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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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26-7

 ハートピア島のベストカップルトーナメントに出場したハジメとベニザクラは、快進撃を続けていた。


 乱れ飛ぶ斬撃がスキルも魔法も切り裂いて、対戦相手の剣があっという間に弾き飛ばされる。司会進行役が興奮した様子で叫んだ。


『強い、強い、強ぉぉぉぉぉぉい!! カップル『花見酒』、今回の試合も圧勝ぉぉぉーーーーー!! 強く、気高く、美しくのベニちゃんと一分の隙もない達人剣豪ナナジマ、決勝進出ぅぅぅーーーーーーッ!!』


 相手カップルを薙ぎ倒したベニザクラは観客にアピールするように新たな愛刀『風花かざはな』を頭上に掲げる。すると、一際大きな歓声が会場から沸き上がった。ハジメもそれに合わせて剣を掲げてアピールすると、二人は会場を後にする。


 今のハジメはあまり知られていない姓のナナジマを名乗り、ショージの謎のスキルによって髪型も少しサムライ風にアレンジされている。ショージ曰く取れないカツラみたいなものらしい。加えて今のハジメは装いも侍風に揃え、ベニザクラとのペア感を高めている。


(ハジメ、かっこいい……いつもは背中で少しごちゃついてる武器も刀に統一されてるし、額当ての角が本物の鬼人みたい)


 表情の変化に乏しいハジメの顔はサムライ風の装いをすることで陰の気配に味が出ている。このファッションを披露した際は意外なほど似合うと村でも評判だった。おまけに普段のハジメっぽくないので、会場の誰も彼が『死神』だとは気付いていないようだ。


 元々一級冒険者のベニザクラと、それ以上の超一級冒険者のコンビが弱い筈もなく、しかもベストカップルトーナメントは一部の物好きの間で有名なだけの大会と見なされアデプトクラスのような強豪が顔を出すことはまずない。


 控え室でハジメが口を開く。


「次は決勝。恐らくそこにシズク・オオミツのペアである『酒呑』が現れる」

「ああ、分かっている。いよいよだな」


 ベニザクラの口元が挑発的に吊り上がる。

 闘志が漲って待ちきれない気分だった。

 だが、いまエネルギーを無駄遣いしては勿体ないので深呼吸して鎮め表層意識の下で仮初めの眠りに就く。


 すると、改めて周囲にハジメとカップルとして認識されているという現実が襲ってきて、アドレナリンと入れ替わるように羞恥心が湧き出る。ただ、今は羞恥よりも仮初めとはいえ恋する乙女として振る舞い、扱って貰えることへの満足感が少しだけ勝っていた。


(っと、いかんいかん。それとこれとは別の話……)


 ここまで、多くの村民が協力してくれたからこそ今がある。

 ベニザクラはここまでのことを回顧した。


 大会より数日前――。


『シズクとオオミツをベストカップルトーナメントに出場するよう誘導し、俺たちも参加することで彼らと二対二の戦いに持ち込む。それが一番確実で、村の中で話し合われた末に出た結論だ。本当に、本当にいいのか?』


 ハジメにそう言われたベニザクラは、一回ハジメと仲睦まじく手を繋いでカップルとして衆目を集める自分の姿を想像して猛烈に悶絶し、優勝時の恋人然とした接吻と指輪交換を想像して一度頭から湯気を放出して失神した。


 今思い出しても恥ずかしいし、これからのことを思うと更に恥ずかしい。

 それでも一度刀を握って戦いに赴けば平気だった。

 それだけは鬼人の性なのだろう。


 ――いやしかし、こんな計画フェオが了承するのか?


