレになっていない。

 多分同じ事を弟のルクスにしてあげたいんだろうなぁとシオは思った。

 食事も終わり、落ち着いたところで三人はゆるやかに会話しながら少しずつはじめのことを聞いていった。


 家族構成、恐らく母一人。それ以外思い出せず。

 住んでいる場所、少なくともこの町ではない。それ以外不明。

 少なくとも裕福な暮らしであった記憶はないようだ。

 怖い人に襲われたことがあるかという問いには、あるかもしれないとのこと。


(うーん、思いのほか記憶障害は深刻ね……これじゃ何も分からないわ)


 記憶が戻らずしゅんと落ち込むはじめをユユが頭を撫でて慰めるのを横目で見ながら、シオはどうしたものかと思案に耽る。NINJA旅団が既に何か掴んでくれていれば有り難いが、そうでないなら難航しそうである。

 はじめは質問されるたびに一生懸命にものを考えるが、どうしてもはっきり思い出せずに途中で諦めてしまう。そして気の毒に思った周囲に頭を撫でられたり抱かれると、安堵したように思考を放棄して身を任せている。


(この短い間に私たちを信頼してきてるのかしら。無防備な様が余計に庇護欲ってやつを擽るわねぇ……にしても、この記憶障害ってなんかヘンじゃない?)


 彼は薄ぼんやりとは思い出している。

 なのに、自分の名前以外はどれもあやふやで半端なもの。

 最初は記憶障害の性質によるものかと思っていたシオだが、なにか引っかかる。

 しかし、はじめのもやもやが移ったのかシオも上手く考えが纏まらなかった。


 暫くするとホテルのドアの隙間からぬっと影のようなものが飛び出て、その中からツナデが這い出てくる。


「おー、それが例のショタハジメかにゃ? んー、あのハジメにもこんなあどけない子供であった時期があったのかにゃあ」

「だ……誰?」

「おみゃーを食べに来たおばけだにゃ! 食べちゃうぞー!」


 ふざけたツナデが両手を振り上げて襲う振りをするが、はじめは一瞬びくっと震えただけで逃げようとはしなかった。ツナデは美人だし仕草もまったく怖くなかったので危機を感じなかったのだろう。ツナデは「意外と肝が据わってるとは、実はホントにハジメだったりして」と笑いながら彼の頭をぽんぽん撫でた。

 撫でられたハジメは不思議そうな顔で首を傾げる。

 ツナデはそんな彼に「んー、あと10年」とよく分からないことを呟くと、シオを指で招く。

 どうやらNINJA旅団から報告があるらしい。


 はじめと離れるとユユ、リリアンがはじめを独占することになるのでやや不公平感を覚えたが、師匠からの伝言があるかも知れないと部屋を後にするシオ。ツナデと共にホテル内のカフェに着いたシオは、そこで調査結果に耳を傾けた。


「結論から言うと、あのちみっこいはじめは近隣のどこの市町村にも存在を確認出来にゃかったにゃ。人身売買のルートからも探ってるけどいまんとこ手がかりはにゃし。師匠ははじめに異能がないかを気にしてるにゃ」

「異能ねぇ。むしろ無防備なくらいだけど」

「魅了や洗脳、そうでなくとも本人が知らず知らずのうちに何らかの出来事を引き起こしてるかもしれにゃいにゃ。なにせ異能の中にはコントロールできにゃいものもあるらしいからにゃあ」


 手をまねき猫のように曲げて髪をくしくしと撫でたツナデは、付け加える。


「村の連中にはここのことは伝えてあるからまた誰か訪ねてくるかもしんにゃいにゃ。とりあえずイスラとマトフェイは一度悪魔や呪い関連じゃにゃいか調べに行くって言ってたにゃ」

「ふーん……あっ」

「どしたにゃ?」


 シオは大切なことを忘れていたことに気付く。


「今日の冒険中止にするってガブちゃんに伝え忘れてた……もう集合時間過ぎてるわ」 


 後に聞いたことには、ガブリエルは律儀にも一時間待ったものの時間がなくなり、暇そうだったブンゴを強引に誘って仕事をすることになったらしい。


「むっさ。何が楽しくて筋肉もりもりマッチョオークと二人きりの冒険しなきゃなんないんだよ」

「俺は男同士の方が気楽で良いけどな。あの三人娘といるとたまにドギマギさせられてよぉ」

「イヤミかテメェ!! 美女三人に囲まれてやれやれ系主人公気取りかぁ!?」

「あの三人とはそんなんじゃねーよ。だいたいモテるのそんなに嬉しいか?」


 言い寄ってくる女性がみんな逞しい体目当てのガブリエルは本気で辟易しているが、そもそもモテた時期のないブンゴにはイヤミにしか聞こえず、その日のブンゴはストレスを発散するように荒々しく戦ったという。

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