 ハジメもこれは流石にアウトなのではないかと思ったそうだが、逆に「最後までベニザクラさんを守り通してください」と手紙で背中を押されてしまったらしい。ちなみに手紙には「レンタル彼氏雇用契約書」が同封されており、あくまで正妻は自分だとばかりに雇用許可者という見たことのない欄にフェオの名が書いてあってベニザクラは苦笑いした。


 今回は、特別にハジメを借りるだけだ。

 ただし、契約を結ぶからには徹底的に彼氏を演じるという。

 ……とはいえ、やはりハジメのことを意識するとドキドキしてしまうベニザクラであった。


 更に戦闘用義手『灼』と新たな愛剣『風花』と『来光』を受け取った彼女は残り期間を武器の熟練に費やし、完璧な仕上がりによって大会に挑んだ。


 大会には、本当にあのシズク・オオミツペアが現れた。

 解説によると王女ルシュリアが『愛に貴賤はない』と条件付きで特別に参加を認めたと発表があったが、ハートピア島は様々な意味で愛の聖地であるため、観客には受け入れられていたのが少しだけ気に入らなかった。


 彼らもペアリングという餌に釣られて並み居るカップルを薙ぎ倒し、今は準決勝に挑んでいる。そのまま勝って決勝まで上がってくるのは明らかだった。


 と、控え室の扉が開いてアマリリスが入って来る。


「先ほど準決勝に進んでいたリオル・ピノのペア『メルトアイス』が『酒呑』に敗北しました。明日、遂に決戦です」

「やはりか……」


 大会が始まった時からこうなるのは分かっていた。

 大会参加者の中で明らかに『花見酒』と『酒呑』だけが突出していたのだ。

 運営もそれが分かっていたのか、トーナメントでは二つのカップルが最後にぶつかるよう組んでいた。


 ……ちなみに参加者の中には「少しでも作戦成功率を上げたい」と主張してイスラを無理矢理引っ張って連れてきたマトフェイのペア『キミハテンシ』、勝てなくて良いから記念参戦したいと遠路はるばるやってきたベアトリスと変装して忍者とばれないようにしたジライヤの『ゲコゲコ好き』、いつぞやの自称ハジメの弟子である愛の天使シャルアと彼に半ば強引に連れてこられた転生支援術師ノヤマの同性ペア『ラヴジェネレーション』など、やや見覚えのある面子もいた。


 ちなみに『キミハテンシ』はベニザクラたちとぶつかり、ベニザクラの糧となるため敢えて全力で戦った上で敗北。

 『ゲコゲコ好き』は意外とベアトリスが魔法で善戦したものの流石に忍者スキルを封印した状態のジライヤに彼女を守り続けるのは厳しかったのか、三回戦で棄権。

 『ラヴジェネレーション』は『酒呑』とぶつかって敗北している。


 ベニザクラは可能な限り『酒呑』の二人の試合を見たが、二人は腹立たしいまでに『阿形』と『吽形』を使いこなしていた。そして、二人とも非常に強かった。本当に悔しいが、二対一では万に一つの勝ち目すらない。


 だからといって、ベニザクラはハジメに全てを任せるつもりはない。

 一人で決着をつけるなどと傲慢を言うつもりもない。


「二人で勝つ。そうだろ、ハジメ」

「そうだな。どちらか一人ではない、二人でだ」


 ハジメの体に肩を寄せて甘えるようにしなだれかかると、彼は静かにベニザクラの手を取った。大きな肩、ごつごつとしているが暖かい手、そこから伝わる力強い優しさ。今だけの関係だと分かっていても、身を寄せずにはいられない。


 相手は散々いちゃついているんだ。

 こちらもいちゃついてやる。

 ベニザクラは、もういちゃつきでも剣でもコンビネーションでも全てで『酒呑』を上回ってやろうと開き直っていた。


 ちなみにアマリリスは涎を垂らしながら無言でめっちゃ映写道具で念入りに二人を撮影していた。




 ◇ ◆




『嘗てこれまでハイレベルな決勝があったでしょうか! カップルの聖地ハートピア島にはいつも本気の愛を持った人しかやってきませんが、ベストカップルトーナメントにこれだけ本気で強いカップルが来たのは歴史上初めてのことです!』


 沸き立つ観客の中心で、ゆるやかなハート型に作られたコロシアムを二つのペアが悠々と歩く。


『奇しくも両者とも鬼人女性とヒューマンの男性のカップルで、使う武器も刀! まずは美女と野獣のペア、『酒呑』だぁぁぁ~~~!!』


 沸き立つ歓声に手を振ったり投げキッスで応えるシズクと、彼女を肩に乗せつつ自分の腕の太さを誇示するように自慢げな顔を見せつけるオオミツ。二人とも晴れ舞台だけあって戦闘用ながら派手な服を選んでおり、シズクの服に至っては『深雪しんせつの衣』という有名な最高級装備だ。当然というか、二人とも身に付けているのは盗品と思われる。


『両名ともにルシュリア姫によってその愛の深さを認められ、訳ありながら参加を認められたという経歴のあるカップルです! 舞の如く美しく刃を滑らせるシズクの美しさと、彼女を害する者を力で吹き飛ばしてきたオオミツのいちゃつきっぷりは皆さんも記憶に新しいことでしょう!』


 シズク人気は当然だが、オオミツの逞しい肉体と豪快な戦いぶりも観客には男らしいと受けていた。人は自分の持たないものを持つ相手に嫉妬するが、余りにも差が突き抜けていると羨望の念を集める。特別な存在を知ることで、特別感を分けて貰えるのだ。


 犯罪者でも祝福されることは、決して間違ったことではない。

 犯罪者であっても人は人であり、幸せになる権利はある。

 しかし、それは罪を償った場合の話であり、まして逃亡中の人間が盗品で身を固めているのに愛し合っているというだけで受け入れられている現状は、見る人から見れば異様な光景だ。


『相対するは、Mr.&Mrs.サムライ!! 『花見酒』ぇぇぇ~~~~!!』


 シズクとオオミツとは対照的に淡々と歩くのは、ハジメとベニザクラだ。

 研ぎ澄まされた刃のように鋭い視線と剣呑な気配。

 そして右手の義手は敵を打倒する為だけの修羅の腕。


 が、そんな彼女をハジメは不意に抱えてお姫様抱っこをする。

 すると、先ほどまであれほど凜々しかったベニザクラの頬がほんのり朱に染まり、見惚れるような笑みをハジメに向ける。彼女の顔が乙女になった瞬間、会場がどっと湧き上がった。

 

『戦いに臨む凜々しい姿と対照的なこの笑顔にメロメロにされた観客数知れず!! いつしか親しみを込めてベニちゃんと呼ばれだした彼女に傷一つつけさせない寡黙なサムライ、ナナジマの男気も含めてこのカップルには熱狂的なファンが多くいます!』


 これは会場でのパフォーマンスが通例になっていると聞いた際、試行錯誤の末に生まれたパフォーマンスだ。ベニザクラがアピールするとどうしても雄々しい側の動きになってしまうため、彼女が何かする必要が無く、かつ何度されても喜んでしまうお姫様抱っこが採用された。


 普段のベニザクラなら混乱と羞恥と嬉しさで目がぐるぐるしてしまう所だが、仮恋人契約によって開き直った彼女の甘えを見せた笑みは観客にもウケがよく、そんな彼女を常にフォローするハジメも相対的に人気が吊り上がっていた。


 総合すると、『酒呑』はカップルにさほど関係ない観客層を中心に人気があり、逆に『花見酒』はカップル側の方に人気がある。数で言えばこちらが劣るが、ファンの熱量では遙か上だ。


 会場の中央で、両者ともパートナーを下ろして睨み合う。

 口火を切ったのはシズクだった。


「一度着いた決着に後からいちゃもんをつけるってぇ……鬼人的にはみっともないんじゃない、ベニちゃん?」

「嫌なら逃げれば良い。犯罪者らしくな。得意だろう?」

「あら、小憎たらしいこと言えるのね」


 シズクはベニザクラを敵視していない、というより敵と呼ぶに値しないほど自分に自信があるのか完全に揶揄うつもりで挑発している。対してベニザクラは上手く自分の感情をコントロール出来ていた。

 むしろ、今のやりとりで怒り狂ったのはオオミツだ。ベニザクラがシズクに放った挑発を聞いた瞬間怒りに牙を剥き出しにしてふるふると震えている。


「白ブスがぁ……次に俺の女に悪口言ったら角へし折るって言ったよなぁ……!!」

「そうだったか? すまない、どうでもいいから忘れていた」

「殺す」

「駄目だって、試合始まってないんだから」


 シズクがたしなめると、オオミツは苛立ちから伸びかけた手をなんとか止めた。

 短気と行動が直結してしまっているのだろう。

 ハジメはそこで、わざと彼の手を払いのけた。


「女の背中に隠れていないと威張れない男は口だけ達者だな。出来ないことは言うもんじゃない」

「ッッ!!!」

「ダーリン、駄目」


 シズクが先ほどより強めに警告すると、オオミツは荒い息を吐きながら両拳を握りしめた。ため息をついたシズクは改めてハジメの方をみて、ふぅん、と面白そうに笑う。


「お強い用心棒を見つけたから自信満々ってワケね。虎の威を借る狐ちゃんか」

「用心棒か……」


 俺は自然な動きでベニザクラの顔に触れ、口づけした。

 ベニザクラは熱い吐息を漏らして蕩けた目をすると、口づけを返してきた。

 会場がカップルの愛を示すパフォーマンスと捉えて一気に盛り上がる。


 今回カップルであることを疑われない為にキスは互いに違和感がなくなるように練習している。最初はなかなか酷いものだったが――主にベニザクラが初心すぎて――今は口づけを返してくるくらいには自然にやりとり出来るようになった。


 唇も視線も吐息も、ベニザクラは本当に俺を求めているかのようだ。

 というか、本当に求めていても不思議ではない。

 積み重ねてきた不運と不幸の数々が報われるほどの情熱。


(この役目は……きっと俺にしかできない。フェオがレンタル彼氏を認めたのはそういうことなんだろうな)


 なら、自惚れであっても彼女の為に尽くそう。

 ハジメもまた、彼女の幸せになった姿が切に見たいのだから。

 ベニザクラを抱きしめ、ハジメはシズクの方を向く。


「世界一の絆で結ばれた用心棒だ。何か問題でも?」

「……へぇ」


 シズクの瞳に情欲の感情が過る。

 何度かキャロラインの店を利用させられたせいで妙なスキルに目覚めたのか、最近ハジメには少しだけそういう感情が読み取れるようになっていた。この女はベニザクラとハジメの関係を見て、後ろに自分を好いた男がいて、それでも目の前の男に欲が出る。

 今という感情が彼女にとっては一番大事なのだ。


 彼女は不意にオオミツの手を引いて彼の顔を下げさせると、熱いキスをした。

 舌と舌を絡ませるような濃密なキスだ。

 会場はこれまたパフォーマンスと捉えて盛り上がる。

 オオミツの目は先ほどの怒りが嘘のようにシズクに夢中になっていた。

 ハジメにも興味があるが、今はペアリング優先ということだろう。


「愛の深さなんて言葉で語っても仕方の無いことよね。始めましょうか」

「臨むところだ。徹底的に付き合って貰う……!」

「付き合うわけねえだろ、てめぇらブチ殺して仕舞いだ!」

「虚勢を張らないと生きていけないのか? 出来ないことは言うもんじゃないと言った筈だが」


 四人それぞれが剣を抜く。

 会場の緊張感が最大限に高まったのを見計らい、司会が叫ぶ。


『皆様大変長らくお待たせいたしました!! いよいよ全員が武器を構え、この世界で一番のカップルが決定する時間がやって参りました!! 栄光のペアリングを手にするのは、果たしてどちらのカップルか!! 試合――開始ぃッ!!!』


 それぞれの願う理想の為に、今、刃が集う。

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